Epilogue ― そして更なるステージへ ―
「まったく、ふざけた話だよ」
暗闇の中、刺々しい女の声がする。
私は夢うつつの中ごろんと身体を横に移し、ソファで横になる。
だというのに、女は構って欲しいのか声をかけてくる。
「お前の持ってきたアレだよ。死なない死体。
しばらく見ない内に勝手に干からびて、消え失せたんだ。
見てみろよ、こんな跡まで残して……。一体誰が掃除すると思っているんだ」
憎憎しそうに愚痴を零すその声は、聞いているだけで彼女の表情まで浮き上がらせてくれるように辛辣だ。
なのでそれを確かめようと、私はすぅっとアイマスクを外し片目を開ける。
いつもの厳しく眉をしかめた女医と、診療所の風景がそこにあった。
「おまけに誰かさんはそうやってソファで一日中眠りこける始末。
そんな姿を見せられると、なんだか私が真面目に働いているように見えるだろうが」
それの何がいけないのか。寧ろいいことじゃないか。
だからつい、反論したくなり声をかける。
「それのどこがおかしいんだ?
お前は今までふざけていたのか?」
「人生そのものがふざけているお前にだけは言われたくない」
それは確かにな。私と比べたらこの世のどれもが普通だろう。
……いや、まてまて。
「お前が普通なのはやはり、異常だ。
お前のような藪医者が普通であってたまるか」
危うく流されるところだった。
白衣こそ着ているが、こいつも立派な異常者だ。
医者でなければ捕まるようなことをさんざんしてきている。
こいつにだけは異常者扱いされたくない。
「ふん。そんな文句は起きて言え。どこも悪くないくせにタダ寝しやがって。
話をする気がないのなら、とっとと出て行け。営業妨害だ」
「失礼な奴だな。お前が気になることがあるからと呼びつけてきたんだろ?
お前の狂気的な話になど付き合うか。
さっさと本題に移れ」
「……どこが狂気的だ。あの生きた死体の秘密を解き明かせば、学会の連中も震撼するほどの神秘を孕んでいたんだぞ?
医者としての本懐もいいとこだ。純然たる研究心だよ」
「お前がそんなこと気にするタマなのか?お前の場合、そんな世間の評価より、金が一番だろ。
新たな臓器ルートの確保とかな。
金の亡者らしい俗物な考えだ」
「……ハン、そんな堅い思考ではその程度の発想しか出来ないさ。
とっとと学校に戻って勉強し直せ。低能。
ま、否定はせんがね。金がなければ何も出来ないのは事実だ。くっくっくっ」
「……………………」
患者のことより目の前の金。学会の栄誉より禁忌への探究。
どのようにひん曲がればそのような考えに至るのか、彼女は自分が興味を引いたことにしか手を煩わせない。
その孤高な在り方がマッドドクターなる称号を授与してしまうんだ。
本当、話せば話すほどクズで嫌気がさす。
「要件をさっさと言え。こちとら暇じゃないんだぞ」
「……どの面下げて言ってんだ。全く……。
お前を呼んだのは他でもない。あの男についてだ。
新宮夕理。その外歴をあらかた調べといたぞ」
「……………………」
「お前に聞かされ私なりに色々調べたんだがな……、どこにもその資料が残ってない。
記憶にはあるのに、それを証明する記録が一切残ってないんだよ。
この日本でだぞ?
一体どういう経緯でこの街にやって来たんだ?
というか本当に人間なのか、こいつは?」
「お前が他人のことに興味を惹くなんて意外だな。
人をモルモットのようにしか見れない狂人のくせに」
「茶化すな。お前が気を惹くような男だ。そりゃ気にもなるさ。
なんせこんな怪物を手駒にしたような色男なんだからな」
「……どうでもいいよ、そんなことは。
何も残ってないというのならつまりそういうことなんだろう。
いない奴がいる道理はない」
「ほう、えらくあっさりとしてるな。らしくもない。
お前なら地の底まで追いかけるものだと思っていたがな」
「……あまりつまんないこと言うと、帰るぞ。
お互いの仕事に深く関わらないのが、私たちのルールだ。
あんまり煩いと、私もお前の裏事情細かく詮索するからな?
お前のような藪医者、叩けばいくらでも埃が出るんだからな」
「……えらく威勢がいいじゃないか。大方、その男にこっぴどく振られたか?」
「…………………………」
「おっと、そう睨むな。私だってお前のような殺人鬼とやりあいたくない。
要件というのはな、この少年の捜索依頼だ。
ある筋から同特徴の人物が現れたので、探して欲しいとのことだ」
「……依頼?」
「ああ。何でもお前のよく知る格好をしたそいつが、東北で見かけられたんだと。
それの情報を何でもいいから見つけてこいと気前よく大金まで置いていった。
お前に連絡を入れるようにオーダー付きでな。
いやあ……なかなかはぶりの良い客だったよ」
「………………」
「ま、そういうわけだ。それじゃ頼むな」
言いたいことを言い終えたというように、女医はスタスタと奥に引っ込もうとする。
「おい、待て!
何故受ける形になってるんだ!私はまだ何も言ってないぞ!?
勝手に話を進めるな!」
「いい仕事じゃないか?何が不満だ?
お前、今組織から追われてて仕事がないんだろ?
拠点や装備の維持費もあるだろうし、金はいくらでも必要だと思うがな?」
「……………………………」
「私もお前が干されたと聞いちゃ、友人として黙っているわけにもいかんからな。
だから快く引き受けたんだ。
折角の若さ、こんなところで燻らせておくには惜しい。
いい加減ここらで仕事して身を立てろ。環境が変われば気持ちも戻るかもしれんぞ」
「ふん。余計なお世話だ。
第一お前は医者だろ?
いつからそんな仲介屋みたいなことを始めたんだ?」
「お前が知らないだけさ。これも私の数ある仕事の一つ。
女には人には言えない秘密の一つや二つあるものさ。
なに、捨てる神あれば拾う神あるって奴だよ。
まあ、漁船に売り飛ばされたと思ってキリキリ働いてくるんだな」
「何が漁船だ。他人事だと思って……。
まあ、いいさ。どうせそんなガセ、すぐ捕まる」
そう言って、ピッと依頼書を受け取る。
彼の事も気になるが、捜せといった客のほうも気になる。
まさかとは思うが、一応念のためな。
「お前ならそう言うと思ったよ。ほら、船便のチャーターだ。
特等席だぞ、羨ましいやつめ。
今は色々ごたついてるからな、せいぜい遠い地で気晴らししてこい。
それが終われば嫌というほど、こき使ってやる」
「お前の悪事には手は貸さん。これで最後だ。
とりあえず前金だ。とっとと寄こせ!」
「リッチなくせに細かいやつだな」
当たり前だ。誰がタダ働きなどするものか。
それもお前のような守銭奴なんかのために。
人の足元見たような女医の視線を疑り深く見据え、私は彼女の懐に隠した小切手を掴む。
「お前が働くわけじゃないんだ。せいぜいこの半分は寄こせよな」
「チッ……」
―――――――
また、新たな季節がやって来る。
船着き場に吹く潮風を浴びながら、私は過去との決別を胸に刻む。
どれだけ周囲が変わろうと、私の在り方は変わらない。
私は功刀操。史上最年少で執行者の任を任された、戦い専門の諜報員。
歳は18と若くとも、いつまでも過去を引き摺るほど生娘でもない。
組織の任を破った罪で除籍されこの街での身分も喪失したが、私は私の信念を持って日々を何とか生きている。
連れは相変わらず煩いが、まあそれなりに楽しくやってる。
この仕事を続ける限りはきっと前のようなイレギュラーと遭遇することになるだろうが、この刀と誇りがある限り誰にも負けるつもりはない。
向かい来る敵はこの手で一刀のもとに叩き斬って見せよう。
だから安心していてください。
あなたの居た場所は私がちゃんと守っていますから。
なのでいつでも好きな時に帰ってきてください。
あなたの大好きなお姉さんと一緒に。それではまた。
追伸
まだ私、諦めていませんから。
――――――――第一部、学園編END




