対峙
円藤は私の踏み込みの居合を、自らの剣で受け止め歯を食いしばっていた。
私は突然現れた彼に戸惑い、思わず言葉を失くす。
「馬鹿野郎!功刀!
一体何に手を出している!!」
ギリギリギリギリ……!!と、鍔迫り合うように私たちは互いに鬩ぎ会う。
何故という疑問など考える余裕はない。
剣客は目の前に敵が立ち塞がれば例え誰であろうと、自らの信念のもとに立ち向かわなければならない。
「……馬鹿はお前の方だ!退け!
一連の魔女の狂乱騒ぎ、知らないとは言わせないぞ!?」
「何寝ぼけたことを言っている!?
お前、今自分が誰に手を出しているのか解っているのかっ!?」
「……………っ」
私は円藤をギロリと睨み、飛ぶように後ろに下がる。
別に考えを緩めたわけではない。
今の状況が好ましくなかったから、一旦離れただけだ。
「……………………」
「……………………」
そして私たちは互いに睨み合うようにして、その場で立ち尽くす。
そこに、場違いな彼女の呟きが零れる。
「私は手を出せと言ったつもりはないけど?」
「すみません。部下のしたことです。見逃してやってください」
「それで恩でも売ったつもり?浅はかね」
呆れ果てたように彼女は腕を組む。
私はそんな二人を見て顔を顰めた。
何を親しげに話をしているのか、こいつは……。
そいつは敵なんだぞ。
ああ、聞きたくない。見たくない。
こんな同僚の姿など。
行き場を失った刀は標的を探すようにカタカタと震え、円藤へと向けられる。
「円藤。何故お前がここにいる?
そも、お前は何を知っている?
どうしてその女と一緒にいる?」
「……お前が組織に帰らなくなってからの情報全てだ。
彼女はな、現在俺たちの仕事を手伝ってくれてる協力者だ」
「……なに?」
私は円藤の言葉を聞き、眉を寄せる。
ちゃらけた感じのこの男が、いつになく真面目な顔している。
協力者?何を言ってるんだこいつは……。
どうでもいい。
例えどのような理由があろうと私があの女を斬ることに変わりはない。
「くだらない冗談はよせ。
理由によってはお前も私の標的になるぞ?」
「…………………………」
円藤は黙り、私を見据える。
この男を敵に回すのは確かに厄介だが、あの女の手駒と堕ちたのなら、斬るまで。
誰を相手にしようと、この刀と名に誓った信念を曲げるわけにはいかない。
「正義をかざせばかざすほど、周りを敵に回していく……。
なんて厄介なんでしょうね、あなた達の業は」
瑛子の茶々が、私の心をチクチクと刺す。
私は射殺すほどの殺意を込めて円藤を睨む。
その視線を受けて、円藤は仕方なげに口を開く。
「とりあえず、刀をしまえ。
俺もしまうから。話はその後だ」
彼が刃を仕舞うのを見届けてから、私もやむを得ずそうする。
そして円藤は切り出した。
「お前の持っていった死体あるだろ?
アレの出所が掴めたんだ」
「!」
あの禍々しい死者の群れにいた、生きた動く死体を?
犠牲者たちの死体の中で埋もれながら、饗宴を催した悪魔の権化。
アレの出所が掴めただと……?
……なにを馬鹿なことを。
あれは本人の意思でなく、別の誰かの意志を受けて活動していた。
超広範囲の影響下で。
そんなことが出来るとすれば、それは目の前の女を置いて他にいない。
今更黒幕も何もない。
「……戯けたことを。
そんなの調べずとも、目の前にいるその女がそうだろ!?
どれほどの瘴気を街にもたらしたと思うんだ。
あんな分かりやすい敵意を振りまいて関係ないわけがあるか」
私はそう言って彼女を睨む。
彼女はそんな私の視線をプイッと逸らして、無視した。
あんな怪物をあの町でのさばらせておいたのだ。
あそこが死者を放牧する魔境なら、その町を管轄している彼女こそその首魁。
犯人でないはずがない。
ならばそんな情報は不要だ。
私は実際にこの目でこの女の危険性を体験しているんだから。
「だから違うって言ってるだろっ!
彼女はな、それを排除するために上層部から遣わされたこっち側の存在なんだよ」
「……………は?」
一瞬、思考が真っ白になり、間抜けな声を漏らす。
この男の言ってることが理解できないと、頭を振る。
「……ふ、くくくく。何の冗談だ、それは。
笑えんな」
「冗談なんかじゃない!本当のことだ!
今はワケ合って彼女には本部で協力してもらってるんだよ」
本部だと……!?
彼女をあの神聖なる我らが聖域に招いたというのか!?
「……ふざけるなっ!
貴様、彼女に何をされた!?
我々の理念を私欲で売ったか!?」
「ふざけてるのはお前のほうだ!
碌に本部にも顔を出さず、何をしていたかと思えば……、こんなとこで油を売りやがって。
大切な取引先にまで手を出そうとしただろ!?」
円藤はそう言って彼女に頭を下げ、何度も非礼を詫びる。
その光景がなんだか悪魔への服従の姿勢に見えて、気持ちが悪かった。
「……それ以上、くだらないことを言ってると斬るぞ?円藤」
私は再び円藤に向けて、腰を深く落とす。
「…………………………」
「お前は知らないだろうがな、アイツは珍妙な業で人の心を操る。
実際に私は身にしみてそれを体験したんだ!アレは人の手に負えるものではない!」
「少しは頭を冷やせ。物の優先順序をはき違えるほど、お前は耄碌してたのか?
彼女を殺すということは、組織と敵対するという事なんだぞ?」
「…………………………」
「お前のいない間に、俺たちもいろいろあったんだよ」
「色々とはなんだ?」
「つまんないことに一々拘るな。とにかく、従え。
これは本部の指令だ!」
「…………………………」
怒りで奥歯がギチリと鳴った。
円藤はそんな私を放って前方に手をかざし、奥へと彼女を誘導する。
眼前にいる女怪が私の傍を通り過ぎる時、ニヤリと笑みを浮かべる。
無様、と。
「…………………………」
腰に差す刀の鍔が、私の感情に呼応したように、カタカタと震える。
私の前を素通りし、今も洞窟の奥で怯える彼の元に向かう彼女に怒りが震える。
カタカタカタカタ……ッ!、と尋常じゃない程の音を立てながら、洞窟の奥に消えた彼女を睨み続ける。
そんな震えを、私は数分にわたって抑えられずにいた。
「抑えろ!功刀っ!」
そんな私を見て、円藤が怒鳴った。
怒りはもう沸点を越え、限界に近い。
円藤はそれを耐えろと言う。
目前にいる彼の犠牲を飲み込み、事件解決を優先させろと。
「奥に、彼がいるんだぞ……?
それを見捨てろというのか?」
「……ああ。アレはもう、仕方がない……」
「仕方がない……だと……?」
「こんな商売をしているとな、こういう汚れ仕事もままあることだ。
そんなことにいつまでも囚われていては何も解決できない。
お前もプロなら割り切れ」
「…………」
「俺たちにだって出来る事と出来ない事がある。
そこに可能性があるのならよりよい方法を選び取る。
それが俺たち執行者の仕事だ。
今回はそれが彼女だっただけの事。……まぁ、そういうこった」
そんな尤もらしい説教など聞きたくもない。
ようは司法取引をしたという事だろう?
今ある問題を鎮静化させるために、より大きな悪を容認した。
それがよりよい方法だと?
……ふざけるな!
今目の前で失おうとしている者は、私の大切な同級生なんだぞ?
彼を犠牲にしてまで、守る正義などない!
そも私はそんな弱者を守るために、この力を受け入れたのだ!
お前は私に残ったたった一つの、戦士としての矜持さえ奪い取ろうというのか!?
「……っ」
尋常ならない私の雰囲気に円藤は戸惑い、2・3歩後ずさる。
刀の震えは心の震え。この刀はもはや私の心を映す映し鏡だ。
その刀が言っている。
――この男の話を聞いてはいけないと。アレはお前から戦士としての心を穢す。
お前は自身が正しいと思うことをしろ。
ああ……そうだな。至極真っ当な答えだと思う。
私は不正を見過ごせない。悪魔の協力を赦せない。
そんな者の力を借りるくらいなら、私は自身の腹を切る。
「私に刀を捨てろというのか……円藤?」
「なにもそこまでは言ってないっ。落ち着けと言ってるっ。
相手をよく見ろっ。
お前がアレと戦う必要性が一体どこにあるっ?」
「必要性ならある。私はあの女と戦い、敗れた。
その矜持を取り戻すために、再びあの女怪と戦わなければならない」
「功刀っ!」
そもそもこいつは本当に円藤なのか?
円藤の顔した幻惑なのではないか?
あの女の幻惑は真に迫る。もしかしたらまた知らない内に幻を見せられてるのかもしれない。
仮に本人だったとしても、この男が正常であるという保証がどこにある?
「……お前はあの女に騙されている」
「お前……、俺の言う事が信じられないっていうのかっ!?」
円藤の目が僅かに剥く。信頼を裏切られたというような怒りだ。
だが、その怒りは今の私にとって火に油だ。
私は彼女の幻惑に何度も陥れられているのだ。
そんな彼女を擁護するこの男を、私が信用出来るはずがなかった。
「――――ああ、信じられんな」
カキンッ。
擦過音は音速を越え、衝突の後に音を爆ぜさせた。
私によって抜かれた刃は円状の白い軌跡を遺して、天と地の境界を穿つ。
「………なっ!?」
あまりの速さに円藤は固まったように何も出来ず、天井が崩れ落ちる様を呆然と眺める。
私は落ちてくる無数の落石の隙間越しに円藤を見据え、最後になるであろう言葉をかける。
「世話になった」
そう一言だけ告げ、彼に背中を向ける。
後ろでなにやら円藤が叫ぶ声がするが、それも天井が崩落する音でよく聞こえない。
円藤と事を構えることに少し抵抗があったが、今となっては詮無いこと。
私にはやらなければならないことがある。
例え独りになろうと、私は自分の生き方を変えられない。
それが私から私の居場所を奪う行為であったとしても、自分の衝動を信じる。
元々あの場所で死んだ命だ。
修羅として蘇ったのなら、修羅として死ぬだけ。
私が生きられるのは戦場だけだ。
ーーーーーーー
鞘から解き放たれ抜き身となった刃は、標的めがけて突き進む。
もう誰も少女を止められはしない。彼女は自身の信念のために直走るのみ。
そうして彼女との決着をつけるために、操は洞窟の奥深くへと向かっていった。




