なぜ…
二週間ほどの空白の後、私はひょこりと学校に顔を出す。
しばらく休んでいたためか、クラスメイトたちがやけに優しく接してきた。
私が進路か何かで悩んでナイーブになっていると思われたのだろう。
みな暖かい表情で、私のことを迎えいれてくれる。
そんな彼女たちの優しさに戸惑いつつも受け流し、私は教室の中をぐるりと見渡す。
教室の中は2週間前とあまり変わってない。
進学組は根をつめたように厳しい顔をしているし、就職組みは誰彼がどこに通ったなどと噂話に花を沿えている。
専門系の彼らも将来への心配などどこ吹く風で、誰もかれも最後の学校生活をそれなりに勤しんでる。
私が探し求めた彼はというと、相変わらず乾いた笑みを浮かべながら、たいした感慨も浮かべずに新品の心で私を出迎えていた。
本当に過去の自分を殺しながら毎日を生きてるのだと、私は彼を見て確信する。
彼女に言われたからじゃないけど、私は彼をもう異性という対象としては見れなくなっていた。
どこに惹かれ、何を好きになり、どうして拠り所にしようとしてたのか、今となってはもう判らない。
少なくとも彼女との問題を解決するまでは、彼のことは心の片隅にでも置いておくとしよう。
今は少しでも、戦いへの緊張感を失いたくなかった。
彼なら彼女の情報を持っているはずだ。今必要なのはそれだけ。
彼が彼女を拠り所にしてるのはもちろん知ってる。
それでも私は決着をつけなければならない。
彼女との因縁を断たない限りは私は戦士としての自分を取り戻せなくなってしまう。
私は彼とは違う。私の世界はあの場所のみだ。
二つの世界に同時に居場所を作るなど、器用なことは出来ない。
私が剣を捨てる時は、死ぬ時だ。
私はあの場所で死んでしまった矜持を取り戻さなければいけない。
それに彼女だって、私の挑戦を断らないだろう。
あの女は誰が相手であっても、逃げも隠れもしない。
私が彼といる限り、必ず彼女は私の前に現れる。
それは確信めいたもの。私は先の一件で彼女の嫉妬心を知っている。
自分の物への執着が強く、テリトリーを侵すものを許さない。
敵になるモノは容赦なく殺す。それが彼女だ。
私が彼と親しくしてれば面白くないと思い、近づいて来るだろう。
ならばそれを刺激してやればいい。
そうして私はいつものようにクラスメイト達とたわいない会話をし、授業を消化した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
その日の夜は、ざわざわと木々が鳴いて、騒がしかった。
私はいつものようにコートを羽織ると、支度も早々に夜の街へと繰り出す。
気温は冬に近いことで低かったが、見える景色はいつもと変わらず、やかましいくらいの喧騒が辺りに響き渡っている。
そんな特別珍しくもないいつもの日常を私は軽く流しながら、夜の街を巡回していく。
(瘴気がいつもよりも濃い……)
見る物、映る景色は大して変わらないが、さっきからやたらと黒い靄に包まれている人を見る。
出歩く人や軒先から営業する店員、家族や恋人連れなど町のいたるところに異常が満ちていた。
私はそれらを見えてない風に装いながら、動揺する心を抑える。
そうしてしばらく進み、住宅街が密集する区画へと来た時、それまで以上の瘴気の塊を発見した。
確認しなくてもわかる。ここが街に流れている瘴気の根源だ。
ここを伝って、周囲へと異常が蔓延していったのだろう。
その時、腰に付けた魔除けの鈴がチリンチリンと音を立てる。
私はアクセサリー風の可愛い鈴を手で握りこむと、緊張するように建物を見上げる。
そのマンションは駅の喧騒から離れた区画に、街路樹に並ぶ形でひっそりと静かに佇んでいた。
築30年くらいだろうか。地面のタイルは経年で灰色にくすんでおり、壁には植物の蔦が無数に這っている。
中の設備も長いこと更新されていないのか、ところどころに古い機材が色を変えて放置されている。
まるで世界から切り離されたように、ひっそりと日常に埋没していた。
……ここに、この街の異常を生んでいる首謀者がいる。
私はマンションの入り口をしばし眺めると、意を決して敷居を跨ぐ。
私は隠形の型で自身の気配を消すと、建物の住人に気取られないよう闇に紛れて忍び歩く。
そしてそのままエントランスを抜け通路用の階段扉を開き、一気に階段を3階ほど登ると、黒幕の部屋と思しき303号室の扉の前に立った。
「……………………」
私は背中のギターケースを下ろし静かに刀を取り出すと、慎重にドアノブを握る。
ガチャっと扉が開く。
どうやら鍵はかかっていないようだ。
音をたてないように静かに開けながら、恐る恐る中を覗く。
暗い……。
部屋の中は夜の暗さだけでなく瘴気も混じっていて、視覚以上に見る者の視界を妨げていた。
もはや闇というより、澱に近いだろう。
ヘドロのように澱んだ視界の中を、私は手足の間隔のみで闇を進んでいく。
これほどの異常だ。
もしかしたら私が入った瞬間に部屋の主に存在がバレているかもしれない。
いつどのタイミングで襲って来てもいいように対応しないと。
―――最悪、死ぬ。
「……………………」
私は刀を持つ手に力を込めながら、慎重に歩を進める。
周囲に設置されている外敵用の罠や結界を慎重に交わしながら、私は自身の痕跡を極力残さず速やかに行動する。
そうして神経を研ぎ澄ませながら通路を抜け、目の前の扉を開けた時、私は思わず目を見張った。
「!」
四角いフローリングの部屋に、黒い人影が一つ壁に背を持たれながら眠るように座っていたのだ。
「……………………」
私は緊張を強め、恐る恐る部屋へと踏み入る。
影は若い男のようだった。
最初は死んでるように見えたが、まだ息はある。
魂が抜けたように身体を固めたまま動かないソレに、私は剣を突き出しながら警戒し近づいていく。
「……っ」
その人物の顔を見て、驚きに息が零れる。
なぜ……。
それは私のよく知る人間だった。
「新宮君……。何でここに……?」
可能性を考えていなかったわけじゃない。
ただ、この状況で彼がこんなことになってるなんてまさか思わなかったからだ。
胸に湧いた疑問や違和感を隅に置き、私は彼に触れる。
「……………………」
反応はない。物言わぬ死体のように、地面を見つめたままこちらを見ようとしない。
周りにある他の家具同様に、そこにあるオブジェと化していた。
何日とそこでずっと同じ姿勢のままいたのだろう?
その顔は酷く憔悴していた。
私は焦り、急ぎ彼を揺さぶり起こす。
だが硬直した身体は何も反応がなく、ともすればゴトリとそのまま倒れてしまいそうなほど生気の欠片を感じられない。
魔に囚われてしまったのだろう。
私は研修中に聞いていた気つけの方法を思い出し、彼の両肩に手をかけると、そのまま「ふん」と背中から内臓を突き上げるように膝を入れた。
「――――か、……はっ!?」
とたん彼は目をカッと見開くと、ゴホゴホと咳き込み意識を取り戻した。
「気がつきましたか?」
「…………え」
彼はようやく私の存在を認識すると、驚く様にして私を見た。
「どうして、功刀さんがここに……っ!?」
「しぃ……っ」
騒ぐ彼を抑えるように私は口元に指を立て、彼の声を制す。
彼はそれを見て、咄嗟に自分の口を塞ぐ。
「とりあえず落ち着いてください。あまり騒ぎ立てると彼女に気づかれます」
「……はい」
「とりあえず、ここで何があったのか。簡潔に答えてください。
私がこの場に留まり続けることがどれほど危険か、あなたにも解るでしょう?」
彼は私の問いにブンブンと頷く。
「いつからそうしていたのですか?」
「……分からない。気づいた時にはこうしていた。
日にちについて聞いているのなら、僕にも今日がいつなのか判らないから判別がつかないよ」
「今日は12月5日です」
「12月……?
ああ……そうか。もうそんなに経ってたのか」
彼は俯き、その事実を重く噛み締めるように受け止める。
その反応でおおよそのことは理解できた。
背中に嫌な汗が浮かぶ。
「……多分、僕はもう……、かれこれ1月程ここに閉じ込められてる」
「そうですか……」
私は内の衝撃を表に出さないように、彼に頷く。
彼を不安にさせないためって言うのもあったが、何より自分の弱さを外に漏らさないために。
「事情は察しがつきます。あなたは彼女に監禁されてたようですね?」
コクコクと彼は頷く。
「詳しい事情までは聞きません。
それより、身体のほうは大丈夫ですか?」
「……えと……」
彼は私に言われ、自身の身体を動かし確かめる。
「うん……。少し節々が硬く、痛いけど、問題はなさそうだ」
「そうですか。
では、そのまま石を続けてください」
「え」
彼は私の残酷な命令に目を見開き、せっかく蘇った心を折る。
「言いたいことは解ります。けど、ここにいることがあなたにとっても一番安全なんですよ。
彼女があなたを必要とし続ける限り、あなたの身の安全は保障されているのですから」
「…………………」
彼もそこは分かっているのだろう。
不安げな顔を浮かべながらも、渋々頷く。
彼女が彼にどのような感情を浮かべているか、それを知るからこそ下手に動くべきでない。
少なくとも今は。
「ここにいてください。いずれ近いうちにまた助けに来ますから」
「……助けにって、どうやって?」
当然のように彼は聞く。
私はその質問にどういうべきか答えに窮する。
そんな私を見て彼は睨むように言う。
「姉さんを殺す気?」
怒りの籠った眼差しに、私は戸惑う。
どうしてそんな目を私に向けるのか。
他でもない彼女にこんな目に遭わされたというのに。
「何故、そんなことを聞くのですか?
貴方は助かりたいのでしょう?」
だから私はその意志を確かめるように彼に尋ねた。
「…………………………」
彼は何も言わない。瞳に不満の色を灯し、それでも否定するように首を振る。
「僕にも……判らないんだ。
何が正しくて、何が間違っているのか」
それは心底自分に語り掛け悩みぬいた人間が零す悲哀のつぶやき。
どれほど酷い目に遭っても、彼女は彼にとって大切な身内。
その想いを裏切ることは彼の信念を穢す最低の行いなのだろう。
私はそんな彼の嘘偽りない本心を聞き、複雑に視線を落とす。
「とりあえず、今はここにいてください。
そこまで言うのであれば、まだ耐えられるでしょう」
「……その後は?」
「心配しないでください。彼女と決着をつけるのは、あなたをここから出してからにします。
それでいいですね?」
彼は明確にコクリと頷き、私の意見をようやく受け入れた。
「では一旦ここを離れますが、慌てず落ち着いて行動してください。
あなたは石です。けして彼女の声に耳を傾けてはいけない。
そのままオブジェのように彼女の誘惑を聞き流すのです。いいですね?」
「……はい」
彼は私の要望に勤めて冷静に首を縦に振る。
その目はしっかりと人間の色を取り戻し、私を映していた。
よかった……。どうやら私のよく知る彼だ。
私はそれで自分の気持ちが間違っていなかったことを知り、ホッと安心する。
「私はもう行きますが、そのままでいて下さい。
下手に私のいた痕跡を消すとか、余計なことは考えないで下さい。
彼女はきっと気を悪くするでしょうけど、それは耐えるものです。
受け入れてください」
じゃあ、と私は静かに腰を上げ、部屋の扉を潜る。
幽霊のような静けさで、私はその場をいそいそと後にした。
言葉にはおくびにも出さなかったけど、死なないで下さいね、と彼の無事を心より案じた。
そして逃げるように建物を離れ、その区域を去る。
……相手は恐ろしい奴だった。
平素の私でも、全力で向かって果たして急所に届きえるか……。
私は今日学校であったことを思い出す。
今日学校で会った彼は、きっと彼女だ。
何食わぬ顔して私に挨拶をし、その存在を露と気づかせず日常を送っていた。
彼の言葉を信じるなら、それが1か月ほど前から続けられていた。
それがどういうことか、考えずとも分かる。
私は自分が2週間の休みから復帰した日、彼から最初にかけられた言葉を思い出す。
「……どうしたの?」
彼はそう言っていた。
2週間も休んでどうしたの、ではない。
何を今更ここに戻ってきた?
あの目は確かにそう語っていた。
その時の情景を思い出し、私は身体がぞくぞく……と、震えあがるのを感じる。
武者震いのそれではない、恐怖のそれだ。
いつでも彼女は無防備な私の背中を襲うことが出来たのだ。けど、それをしなかった。
それは何故か?
する必要がなかったからだ。
だって彼女はそんなことせずとも、強いから。
いつでも私を殺せるから、彼女は学校で友達ごっこを続ける私を無邪気に嗤い、その道化っぷりを毎日嘲笑っていたのだ。
「……………………………」
乗り越えたはずのトラウマが再び蘇りそうになり、私は両肩をギュッと抱きしめる。
私の震えは身に携える刀にも届いたのか、頑なに私の弱い心を諌め宥める。
ここに俺がいるぞ、と主張するように。
「……そうだな。私にはお前がいたんだ」
身近にいて、誰より頼れる味方。私とソレは幼い時よりの相棒だ。
そこらにいる友人や親兄弟よりも、ずっと関係が深い。
それが自分に任せておけと胸を貸してくれる。お前は俺が守ると。
二週間ほどの語らいだが、気持ちを重ね合わせた私たちは何よりも固い絆で繋がっている。
彼がそういうのであればきっとそうなのであろう。
手に握り寄せるだけで、その頼もしさが伝わる。
今はその暖かさが心地よい。
「…………………………」
相棒がそう言うのだ。今はそれを素直に信じよう。
迷いは晴れた。たとえどんな敵が相手だろうと私は挫けない。
どんな絶望も狂気もこの手で掃ってみせる。
お前が傍にいるのなら、私はもっと強くなれるはずだ。
例えその先に待つのが地獄であろうとも、必死に足掻き続けてやる。
そうして家に帰り着いた私は、そこで万策を練り、勝負の時を静かに待ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
……その夜、彼のいたマンションで行われていた狂気を少女は知らない。




