第5話 豹変
「葵くん、おはよう!」
事務所で渋谷先輩と顔合わせをした会議から数日後。
1限の必修の授業が終わり、次の授業が始まるまでの間、聡太と一緒に学食で駄弁っていると渋谷先輩が声をかけてきた。
「あ、おはようございます」
昨日の配信でも遊びに来てくれたし、その後も通話にも来てくれたのもあってか、何の疑いもなく対応していた。
だが、目の前に座っていた聡太は状況が理解できないのか、目を見開きながら俺と先輩を交互に見ていた。
「これから授業?」
「いや、次は昼飯明けなんですよ、やることなくて友人と暇を持て余してるとこです」
俺が答えると先輩は聡太を見て微笑んでいた。
「そっかぁ、私はこの後の授業だよ、昨日も夜遅くまで起きてたからすっごく眠いんだよね〜」
そう言いながらあくびが出たのか、先輩は口元を手で押さえていた。
そのタイミングよく、次の授業を知らせるチャイムが鳴り出した。
「あ! チャイム鳴ってる! 教室いちばん遠いところなの忘れてたー!」
先輩はカバンからスマホを取り出して操作しつつも急いでその場から去っていった。
その直後、ズボンのポケットに入っていたスマホが震えていたので、取り出し、画面を見ると……
Haruka.Shibuya
『今日はよろしくねー!』
先日会った時に交換したLIMEにメッセージが届いていた。
今日は渋谷先輩もとい、リオさんとのコラボ配信をする日だ。
マネージャーからそのことを聞いた時、嬉しくもあったけど、初めてのコラボってこともあってかかなり緊張していた。
こっちは末端Vtuberに対し、あちらは大人気Vtuberだ。
何か失礼なことでもしてしまったらと考えるだけで体が震え出しそうになってしまう。
「ちょちょちょちょ……!!」
そんな俺の気持ちなどわかるはずもなく、目を見開いていた聡太が大声をあげていた。
「……チョコが食べたいならあっちに自販機があるぞ」
「そんなことどうでもいいんだよ! ってかおまえいつの間に渋谷先輩と知り合ったんだよ!」
聡太は勢いよく俺を指さしていた。
「……バイト先で知り合ったんだよ」
「いつの間にバイトなんか始めたんだ?」
「実は先月の終わり……」
もちろん嘘であるが、本当のことが言えないから仕方がない。
「ってか何のバイトだよ、渋谷先輩に似合いそうなバイトって、ファミレスとかカフェのスタッフとか? スカート姿の先輩を想像するだけで大変なことになっちまうぜ!」
聡太の脳内で妄想が始まったのか、段々と顔がニヤけていった。
そういえばリオさんの衣装でそれに近い衣装があったような……。
「で、バイト先ってどこなんだ! 言え!言うんだ! 先輩を独り占めするなんて絶対に許さんぞ!」
聡太はテーブルをドンドンと勢いよく叩く。
言えるならとっくに言ってるよ……。
そう思いながら『都内にあるファミレス』とだけ答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『みんなーこんりおー! カラーズ所属の女子高生Vtuber碧南璃碧ですー!』
:こんりおー!
:こんりおー! リオたんまってたよー!
:こんりお! リオたんの配信首とか色々長くしてまってたで!
その日の夜、ディスプレイにはいつもの笑顔でリスナーに話しかけるリオさんの姿が映っていた。
——その隣には、一心にこちらを見るアオバの姿も。
:お、英雄アオバがいるじゃん!
:アオバきゅん、みてる〜?
コメントにも俺のことについて書かれるようになっていた。
それを見るたびに心臓がキュッとしてきて、息苦しく感じてしまう。
『最近、案件とか宿題の対応で配信できなくてごめんねー!』
リオさんのキャラクターが頭を下げていた。
案件はあったと思うが、宿題というのは碧南璃碧が女子高生という設定のため案件以外の用事のことをそう呼ぶことがある。
おそらくだが、大学のレポートに追われていたとかだろう。
:リオたんは悪くない!
:リオたんに宿題を出す教師がわるい!
:次はどんなグッズがでるんだー?
『みんなありがとー!』
リオさんは画面の先に向けて手を振るとすぐにアオバの方へと振り向く。
『なんと今日は! アオバきゅんが私の配信に来てくれました!』
:うおおおおおおおおお!
:まってましたあああああ!
:アオバよくきたなあ!
リオさんの言葉にコメントがひっきりなしに流れていった。
自分の配信では見ることのなかった状況のため、戸惑っていた。
画面に映るアオバは先ほどと変わらない表情で画面の向こうを見つめているのだが。
『それじゃ早速、アオバきゅんに来てもらいましょうか! アオバきゅぅぅぅぅん!』
呼ばれたものの、緊張からかすぐに声を出すことができなかったため、大きく深呼吸をしていく。
既にこちらのマイクがオンになっていたのか、その様子も入っていた。
「み、みんなおっす! 夢は異世界転生先で勇者になること! 蒼海蒼葉です!」
自分でも認識できるぐらい震えた声で自己紹介をしていく。
:おっすぅぅぅぅぅ!
:きゃー!アオバきゅぅぅぅぅん!
:初めて聞いたけど、なにこの可愛い声……きゅん
:堕ちているやつがいて草
『アオバきゅん、もしかして緊張してる?』
「してますよ、リオさんの配信ってのもありますけど、そもそもこんなたくさんのリスナーさんがいる中で話したことないですから……」
『大丈夫だよ、彼ピのみんな優しいから! そうだよね!』
リオさんはリスナーに向けて声をかけていく。
ちなみに『彼ピ』というのは彼女のリスナーのファンネームのことだ。
:そうやでアオバ、安心していいんやで ニチャア
:ここは天国だから安心するがいい グッヘッヘ
『ほら、コメントのみんなもそう言ってるし!』
どうみても、安心とは程遠いコメントが流れているんだけど!?
自分の配信ならツッコミを入れるところだが、緊張しすぎてそんなことをできる余裕はほとんどなかった。
「そ、そうですね! リ、リオさんの配信に迷惑かけないように楽しんでいきたいとおもいますので、よろしくお願いします!!」
挨拶を済ませると先ほどのように大量のコメントが画面中を駆け巡っていった。
『そういえば、さっきから気になっていることがあるんだけど?』
大量のコメントの中で、リオさんは不服そうな表情を浮かべていた。
先ほどまではあんなに笑顔だったのに……
も、もしかして何か気に障るようなことしたのか……?
「ど、どうしました?」
『さっきから私のことリオさんってすっごい他人行儀な感じなのかな?』
「えっ?」
:あ、もしかして……
:あかん、こんなに早く目覚めてしまうなんて
:ざわざわ……
画面にはリスナー達がざわついていた。
一体何が起きようとしているんだ……?
『私はアオバきゅんのおねーちゃんなんだから、お姉ちゃんって呼んでくれなきゃダメだぞ!』
急すぎるリオさんの言葉に俺はなんと答えていいのかわからなくなっていた。
:あぁ、やっぱり来ちゃったか……
:誰か祈祷師を呼んできてくれ!
:アオバ、強くい㌔よ
何かを悟ったようなリスナーのコメントが拍車をかけたのか、俺はますますこの状況が理解できなくなってしまっていた。
——コラボ配信は始まったばかり。




