最終話 少し変わったような……そんないつもの日常へ
『アオバきゅんの重大発表と聞いて!』
配信開始後に突如聞こえてきたリオさんの声。
「……いやいや、自分の枠なのにまだ自己紹介してないんですから!」
『仕方ないじゃん! アオバきゅんの新衣装発表と聞いたら居ても立っても居られなくて!』
:さすがリオたん、俺たちにできないことをやってのける!
:そこに痺れるあこがれるぅ!
:さすがはこれまでアオバをprprしてきたライバーだ、面構えが違う
「いや、流石に枠主が自己紹介前に現れるのはどーなのんだろうね」
:まあまあ細かいこと気にしたら髪の毛が去っていくぞ
:お、なんだ? 数年前に全ての髪と別れを告げた俺の前で髪の話をするとはいい度胸だ。
:また髪の話をしてる
そもそも、事前に打ち合わせをしていて呼ぶタイミングは伝えていたんだけど。
まあ、リオさんやリスナーたちが楽しめてるならいいんだけど。
「まあいいや、それじゃ改めて——」
最初の挨拶は元気にいくのがモットーなので、気合を入れるために深呼吸をする。
「みんなおっす! 夢は異世界転生先で勇者になること! 蒼海蒼葉です! 今日も一緒に遊ぼうぜ!」
息を吐き出すと同時に大きな声で挨拶をした。
『遊ぶ遊ぶー! おねーちゃん! アオバきゅんとお医者さんごっこがしたいぃぃぃ!!』
:お、お医者さんごっこだと……
:リオたーん!それなら俺とやろうぜ! もちろん俺が医者だから聴診器で……
:おいそこのヤブ医者、免許みせてみろ!
挨拶の後はコメントが下から上にスライドするのだが、リオさんがとんでもないことを言ったせいでコメント欄が壊れたかのようにずっとコメントが流れていた。
——ちなみにリオさんの生声が壁を通して聞こえていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「つっかれたぁ……」
2時間近い配信が終わってから毎度のルーティンを済ませてからベランダに出ると、少し肌寒く感じるほどだった。
ついこの間まで夜でも茹だるような暑さだったのに、季節は秋を通り越して冬になろうとしているのだろうか。
「葵くんお疲れ!」
ベランダに出た直後、隣から声をかけられた。
声をかけてきたのは——
「先輩早いですね……」
「うん、自分の配信じゃないから気軽にいけるしね! それよりも重大発表おつかれ! ついにアオバきゅんの曲がきけるんだね!」
最近俺の部屋の隣に引っ越してきた渋谷先輩だ。
少し厚めのパーカーにジーパンとこれまであまり見たことのない服装だった。
これもお隣さんになったから見ることができるのかもしれない。
「誰が期待すんですかね……」
先ほどの配信の『重大発表』というのはアオバが曲を出すって内容だ。
どの層に向けてなのか……一応事務所から説明はされたがあまり覚えていない。
実はドッキリでしたって言われた方がまだマシだと思える。
「私は期待しかないよ! アオバきゅんの歌声を聴きながら寝れるなんて……これはもう添い寝してるといっても過言じゃない! ヤバイヤバイ、考えただけで涎がでてきちゃう」
そう言いながら先輩は手で口元を拭う仕草をしていた。
「それよか新しい暮らしには慣れました?」
これ以上この話題を続けているとこっちが疲れそうなので、変更することにした。
「うん、前の家もよかったけどこっちは最高かも!」
そう告げた直後、先輩の表情が変わっていった。
「何せ葵くんが壁を隔てた先にいるんだから……ぐっへっへ」
もう一人の先輩になると薄気味悪い笑いを浮かべながら俺の方を見ている。
「別に聞かれちゃいけないようなことしてないからいいんですけどね……」
ゲームでミスしたり、対戦ゲームで負けた時は叫んではいるが、そこまで酷いものではないはず。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ……終わった終わった」
先輩と話していると、反対側からドアを開ける音と同時に中から人が出てきた。
「あ、ママ!」
出てきたのは大崎さんだった。
相変わらずの下着姿で……
「少年の声が聞こえたと思ったら、悠香ちゃんもか」
大崎さんはタバコに火をつけながら呟く。
「昼間は汗かくぐらいなのに、夜は冷えるな……何か着ればよかったか」
「……いや、普通は何かしら着ると思いますけど?」
俺がため息混じりに返すと大崎さんは気だるそうにみていた。
「家で作業をしてると着替える時間も面倒になるんだよ」
タバコの肺を灰皿に捨てながら答える大崎さん。
そういえば、アオバとリオと一緒に配信をやってから大量に仕事が舞い込んできたと話していたので忙しいのはたしかなようだ。
「ママ、いつも言ってるけどベランダとはいえ、外出る時はさすがに服着ないと危ないよ」
渋谷先輩が俺の部屋との柵から顔を覗かせながら更に奥の大崎さんへ声をかける。
「別に減るもんじゃないし、こんな年寄りの下着姿見て喜ぶ奴はいないだろ」
「そうかな、ママ綺麗だし! スタイルもすごくいいと思うけど」
先輩の言葉に大崎さんは乾いた笑いをしつつタバコを大きく吸い込んだ。
たしかに彼女の言う通り大崎さんは綺麗な部類に入る。
最初にこの姿で会った時ドキッとしたことを思い出す。
今は慣れてしまってそんなことはまったくないが。
「2時間という配信をやってくれたVtuber様に感謝の気持ちを伝えなければと思ってな」
大崎さんはしたり顔で俺の方をみていた。
「悠香ちゃんはわからないかもしれないが、少年は私の下着姿を見るたびに部屋が慌ただしくなっているんだよ」
「……はい?」
大崎さんの表情からして100%嘘であることは明確だ。
だが、それは2個隣の住民には理解できるはずもなく……
「そ、そうなの! 葵くん!!」
「いやいや、そんなことないですから!!」
「あれ、この前壁越しに私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたけど……感じからして最後を迎えてたのか?」
「大崎さん更に嘘を重ねないでください!!」
「ぐっ……おねーちゃんなのに何も協力できなくてくやしい!」
なぜか、両手で握り拳をつくり泣きそうな表情になる先輩。
いやいや、そうなる理由がわかんないから……!
「悠香ちゃん、いいことを教えてあげよう、この少年は黒の下着が効果あるようだ」
そう言いながら大崎さんは自身の身につけている下着を指さしていた。
「そ、そっか! 葵くんちょっと待ってて! たしかこの前買った下着があるから!」
それだけ言い残して先輩は部屋へと戻っていった。
「よかったな少年、当分は夜のお供に困ることはなさそうだぞ」
「いやいや、そう言うのは求めてませんから……!」
ちなみにこの後本当に渋谷先輩が下着姿で戻ってきていた。
男の子として先輩のそんな姿が見れて嬉しい気持ちはありつつも複雑な気持ちになったことは言うまでもない。
俺の現実も仮想世界も当分落ち着くことはなさそうだ。
そんなことを思いながら俺は深くため息をついたのだった。
——1st SEASON END
お読みいただき誠にありがとうございます。
21時頃にもう1話だけございますので、お楽しみいただけると幸いです!




