第3話 目に見えるものが全てとは限らない
「やっぱさ、可愛い男の子は正義なんだって!」
「……そ、そうなんですか」
2人しかいない個室にて、渋谷先輩は分厚いジョッキを片手に自身の趣向に関して熱い思いをぶつけていた。
——遡ること30分前
会議が終わった後、渋谷先輩に引っ張られながらやってきたのは、長年経営していると風貌を漂わせている居酒屋だった。
渋谷先輩の雰囲気からして、綺麗な感じの店に行くかと思ったが、正反対の店であることに少し戸惑いを覚えてしまう。
「ここ、料理もお酒も美味しいし、店内の雰囲気がすごくいいんだよ」
そして何よりも防音がしっかりとした個室の有無が一番の理由だとか。
自分たちのような仮想空間がメインの活動者からすれば、外でバレるのが何よりも恐ろしいことなので、声が漏れることのない部屋があることは願ってもないことだ。
個室に案内されると、先輩はすぐにメニューを開いていく。
「葵くん、何がいい?」
「それじゃコーラで……」
「ふと思ったんだけど、葵くんっていくつ?」
「19ですよ」
「うそ!? 中学生かと思ってた……私と1つしか変わらないんだね」
「中学生だったらこの活動自体できないですって」
「そういえばうちの事務所は18歳以上からだったね!」
先輩はオーバーなくらい大きな声をあげてそう答えていた。
どうやら本当に俺のことを中学生だと思っていた様だ。
高校の時にも中学生と間違われてたけど、大学になってもまだ続いていることに大きくため息をつく。
「あ、すいませーん!」
そうしている間に渋谷先輩は大きく手をあげると同時に店員を呼んで、料理と飲み物を注文していった。
「19ってことは大学生?」
「そうっていうか……渋谷先輩と同じ大学ですよ」
「マジ!? もしかしてだからずっと私のこと先輩って言ってたの?」
「ですね」
「でもうちの学生が多いみたいだけど、私ってそんなに有名?」
「去年の学園祭のミスコンですし」
昼間に友人から聞いたことをそのまま伝えると、先輩は恥ずかしさからなのか、両手で顔を覆っていた。
「他にも可愛い子がたくさんいたのに、まさか私が選ばれるなんて思わないじゃん!」
「そうですかね、先輩は綺麗な方なので、選ばれて当然だと思いますけどね」
お世辞も含まれているがほとんどは本心だ。
「……ホント?」
すると、先輩はゆっくりと顔を覆っていた手をゆっくりと開き、捨てられた子犬のような目でこちらを見ていた。
「ほ、ホントですよ!」
「そっかぁ! ふひひ……」
何か変な声が聞こえてきたような気がしたが、先輩は先ほどまでの笑顔に戻っていた。
そのタイミングで注文した飲みものが届くとお互いの飲み物を手にしていた。
「それじゃ、乾杯しようか! 今日もおつかれさまでした! かんぱーい」
「かんぱーい!」
お互いのグラスを軽く合わせると、勢いよく飲んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すみませーん! 生くださーい!」
先輩は個室のドアを開けると、大きな声で注文をしていた。
店員にも聞こえたのか、「あいよー!」という豪快な声が返っていた。
ちなみにテーブルの上には3つの分厚いジョッキが置かれている。
「先輩、そんなに大きな声出して声バレしちゃいますよ……」
「私の声ってそこまで特徴のある声じゃないから平気だと思うけど?」
顔を真っ赤にしながらトロンと今にも閉じそうな目で答える先輩。
「だったら1年で登録者数50万人もいかないですよ……」
そう答えながら、彼女が開けた入口をゆっくりと閉じていく。
「そうかなあ……何か最近伸び悩んでいるような気がするんだよね」
「最近、他の事務所からも新人さんが入ったりして人が増えてますからね、仕方ないことだとは思いますけど」
だからこそ、地道な努力が必要だと思っている。
ここでいう地道な努力というのは配信を続けることだ。
——自分の言葉ではなくてあの人が配信で話していたことだけど。
「ほえ〜、葵くんすっごい大人な感じがする! 見た目は中学生みたいなのに!」
先輩は溢れるぐらいの笑顔でそう話していた。
もちろん本人からすれば悪気はないと思っているが、グサリと剣のように俺の体に刺さる。
「あ、もしかして葵くんって俗にいう転生者だったりする?」
先輩はケラケラと笑いながら俺のことを指さしていた。
転生者というのはラノベによくある不慮の事故で異世界へ移り住むことではない。
Vtuberでいう転生者というのは別のキャラだったが紆余曲折あって別のキャラになることである。
例えるなら、大塚葵が蒼海蒼葉の中身になる前、別のキャラの姿で配信をしていたとかだ。
Vtuber文化が始まってそれなりに年数も経っているので、そう言った話もちらほらと聞く。
もちろん口が裂けても公言できることではないけれど。
「そんなわけないでしょ……」
ため息混じりに返すと、先輩はさらに大きな声でケラケラと笑っていた。
「ごちそうさまでした〜!」
飲み始めてから2時間ほど経っていた。自分の配信時間のこともあって会計を済ませてから店を出た。
そのまま先輩は俺の腕を掴みながら千鳥足で駅へと向かっていった。
「それじゃ私はこっちだから〜! 葵くん気をつけて帰ってね!」
改札の奥で大きく手を振る先輩。
酔っ払ってもvtuberの名前を出さないあたり、大人気配信者たる所以なのかもしれない。
「先輩も気をつけて帰ってくださいね……」
彼女の姿が見えなくなるまで、小さく手を振っていた。
「さてと……帰って配信準備しないと」
彼女が乗った電車の姿が見えなくなると俺は反対側のホームへ向かって歩き出していった。
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「それじゃ今日の配信は以上になります! 明日も一緒に遊ぼうぜ!」
リスナーたちにそう告げると配信を終了し、きちんと終了されているのかを確認してからかけていたヘッドフォンを外した。
「今日も登録者数の増減はほとんどないか」
配信サイトのマイページを見ながらいつものように一人ごちる。
「減ってないのがせめての救いか……」
PCのディスプレイに向けて呟きながら動画配信サイトのページを閉じると両腕を天井へ向けて伸ばしていく。
長時間同じ姿勢でいたためか、腕の関節がバキバキと音を立てていた。
「今日はそろそろ寝るか、その前に明日の授業はっと……」
デスクの上に無造作に置かれていたスマホを手に取り、スケジュールアプリで授業を確認していく。
「明日は5限だけか……それならもっと配信を続けてもよかったな」
そんなことを思っているとスマホに動画配信サイトの通知が届く。
通知のテキストには『Rio チャンネル』の文字。
通知をタップし、彼女の配信サイトにアクセスすると、配信サイトの彼女の動画一覧ページが表示された。
『ライブ』と書かれているので、どうやら配信中のようだが……
「少しだけ行ってみるか、この前、配信に来てくれたし」
動画を再生させると、画面いっぱいに大きく口を開いたバケモノの画像が映ると同時に先輩……リオさんの叫び声が響き渡っていた。
どうやらオンラインゲームの『クリーチャーハンター』をリスナー参加型形式でやろうとしているようだ。
概要欄には一緒に遊べるようにプレイしているサーバー名が記載されていた。
『この前新しい武器を作ったから、性能試すいい機会だね!』
リオさんの言葉に『がんばれ!』『落ち着いて!』など彼女を応援するコメントがひっきりなしに流れていった。
「……自分の配信でもこんな風に大量のコメントが来て欲しいなあ」
そんなことを思いながら、ベッドで横になりながら動画を見ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『うわーん、ダメージが入ってる気がしない!』
敵である巨大クリーチャーに戦いを挑んでから20分ほどが経ったが倒せる気配が全くなかった。
「そういえばこのモンスター、打撃系の耐性のあるんだっけか」
自分もこのゲームは挑んだことがあり、最初はそれに気づかず苦戦していたことを思い出した。
敵の全身を覆っている岩のような鱗を破壊すれば楽になるのだけれども。
:一緒に戦ってる人でハンマー持ってるのいないのか?
:ハンマーで覆ってる鱗を壊さないとダメージ入んないんだよなぁ
コメントを送っているリスナーは気づいたのだが、リオ先輩や参加しているプレイヤーたち戦闘に集中しているのかコメントに気づいていないようだった。
:誰か1人でも抜ければ俺がハンマー持って参加するのにな
:倒し方しらねーならでしゃばんなよな!
「そうだ……!」
徐々に苛立ちを見せていくリスナーのコメントを見るとすぐに起き上がり、椅子に座ってゲームを起動していった。




