第25話 ひと夏の経験が活かされることは・・・
「たまやー!」
ドンという鈍い音が響きわったのも束の間、宵闇の空に大きな花火が広がっていった。
海岸にいる人たちはそれに合わせて歓声をあげたりして楽しんでいた。
もちろん、俺の目の前の椅子に座る人もその1人だ。
「みてみて葵くん!」
渋谷先輩が片手にビールが入ったグラスを持ちながら興奮冷めやまぬ様子でこちらを見ていた。
さっきまでは下品な笑いを浮かべながら、謎の物質『アオイニュウム』なるものについて熱く語っていたのだが。
花火が始まったことで、どうやらもう1人の先輩が隠れてしまったようだ。
「見てますよ」
答えてる間にも花火が打ち上がったのか、何回もドンという音の後に、バーンという音が周辺に響いていくと同時に上空に花火が広がっていく。
「よくニュースとかで花火のことが出ると、何でこんな暑い中、わざわざ外に、しかもこんな人混みの中で花火なんか見るんだろうって思ってたんだけどさ」
先輩の言う通り、朝のニュース番組で花火のことを目にする度、同じことを感じていた。
場所にもよるが、ライブ配信でも見ることは可能だし。
「こうやってリアルで見るのと動画サイトのライブ配信で見るのとは全然違うね!」
そう言いながら先輩はビールを勢いよく飲んでいく。
着替え終わってから結構な量を飲んでいるが大丈夫なんだろうか……。
『本日の花火大会は以上となります! お越しいただきましてありがとうございました!』
打ち上げられる花火を見つつ、先輩と話しているうちに花火大会が終了した。
あっという間に感じたということは楽しんでいたのかもしれない。
「それじゃ、そろそろ駅に向かいましょうか」
荷物を持って立ち上がるが、目の前でゆっくりと立ち上がる先輩を見て、思わずため息がでてしまう。
「うへへ〜、葵く〜〜ん」
先輩はすでに出来上がっていた。
花火大会の時も何回かビールを頼んでいたし、大丈夫かと心配していたのだが……。
「……歩けますか?」
「うん、歩けりゅよぉ」
ほとんど脳が睡魔に敗れた状態でそう答える先輩。
そのまま駅に向かおうとすると後ろからズッシリと寄りかかる感触が。
もちろん先輩なんだが……
「うへへ〜、葵くんの体あたたかーい」
先輩はこちらに体重を乗せつつ、肩に頭をのせていた。
「先輩、重いですから離れてください」
「やーだー! アオイニュウムが不足して動けないー!」
いつぞやに聞いた駄々っ子のように答える先輩。
こうなった彼女は自分の意見を曲げることはないので、俺は諦めの境地へ。
「……さっきまでは夢のような時間だったのにな」
独りごちながら俺は先輩に抱きつかれながら、駅へと向かっていった。
背中の柔らかい感触をある程度堪能しつつ……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「前の方から、ゆっくりと電車にご乗車ください! まだ電車は走っていますので慌てなくても大丈夫です!」
駅につくと花火大会にきた客で駅は大混雑していた。
やってきた電車を見送ること数回、やっと自分たちが乗れる順番がやってきた。
運が良かったのか、自分たちが1番最初なので、確実に座ることができる。
「先輩、行きますよ」
隣に立っている先輩に声をかける。
「……う〜〜〜〜ん」
返ってきたのはほとんど脳が動いていない状態での返事だった。
動けそうにもないので、彼女の手を取って、電車へと入ると1番端の座席、先輩を隣に座らせる。
座った瞬間、国民的アニメのキャラに対抗できるかとおもえるぐらいの一瞬の間に夢の世界へと旅立っていった。
俺の肩にもたれかかりながら……
「……念の為、マネージャーさんに連絡しておくか」
すぐにスマホを取り出して、リオさんのマネージャーにメッセージを送ると、すぐに『了解』とスタンプもない無機質な返事が返ってきた。
そして数分して、電車が走り出した。
「……そういえば、最初は動画のためとか言ってたけど、何だかんだ楽しんでたな」
電車に揺られながら今日のことを振り返ると、楽しんでいたことに気づく。
これを活かして今度のリハーサルに臨めばいいものができるだろうと思えてくる。
うん、この時の俺はそう思っていたんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐっへっへー、逃げないでよアオバきゅん!」
「捕まったらとんでもないことになりそうだから逃げてるんじゃないですか!」
「変なことしないって! ちょっとクンカクンカしたりペロペロしたりしてアオバニュウムを摂取するだけだからー!」
「それがやばいっていっているんですよー!」
撮影スタジオ内を駆け巡る俺と先輩。
スタジオ外にあるディスプレイにはアオバとリオが青空の広がる海岸で追いかけっこをしている風に見えているのかもしれないが……
「ってか何でリオさんが追いかけているんですか! どうみてもこっちですよね!」
「このご時世、男も女も関係ないんだよ、アオバきゅん! アオバきゅんという獲物を見つけたらリオもオオカミになるってことなんだよ」
「いやいや、そんな綺麗な声でトンデモ発言しないでくださいー!」
ちなみにこの流れは絶対にボツになるかと思ったが、互いのマネージャー含め、スタッフから大絶賛だったとか。
もしかして俺の感性が周りとズレてたりするのか?
「葵さん、悠香さんお疲れ様です!」
撮影終了後、着替えを済ませて休憩室に戻ると、俺のマネージャーが笑顔で出迎えてくれた、
「たくさん動いてましたので、たくさん水分補給してくださいね!」
マネージャーはテーブルの上に置かれたペットボトルのお茶を指していた。
それに合わせて、テーブルの方へと視線を向ける。
「おつかれ、少年」
ペットボトルの先にある姿に人物に目がいってしまい、その場で棒立ちしていた。
何で、大崎さんがここに!?




