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第23話 葵も男の子

「あの人……ですか?」

 「うん、『すきまだいち』ちゃん!」

 「……大御所じゃないですか」


 先輩が挙げたのはこの界隈でも大御所と言われるVtuberの1人だ。

 まだバーチャルYoutuberと言われていた時代から活動してきた、いわばパイオニアだとも言われている。

 デビューしてからもうすぐ10年になろうとしているが、いまだに現役。

 自分や先輩のような弱小配信者からすれば神とも思えるほどの存在だ。


 「うん、最初に見たのは配信じゃなくてライブの映像だったんだけどね、テレビ番組で特集されてたんだけど」


 ここ数年でVtuberもメディアに取り上げられることも多くなっているので、その時に放送されたものだろうか。


 「Vtuberって存在は知らなくて、新しいボーカロイドかなって思ってたんだけどね、歌がすごく上手だったし」

 「その時期だと、ボーカロイドたちのライブも開催されていましたしね」


 そう話すものの、どちらのライブに行ったことはないけれど。


 「その後に、だいちちゃんの雑談配信を見て、ビックリしたんだよね!」


 気がつけば先輩はこちらに身を乗り出してこちらを見ていた。


 「ライブ映像の内容がなかったことになるぐらい、ガチのオタクだったんだよ!」

 「そういえばあの人、腐女子で有名でしたね……」


 件の配信者はアイドルとしての一面も持つが、裏ではドップリとその世界に浸かっている人だ。

 一度、配信のことを学ぶために雑談配信を見たことがあるけれども、未知と世界すぎて何を話しているのか理解できずにいた覚えがある。


 「あの時はすごい衝撃的だったよ! あんなに可愛いのに話す内容が真逆だったし」

 「真逆と言うか別次元な気がしますけどね……」


 というか、先輩はあの人の話を理解できたのだろうか?


「ちなみに、私はそっちに詳しくないから内容がほとんど理解できなかったよ」


 彼女の言葉に少し安堵感を覚える。


 「でも、そんなだいちちゃんを見て、オタクな私もいていいんだって思うようになったんだ」

 「それじゃ、Vtuberをめざすきっかけは……」

 「うん、だいちちゃんのおかげ! だから、もう1人のリオは彼女を参考にしたんだよ! まあ最初に提案した時、マネージャーは大反対だったけどね」


 まあ、リオさんはアイドルで売り出そうとしてたと思うし、いきなりあんなキャラを全面にだそうものならどうなるか考えただけで体が震えてくる。

 結果、リスナーには受け入れられているけれども……。


 「ってかせっかく海に来たのに辛気臭くなっちゃったね。 もう十分休んだし、今度は海の方に行こうよ!」


 先輩はグラスに残っていたアイスコーヒーを飲み干すとすぐに立ち上がる。


 「お願いですから、さっきみたいに変なことはしないでくださいよ……」

 「それは葵クン次第かなぁ」


 そう答えた先輩の表情はもう1人の片鱗が映っていた。

 どうやら、俺の心が落ち着くことは当分なさそうだ……

 そう思いながらこちらもグラスにのこっていたコーラを飲み干したのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「先輩、どうしたんですか?」


 意気揚々と海に向かって走り出していった先輩だったが直前で足を止めていた。

 もしかしてさっきの海の家で忘れ物でもしたのだろうか。


 「……あのさ、葵くんって泳げる?」


 若干顔を引きつらせながらこちらを見る。


 「まあ……人並になら」


 小学校低学年の時に水泳教室に通っていたのでクロールとか背泳ぎぐらいならできる。それ以外はできるとは思うけど自信はない。

 でもここでそんなことを聞くってことは先輩はもしかして……


 「……泳げないんですか?」


 思っていることをそのまま彼女にぶつけると、無言のまま頷いていた。


 「それなら何で海にきたんですか??」

 「葵クンの水着姿を見れるってモチベ維持をしてたからねー」


 先輩はわざとらしく舌をだしていた。


 「で、でも! 配信のためには頑張らなきゃいけないからね!」


 震えた声でゆっくりと片足を海につけるも「ひゃっ」っとこれまでに聞いたこととのない声を上げながら足を戻していた。


 「そうだ! 葵クン泳げるなら教えてよ!」


 さっきまで沈んだ表情をしていた先輩だったが一瞬にして目を輝かせていた。


 「……いいですけど、今までしたことないからうまく教えれるかわからないですよ」

 「はーい! よろしくおねがいします!」


 先輩はまるで女児のような大きな声でそう返したのだった。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「まずは顔を見ずにつけるところからはじめましょうか」


 先輩の腰ぐらいまで浸かるぐらいの所まで進んでからそう告げる。

 ちなみに先輩は怖かったのか、ここまでの間ずっと俺の手を握っていた。


 「ど、どうするの?」

 「そのまましゃがむだけでいいですよ」


 先輩はゆっくりと屈んでいき、あっという間に頭まで海に浸かっていった。


 「こわいー!」


 だが、すぐに立ち上がっていく。


 「怖くないですよ、それに何度かやっていくうちに際さもなくなってきますから」


 そう話すが、先輩は頭をぶんぶんと左右に降っている。

 なんていうか駄々っ子のように……。


 「そういうなら葵くんも一緒にやってよ!」


 先輩は名案だと言わんばかりにこちらに人差し指を向けていた。


 「別にいいですけど……」

 「それじゃ、せーので一緒に潜るよ」


 そしてすぐに彼女の「せーの」の声に合わせて俺もしゃがんで海の中に潜っていく。

 目の前に映ったのは先輩の顔ではなく、足。

 正確に言うと股下といったほうがいいのだろうか。

 水着の上の部分は嫌でも目に入るが、下は意識でもしない限りみることはない。

 男の悲しい性なのか、見てはいけないと思いつつもついつい視線はそちらへと……

 だが、ゆっくりと先輩が体をかがめていき、視線の先には必死に目をつぶっている彼女の顔が。


 滅多にみることのない先輩の表情を見て愉悦感を覚えたのはここだけの話。


 まだまだ今日という日は続く。

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