第17話 未知の世界へ
「葵さんお疲れ様です!」
誰もが休みを望みたくなるある平日の夕方。
俺はマネージャーに呼び出され、事務所があるオフィスビルへとやってきた。
受付でマネージャーを呼んでもらい、来客用のソファに座ってスマホをいじっていると声をかけられたので顔を上げると、急いできたのか、少し息を切らせたマネージャーが立っていた。
「……そんなに急いでどうしたんですか?」
「たっくさんお話したいことがあったので急いできたんですよ!」
そう言って息を整えつつ返すマネージャー。
そのまま、来客用のIDカードを渡され、入場ゲートの奥にあるエレベーターへと乗った。
「記念配信のグッズの予約が結構きているんですよ!」
マネージャーはエレベーターに乗り、ドアが閉まると毎度のように興奮気味に話し始めた。
「……そ、そうなんですか?」
「そうなんですよ! こちらとしては嬉しい限りですけど、製造元は残業でフル回転しているみたいです!」
「それ言われると素直に喜べなくなりますね」
そんなことを話しているうちに、エレベーターは事務所がある階へと到着した。
マネージャーに案内されて会議室と書かれた部屋へと入っていった。
「空いてる席に座って大丈夫ですよ!」
どこに座ろうか迷っているのがわかったのか、マネージャーは話しかけてくれた。
これから色々話すとは思うので、彼女の目の前の席に座る。
「ちなみにあのコントローラーに関しては個別で販売して欲しいって声が多いんですよ!」
これから話すための資料をこちらに渡しながらマネージャーは笑顔でそう告げる。
「え、ま、マジですか……」
それに対して俺は何とも言えない気分になり、気の抜けた返事をする羽目に。
先日の発表した記念配信のグッズはアクリルスタンドや缶バッチなどは個別販売もあるが、コントローラーに関しては発注の関係なのかわからないが、全てのグッズが入ったセット販売でしか手にいれることができない。
「アオバさんが一生懸命ストランカーをクリアする姿に触発されたようで、プレイしたくなった人が多いみたいで、一緒にコントローラーも手に入るならってことで購入する人が多いんじゃないかって戦略チームの人たちが言ってました!」
たしかに配信のコメントにもソフトをゲーム系の通販サイトで探す人や押し入れから引っ張り出したりといった内容が流れていた。
「そうだとしても、あれはエング先輩のおかげですけどね……」
あの時はクリアできずに切羽詰まり裏技へ手を出そうとしていたが、冷静になって考えてみれば、配信が盛り下がっていたに違いない。
タイミングよくエング先輩が来てくれたおかげで、盛り上がりの中で記念配信を終えることができた。
「そんなことないですよ! アオバさんの人気や頑張る姿がリスナーさんたちの心にささったんですよ!」
「……それならいいですけどね」
褒められ慣れていないせいか、マネージャーの絶賛する声がこそばゆくなってきたので、話を終わらせつつ渡された資料をめくっていく。
「……マネージャーさん?」
「どうしました?」
何も考えずに資料をめくりつつ中身を確認していると、あるページの内容に目がいき、思わず声をかけてしまう。
「これ、マジですか?」
若干震えた声で、資料の内容を彼女へと見せる。
「マジですよ! 実際に制作にも入っていますので!」
マネージャーの返事を聞いて。俺はもう一度資料へと目を向ける。
——資料には『蒼海蒼葉3D化』と大きな文字で書かれていた。
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「……まさか、こんなに早くここまで来れるなんて思わなかったな」
マネージャーとの会議が終わり、家へ戻り、配信の予定はないのでゆっくりしようと思っていたものの先ほどの話が衝撃的すぎて落ち着くどころではなくなっていた。
外の空気を吸えば少しは落ち着くかもしれないと思い、ベランダに出たのはいいが変わる気配はなかった。
「3D化か……」
3D化というのはVtuberが普段の1枚絵(性格にはライブ2Dというものだが)ではなく立体的な体を手にいれるものだ。
事務所の規定では社内の会議で承認されたらなど曖昧な基準となっているが、他の事務所では明確な基準があると聞いたことがある。
それだけ3D化というのは一種の目標であり、Vtuberの中の人間からすれば夢とも言えるものだ。
「他の人の3D配信を見て、自分もこうなりたいとは願っていたけど……」
ベランダの柵にもたりかかりながら、ふと自分の手を見ると若干震えていた。
プレッシャーからの震えなのか、はたまた嬉しさのあまり感情がバグっているからなのか、学のない自分には理解できなかった。
「ベランダから人の気配がすると思ったら少年か」
暫くの間、ベランダで過ごしていると、突然声が聞こえた。
「……あ、こんにちは大崎さん」
声の主は隣の住民の大崎さんだった。
今日は上に白いTシャツを着ているものの、したは相変わらず下着のみ、そして彼女の口元にはタバコが見えていた。
「それにしてもどうしたんだ? 元気がなさそうだが?」
上空に向けて副流煙を吐き出すと、大崎さんは俺の方をじっと見ていた。
「……そんなに元気なさそうに見えます?」
「毎日みてるわけではないけど、この前に比べたらそう見えるな」
そう言って大崎さんはベランダに置かれた灰皿へ灰を落とす。
「もしかして、卒業間近の緊張でうまくいかなかったのか? 何事も経験だから1度失敗しただけでクヨクヨするもんじゃないぞ? ちょうどいいし今から私が練習相手になってもいいんだぞ」
「何の話を……いや、色々察したので言わなくて結構です」
俺の返事に大崎さんはケラケラと笑っていた。
——いつの間にか俺の気持ちも落ち着いたような気がした。




