第12話 1人の彼ぴとして
「やぁだ!アオバきゅんも一緒に寝るの!」
渋谷先輩は女性1人では大きいと思えるベッドに横たわりながら、布団を何度も叩いていた。
「……先輩、まだ時間もあるから家に帰ったほうがいいですよ」
「やぁだ! 今日はアオバきゅんをペロペロしながら寝るの!」
子供のようにムッとした顔で叫ぶ先輩。
夜風にあたれば少しは酔いが覚めるとは思ったけど、効果はいまいちのようだった。
「……選択失敗したかな」
幼児のように頬を膨らませている先輩を見て俺は大きくため息をついていた。
事の発端は30分前。
「——やだ、今日は1人になりなくない」
店を出てから駅に向かい、彼女を見送ろうとしたところこう告げたのだった。
「家に帰りたくないから今日は葵くんの家にいくの!」
最初は冗談かと思い、いつものように流そうと思っていたが、先ほどのように幼児みたいなことを言い出したのである。
「だ、だめに決まってるじゃないですか!」
「大丈夫だよ! 葵くんの部屋が汚かったらおねーちゃんが掃除してあげるから!」
よくよく見ると、酔いが完全に抜けきれてないのか、顔が赤くなっていた。
あんなことが起きたから完全に酔いが覚めたと思っていたけど、違っていたようだ。
「そういう問題じゃなくて……!」
リスナーにバレたらどうするんだ! と言いかけて大きく息を吸い込んだ。
登録者数が多いからこそ、ふとしたことで渋谷先輩がリオさんってことがバレたら大事になってしまう。
しかも一緒にいたのが自分だって知られたら……考えるだけでも体が震えてきそうだ。
「それに明日も授業あるって言ってたじゃないですか! 流石に準備もしないのは——」
「——さっき、友達にLIMEでランチと交換条件で代返お願いしたから大丈夫!」
笑顔でピースサインをする先輩。
いくらなんでも用意周到すぎないか!?
他にも色々と理由をつけて彼女を返そうとするもことごとく論破されてしまい結局は自分の家に連れてくることになってしまった。
そして今に至るわけだけど……。
「アオバきゅん、早くこっちにきてよー! 今すぐにもアオバニュウムを摂取しないと暴走しちゃうかも!」
「……何ですかアオバニュウムって」
「アオバニュウムってのはね! アオバきゅんの体に溢れ出てるエネルギーのことで私が平常心を保つに必要なーー」
「聞いてないですから……」
大きくため息をつきながら、クローゼットの奥にあるタンスからTシャツとジャージを取り出して彼女に渡す。
「布団で寝るのはいいですけど、その前にお風呂入ってきてください……」
「も、もしかして後からアオバきゅんも……!?」
「行きません……先輩が出た後に入りますから」
そう返すと先輩は不服だったのか、ムスッとした表情で着替えを受け取ると、洗面所へと向かっていった。
ドアが閉まる音を聞いて一息つく。
「さてと、今のうちに連絡しておくか」
机の上に置いたスマホを取り出すとすぐに連絡用アプリを開いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アオバきゅん! おねーちゃんがお背中流して……ってドアが開かない!」
先輩が風呂からあがり戻ってきたので入れ替わりに風呂にはいり、数分して風呂のドアを叩く音が聞こえてきた。
まさか本当に入ってこようとするとは……
「警戒して鍵かけて正解だったな」
湯船に浸かりながら独りごちていた。
ただ、先輩はこれだけで懲りる人ではなかった……
風呂から出ようとドアをあけた瞬間、先輩が目の前に立っていた。しかもバスタオル1枚だけで。
慌ててすぐにドアを閉めてもう一度鍵をかけた。
「……何でそんな格好で立っているんですか!」
「アオバきゅんの背中を流してあげようかなって!」
「ってか戻ってきた時はちゃんと服着てたじゃないですか!」
「もちろんここでもう一度着替えたんだよ!」
「そんなことしなくていいですからすぐに着替えて部屋に戻ってください! これじゃ出れないじゃないですか!」
「大丈夫! 私はおねーちゃんだからアオバきゅんの裸をみてもなんとも——」
「先輩がよくてもこっちが嫌なんです!」
「えー! それじゃあとでベッドの上でアオバニュウム摂取させてくれるなら戻る!」
「……もう好きにしてください」
その直後、先輩は聞いた事のない雄叫びをあげていた。
「……先輩ってもしかして酒乱なのか」
そう呟きながらゆっくりドアをあけて、彼女がいないことを確認してから風呂からでた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐっへっへ! アオバニュウムゲットだぜ!」
部屋に戻り逃げられないことを悟った俺は先輩の言う通りベッドに横たわるとその後ろから先輩は俺に抱きつき、どこかで聞いたようなセリフを口にしていた。
それよりも背中越しに柔らかい感触がしているが、必死に意識しないように心を無にしていた。
「……葵くん」
しばらくの間、先輩はネコのように俺の背中に顔を擦り付けていたが、先ほどのテンションが嘘かのように静かに俺を本名で呼んだ。
「ど、どうしたんですか……?」
彼女の方へ振り返ろうとするも、先輩は抱きしめる力を強める。
つまりはこっちを向くなってことなんだろう……
「さっきはありがとう」
俺の背中に顔をつけているのか、先輩の声は少しこもっていた
「別に俺は何もしてないですよ、軽く話したら相手が許してくれただけなんで」
多少荒療治だってかもしれないけど……
「それに俺は1人の彼ぴとしてリオさんを悲しませたくはなかったですから」
俺がそう答えた後、少し沈黙が流れていた。
「葵くん彼ぴだったの?」
「実はそうなんですよ、ちゃんとメンバーシップにも入っていますし、毎月ボイスだって購入してダウンロードしてますよ」
「そんなことしなくても、言ってくれればタダであげるのに」
「……それを言ったら先輩だってそうじゃないですか、俺のわけのわからないボイス購入してるの知ってますからね」
俺の場合は購入数が少ないからすぐにわかってしまうんだけど……
「……俺は1人の彼ぴとしてリオさんにもっと楽しい配信をしてほしいんです。 あんなことで落ち込ませたくないんですよ」
「葵くん……!」
先輩はさらに力強く俺の体を抱きしめていた。
嗚咽の声と共に……
それから先輩は何度も俺にお礼を言っているうちに、寝てしまったようで心地よさそうに寝息を立てていた。
「同期はライバルでもあり助け合う仲間でもある。 こういうことだよな……」
先輩の寝息を聞きながら俺はかつて配信で聞いたことを呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はーるーかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひゃ……ひゃい!!!」
どのくらい時間が経った後か覚えていないが、俺の部屋に2人組の女性が入ってきた。
片方は俺のマネージャー、そしてもう片方は……
先輩のマネージャー……馬場茜さんだ。
「にゃ……にゃんでまねちゃんが!?」
「大塚があかりの方に連絡してたんだよ! MTGで気づいたのがさっきだけどな!」
先輩は俺の顔を見ていた。
「全く、アンタは人気配信者って自覚がないの!? こんな状況をリスナーに見られたらどうするの!!!」
さっきまで俺に抱きついていた先輩だったが、今は布団の上で正座をさせられていた。
そして何故か俺も……。
馬場マネージャーに説教された後、先輩は引きづられるように俺の部屋を後にしたのだった
「こんリオ!! 彼ぴのみんな、もしかして待たせちゃったかな?」
その後の配信でいつものリオさんになっていたので一安心した。
やっぱりリオさんの元気な配信を聞いてるのが1番だなと……




