第11話 葵の強さ
「先輩、ここにいたんですか! 心配しましたよ」
居酒屋の男女兼用のトイレの前で立っている男を無視して、その奥にいる渋谷先輩へと声をかける。
男は襟足まで伸びた金髪、両耳に3個ずつつけたピアスと、いかにもと言った感じの風貌だ。
「あ、失礼します」
無理矢理に男と先輩の間に入ると、すぐに先輩の手を掴み、こちらへと引き寄せて個室の方へと戻ろうとするが、ガッチリと肩を掴まれてしまう。
「何勝手なことしようとしてんだ? その女には詫びされてねぇんだけど?」
男はドスの利いた声で話しかけてきた。
そう簡単には返してくれないかとため息をつくと。
「先輩は先に戻っててください」
俺の前で小刻みに震えている先輩に声をかけるとゆっくりと俺の方を向いた。
「で、でも……」
「大丈夫ですよ、こういうことには慣れていますから」
先輩を心配させないように返す。
「む、無理しないでね!」
そう返した先輩は急いで個室の方へと向かっていった。
「おいおい、女の前だからってずいぶんとカッコつけるじゃねーか!」
男はさっきより力を込めて肩を掴み出した。
——全く痛くはないんだけど。
「さっきの女にお詫びとして気持ちいいことさせようと思ったが、しょうがねえおまえが慰謝料を払ってくれればいいか! そうだなぁ最低100万……うぎゃあ!?」
男が下卑たことを口走っている合間に腕を前から後ろに向けて回してから、相手の腕を交差させる状態までもっていく。
男は腕が捻れた状態になるため、あまりの痛さに大声をあげて座り込んでしまっていた。
「て、てめえ……ふざけやが——」
情けない姿で尻餅をつく男にゆっくりと顔を近づける。
「これ以上彼女に近づいたらもっと痛い目に合わせますよ?」
できることなら男に顔を近づけたくなかったが、相手を怯ませるにはこうするのが効果的だ。
その効果もあってか、男は先ほどまでの威勢がどこかへ吹っ飛んでしまったのか、今にも泣きそうな顔をしていた。
どうやら見た目だけだったようだ。
これ以上相手にするのも面倒だったので、男を放置して個室へと戻っていくことに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「先輩もどりまし……ぐおっ」
個室に戻ると、勢いよく抱きしめられ今までに出したことのない声がでてしまう。
「よかったぁあああああ、おねーちゃんすごく心配したんだかああああ!」
相当心配していたのか、泣き出しているようだ。
それはいいんだけど……
「せ、先輩……ちょっと離れてもらってもいいです?」
「やだああああ! もうアオバきゅんからから離れたくないぃぃぃぃ!」
駄々っ子のように叫ぶ始末。
一応自分の男なので、先輩のような綺麗な人に抱きつかれるのは嫌じゃないんだけど……
あえてどことは言わないけど、柔らかい感触がお腹に当たっていることに何とも言えない気分になる。
こういう時、聡太なら素直に喜ぶんだとは思うけど。
「……ここに彼ぴがいなくてホントよかった」
知られたら彼ぴが阿鼻叫喚の悲鳴をあげるに違いない。
それに相手がアオバだとわかったら……考えるだけでも体が震えてきそうだ。
「あのーすみませんー」
そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
突然のことで驚いたのか、しがみついていた渋谷先輩が俺から離れていた。
「は、はーい!」
返事をしながら、声の方へと振り向くとしろい割烹着を着た人物が立っていた。
店に入る時にキッチンから顔を出していたから板前さんだろうか、顔も年季が入っているので店長かもしれない。
俺が振り向くと真っ先に頭にかけていた白い帽子をとって深々と頭をさげていた。
「先ほどは不届きものがそちらのお嬢さんにご迷惑をおかけしたそうで……」
どうやら先ほどの件のことで謝罪にきたようだった。
むしろ謝るのは先ほどの男なのになと思いながら板前さんに頭をあげるように促す。
「店の者にきいたところ私がたまたま足りないものを買い出しに言ってる間に起きていたようで、誠に申し訳ございませんでした!」
そして再度、深々と頭を下げる板前さん。
「あの男はこの店を出禁にしました。 この辺一帯の店にも連絡済ですので、どこ行ってもこの辺りで飲み歩くことはできませんのでご安心ください」
そんなことが出来るのかと思っていたら、この人はこの辺りの商工会のお偉いさんだと話していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございました! またどうぞお越しください!」
先ほどの板前さんや他のスタッフに見送られながら店を後にする自分と先輩。
ちなみに迷惑をかけたのでお代はいらないと言われてしまっていた。
「葵くん、ありがとうね……」
店を出る時からだけど、先輩はずっと俺の腕を両手で掴んでいた。
「そんなお礼を言われることはしてないですよ」
「でも、あの時、葵くんが来てくれなかったらと思うと……」
先ほどのことがまだ忘れられないのか、先輩の体が震えていた。
そんな彼女を心配に思いながらも駅へと辿り着いた。
平日の夜ということもあってか、スーツ姿のサラリーマンが多いように思える。
「それじゃ、先輩気をつけて——」
改札前で見送ろうとするも、先輩は先ほどよりも俺の腕を掴む力を強めていった。
「——やだ、今日は1人になりなくない」
先輩は下を向いたまま今にも消えそうな声でそう呟いたのだった。
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