表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18番人気の奇跡から始まった、俺と隆平の探偵事務所 ~ざまぁもチートもない、探偵事務所のリアルな日常と裏稼業~  作者: 風風風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第6話 愚かさの底で見た光

雑居ビルの三階。ペンキの剥げかけたドア。

安物のオフィスデスクと、ウレタンが

ボソボソと露出しているソファ。

探偵事務所を開設して、一年経っても、

「……。今月の家賃、いくら足りない?」

「二万。明日の食費もない」

康介が言うと、隆平りゅうへいは煙草を

揉み消していた。


そして、アスファルトの照り返しの中で

流した汗と、無力感に震えた夜の冷たさ

こそが、康介たち「R&K探偵事務所」の、

始まりだった。

1【 八王子の事務所と、尾行の失敗 】


その日、康介は浮気調査で致命的な大

失態をやらかしたばかりだった。

対象者の男を車で尾行中、曲がり角で

信号の変わり目に突っ込み損ね、完全に

車を見失ってしまったのだ。

焦って周囲を探し回ったが、影も形も

見当たらない。結局、依頼主には言い

訳すらできず、調査は失敗に終わった。

事務所に戻り、冷え切った部屋の空気

を吸い込みながら、康介は自分の不甲斐

なさに歯を噛み締めた。

「俺は、頭が悪いなぁ。……」

呟いたその声は、自分でも驚くほど乾

いていた。

まさか、その自嘲気味の独り言が、

康介と隆平の二人にとって大きな飛躍

のきっかけになろうとは、その時は夢

にも思っていなかった。

「己の愚かさを知るのは、智者への

第一歩だ」

隆平が、静かに煙草の煙を吐き出しながら

言った。

康介は彼が何を言っているのか分からず、

ただ呆然と見返す。

「……?」

「知恵がなかったら盗めばいい。借り

ればいい。本からでも人からでも、

学べばいい。自分の頭脳に己惚うぬぼれれが

あると、そういうことに気付かない。

『自分は頭が悪い』と気付くのは、智者

への第一歩だ」

「お前が、そういうことを口にするとは

なぁ。……」

康介は、目の前で飄々(ひょうひょう)と構える相棒に、

まるで意外なものを見たという顔を向けた。

「俺はいつだって、色々思ってるのさ。

口に出さないだけだ」

「これからは、そういうこと、どんどん

言ってくれ」

「お前がそうしてほしいって言うのなら、

言うことにするさ」

隆平は悪びれもせずに肩をすくめた。

「なぁ、隆平。俺たちが今の状況から

脱皮するには、どうすればいい?」

康介はデスクに両手を突き、真剣な眼差し

を向けた。

「同業他社には無い強味を持つことだな」

「それは、俺も考えてるけど、……どう

にもアイディアが出ない」

隆平は少しの間、天井の染みを見つめて

から、ぽつりと言った。

「『迷子のペット探し』なんてどうだ?」

「は? ペット? そんなの猫探しや犬探し

だろ。カネになるか?」

「富裕層だけをターゲットにすればいい」

「ふ~ん。……」

「カネの有る無しに関わらず、『ペット

は家族同様』との想いを持つ人はいる。

そこに特化するんだ」

「なるほど。……確かに、普通の浮気調査

よりは需要があるかもしれないが、どう

やって?」

「他人の知恵を借りる」

「! ……」

「ペット捜索で有名な人、いるだろ?

そういうやつのやり方を徹底的に盗むんだ」

「だな。……」

「直接、教えを請いに行ってもいい」

「うん」

「ハウツーを、ブログや動画で調べてもいい」

「うん」

「俺、やってみようか?」

隆平の目が、珍しく真剣な光を帯びていた。

「うん、そうしてくれ。しばらくの間、

隆平はそれ専任でいい。事務所の浮気調査

や雑用は、俺が引き受けるから」

「よし。やってみよう」


2【 独りでの奮闘と、二週間後の答え 】


隆平がペット捜索の調査と研究に没頭して

いる間、康介は一人で現実の泥水をすすって

いた。

隆平が動き出したその日から、康介の地獄

のような日々が始まった。浮気調査の失敗

の汚名を返上するため、そして事務所の家賃

を稼ぐため、俺は単身で過酷な尾行と張り

込みに身を投じた。

特に厄介だったのは、冬の寒さが身にしみ

る住宅街での徒歩尾行だ。対象者が古い

アパートから出てきたのは深夜二時。

霜が降りたアスファルトの上で、足音が

響かないようにスニーカーのつま先だけで

歩く。息を潜め、電柱の影に身を隠しなが

ら、凍える指でスマホのカメラを構え続け

る。

「頼むから、もう動かないでくれ……」

心の中でそう祈りながら、何時間も冷たい

風に耐えた。

極めつけは、ある駐車場の張り込みでの

ことだ。身を隠す場所がなく、康介は公衆

トイレの脇の狭いスペースにうずくまり、

缶コーヒーの温もりだけで体温を保ちな

がら朝を待った。胃がキリキリと痛み、

冷えた足の感覚はとうに消えていた。

それでも、あの日の自分の「頭の悪さ」

を痛感したからこそ、弱音を吐くわけ

にはいかなかった。孤独な張り込みの中

で康介が磨いたのは、気配を消す技術と、

わずかな兆候を見逃さない執念だけだっ

た。


それから二週間後のことだ。

事務所に戻ってきた隆平が、手元の

ノートを机に置きながら言った。

「大体のハウツーは分かった。実践して

みよう」

「おう。待ってたぜ。どうだった?」

「ああ、いろいろうまくいく仕組みが

見えてきた。それとな」

「ん? ……」

「今までみたいに、俺らが汗だくになって、

猫や犬を追い回すんじゃなくてさ」

「うん。……」

「パートナー、探そう」

「は? パートナーって、誰をだ?」

「ペット捜索に関しては、外部に協力者

――つまりパートナーを作って、そいつ

らを捜索のエキスパートに育て上げるんだ」

康介は思わず言葉を失った。

「そいつらの収入アップにもなって、ゆく

ゆくは俺らの富裕層をターゲットにした高

額案件の時にも、頼れる相棒になってもらう」

「うん! それならウィンウィンだな」

「そう。俺たちが全部自分でやる必要は

ない。仕組みで回すんだ」

「でもよ、そいつらがもし自分で富裕層の

客をつかまえてきたらどうするんだ?」

「それはそれでいいさ。富裕層に認知され

れば、商売がやり易くなる」

「いいのか? そんな太っ腹で」

「康介。お前は、富裕層に直接コネを作れ!」

隆平が力強く言い切る。

「……、うん。……、おう!」

「富裕層への営業はお前。俺は、ペット

捜索の実務を仕切る仕組みを作る」

「うん! いいね!」


3【 動き出す歯車:便利屋回りとペットサービス 】


翌日から、隆平の怒涛の営業が始まった。

まずは、都内や近郊の便利屋を片っ端から

回り始めたのだ。飛び込みでドアを叩き、

業務提携の商談を持ち掛ける。

何十軒も回るうちに、隆平は業界の構造的

な悩みに気づいた。儲かっていそうな便利

屋ほど、慢性的な人手不足で頭を抱えてい

たのだ。力仕事、汚れ仕事が多い商売であ

り、今どきの若者には到底務まらないこと

が多い。離職率も高く、経営者は常に頭を

悩ませていた。

「ペット捜索も楽とは言えないが、引っ

越し業務のあの凄まじい肉体労働に比べ

れば、体力的な負担は少ないはずだ」

そう確信しながら、日に三十軒以上も

ビルや事務所を回っただろうか。

「ここでダメなら、また明日だ」

そう自分に言い聞かせながら、その日

最後の一軒である、年季の入った便利屋

のドアを叩いた。

「失礼します。ペットの捜索を、業務の

一つに加えませんか?」

「ふ~ん。……」

経営者らしき五十代半ばの男が、胡散臭

そうに見上げながらも、初めて興味を

持ったように話を聞く態勢に入った。

「ハウツーは、こちらで提供します。

うちで直接依頼する案件以外は、お宅

で受注したペット捜索の業務は、すべて

お宅だけの仕事にしてくれて結構です」

「ほぉ~。……それは、どういうことだ?」

男の目が鋭く光った。

帰りがけ、外に出て振り返ると、

「レインボー商会」の看板が目に入った。

隆平の仕掛けた交渉の歯車が、確実に噛み

合い始めていた。


一方その頃、康介は、別の角度から勝負

に出ていた。

港区を中心に、ペット犬の散歩代行サー

ビス業務をひっそりと立ち上げたのだ。

区内の高級マンション街を歩き回り、

動物病院、トリミングサロン、ペット

ホテルといった関連業者を隈なく回り、

自作の名刺を置いて頭を下げた。

名刺には「R&Kペットサービス」と記し、

業務内容には『ペット犬の散歩代行、

およびペットケア全般』と大きく謳った。

もちろん、康介のスマホの番号とLINEの

連絡先が直通で繋がるようにしてある。

さらに、並行してアルバイトの募集も

かけた。

「ペット犬の散歩代行。時給2,000円」

その破格の条件に、都内の学生やフリー

ターから応募が殺到し、バイトの人間

はすぐに集まった。実際に仕事を請け

負うわけではないが、連絡先だけは

しっかりとリスト化して控えておく。

「いざ業務を請け負ったら、お前らに

発注するから頼むわ」

そう言って、康介は彼らとつながった。

正直に言えば、この時点ではまだ全く

儲けにはならなかった。むしろ、交通費

や広告費で持ち出しになることの方が

多い。だが、康介は焦らなかった。

「今は利益じゃない。伝手つてを作る

ことだ」

康介は固く自分に言い聞かせ、毎日の

ように港区の街を歩き続けた。

八王子の小さな事務所から始まった

康介たちの泥臭い挑戦は、確かな計算と、

それぞれの役割分担のもとで、少しずつ、

しかし確実に、次のステージへと動き

出そうとしていた。


©2026 [風風風]. All rights reserve.

「ペット捜索稼業も、軌道に乗ってきたな」

康介が腕を組みながら言った。

「ああ。

依頼者からは、感謝されてるみたいだ」

隆平が、手元の書類から目を離さずに

淡々と答える。

「別に人助けの為にやってる訳じゃない

けどな。カネのためだろ、結局は」

康介がそう言うと、隆平はぴたりと手を

止め、無言のまま康介を見つめた。

何も言わない。

何かを深く考えているような、奇妙な

沈黙だった。


明日8月7日 20:00 に、第7話を掲載

します。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ