第4話 「アパレルの仕事がしたい」美咲
追い詰めたはずの犯人は、
ただの追う側と追われる側の
哀れな兄妹だった前回。
八王子の冷たい夜風が、康介
と隆平の身に染みる。
正義の鉄槌を下すわけでもなく、
事件を華やかに解決するわけでもなかった。
二人はただ、逃げ場のない人生の片隅を
覗見ただけだった。
事務所のドアが、
小さくノックされる。
「どうぞ」
隆平が声を出すと、
入ってきたのは五十代半ばの
くたびれたスーツ姿の男だった。
「ここ、探偵事務所ですか?」
男は疲れた目を部屋中に泳がせる。
「ええ、八王子の R&K 探偵事務所です」
俺は立ち上がり、席を勧める。
男は名刺を一枚差し出した。
小さな町の印刷所で働く職人だった。
「何か、お探しで?」
隆平がメモ帳を構える。
「娘を探してほしいんです」
男は震える声で切り出した。
「失踪届は警察に?」
「出しました。でも、事件性が
ないと相手にされなくて……」
どこかで聞いたやり取りだった。
「娘さんの名前と年齢は?」
俺はボールペンを握り直す。
「美咲、二十二歳です。
三ヶ月前に家を出ていったきり、
連絡が取れません」
「心当たりは?」
「東京に出て、アパレルの仕事が
したいって言ってました。でも、
実際は……」
男は言葉を詰まらせる。
「実際は、どうなんですか?」
「夜の店で働いているという噂を
聞いたんです」
男の指先が、擦り切れた手帳を
強く掴んでいた。
「分かりました。調べます」
俺はその依頼を引き受けた。
数日後、俺たちは中央線の駅から
ほど近い雑居ビルにいた。
美咲が働いているという
キャバクラの周辺を張り込む。
夜の八王子は、冷たい風が
吹き抜けていく。
「親父の背中ってのは、
見てて辛いもんだな」
隆平が缶コーヒーを傾けながら
ボソッと言った。
「ああ……」
俺はポケットに突っ込んだ
両手をきつく握りしめる。
娘を探す父親の姿は、
あの日の自分たちと重なっていた。
「あいつか?」
隆平が視線を前に向ける。
店の裏口から、派手なドレスを
着た若い女が出てきた。
見覚えのある写真の顔と一致する。
「尾行するぞ」
俺たちは足音を殺して、
静かにその後を追った。
美咲は駅から少し離れた
古びたアパートへと入っていく。
部屋の明かりが灯るのを確認し、
俺たちは階段を静かに上った。
インターホンを押すと、
しばらくしてドアがわずかに開く。
「どちら様ですか?」
怯えた表情の美咲が覗き見た。
「お父さんから頼まれて来た」
俺は静かに告げる。
美咲は息を呑み、その場で
崩れ落ちるように泣き出した。
「帰りたくない……あんな
ボロボロの工場しか知らない
父親には、こんな惨めな姿、
絶対に見せられない……」
娘のプライドと、父親の焦燥。
どちらの言い分も痛いほど分かる。
正義も悪もない。
ただ、それぞれの人生が
すれ違っているだけだった。
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高級なスーツに身を包み、真鍮の
プレートが掲げられたエントランス
を誇らしげにくぐろうとも、康介の
足の裏には、いまだにあの時のコン
クリートの熱さがこびりついて離れ
ない。八王子の雑居ビル。ペンキの
剥げかけたドアを開ければ、そこに
あったのは安物のオフィスデスク
だった。
明日 8月5日 20:00 に、第5話を掲載
します。よろしくお願いします。




