42話
『徳川秀忠の陣』
くそ、上田を落とし、真田を討ち取れれば父上だけではなく、私の家督相続を支持せぬ家臣たちも心変わりするはずだったのに。
正信の忠告を無視した報いか、いや、あ奴はあくまで父上の家臣であって、私の家臣ではない。
康政も忠告してくれた。
康政は父上の家臣ではあるが、私に忠義を尽くしてくれ私を支持してくれている。
父上に忠義を尽くす忠勝とは違い、私を守ろうとしてくれる。
だが、正信に言われたことに反発し、真田の策略に乗って、降伏を待っていた私の責任か。
「中納言様」
「なんだ、正信」
今一番会いたくはないが、助言を貰わねばなるまい。
他の者たちは経験不足や若い者が多いからな。
「榊原殿を先陣として、急ぎ関ケ原に向かわせてはどうでしょう」
「ふむ」
確かに、康政であれば安心して任せられる。
「大久保殿がおられれば、問題ありますまい」
「確かに、どうだ、康政」
「問題ないかと」
「では、他には信幸、秀久を付ければどうか」
「真田殿は上田の抑えに置いておいても良いと思われます」
「内通することはないとは思うが」
「問題ありますまい。真田殿に何かあり抜かれたとしても、関ケ原には大軍があり、江戸にも守備兵もおります」
「糧秣など、邪魔をされることはないか」
「それは、東海道がある故問題ありません」
「分かった、康政は、仙石殿らを率いて迎え」
「はっ、では」
康政が出て行ったが、任せて折れば問題あるまい。
今、関ケ原がどのようになっているか分からないが、まさか、一日で決着がつくとは思えない。
「後は、数名を残し、急ぎ関ケ原へ向かうぞ、忠隣は支度を任せた」
「はっ」
「正信は残れ」
皆が出て行ったか、小姓や警備の兵も席を外させた。
「すまんな、お主や康政の助言を無視して」
「いえ、構いませぬ」
「そうか」
謝るのは嫌だが、筋は通しておかねばな。
康政には後で謝ろう。
「関ケ原はどうなっていると思う」
「殿が仕掛けた調略が成功していれば、終わっているかもしれません」
「…寝返りか」
「はい」
そうか、調略しているだろうな、確かに。
そうなると間に合わない事になるのか…
父上に悪いが、調略が失敗している事を祈るしかないのか?
「中納言様」
「なんだ」
「遅参は我々老臣の責任でございますゆえ、気になされますな。殿も若い頃は色々やらかしておりますゆえ」
「なんだ、慰めてくれているのか」
「そう言うわけではありませんが、一度は苦い経験をせねば、人は成長できませぬ。苦い経験など、せぬ方が良いですが、そうなると一度躓くとそこからうまく立ち直れぬ事もありますゆえ」
「そうか」
私も苦労しているとは思うが、確かに、大きな失敗は今までしたことはなかったな。
父上や文武に優れたものが家臣に多くいるから苦労も少ない。
父上に比べれば、苦労は少ないか。
「すまんな」
「いえ」
「私は家督を継ぐに値するか」
「さて、それは殿がお考えになる事で、私に言えることではありません」
この言い回しだと、家督を継ぐ資格はないとは言わないが…と、いう事か。
仕方あるまい、正信は秀康兄上を支持しているからな。
「ただ」
「ん?」
「殿が天下をおとりになり、諸大名を従えた時代は、武より文への比重が大きくなるとは思っております。乱世では乱世の才を、天下泰平では天下泰平の世の才が必要になります」
「それはそうだな」
「天下泰平で武が必要で亡くなることはありません。しかし、諸大名を抑え、力を削ぎ、従わせるには文の知の才が必要となるでしょう。一度形を作り上げれば、後はそれを運用するだけで天下を治めることが出来ます。殿下はそれを失敗しました。武断派と文知派の対立を利用して家内統制を行おうとして失敗したのです。殿下は確かに優れた才を持たれた方ではありますが、天下を統治する才はなかったようです」
そうだな、殿下は織田を乗っ取り、天下統一を行った。
その才は、この歴史上でも有数であろうし、源頼朝や足利尊氏以上の才だっただろう。
だが、武断派と文知派の対立は、殿下が存命であれば家内統制として機能したであろうが、亡くなった後の事を考えていなかったのだろう。
だから、福島や加藤など、子飼い中の子飼いが、同じ立場の石田と対立し、豊臣家臣団が分裂した。
それを利用して、父上はうまく立ち回り、豊臣の中枢を抑えることが出来た。
また、秀次を自害に追い込んだも殿下だな。
本人は助けようとしていたんだろうが、秀次を精神的に追い込んでおいて、自害に追い込んだくせに、腹いせで愛妾や子どもも含めて処刑とか、呆れてものも言えなかったな。
父上や正信は、喜んだかもしれんが、私は気分の悪いものだった。
本当に、今の豊臣の危機を作り上げたのは、殿下だな。
「忠告は聞き入れよう。だが、お前と忠勝の中の悪さはなんとかならんか」
苦笑を浮かべたな。
「残念ながら私ではなく、中務大輔殿が勝手に嫌っているだけです」
「そう言えばそうか、康政とはそうでもないな」
「はい、仕事は仕事と分けておられるようですので」
確かにそうか、家中で正信を嫌っている者は、武断の者たちが多いな。
そうか、徳川家にも豊臣と同じ問題があるのか。
「改めて言われると、気が付かされた」
「いえ、何処の渦中でも前線で戦うものは、後方で支援する者たちを下に見ますから」
ため息しか出ないな。
後方支援、兵糧の手配などがなければ、前線で戦えぬものを理解していないものが多い。
確かに命を懸けているのは前線のものだが、その命を繋ぐために動いている者を軽視し過ぎている。
確かに、父上や私の近くにいるのはそう言う者たちだから、重用していると見て納得できないのか。
「難しいな」
「それが人でございますゆえ」
本当に、ため息しか出ない。
私にも家臣が居るが、徳川を継ぐと重荷を得ることになるのか。
そう思うと、家督を継ぐのも良いとは思えないな。
『真田信之の陣』
やっと、関ケ原に向かわれる兵が出発したな。
小荷駄に手間を取ったな。
父上もいい加減降ってくれればよいものを。
まあ、関ケ原の結果が分からない以上、どちらにもいた方が良いだろうな。
父上も私もどちらが勝っても助命を嘆願するから、命は残るだろう。
しかし、忠政ら若い連中は抑えが聞かなすぎる。
功を焦っているのもあるだろうが、挑発されてあんなに簡単にかかるとか…
大した被害ではないが、あのまま城を攻めていたら被害が大きくなっただろうし、輜重も燃やされていたかもしれないな。
「殿」
「どうした」
なんか、眼が泳いでいるな。
「何かあったのか」
「いえ、大殿から書状が…」
「父上…このことは?」
「私以外知りません」
「分かった、他言無用だ、下がってくれ」
「はっ」
此処にいったっての策謀を仕掛けるのか?
中納言様や本多殿であれば、気にされないだろうが、他の連中がな…
何故、父上は私に気苦労を…さて、何が書いてあるのか。
「あの親父め!」
「殿!?」
「何でもない」
「はっ」
思わず叫んでしまった。
何が、ひと段落したからお茶でもしないかだ!
今、書いて送ってくる事か!
信繁!親父を抑えておけよ!
織田信長…信長
豊臣秀吉…秀吉、殿下
真田昌幸…昌幸
真田信繁…信繁
石田三成…三成
豊臣秀次…秀次
真田信繁
本多正信…正信
榊原康政…康政
本多忠勝…忠勝
大久保忠隣…忠隣
真田信幸…信幸
仙石秀久…秀久
福島正則…正則
加藤清正…清正
本多忠政…忠政




