第一章 山越之顛末 後
狛若が平包を開いた。様々な旅の道具が包まれており、その中には米もあった。狛若は、汲んできた沢の水で粥を炊き始めた。
「わっ、少し炊きすぎたかもしれません」
慌てる狛若。案の定、食べきることができず
「もう腹がいっぱいです」
申し訳なさげに言う。与三郞は、狛若が食べ残した椀を受け取った。
「いけません、私ごときの食べ残しを……」
「いいんだ。見てのとおり俺は柄がでかいからな」
自分の食べ残しをすする与三郞の横顔を、狛若は見つめていた。狛若が訊ねた。
「与三郎さま」
「どうした」
「次は与三郎さまのことを知りとうございます。聞いてもよろしいですか」
「申してみよ」
「すいぶん立派な剣をお持ちなのですね」
狛若が鬼喰を指して言った。
「俺は名前のとおり兄弟が多い。屋敷も田畑も惣領が継ぐから、俺には何もない。それでも父が何かひとつだけ所望のものをくれてやるというので、望んだのがこれだ」
そういうと与三郞は、この大剣「鬼喰」と共に戦った伊佐嶋荘代官討伐の武勇を語りはじめた。
鬼喰は大きく重く、ために柄を両手で握り、棟を肩に担ぎ、全身で構えなければならないこと。そんな鬼喰を思い切り振り回せば、一度に二、三人の首を飛ばすことも不可能ではないこと。棟打ちでも骨まで砕く威力があること。事実その時も、何人かはそうやって頭を砕いて倒したことなどを語って聞かせた。
狛若は時に目を輝かせながら、時に口に手をやって、まるでその場に居合わせたもののように耳を傾けていた。
与三郎は語り終えると
「さあもう寝ろ。明日も歩かねばならん」
と言った。
狛若は俯いたまま何も言わなくなってしまった。
「いかがした」
「よ……与三郎さま……!」
意を決したように切り出す狛若。
「圓曼さまからは、主の疲れを癒やすのもそなたの勤めじゃ、修行の成果を遺憾なく発揮せよと仰せつかっております。狛若は、お話を聞かせていただいたお礼をいたしとうございます」
与三郞は、狛若が圓曼の元で積み重ねた修行なるものが、どういったものだったのかを知った。その立ち居振る舞いが作りものめいて見えたのは、思い過ごしなどではなかった。与三郞は答えた。
「無用だ。俺は別当ではない」
「しかし……」
「無用だと言ったら無用だ。俺の元ではそんなことをする必要はない。寝るんだ」
何も起こらなかった。
与三郞の背後から寝息が聞こえてきた。与三郞が覗き込むと、焚き火に照らされた狛若の頬に涙の跡が見えた。
どれくらいの時間が経っただろうか。与三郞は火の番のために眠ることが出来ないでいた。
「そこに隠れ潜んでおるな」
与三郞が茂みに向かって発すると、ひとりふたり……十人近い賊が姿を現した。
「小屋に入らず、山の頂きを目指すこともなく、このような沢近くに陣取るとはの。山に旅人が入ったと聞いて探しておったが、見つけるに難渋するも道理じゃ」
「稚児を連れておる。本寺の者か。ここで遭うたが百年目……」
口々に呟きながら得物を手に迫る。
与三郞はゆっくりと立ち上がった。背に差していた鬼喰を抜き、鞘を捨てた。
三人同時に襲いかかってきた賊に向かって、与三郞が一文字に鬼喰を振るった。瞬時に首が二つ飛び、、三人目の首筋に刃が食い込む。与三郞は鬼喰を手許に引き寄せた。三人目の首が落ちた。
与三郞は返す刀で空を切った。刀身にべっとりこびりついた血糊が、枯れ草を叩いた。
与三郞が前に踏み出すと、気圧されてじりと引き退く賊。
「死ねや!」
正面から二人、斬り掛かってくると同時に、ひとりが背後に回り込む姿が見えた。
(小僧が……)
与三郞は襲いかかってきた二人の錆刀をかち上げた。重い鬼喰に振り回されて、一瞬体勢を崩したように見えた刹那、与三郞は鬼喰に引っ張られるまま振り返り、狛若の方へと回り込んだ賊を袈裟懸けに斬り捨てた。
与三郞が再び正面に向き直ると、徒手になった賊二人は背中を見せて逃げ去った。与三郞は追わなかった。
賊は最後の一人になった。与三郞は鬼喰を構えながら言った。
「先ほど本寺と申したな。寺に恨みでもあるのか」
賊は青ざめながら言った。
「やはり寺の者か。お前らを殺せば死んだあやつも少しは……」
「何を言っている。どういうことだ」
賊は与三郞の問いに答えず、脇差を手に躍り掛かってきた。
「うおぉぉぉ!」
与三郞はかわした。振り返った賊の肩に棟打ちで軽く入れると、賊は肩を押さえてその場に片膝を突いた。
「寺が気に食わんのか」
与三郞が言った。
「言うたところで分かるまい!」
賊は脇差を喉に突き立てて絶命してしまった。
あたりには静寂が戻った。狛若は焚き火のそばで、寝息を立てながら寝入ったままであった。
朝になった。
「わっ! なんですかこれは」
目を覚ますと同時に、あたり一面に賊の死体がゴロゴロと転がっている情景に驚く狛若。
「襲いかかってきた賊を退けた。気づかなかったのか」
「はい」
気まずそうに答える。
与三郞は
「賊が寺の者を狙う理由を知っているか」
狛若に訊ねようとしたがやめた。昨日から狛若を困らせてばかりだと気付いたからであった。




