セットアップ 旅之始
伊佐嶋荘松森郷人与三郎、生年二十八。身の丈六尺を超え、膂力衆にすぐれ、剣技に通ず。まっすぐな鼻梁と眦の決然とした様子は、その剽悍の性質を面にあらわしてあまりある。
十年前、とあるよそ者が代官職を望んで当地に赴任したときのことだ。
代官は一年目こそ課された任を果たしたが、翌年からはなにかと理由をつけて怠納におよび、あろうことか領主香大寺に納めるべき年貢供物を私しはじめた。怒った与三郎は五尺五寸の大太刀「鬼喰」を背中に帯びて単身その根城へ乗り込み、たったひと晩で与党数十人を討ち果たしたのである。
以来
「与三郎がいる限り伊佐嶋荘には手が出せぬ」
かく喧伝されて久しい。
そんな与三郎はにわかに香大寺へと召し出された。古ぼけた造りの別当院坊へと通された与三郎は、そこで香大寺別当圓曼大僧正より
「よくこそ参った与三郎。平井入道芳眼は当寺領稲富荘を押領し苛政を行い、ために荘民ことごとく逃散せしと聞く。平井を討って押領を停止し寺領を旧に復し、三世諸仏の憂いを除くべし」
かくのごとき御諚をじきじきにたまわることと相成ったのである。圓曼は続けた。
「道中なにかと不便もあろうから供をひとり付ける。心をひとつに手を携え、よくその任を果たせ。狛若、これへ」
しわがれた声で呼ばれたのは狛若と申す稚児であった。年は十をすこし過ぎたころ、目尻と唇に紅をさし、水干を着した張りのある姿は艶やかそのものではあったが、どこか作りものめいて見える。狛若はひらり舞うように座礼の儀をとった。
「狛若と申します。与三郎さまの足手まといにならぬよう努めますので、どうぞお見知りおき下さいませ」
愛用の鬼喰に加え、圓曼より左文字一振りと供ひとりを拝領した与三郎はその晩を宿坊で過ごすと、翌朝早く稲富荘に向けて旅だったのだった。




