第四章 飢餓之村
宿場町では、道行く人々の口伝えに様々な情報が入ってきた。
――あの村は不作で人々が飢えている。
――この村では疫病が流行っている。
――あの代官は苛政を敷いておるそうだぞ。
――いやさ荘民を逃したのじゃと聞いておるが……。
うわさ話は、どれも直に確認しなければ確信を持てないものばかりであった。与三郎と狛若は宿場町を出発しなければならなかった。
街道を稲富荘に向けて歩いていると、何組かの旅人とすれ違った。旅人たちは口々に
「この先の村は不作で酷いことになっている」
というようなことを言った。酷い情景を見ることになるだろうからそのつもりで行け、という警告であった。
二人は村に入った。二人を出迎えたのは屍臭であった。村の中の至るところに遺体が転がっていた。いずれもひどく痩せた遺体だった。頬が痩け唇が薄くなり、歯が剥き出しになっているような遺体ばかりであった。
無数のカラスが土まんじゅうに群がっている。あばらの浮いた野犬がこれへと駆け寄せると、カラスは追われて飛び去った。一瞬見えたものは、土まんじゅうではなく人間の死体だった。カラスを追い払った野犬が、死体を貪りはじめた。
「うっ……」
不意に狛若がえずいた。道ばたで吐き戻している。
「早く出ましょう、与三郎さま」
「そうだな」
道ばたに座り込んで慟哭している女の村人がいた。よくよく見れば両の腕に抱かれる幼子。揺り起こそうとするが、ぴくりともしない。子はすでに死んでいた。
早く出ましょうと言った狛若が、まるで吸い込まれるように女に向かって歩を進めようとした。
「待て」
与三郎の声で、狛若は歩みを止めた。
女は二人の方に顔を向けて言った。弱々しい声であった。
「お侍さま、ご覧のとおり私は子に先立たれ、いつ終わるか分からない飢えに苦しんでおります。その太刀でいっそ、いっそひと思いに……」
求めるとおりにして救ってやるのもひとつかもしれない。
与三郎は鬼喰を抜いた。
女が瞼をぎゅっと閉じた。
与三郎は構えた鬼喰を振り下ろさなかった。
鬼喰は鞘に収まった。
与三郎は誰も救うことができなかった。
与三郎は逃げるように村を去っていった。




