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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿
第1章 DEAD STOCK

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19/22

涙の温度

 ハンカチ越しにひんやりとした何かが載せられ、孔明が思わず手を伸ばす。

「氷で冷やすといいよ」

 小日向がその手を取り、持ってきたビニールの手袋を握らせた。

「入れ物が無いからさ、手袋二重にはめて氷掴んできた。どう、気持ちいい?」

「ありがとうございます」

 そのまま動かない孔明を見て小日向が少し心配になったのか、また立ち上がった。

 その気配を察したのか、孔明も席を立つ。

「顔洗ってきますね」

 早足で会議室を出ると、目にハンカチを当てたままエレベーターと逆位置にある男子トイレへ駆け込んだ。

 棚からフェイスタオルを取り、首にかける。

 洗面台の前に立ち冷水で顔を洗い、そのまま蛇口の下に頭を突っ込み水を流した。

「あーーーーっ」

 咆哮にも似た声を上げ、勢いのまま髪の毛を掻きむしる。

 給湯設備はあるが、調整しないまま頭を突っ込んだから冷水を浴びる形になった。

 むしろ歓迎だ、と孔明はそのまま冷水を頭に浴び続ける。

 ぞくっとして、背中に鳥肌がたつ。

 思わず悲鳴に似たため息が出た。

 タオルで頭を拭きながら顔を上げると、鏡に小日向が映っていた。

 素早くタオルの両端で目を覆うと、小日向が話しかけてきた。

「タオルあるの、ここ」

「そこの棚開けたら、リネン庫になっているから良かったらどうぞ」

 小日向が指された方を向くと、光沢のある人工大理石のドアがあった。

「その先、シャワールームなんですよ。リネンは常備されてます」

 小日向はすげーなといいながらドアを開け、中を確認してタオルを出す。

「オレも顔洗うか。昼飯食べたら、眠くなるんだよなぁ。もう年かなぁ」

 と孔明の隣の洗面台に並んだ。

 勢いよく顔を洗い、タオルで顔を拭き、首にかける。

「しかしデカくなったな。最初会った時はこんなだったのに」

 脇腹あたりに手をやる。

「そんなにチビじゃなかったですよ」

 むすっとした顔で頭と顔を拭き、同じようにタオルを首にかける。

 半乾きになった髪を手ですきながら、後ろに撫でつけ

「行きますか」

 とドアを開けたら、ちょうど女性陣が到着したところだった。

「うわー、こうくん何その格好。銭湯帰りのおっさんじゃん」

 と怜子が孔明の格好を見て笑う。

「銭湯帰りのおっさんでーす」

 同じく首にタオルをひっかけ、顔を拭きながら小日向が孔明の後ろからひょっこり顔を出した。

「あはは、小日向課長失礼しましたー」

 そう言う怜子に、てへっとでも言いたげに小日向が舌を出した。

 びっくりしたー、と怜子は引きつった笑顔で隣のレディースルームへと走っていく。

 その後ろから、MTTの女性社員がすみませんと言いながら小日向を睨み、後を追いかけた。

 都がぺこっと頭を下げ、孔明に向かって首にかけてるタオルを引っ張る仕草をする。

「あ、タオル」

 忘れてた、と孔明が慌てて小日向からタオルをもらい、後ろのドアを開けトイレ内にあるカゴに放り込んだ。

「そうだった。食事終わったら内覧するんだった」

 MTTが借りたオフィスを見に行く、と言うタスクを思い出す。

「よく抑えられましたね、ここ人気なのに」

「うん、隣だからね」

 用意周到すぎなんだよ、と目の前を通りすぎる白い背中を睨んだ。

 小日向は孔明の前を歩きながら、頭の後ろで両手を組み掌を上に返す。

「家から近くなって、助かったわ~」

 と背伸びをした。

 この背中を目標に追いかけてきたんだよな、先生に紹介されたあの日からずっとボクは。

 一体どのくらい近づけたんだろう。

 全くその距離が縮まった気がしないのはなぜだろう。

 そう思いながら、孔明は一つ背伸びをして小日向の後を追いかけて行く。

「和哉さん、待って下さいよ~」 



                          第1章 Dead Stock 完

最後まで読んで頂きありがとうございます。

今回で第1章が終わりました。

コメントやリアクションもお待ちしてます。

下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると、今後の更新とやる気のモチベーションが爆上がります。

第1章終了までお付き合いありがとうございました。

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