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急がば回れじゃ遅すぎるっ  ——ただし、笑いの裏には、それぞれの過去がある  作者: 井氷鹿
第1章 DEAD STOCK

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から揚げ

「から揚げは、あんちゃん(うちの)が揚げた方が美味いな」

 誰に言ってんだよ、と孔明はむすっとした顔でから揚げを口に放り込み、咀嚼する。

「孔ちゃんは、そろそろいい子ができたんじゃないの」

 そこに冗談とも本気ともつかない顔で言われ、孔明の顔が引きつった。

 いい子って、何だよ。

「……まだまだ諦めてませんから」

「ははは、相変わらず言うねぇ君は」

 久々にお気に入りの孔明に会え、小日向は嬉しそうだ。

「あんちゃんに、今度孔明と仕事することになったって伝えたらえらく喜んでさ。あ、これはマジで」

「そーですか」

 孔明は握ったフォークを怒りに任せ、残りのから揚げにぶっ刺した。

「このから揚げも、十分美味しいですよ!」

 あんちゃん、あんちゃんと先生の事、気安く呼びやがって、と思うが悔しいかな口には出せない。

 だって相手は、その先生の夫だ。どう呼ぼうと彼の勝手なんだよね。

 どんなに悔しかろうと、どうしようもない。

「そうだ。炒飯ありましたよ、お好きでしたよね。取ってきましょうか」

「ああ、お願いしようかな。そうそう君が考案した炒飯オムライス。娘が好物でね……」

 仲良く食べているのかと思っていたが、微妙な空気感に怜子と和真が気付いた。

 こっちを向いてる小日向はニコニコと楽しそうなのに、どう見ても孔明の背中はイラついて見える。

 そこへ雑用を終えた市村が入ってきて、取り分けた料理を持って孔明の方へ行こうとした。

「あ、ばか」

 と和真。

「うわぁ、流れ弾食らっちゃう~」

 と楽しそうな怜子に対し隣の都は、思わず目をぎゅっとつぶってしまった。

 

 運が悪い事に、丁度立ち上がった孔明と向き合う形になり、市村が鬼の形相の孔明に睨みつけられる。

 え~~~っ?

 声にならない、市村の悲鳴が和真には聞こえた気がした。

 べそをかきそうな顔で右を見たら、にっこにっこのプロジェクトマネージャーが手を振っている。

「君も一緒に食べる? から揚げ美味しいよ」

「たった今市村が、被弾しました」

 と和真が言い、

「回収してきま~す」

 と席を立つ。

 硬直した市村を和真が無事回収し、自分の隣に座らせた。

「怖かったです……」

「大丈夫、気にしなくて良いんだよ。君は通りすがりの、ただの被害者だから」

 と和真。

「さ、好きなもんいっぱい食べて」

 怜子もすかさず慰める。

「私、何か飲み物取ってきます。市村さんに後片づけ全部お願いする形になっちゃったお詫びです」

 と都はすまなそうに声をかけ席を立った。

「樋浦GMの顔怖かったっス。あのプロジェクトマネージャー、何ですか。あの状況でにっこにっこ笑ってましたよ」

 僕、あのメンタルが怖いですと市村が半べそをかいていた。

「鋼のメンタルですから、ウチの課長は。あ、そうそう」

 開発チーフの中村が意外な事を言ってきた。

「樋浦GMは、課長の奥さんの元教え子さんだそうで。課長が会うのをとても楽しみにしてたんですよ」

 やっぱりだ。怜子は改めて小日向の方を向いた。孔明の長年の恋敵ってあの人だったんだ、と。

「どうやら嫌われてるみたいで、俺は樋浦君に片思いなんだよって言ってました」

 顔合わせ前にお互いのレジュメを交換しているため、バックグラウンドは知られている。

 が、だ。

 何だと? 片思いだって。

「樋浦GMの事、ものすごく褒めてました。課長も努力の人だから、同じ匂いがするGMの事が気になるんでしょうね」

 ――先生の家に半分居候になっていた

 あの夜、居酒屋でそう言った孔明の言葉を思い出す。

 あいつ、夫婦で可愛がられてたんだ。なんだ、そういうことか。

 怜子は独り、したり顔で頷いた。


 さて、こちらは小日向と孔明のテーブルだが、料理を取りに行った孔明がどうぞと小日向に勧めていた。

「ありがとう、孔ちゃん。たまには顔出してよ、ね。あんちゃんが喜ぶから」

 孔明はポケットからハンカチを取り出し顔を覆う。

「くそう。和哉さん、ボクをからかって面白いですか」

「里帰りみたいなもんだろ。遠慮すんなよ」

 と小日向が孔明の左肩を掴む。

 その肩を揺らし振りほどこうとするが、小日向はがっちりつかんで離しそうにない。

「頑張ったな、孔明。待ってたんだぞ」

 孔明は顔にかけたハンカチの上から目を押さえる。

「あー、疲れた。目が痛てぇよ、まったく」

 とうそぶいた。

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