文化祭一日目(前編)
■文化祭一日目(前編)
文化祭の日は、あっという間にやってきた。
朝の校舎はすでに活気に満ち、一年A組の教室も例外ではなかった。
教室の前には「執事&メイド喫茶」の看板が掲げられ、
中では生徒たちが最終確認に追われている。
白馬はメニュー表を手に、落ち着いた声で指示を出した。
白馬「開店まであと十五分。
接客担当は持ち場について、動線をもう一度確認しよう」
蒼紫は執事服の袖を整えながら、静かに頷いた。
蒼紫「……了解」
土屋はというと、すでにテンションMAXだ。
土屋「よっしゃあ! 俺の執事力、見せてやるぜ!」
玲奈は呆れたようにため息をつく。
玲奈「……騒がないの。お客さん来るんだから」
紅莉はメイド服のエプロンを整えながら、少し緊張した笑顔を見せた。
紅莉「でも……なんかワクワクするね」
澪は胸元を押さえ、そわそわしている。
澪「わ、私……ちゃんとできるかな……」
夜宵はまるでベテランメイドのように落ち着いていた。
夜宵「大丈夫。練習通りにやれば問題ないわ」
白馬は全員を見渡しながら、手元のシフト表を軽く掲げた。
白馬「配置はシフト通りにいこう。各々、適宜休憩を取ってね」
紅莉は深呼吸し、胸元を軽く押さえた。
そのまま、そっと蒼紫の横へ歩み寄る。
紅莉「蒼紫くん、今日は一緒に頑張ろうね!」
その声はいつもより少し弾んでいて、期待がそのまま表情ににじみ出ていた。
蒼紫はネクタイを軽く引き締めながら、紅莉を見つめる。
蒼紫「ああ、よろしく」
その短い返事だけで、紅莉の頬がふわっと赤くなる。
そうしているうちに、文化祭の開始時間が近づいてきた。
廊下のざわめきが、少しずつ大きくなる。
白馬はシフト表を確認しながら前に出る。
白馬「最初のお客さんは男性二人組みたいだ。神崎さん、お願いね」
紅莉「うん! 任せて」
白馬「その次は女性二人組だから、湊くんに頼むよ」
蒼紫「ああ」
そのとき、廊下のざわめきがふっと近づいた。
開放された扉の向こうで足音が止まり、影が揺れる。
客たちがそっと中を覗き込む。
最初に入ってきたのは、男性二人組だった。
紅莉はぱっと表情を明るくし、練習通りの所作で一歩前へ進む。
紅莉「おかえりなさいませ、ご主人様♪ こちらへどうぞ」
声は弾んでいて、誘導もスムーズ。
緊張よりも楽しさが勝っているようだった。
続いて、女性客が二人入ってくる。
蒼紫は静かに姿勢を正し、落ち着いた声で迎えた。
蒼紫「おかえりなさいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」
その低く柔らかな声に、女性客たちは思わず顔を見合わせて頬を染める。
こうして一年A組の接客は、いよいよ本格的に始まった。
男性客と女性客が席につくと、教室の中は一気に“お店の空気”へと変わっていった。
奥の席では、別の来場者たちが次々と入ってくる。
制服姿の生徒、学院の教師、友達同士のグループ——
さまざまな客が興味深そうに店内を見回していた。
入口付近では、メイド服の生徒が明るい声で案内を始める。
「いらっしゃいませ♪ こちらのお席へどうぞ」
柔らかい笑顔と丁寧な所作に、客たちは思わず表情をほころばせる。
別のテーブルでは、執事服の男子が静かにメニューを差し出していた。
「本日のおすすめはこちらでございます。
ご不明な点があればお申し付けください」
その落ち着いた声に、客の女性たちは思わず姿勢を正し、
「すごい……本格的……」と小声で囁き合う。
さらに奥の席では、緊張気味のメイドが、おそるおそる水を運んでいた。
「こ、こちら……お冷になります……」
その控えめな声に、客の大人たちは優しく微笑み、
「ありがとうね」と温かく声をかける。
一方、別の執事役の男子は、元気よく客を迎え、酒場の店主のようだった。
「いらっしゃいませー!ご注文はお決まりでしょうか!」
執事姿に似合わない声量に、客たちから小さな笑いが起きる。
店内では、メイドたちがテーブルを回りながら注文を取り、
執事たちが客の案内や対応に忙しく動き回っていた。
その裏では、調理担当が食事やドリンクを次々と仕上げ、
廊下では客引きの声が響いている。
席はみるみる埋まっていき、
一年A組の教室は本物の喫茶店のような賑わいを見せ始めていた。
蒼紫は一人目の接客を無事に終え、その後も淡々と接客をこなしていた。
注文を受け、飲み物を運び、客の質問に落ち着いた声で答える。
店内はすでに満席に近く、次の来客は廊下の椅子で順番を待っている。
蒼紫は次の案内に備えて入口へ視線を向ける。
入口では、同じ輪郭をした姉妹がそっと店内を覗き込んでいた。
氷山凛「やっほー、蒼紫くん!」
氷山冷「遊びに来た」
突然の声に、蒼紫の手がわずかに止まる。
だが、すぐに表情を整え、執事としての姿勢に戻った。
蒼紫「……おかえりなさいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」
氷山凛「お嬢様だって!」
氷山冷「お嬢様……」
二人はわざとらしく顔を見合わせ、同時にくすっと笑う。
蒼紫「冷やかしならお帰り下さい」
蒼紫は肩をすくめながら二人を案内した。
双子はその背中を追いながら、まだくすくす笑っている。
席に着いたのを確認すると、蒼紫は淡々とした声でメニューを開いた。
蒼紫「ご注文は……オレンジジュースでいいですか?」
その一言に、双子が同時に声を上げた。
氷山凛「子供扱いするなー!紅茶!紅茶がいい!」
氷山冷「同じく」
蒼紫「紅茶を二つですね。飲んだら帰ってくださいね」
蒼紫はため息をつきながらもメモを取る。
氷山凛「私たちへの対応雑じゃない!?」
氷山冷「生意気な後輩」
凛はむっとした顔をしながらも、すぐに思い出したように身を乗り出した。
氷山凛「そうだ! 私たちのクラス、お化け屋敷やってるから遊びに来てね!」
氷山冷「……来ないと呪う」
蒼紫「……暇だったら行きますよ」
氷山凛「それ絶対来ないやつじゃん!」
氷山冷「社交辞令」
蒼紫は軽く会釈し、逃げるように氷山姉妹を後にした。
蒼紫は氷山姉妹の接客を終え、次の接客へ向かう。
入口前の椅子には、水色の短い髪の少女が緊張した様子で座っていた。
蒼紫は歩みを緩め、声をかけた。
蒼紫「おかえりなさいませ、お嬢様。来てくれたんだな、水瀬。こちらへどうぞ」
水瀬「……あ、蒼紫くん。執事服かっこいい……」
ほっとしたように微笑むその表情は、静かで柔らかい空気をまとっていた。
蒼紫は席を示し、水瀬を案内する。
蒼紫「ここ、空いてる。座ってくれ」
水瀬はぱっと明るい笑顔になり、緊張がほどけたように椅子へ腰を下ろした。
水瀬「ねぇ蒼紫くん! 体育祭のときの蒼紫くん、すごかったよ!
敵クラスなのに、思わず応援しちゃったもん!」
蒼紫「……敵クラスが応援するのはどうなんだ」
水瀬「だってかっこよかったんだもん! リレーも団体戦も!」
水瀬は身を乗り出し、目をきらきらさせながら話した。
蒼紫は少しだけ視線をそらし、仕事の声色を保ちながらも、どこか照れたように返す。
蒼紫「……ありがとう。そう言われると悪い気はしないな」
水瀬はさらに笑顔を深め、今度は自分の話を思い出したように声を弾ませた。
水瀬「そうだ! うちのクラス、たこ焼きやってるんだよ!
本当に美味しいから、あとで絶対来てね!」
蒼紫「たこ焼きか、仕事が落ち着いたら行く」
水瀬「うんっ!」
水瀬の笑顔は、まっすぐで、眩しいほどの明るさだった。
その後も水瀬は楽しそうに店内を見回し、紅茶を飲みながら体育祭の話や、
自分のクラスのたこ焼きの宣伝を弾む声で続けていた。
蒼紫は相槌を打ちながら、時折、水瀬の無邪気な言葉に小さく笑みを返す。
やがて水瀬が席を立ち、「あとで絶対来てね!」と
手を振って店を後にした頃には、時刻は十二時を回ろうとしていた。
蒼紫は軽く息を吐き、休憩に向かった。




