第一章14 『神様と巨大亀』
海洋エリアに来て、二日目の朝を迎えた。意識が覚醒し、目を開いて辺りを見ると大分白み始めている。恐らく時間的には六時過ぎといったところだろう。
俺たちの朝は結構早い。何故なら夜寝るのが早いからだ。地球にいた時と違って、生活スタイルも随分変った。
俺の左側で、スースーとまだ眠るシオンを起こさないようにタープから出て、朝日を浴びながらグッと背伸びをして欠伸をする。
フウッと一息吐き出すと、薄っすらと息が白くなる。天気は良さそうだが、朝方は少し冷えるようだ。
オドの出力を少し上げて身体を覆い、寒さを和らげる。普段は、体感で温度が感じられるようにオドは微弱に纏う程度だが、こういう時は出力を上げてやれば、冷気を遮れる。便利な力を手に入れた物だ。
眠気を晴らす為に、汲んでいた水を桶に入れて顔を洗い、サッパリした後、朝食の準備の為、火の用意を始める。
シオンは、未だに起きてくる気配はない。意外にシオンは朝に弱かった。そんなシオンを横目に見ながら、火を起こしてご飯を炊き、味噌汁を作る。
おかずには、残っていたスズキを焼いてバター醤油焼きにしようと思い付き、副菜はなにを作るかな……と考えていると、視界の端でムクリとシオンが起きる気配を感じ、目を向ける。どうやらお目覚めらしい。
「トウマ~……どこ~……」
どうやらまだ寝ぼけているらしく、シオンは薄眼で隣に寝ていたはずの俺を、ペタペタと地面を触って探す。
「ここだ。起きたのなら、顔を洗ってサッパリして来い」
タープの外から声を掛けると――
「は~い……」
と、まだ眠気を纏ったなんとも緊張感のない声で返事が返ってきた。俺は、そんなシオンに苦笑しつつ、朝食の準備を進める。
飯盒を火から下ろし、蒸らし作業に入ったところで、顔を洗ってサッパリしたシオンが身支度を済ませて近寄ってくる。
「おはよう、トウマ!」
「ああ、おはよう」
「なにか手伝おうか?」
シオンは当然のように手伝いを申し出てくれる。
「じゃあ、副菜を作って貰うか。簡単な和え物だからすぐに作れる。確かイカが残っていただろ。それを捌いて一口大に切って、格子状に切込みを入れてからサッと茹でてくれ。竈はご飯が炊き終わったからこっちを使うと良い。ああ、それとスズキの切り身を出して貰えるか?」
「うん、分かった」
シオンから、空間操作で取り出したスズキの切り身を受け取り、副菜の用意は任せて、こちらは味噌汁の仕上げに味噌を溶いていく。味噌溶きが終わったので火から下ろし、次はスズキのバター醤油焼きを作り始める。
「トウマ、イカは茹で終わったよ。次はどうするの?」
そう言って茹で上がったイカを見せてくれる。
「なら、そのイカにマヨネーズ、酢、塩、胡椒で味付けして和えてくれ。後はお皿にレタスを敷いてその上に盛り付けて、その上に千切りの人参を添えたらイカのマヨネーズ和えの完成だ」
「了解♪」
そういって教えた手順で作っていく。こちらもスズキを焼き上げ、お皿に盛り付ける。バター醤油の香ばしい匂いが辺りに漂う。
それぞれの料理を作り終わり、盛り付けて食べる準備を進める。シオンも作り終えたのか、用意したテーブルの皿に盛りつけを行い、朝食の準備が整った。
「じゃあ、いただこう」
「うん!」
「いただきます!」「いただきます♪」
二人揃っていただきますをして、まずは味噌汁を一口啜る。
「ハァ~……落ち着く味だ」
やはり日本人の朝は味噌汁だと実感する。スズキのバター醤油焼きもお箸で切り、一切れ口に放り込んで食べる。
バターの風味と醤油の香ばしさが口に広がり、淡白なスズキの身の味を引き立ててくれる。そこにご飯を頬張って咀嚼する……美味い。
「トウマ、お魚美味しい!」
「ああ、だな」
「トウマ、イカのマヨネーズ和えも食べて!」
そう言って、お皿をこちらに寄せてくれる。
「ああ、いただくよ」
そう言って、お皿からイカを一切れ掴んで食べる。マヨネーズの酸味に塩気、そして胡椒のピリッとしたアクセントが舌に広がる。そして、イカの柔らかい弾力が独特の歯ごたえを与えてくれて、良い感じだ。
「どう?」
「うん、美味い。イカも丁度いい柔らかさだ、良い具合に茹でたんじゃないか?」
「ホント?」
そう言って、自分も一切れ食べてモキュモキュと咀嚼した後、美味しかったのか笑顔を浮かべる。
そして、朝食を満喫した俺たちは後片付けを行い、今日の予定を話し合うことにした。
「じゃあ、トウマ。今日の行動指針を決めようか」
「ああ、今日は移動日の予定だよな。次の特異個体は、ここからだとどのくらいの距離にいるんだ?」
「え~と……今の位置は、ここからおよそ一〇〇〇キロ南下したところだね」
指輪を起動して地図を表示し、それを見ながら説明するシオン。
「一〇〇〇キロ……結構途方もない距離だよな、それって。それを一日で走破するってんだから、無茶な話だ」
「今のボク達ならそんなことは無いよ。存在維持量を削らない最大限の走行ならお互い時速二〇〇キロは出せるし、風の抵抗も防御結界で防げば問題ないしね。その速度なら、およそ五時間で走破出来るよ」
五時間……まさに新幹線並みだな。改めて規格外の身体を手に入れたことを実感させられる。
出発前に立てた予定では、一つのエリアを六日間使ってクリアし、最終日を次のエリアへの移動日にする予定で計画を立てた。
俺たちがいる異界の大陸は、総面積はおよそ七〇〇万平方キロメートル、大体オーストラリアと同じぐらいの面積がある大陸で、縦に長い形をしている。
海洋エリアは、大陸の左側一帯の海岸線を占めるエリアで、俺たちがいる場所から最南端までは、およそ三五〇〇キロメートルある。
よって、討伐、移動、討伐というように一日毎に予定をこなせば、海洋エリアにいる特異個体三体は五日目で全て討伐出来る。
そして残り二日を、最後の探索と次のエリアへの移動に使うことで、ピッタリ七日間という計算だ。
因みに異界天球儀の転移機能は、指輪の外部端末では異界から神界へ戻ることしか出来ず、任意の場所へ転移することは出来ない。
一度戻って転移し直す方法もあるが、その度にあのガーディウスに会わなければならないのは避けたかったし、訓練にもなるのでこの方針となった。
「それじゃあ、トウマ。ルートを決めよう」
「ああ」
そう言って、地図を拡大して地形を細かく確認しながら、二人で走破ルートを決める。かなりの高速移動となるので、ルート選びは大事だ。多少、回り道になっても走行しやすいルートを決めて行く。
概ねルートが決まった後は、拠点の撤去を始め、しっかりと後始末も行う。持ち込んだ物を残す訳にはいかないからだ。
俺たちは全ての撤去を終え、念の為に周囲をしっかりと確認した後、入江を後にして断崖を登った。
「じゃあ出発しようか、トウマ!」
「ああ!」
シオンはマナを、そして俺はオドで足を強化し、纏うオドの出力上げて移動を開始する。
二人だけで隊列もなにもないが、俺が前を走りルートを導く役割で、シオンはその少し後ろを走る形となった。
ルートの先導役は重要な役割だ。ルートの地形はリアルタイムの地図で細かく確認したとはいえ、時間と共に状況は変わる。それに魔物も途中で出没する可能性もあるので、しっかりと危険を察知しながら後続を導かなければならない。
本来ならシオンの方が向いているとは思うが、曲がりなりにも俺はシオンの使徒だ。これぐらいの役割を果たせなければ、使徒として恥ずかしい。よって、しっかりとルートを頭に叩き込み、神経を集中させながら前を走り続ける。
『(トウマ、最初から飛ばさなくていいからね。徐々に慣れてきた段階でスピードを上げて行って)』
シオンが念話でアドバイスしてくれる。
『(ああ、分かった)』
シオンのアドバイスにしたがって、最初は時速一〇〇キロ前後の訓練時にも行った慣れたスピードで走り、ペースが掴めて来たら徐々にスピードを上げて行く。
『(いいよ、その調子!)』
シオンの激励を受けながら、集中は切らさず異界の大地をかなりの速度で疾走して行く。そうして、俺たちは海洋エリアを順調に南下して行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
途中で昼休憩をとったり、魔物の群れを避けたりと色々あったが、無事目標地点の一キロ手前に到着した俺たち。
日の傾きぐらいから見ると夕暮れの少し前といったところだから、時間は十五時頃――朝の九時頃に出発したから、移動時間はトータルで六時間といったところだろう。
俺達はすぐに特異個体の元には向かわず、日が暮れる前に拠点場所を探すことにした。
ここは最初の拠点にした場所とは違って、平地に近い砂浜だ。安全面を考慮すると拠点には相応しくない為、少し手前で終わっている断崖の方に良さそうな場所がないか探す。すると、海水に浸食された洞窟のような場所を見つけた。
「ここなら良さそうじゃない、トウマ」
「そうだな……そんなに深くもなさそうだし、魔物の気配もない」
「じゃあ、ここに拠点を構えて、終わったら特異個体を偵察に行こう」
「ああ」
俺たちはその洞窟内に拠点を作り、特異個体がいる場所へと向かう。そして、シオンが示した場所の三〇〇メートル手前の岩礁に身を隠し、その物陰から確認した砂浜にいた魔物は――亀、だった。
「あれって……亀、か?」
「うん、亀だね」
「……でかいな」
「うん、大きいね」
その亀は、優にマンションの三階建てはありそうな巨体だった。
その胴体からは象より二周りは大きい足が四本生えていて、無骨な頭部と先がシュッとした尻尾が生えている。そして、背にはゴツゴツとした巨大な甲羅を背負っていて所々が苔生しており、見るからに重厚な雰囲気を放っている。
歩く度に、ちょっとした地響きが起きそうな(砂浜なので実際はしてないが……)超重量級の体躯であり、踏みつぶされたら軽くぺしゃんこにされるのは想像に難くない。
まあ、防御結界を強化すれば耐えられるかも知れないが、試す気にはとてもならなかった。
「あれが、アスピドケロンか……」
「うん、海洋エリア二体目の特異個体だね。周りにいるのは、ランドタートル。数は……十五体」
アスピドケロンの周囲には、体長二メートルほどの亀が屯している。アスピドケロンに比べれば小ぶりだが、十分でかい。甲羅も堅そうだ。
「さて、シオン……討伐は明日の予定だが、どう戦う?」
あの頑強な甲羅は、かなり頑丈そうだ。ランドタートルなら、俺の弓でも本気でやれば甲羅ごと穿てそうな気はするが、アスピドケロンは難しいかも知れない。なにせあの巨大さだ……甲羅の分厚さも相当だろう。
「そうだね……あの甲羅越しに対しての攻撃は止めたほうが良いと思う」
「シオンでも難しいか?」
「本気でやれば砕くことは出来ると思う。それに空間操作を使えば、真っ二つに断裂させるのも容易いけど、今回のコンセプトに沿わないしね」
面倒にも思うが、最低限の力で様々な可能性を考慮し、綿密に戦いをシミュレートする……それが、今一番経験しなければならない俺たちの戦い方だ。安易で身にならない経験をしても意味がない。
「となると腹側から攻撃、か? ……でも、亀って腹側も堅かったような……」
「うん、甲羅程じゃないけど固いよ。それに下手に腹の下には潜り込まない方が良いと思う。攻撃後の硬直時に、自らの身体で押し潰してくる可能性が高いからね」
あの超重量級の体躯で押し潰されるのは勘弁して貰いたい。俺たちの速度なら、攻撃後に即座に脱出も出来るかも知れないが、シオンの言う通り不用意に潜り込むべきじゃないだろう。
おまけにあの巨体だ。かなりのタフネスも想定した方が良い……多少のダメージでは不要に警戒感を与えるだけで、効果的な攻撃とは言い難い。
「中途半端な攻撃は外殻に阻まれ、力押し以外の手では決め手に欠ける、か……意外に面倒くさい相手だな」
「奴に気付かれない距離から頭を一撃で射抜ければいいけど、出来そう?」
シオンに質問されてアスピドケロンの周囲の地形を見渡し、結論を伝える。
「……条件次第だな。あそこは遮蔽物がない砂浜だ。シーサーペントがいた入り江と違ってかなり海風が強いから、距離を取ると風の影響が大きい。フルパワーでの射撃で、尚且つ横風じゃなければそれほど問題はないが、本気で射抜くとなると結局力押しと変わらないぞ?」
「う~ん……ボクの力に頼る訳じゃないし、トウマの射撃精度を高める訓練にもなるから、そこは良いと思うよ?」
まあ、確かにそうかも知れない。長距離からの射撃は経験が物を言う。訓練時に、散々射撃練習は行ったが、実戦における一発勝負の長距離射撃は何百回の練習にも勝る良い経験になる。
「周りのランドタートルはどうする? またシオンが囮になるつもりか?」
「うん。ボクがランドタートルを倒していって、アスピドケロンの気を引き付ける。そしてランドタートルを全て倒した後に、トウマが気付かれない位置から頭を撃ち抜く、てのはどう?」
ふむ……まあ、お互いの武器の特性を考えれば妥当な策ではある。ランドタートルもサハギンの時と違って数はそれほど多くない。アスピドケロンの攻撃をあしらいながらでも、シオン一人で全て倒せるだろう。
「そうなると、角度が重要だな……アイツの反射神経がどれだけかは分からないが、頭に対する警戒心は高いだろう。あれだけ大きいと視野も広い……特に亀の目の付き方から考えると側面は特にな。もしちょっとでも飛来物が視界に入れば、反射的に引っ込める可能性は大だ」
「ウゥ~……ホントにめんどくさいね~……」
「だな……ここは横風で難しいから、向かい風になる海の反対側の丘に射撃しやすい場所がないか調べよう」
「うん」
俺たちは、相応しい射撃ポジションを探す為に砂浜から離れ、海とは反対側の丘の方へとやってきた。辿り着いたところは小高い丘であり、所々に上の山から転がり落ちてきたのか、大きな岩が所々に点在していた。丁度砂浜を見下ろすような場所だ。
「大分開けた場所だね。ここからならどう?」
「悪くは無いな。そこにある岩陰に隠れれば、感づかれる心配もなさそうだし……ただ、遠いな」
「確かに遠いね」
射撃に相応しいところを見つけたが、かなり遠くなってしまった。ここより下はほとんど遮蔽物がなく、相応しい場所が見つからなかったからだ。おかげで目標となるアスピドケロンのあの巨体がかなり小さい。
「どのくらいの距離か分かるか?」
「ちょっと待ってて」
そう言って指輪で地図を表示し、ここからアスピドケロンの場所までの距離を調べるシオン。
「え~と……およそ五〇〇メートルだね」
「五〇〇メートル……中々の距離だな」
弓で狙うには、かなり常識外れの距離だ。最大射程で言えば、その距離を飛ばしたという話は聞いたことはあるが、それはあくまでも最大射程の話で有効射程で言えば完全に射程外だ。おまけにあの巨体相手では、ただ届くだけの威力では意味がない。
だが、それはあくまで一般的な常識の範囲での話だ。今の俺は完全に常識外の次元に立っている。
「難しそう?」
「いけるだろう。フルパワーで撃てば問題はないし、念の為に矢に細工も施す。ただ、かなりデリケートな射撃になるから、完全に相手の動きを止めないと外れる可能性もある。そこら辺の工夫は必要そうだな」
「分かった。それはボクの役目だね」
「それなんだが、一つ試したい物があるからそれを使ってみないか?」
「試したい物?」
「ああ、詳しくは拠点で話すから戻ろう」
「うん!」
そうして、アスピドケロンを倒す算段をほぼ纏めた俺たちは拠点へと戻ることにした。




