第一章10 『神様と新たなエリア』
異界天球儀で一通りの情報を精査した後、一度拠点である新居に戻り、一日休んでしっかりとリフレッシュすることにした。
初めての任務でいつもより力が入っていた為か、二人共、結構疲れていたからだ(他にも原因はあるが……)。また、次は長期間異界を旅する予定なので、念入りに準備を行う為でもあった。
あの後、草原エリアを異界天球儀で調べてみたところ、特異個体の反応は、俺たちが狩ったゴブリンリーダー以外は確認出来なかった。よって、次のエリアは海洋エリアに向かうことにした。
海洋エリアは、草原エリアの東に位置し、海岸線沿いにある縦に長いエリアだ。形としては、チリに近いだろうか。
特異個体の反応は草原エリアと同じく三つあり、エリアの北から南にかけて点在していた。よって、エリアの北から出発して南下しながら討伐していき、終わればそのまま南の砂漠エリア、西の森林エリア、北の山岳エリアという形で、反時計回りに巡って行く予定だ。
エリアは、一週間毎に移動しなければならない為、計四週間の旅路となる。討伐したらすぐに移動する訳ではなく、討伐後もギリギリまでエリア内を探索し、二人で冒険する予定だ。任務に期限は設けられてはいないので、この機会に色々と経験を積みたい。
因みにこの期間の間、大きな問題が起こらない限りは戻らないつもりだ。全ては本番の任務に向けての訓練。その為に一日の休みを利用して、しっかりと準備を整え、英気を養うことにした。
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ゆっくりと休日を過ごし、精神をしっかり休めた俺たちは前日の夜に用意していた旅の荷物を持ち、再び異界へと旅立つ為に管理区域へと向かっていた。
「いよいよ本格的な冒険だね! トウマ」
「そうだな、準備は万端だが、気を抜かないで行こう」
「うん!」
二人とも気合十分、意気揚々と目的地に向かうが、管理区域の門に辿り着いた瞬間……あっという間にシオンのテンションが下がった。
「そっか……フェルビナいないから、ボクが呼び掛けないとダメなんだ……」
「あ~……まあ、仕方ないだろ。俺達の権限じゃ、開けて貰わないと入れないし……」
フェルビナさんぐらいの上位者は、一定の権限を持っている為、管理区域に関して管理者の同意もなしに入ることは可能らしい。軟禁しているのに踏み込めないと、いざという時に意味がないからだ。
「ウゥ~……そうだ! トウマ、代わりにやってみない?」
呼びかけるのを躊躇っていたシオンが、俺に提案してくるが――
「いや、俺がやると居留守を使われるかも知れんし……」
と、断る。あの男のことだからマジでやりかねない。俺のことを相当嫌っているみたいだからな。
「……それもそうだね。ハァ~……」
理由に納得して、溜息をつきながら門に進み出るシオンだったが、両手で顔をパチンッと叩いて気合を入れ直し、扉に向かって宣言する。
「下級神シオンと使徒トウマ、異界の調整討伐の任を受け、参上いたしました! ゲートの開門をお願いいたします!」
シオンの畏まった声が廊下に響く。しかし、何故か反応は返ってこなかった。
「まさか、留守か?」
「え!? それはないよ。制裁を受けているから、ガーディウス様自身は内側からは出られないし、ここの区域以外には行けないはずだもん」
そう言えばそうだった、とフェルビナさんが以前言っていたことを思い出す。でも、それなら反応がないのはおかしい……まさか寝ている? 二人してどうしたものか、と頭を悩ませていると――
<入りたまえ>
と、門から声が届く。どうやらちゃんと起きてはいたようだ。しかし、少し反応が遅かった。なにかしていたんだろうか? あまり良い想像が出来なさそうだが、そんな俺たちの気持ちを余所に重厚な音を立てながら、扉が開く。
「……行くか」
少し不穏な感じはしたが、意を決してシオンに声を掛ける。
「うん」
シオンも頷いて開いた扉へと進み、俺もそれに続いて前に進んだ。
扉を抜けて異界天球儀が置かれている部屋へと入ると、ガーディウスがいつものように不健康そうな顔に嫌らしい笑みを浮かべながら、俺たちを出迎えた。
「よく来たねぇ~……リフレッシュは出来たかね?」
そう言ってシオンに向かって声を掛けてくる。相変わらず、こちらには視線を向けることはない。
「ええ……これから異界に入ります。宜しいでしょうか?」
シオンは出来る限り話をしたくないのか、向こうの質問に対して簡潔に返事を済ませて、目的を述べる。
「ああ、構わないとも」
そう言って、シオンに道を明け渡すように異界天球儀の前から右に移動する。シオンは、ガーディウスの横を通り過ぎ、異界天球儀を操作して大陸図を表示する。
その間、ガーディウスはニヤニヤしながらシオンを後ろから舐め回すように眺めていた。そんな視線を背に受けているのに気が付いているのか、シオンは少し居心地が悪そうだった。
止めたいが今俺が前に出るとまた揉めごとになる可能性が高い……グッと我慢しつつも、いつでも飛び出せるように緊張感を高める。
シオンは大陸図を操作して、五つに分かれたエリアの東に位置する海洋エリアを拡大表示する。それを見たガーディウスが、興味深そうな声を上げる。
「ほう……次は海洋エリアに行くのかね?」
「……はい」
シオンは、手を止めずに簡潔に答える。
「フム……今回はどれぐらい滞在するつもりなのかね?」
ガーディウスの質問は続き、こちらを探るように聞いてくる。シオンはピタリと手を止めて、ガーディウスに顔を向けて答える。
「答えなければならない義務はあるのでしょうか?」
シオンにしては強気な発言だ。まあ、この男に旅の工程を知られたくないと思う気持ちは良く分かる。しかし、ガーディウスはそんなシオンを意に介さず答える。
「私は腐ってもここの管理者だ。部外者が管理区域に踏み入るのなら、その内容を把握する義務がある。そうしなければ職務怠慢となってしまうからねぇ~」
職務……ね。この前は、その職務とやらをくだらないと言っていた男の言葉とは思えないな。しかし、そう言われてしまえばこちらも答えない訳にはいかない。その職務とやらを命じているのは、アースディア様だからだ。ここで拒否することは、そのアースディア様の命令を、俺たちが蔑ろにすることになる。
シオンもそれが分かっているのか、眉をひそめながらも答える。
「……四週間を予定しています」
「ほう! 四週間かね。ということは、残ったエリアを全て回るつもりだと? 因みにルートはどうするのかね?」
「海洋エリアから、反時計回りに移動するつもりです。なにか問題でも?」
「いやいや問題は無いとも! 存分に旅をしてくれたまえ! こちらとしても一気に仕事を終わらせて貰えるなら、それに越したことは無いからねぇ~」
嬉しそうに、ニヤニヤと笑いながら答えるガーディウス。なにか企んでいそうで嫌な感じだが、それに関しては安全措置が取られている。
フェルビナさんの話では、俺たちが異界にいる際は、外から変な手出しは出来ないように、異界天球儀の機能の一部にロックが掛かるよう設定してくれたとのこと。
元々はそういうルールらしいのだが、念の為に特権でロックが外せないようにも設定したそうだ。だから、出発前には必ず念入りに確認するように言われている。シオンもさっきからその為に色々調べているのだ。
シオンは、ガーディウスから再び異界天球儀の方に向き直り、操作して色々チェックしていたが、特に問題は見つからなかったようで、こちらを見て頷く。こちらも了解という感じで頷き返す。
シオンは俺の了解を受けて、大陸図の海洋エリアの部分を再度拡大し、エリアの北に出発点のマーキングをして、異界天球儀に保管されている外部端末の指輪を二個取り出した。
一つを自分の左手の人差し指に嵌め、俺の元へと移動するともう一つの指輪を俺に渡して来たので、受け取って同じく嵌める。
「それでは、ガーディウス様。これより任務を開始いたします。因みに、これが今回持ち込む物のリストです。内容に問題がないか確認して頂けますでしょうか?」
そう言って、懐から取り出した今回持ち込む物をリストアップした資料をガーディウスに渡す。
「フム……」
ガーディウスはそれを受け取り、しげしげと眺めた後、問題が無かったのかシオンにリストを返す。
「随分と色々持ち込むようだが、まあいい……くれぐれも忘れずに持って返るようにしてくれたまえ」
「承知いたしました。それでは、これで失礼いたします」
そう言って会釈し、こちらもそれに倣い会釈する。
「気を付けて行って来たまえ」
ガーディウスは、あの嫌らしい笑みを顔に張り付けて、本当にそう思っているのか怪しい言葉を投げ掛けてくる。シオンは、気にせず指輪を起動して術式を展開させ、俺たちは異界へと転移する。
だが、その転移する瞬間、俺は見た……こちらに向かって嫌らしく口元を釣り上げて笑うガーディウスの姿を……。
術式の光が晴れると既にそこは管理区域ではなく、海風が香る異界の海洋エリア――その北端に位置する断崖の一角だった。どうやら無事、海洋エリアに転移出来たようだ
断崖に打ち付けるように、海風が吹き付けてきて顔を撫でる。久しぶりに感じる潮の匂いだ。何年ぶりだろうか? そんな懐かしさを感じながらも、最後のあのガーディウスの笑みが目に焼き付いて離れない……。
アイツが俺に視線を投げかけるのは、必ずなにか俺に含む気持ちを持っている時だ。今までがそうだった。不吉な予感が胸に過るが、隣のシオンが興奮した声を上げたので、ふとそちらを見る。
「ウワァーーーー! すごい景色だね、トウマ!!」
そう言ってはしゃぐシオンが目に映る。どうやらシオンは、ガーディウスの最後の顔は見ていないようだった。胸に浮かんだ疑念を、シオンに伝えるべきかどうか迷う。
「どうかした? トウマ」
一向に返事が返ってこなかったことを訝しんで、シオンが話しかけてくる。
「ああ、いや……なんでもない。確かに凄い景色だな」
俺は浮かんだ疑念をごまかすようにシオンに同意する。そして、崖に近寄り、眼下の海を眺めた。……かなりの高さだ。落ちたらタダでは済まなさそうだと少し身震いした。
「さて、じゃあ早速だが海洋エリアにいる特異個体を討伐しに行くか。今どの辺りにいるんだ?」
崖下を覗き込むのを止め、気を取り直すように振り返ってシオンに問いかける。
「え~と……ちょっと待ってね」
そう言って、シオンは左手に嵌めた指輪を起動し地図を表示する。ガーディウスに管理権限を開示された影響で、地図に魔物のいる場所を表示することが出来るようになっている。
前回のゴブリンは、最初のフェルビナさんから貰った情報を基に、感知を使いながら歩き回って探していたので、かなりの効率アップが見込める。
「ボクたちの位置はここだから……あの入江付近だと思う」
覗き込んでいた地図から顔を上げ、南の方向の海側にある断崖を指差す。その方向を見ると、確かに一キロ先ぐらいに入江のような場所が見える。
「よし、行ってみるか!」
「うん!」
そう言って、その方向に歩きだす俺たち。ガーディウスのことは気になるが、今は任務に集中すべきだろう。案ずるより産むが易し、とも言う。アイツの影に怯えるより、今はシオンと共に冒険する喜びを大切にしよう。
二人して断崖の入り江を目指し、断崖沿いを歩く。しかし、本当に凄い断崖だな……高さは軽く一〇〇メートルは超えているんじゃないだろうか。ここから見える最も高そうなところだと、更に倍はある。まさに自然が生み出した絶景だ。シオンも物珍しいのか、景色に夢中になっている。
「シオンも、こんな絶景を見るのは初めてか?」
「うん! 図鑑とかでは見たことはあるけど、生で見るのは初めて! トウマも?」
「そうだな、俺も初めてだ。テレビの特集なんかでは見たことはあるが、生だとここまで凄いのは未経験だ」
まさに冒険の醍醐味のような景色だ。歩いているだけでワクワクしてくる。
「そうなんだ……ねぇ、ボクたちの領域にも作ったら面白いかな?」
「作るって、この断崖をか?」
突然の発言に、驚いて聞き返す。
「そ! 草原だけじゃ勿体ないからさ。感動した景色とかを色々再現したら、面白いかなって」
「確かにそれは面白そうだが……作れるのか?」
「もちろん! でも、ちょっと時間は掛かるかな~……環境とかも整えないとダメだろうし……」
そう言ってブツブツと思考モードに入る。こんな景色を見て作ってしまおうという発想からして、神様ならではだなと思う。しかし、新居の近くにこんな断崖絶壁を作るのはどうなんだろうか……有りっちゃ有り、か?
二人して歩きながら考えていると、目的地の入り江まで大分近いところまで来ていたので、シオンに声を掛ける。
「シオン、考えるのは後にしよう。そろそろ入り江が近い」
「あ……そうだね」
思考を中断して入江の方向に移動し、ちょうど入り江を見下ろせる崖の際まで行く。入江は、Cの字のような形で、三方向を断崖絶壁に囲まれた場所だった。
そして、その内側の奥にある入江を注視してみると、入江の砂浜に魚の頭にトカゲの下半身を備えた魔物が、あちらこちらにいた。
「サハギンだ……数はざっと三十体ぐらいだね」
「あれがサハギンか……愛嬌が全く感じられん見た目だな」
「愛嬌? トウマはどんなサハギンを想像してたのさ」
「いや~……まあ、なんだ。気にするな」
とあるゲームと説明しても、理解は出来ないだろう。つくづくゲーム脳だと思う。
しかし、まあ、リアルな見た目だな。魚特有のギョロッとした目に、刺々しい背びれ、二息歩行が可能な胴体は結構筋肉質でしっかりしている。なんというかリザードマンに魚の頭をくっつけたようと言えばいいだろうか。
「サハギンはランクとしてはEだから、ただの雑魚だよ。どこかに特異個体がいるはずだから探して」
そう言われ、周囲を見渡していると、入江の丁度中央当たりの海の中に、長い蛇のような影が泳いで移動しているのが見えた。
「シオン……あれじゃないか?」
そう言って、その影を指差す。シオンは俺の差す方向を見て頷く。
「うん、あれだよ。シーサーペントだ」
「あれがシーサーペントか……でかいな」
体長は、優に十メートルは超えているんじゃないだろうか。海の中なのでハッキリとした姿は見えないが、蛇のように身をくねらせながら悠然と海の中を泳いでいる。
この前までゴブリンを狩っていただけの俺たちにとっては、いきなりの大物となる。さて、どう討伐したものか……。




