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神様と使徒の異世界白書  作者: 麿独活
第一章 【魔物という存在】
14/44

第一章1  『神様と訓練』

「ウウッ……グスッ……グスッ……」


 なんだろう……泣き声がする……。薄れた意識が、遠くで聞こえる微かな泣き声で呼び覚まされる。目を開けると、なにもない真っ暗な空間にポツンと俺は立っていた。

 はて? 俺はなんでこんなところにいるんだ? 思い出そうとするが上手く思考が纏まらず、しばしボーッとしてしまう。


「グスッ……ウウッ……」


 再び、耳に微かな泣き声が届く。……何処かで聞いたことがあるような泣き声だ。そんなことを考えていると、不意に心の奥底から行かなくてはという想いが湧き上がってくる。

 何故だか分からないが、この泣き声の主の元に早く行かなくてはという想いが、泣き声を聞くたびに強くなってくる。

 俺は耳を澄ませて集中し、泣き声がどこから聞こえているのか辺りを見回す。すると、真っ暗だった空間に星のような小さな光が一瞬チラリと見えた。その場所に意識を集中すると、泣き声もそこから聞こえて来ていることに気付く。

 あそこだと思い、暗闇の中に踏み出す。暗闇にはなにも存在しておらず、歩く感触もない……よって本当に前に進んでいるのかさえ分からない状態だった。

 それでも、確実に前に進んでいると確信させるものがあった。目の前の方向に小さく輝く星の光だ。その光が、自分が前に進もうとすればするほど大きくなり、近づいているのが分かる。

 闇が前に進むのを阻んでいるのかのように身体が泥のように重かったが、必死に力を込めて前へと進む。そして、どれだけの時が過ぎたのかは分からないが、俺は光の下へと辿り着いた。

 そこにいたのは、一糸まとわぬ少女だった。髪は、金と銀のメッシュのロングヘアーで、その少女は膝を抱えて泣いていた。

 本来なら、こんな暗闇の中で裸の少女が泣いていたら、混乱して狼狽えてしまう気がするのだが、そんな気持ちは微塵も湧いてこず、俺は自然とその少女の名を呼んでいた。


「〇オン」


 あれ? 今、なんて呼んだ? 俺の口から出た言葉はいまいちハッキリせず、なんて呼んだのか自分でも分からなかった。泣いていた少女は、俺の呼ぶ声が聞こえたのか、抱えていた膝に埋めていた顔を上げこちらを見る。

 ――とても綺麗な少女だった。恐らく今まで見たどんな存在より、綺麗だと思った。特に綺麗だと思ったのはその瞳だった。左目は澄み渡る蒼空のような碧眼、右目は激しく燃える焔ような赤眼だった。

 俺は手を差し伸べると、彼女は泣きながら抱き着いてきた。

 俺は優しく抱き止めて、胸に顔を埋めて泣く彼女の頭を優しく撫でて慰めた。彼女が泣き止むまで、いつまでも、いつまでも……慰め続けた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ハッとして、目が覚める……目に映ったのは、自分の部屋の見慣れた天井だった。


「……夢、か……」


 思わずポツリと呟く。不思議な夢だった。なにも存在しない虚無の空間で、泣き続ける少女を慰める夢……なんだろう……どこか引っかかる夢だった。

 俺は何故か少女のことを知っていて、当たり前のように名前を呼んでいた。しかし、少女に見覚えは無かった。どこか、シオンに似ているような気もしたが……しかし、夢ではハッキリしていた容姿も目覚めると靄が掛かったようにハッキリしなくなり、今ではどんな容姿だったか思い出せなくなっていた。

 なんとかもう一度思い出そうと頭を捻っていると、腰の辺りでモゾリとなにかが動く感触がして、思考を阻害される。

 なんだ? と思い被っていた布団捲ると、白いパジャマを着た金髪の子どもが俺の腰に抱き着いて、抱き枕よろしく、ぐーすか寝ていた。


「ハァ~……またか……」


 新居に引っ越してから数日。シオンは毎日のように俺の布団に潜り込んで寝ている。ちゃんと自分の部屋で寝ろって言っているのに、一向に止める気配がない。困った神様だ。


「おい、シオン。起きろ」


 そう言って、腰に抱き着いているシオンの頭をポンポンと軽く叩く。シオンは、うう~ん……と少し身じろぎするが起きる気配はなく、抱き着いている俺にスリスリと頬ずりした後、にへらっと笑って眠り続ける。

 やれやれ、こうなったら禁断の切り札で起こすしかないか……そう思い、両手を掲げ、なにかを鷲掴むように指をグワッと構えた後、一気にシオンの両わきに差し込み、思いっきりくすぐる。


「ウヒャウッ!?」


 シオンは、寝ている真っ最中に急激な刺激に襲われたせいか、奇妙な声を上げてカッと目を見開く。そんなシオンにこちらはお構いなしに、くすぐり攻撃をより一層激しくして、シオンのわきを責め立てる。


「ほらほら、シオン~……朝だぞ~」


「フヤァ!? ヤッ、ヤハハハハハハッ!」


 シオンは急にくすぐられて驚き、抱き着いていた俺から離れ、わきから襲い来る刺激に身体をよじらせながら逃れようと悶える。しかし――


「なに変な寝言を言っているんだ~? 早く起きろ~」


 と、とぼけながら、離れたシオンを追いかけるように背中にのしかかり、くすぐり攻撃を続ける。


「お、起き!? ト、ヤアァッ!? クフュッ、イヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」


 俺の容赦ないくすぐり攻撃に、今まで聞いたことのない声を上げて笑うシオン。……ヤバい、なんか楽しくなってきた。俺は更に指をワキワキと動かし、シオンを責め立てる。


「ほれほれほれ~!!」


「イヤァッ!? ヤメッ!? ト、トウマーーーーーッ!?」


 そんな朝のじゃれあいは暫く続き、その間、俺の寝室からは途切れることなく、シオンの悲鳴に近い笑い声が木霊し続けた。



~数分後~



「ハァ、ハァ、ハァ……ひ、ひどいよ……トウマ……」


 シオンは頬を少し上気させて息も絶え絶えになり、両わきを抑えながら縮こまっていた……時折、ビクビクッと身体が震えている。ちょっとやり過ぎたようだ。シオンは、涙目になりながら文句を言う。


「す、すまん……なんだか、途中で止まらなくなった」


 流石にやり過ぎたと反省する。しかし、こちらの言い分もあるので、何度も言っていることを再度伝える。


「でも、シオンが悪いんだぞ。何度も言っているだろう? 自分の部屋で寝ろって」


「え~……だって、トウマの布団で寝るのって、気持ち良くてなんだか安心するんだもん」


 落ち着いてきたのか、身を起こしながら主張するシオン。


「だからといって、毎日潜り込み過ぎだ」


「……別にいいじゃない、トウマはボクの使徒なんだから」


「それはそうだが、その理屈で言えば使徒の業務に主と添い寝なんてものは含まれていないはずだ」


「ウゥ~……そんなにボクと一緒に寝るのが嫌なの?」


 そう言って悲しそうな顔をするシオン……ウッ、この顔には弱い……だがしかし、いくらなんでも甘え過ぎだ。甘えてくれるのは嬉しいが、度が過ぎればシオンにとってあまり良くないと思う。

 主として、キチッとけじめをつける部分は付けるようにして貰わないと、今後、公私を混同してしまうかも知れない。それはお互いに良くない。


「嫌って訳じゃないが、甘え過ぎだ。もうちょっと主従として、けじめを付けるところは付けていかないとな。だから……」


「だから?」


「使徒の業務がある日は、ちゃんと自分の部屋で寝ろ。ただ、俺が休日の日はシオンが望むなら一緒に寝てもいい」


 一切禁止というのも可哀想なので、妥協案を提案する。しかし、それでも不満なのか――


「ええ~……」


 と、不満の声を上げる。だが、ここは譲らない。


「これが最低限の譲歩だ。受け入れられないなら、一切禁止。そして、もし約束を破ったら……先ほどのくすぐり地獄の刑に処す!」


 そう言って両手を掲げて、ワキワキッと指を動かす。


「ウゥッ!?」


 それを見て、バッとわきをガードするように両手で自分の身体を抱きしめて、身をすくめるシオン。どうやら相当効いたらしい。


「分かったよ~……ただ、休日は一緒に寝てよ」


「ああ、分かった」


 シオンの要望に応え、その日の朝の騒動は決着した。そして、あまりにもはしゃぎ過ぎたせいか、俺の頭から、今朝見た夢のことはサッパリと抜け落ちてしまっていた。



 今から五日前、突如住んでいるマンションのドアがシオンの世界――神の領域へと繋がった。そして、俺の前にシオンと名乗る見た目小学五~六年生ぐらいの美少年? 神様が現れ、自分の使徒になって欲しいと懇願された。

 紆余曲折を経て俺は使徒へと生まれ変わり、そのシオンが生み出した世界にある新居で一緒に生活を始めていた。

 暮らしにも少しずつ慣れてきて、新生活は概ね順調だ。しかし、まだ異世界には行っていない。何故なら今のままでは、使徒として契約神の力になるには力不足だからだ。

 契約神の力になる為には、まずオドのコントロールを身に付けなければ、お話にならないとのこと。よって、現在は所謂研修中といった扱いになっている。

 そして、その為に行っている訓練はというと、あのだだっ広い草原をひたすらシオンと一緒に走るというものだった。

 今日も朝食を食べた後、諸々の準備を終えて訓練を開始しており、広大な草原に二人が疾走する音と、叫び声が響いていた。


「ウオォォォーーーーーー!」


「ほらほら、トウマ! 遅いよーーー! もっとオドを身体に循環させてーーー!」


 俺より少し先を走っているシオンから、激が飛んでくる。


「こなクソーーーーー!!」


 シオンの檄を受け、オドの出力を上げて加速する。ぐんぐんとスピードが上がり、シオンに少しづつ近づいて行く。二人の速度は、優に一〇〇キロは超えているだろう。

 その証拠に、まるで高速道路を車で走っている時のように、景色がかなりの速さで流れていっており、顔に当たる風圧が加速する度に増していく。

 なんでシオンと二人で草原をひたすら走っているのかと言うと、これがオドをコントロールする訓練の一環だからだ。話は三日前に遡る。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 新居から少し離れた草原に、不釣り合いなホワイトボードが立っている。その前にはシオンが立っており、その前に置かれた椅子に俺はジャージを着た状態で鎮座していた。


「いい、トウマ。オドがどういう物かは前に話したから理解してるとは思うけど、理解してるのと実際使うのとでは全然違うから、ボクの説明をよく聞いてね!」


 ビシッと、指を突き付けて宣言するシオン。


「……ああ、それは分かったが……なんなんだ、その恰好は?」


 俺が問題にしたのは今の状況ではなくシオンの服装だった。シオンは何故か、普段着の上に白衣を纏っていたのだ。


「え? 白衣でしょ? トウマの世界では、人にものを教える時に着るんじゃないの?」


 そう言って両手を広げて、ピラピラと白衣を揺らして見せる。


「あ~……いや、間違っちゃいないんだが……」


 どうもシオンの知識は少し片寄っている(ふし)がある。特に地球の知識においては、その傾向が顕著だ。一体、誰に吹き込まれているのやら……。疑問を浮かべた顔で見ていたせいか、シオンが首を傾げて聞いてくる。


「変かな?」


「いや、いい。続けてくれ」


 少しズレてはいるが似合っているし、可愛いから続けさせる。白衣……悪くない。


「そう? じゃあ続けるけど、まずオドは現身を維持するだけじゃなくて、身体に循環させて纏うことによって、身体機能を高めることが可能なのはこの前体験したよね」


「ああ……」


 脳裏にこの前の騒動がよみがえる。



 身体の慣らし運転ということで、使徒に生まれ変わった日、シオンの領域で軽く運動をしていた時だった。

 使徒の身体は、人間の身体とは違うということが運動をしてかなり実感した。事前に説明されていたことだったが、運動能力が人間とは段違いだった。

 握力は、リンゴに少し力を入れただけで握り潰し、走れば一〇〇メートルを五秒で駆け抜けた。バネも凄まじく、その場で垂直飛びを行うと、ニメートル以上の高さまで飛び上がった。そんな規格外の能力にハイになっていた俺を見て、シオンが言ったのだ。


『オドを足に込めると、もっと高く跳べるよ』


 調子に乗っていた俺は、シオンに言われるがまま、なんとなくのイメージで足に力を込めてジャンプすると、信じられない高さまで跳び上がってしまった。

 その結果、あまりの高さに慌てふためいた俺はバランスを崩し、頭から真っ逆さまに落下して、無様にも地面にそのまま突き刺さったのだった。



「まさか、地面の上で犬〇家をする羽目になるとはな……」


「それ、この前も言ってたけど、なんなの?」


「お前は知らなくてもいい……忘れてくれ……」


「まあ、いいけど……とにかく、使徒になった以上、オドのコントロールは必須だから、まずはしっかりとそのコントロールを覚えて貰うからね」


「ああ。で、具体的になにをすればいいんだ?」


「そうだね……まずは走る! かな?」


「えらく古典的だな」


「ただ、走るだけじゃないよ。オドを一定量込めた状態で走る訓練。この一定量って言うのがミソね」


 そう言って、キュッキュとホワイトボードになにやら書いていく。


「まず、トウマに供給している存在維持に必要なオドの量がピッタリ『五』だとするでしょ。その供給量を『十』に増やして、その内の『五』だけを走る強化に使う。その状態で走れば、存在維持量に影響が出ない状態で、強化しながら走ることが出来るよね?」


 ホワイトボードに図解を描きながら説明するシオン。どうでもいいが、絵も上手いな、シオン。


「まあ、そうだな」


「じゃあ、もし強化にオドを『六』使った場合は、どうなると思う?」


「おい、シオン……馬鹿にしているのか? そんなの小学生でも計算出来ることだろうが……不足分の『一』のオドを、存在維持量から削って消費することになるんだろ?」


「エヘヘ、ごめんごめん。そうだよね。じゃあ、もしそのまま『六』のオドを強化に使って走り続けると、どうなると思う?」


「そりゃ、『一』のオドを存在維持量から消費し続けて、いずれは消滅……っておいおい、まさか……」


 まさか、そんなギリギリのおっかない訓練をするつもりじゃないだろうな。そう思い、不審な顔でシオンを見る。


「アハハ、違う違う。そんな危ないことしないよ。その様子だと、アースディア様から聞いてない? 存在維持量に必要なオドを消費してしまうと、疲労という形で症状が現れるって」


「なに、そうなのか?」


 初耳だぞ、地球の神様!


「人間でいう息切れとか肉体的疲労は、現身では存在維持の消費量如何で現れるんだよ。それが危険のサインってことだね。つまり、存在維持量に必要なオドを消費しない限りは……」


「肉体的疲労は起こらない……つまり、永遠に走っていられるという訳か?」


「そういうこと! これからボクと走るけど、その際、ボクはピッタリ『五』の強化でトウマが出せる速度で走る。トウマはそれに並走する形で走って。遅くても、早くてもダメだよ。ピッタリ、ボクと走る速度を合わせること! これをそうだね……一時間続けられたら、合格かな」


「なるほど……」


 走る際に、オドを込める量が少なければ置いて行かれ、逆に込め過ぎれば疲労で走っていられなくなる。ピッタリ並走する形で走れれば、オドをしっかりコントロールして疲れることなく走ってついていけるという訳だ。一時間は、それがキッチリ出来たとみなす合格ラインってことか。

 確かに理に適った訓練だな。これなら微妙な調整を身体で覚えられる。そして、この訓練はシオンがこの程度のコントロールは楽々こなせるレベルということも示している。これが出来なければ、一緒に仕事をする資格は無いという訳だ。


「因みに、シオンは『五』のオドを余分に供給することになる訳だが、問題ないのか?」


「マナの消費量を心配してるなら問題ないよ。その程度の供給量なら増やしても影響はないから」


「さいですか……」


 やはり神様……桁が違う。


「じゃあ、着替えるから少し待ってね」


 そう言って白衣を脱いでたたみ、空間に手を突っ込んでなにか服を取り出す。そして、おもむろに今着ている服を脱ぎだした。その様子を見て、クルリとシオンに対して背を向ける。

 性別は無いし、子どもだからといっても、流石にジッと見る訳にはいかない。俺は紳士なのだ。しかし、シオンのやつ……なんの躊躇いもなく脱いだな。父性を抱き始めている俺としては、その無防備さが少し心配になる。


「お待たせ! 着替えたよ、トウマ!」


 シオンが声を掛けて来たので振り返ると、そこには小学生が着る体操服を纏ったシオンがいた。白い上着に、紺色の短パン……しかもちょっと短めのピッチリした奴。おまけに、ご丁寧に胸のところにはゼッケンがあり、「しおん」とひらがなで名前が書いてあった。


「え~と……シオンさんや……その体操服は、どうやって手に入れたんでしょう?」


 少し頬が引きつりながら、シオンに質問する。


「え、これ? 貰ったんだよ、似合う?」


 そう言って腰に両手を当てて、ポーズをとる。


「あ~……似合うっちゃ似合うが……いや、そうじゃなくて、誰に貰ったんだ?」


「誰って、友だちからプレゼントだって貰った。なんでも地球では運動する時に必ず着る、正装みたいな物なんでしょ?」


「正装って、間違っちゃいないが……。ていうか、なんでそんなマニアックなネタを知っているんだよ! その友だちとやらは!!」


 完全に狙っている! これはもう、絶対に確信犯である! 何者なんだ、その友だちは!!


「待てよ……その友だちって確かシオンの容姿に関して相談したって言っていた奴か?」


「え? うん、男の子っぽいほうが絶対相手も気に入るから! て言ってた」


 はい、ショ〇コン決定―! おのれ、家のシオンに変な知識を植え付けよって~……。これ以上毒されない内に、釘を刺しておかねばならない。家のシオンをショ〇コンの餌食になどしてなるものか! と、俺の中で完全に父心が目覚める。


「シオン! 今度、その友だちとやらがお前にプレゼントだのして来たら、必ず俺に見せて相談するように! いいな!!」


「う、うん……分かった……」


 俺の剣幕に、少し驚きながらも了承するシオン。


「ったく、白衣もそいつの仕業だな~……」


 続けてそう言った言葉にシオンが反応する。


「え? 白衣は友だちから貰った物じゃないよ?」


「ん!? じゃあ、誰から貰ったんだ?」


 シオンから出た言葉に驚いて、聞き返す。


「え~と……フェルビナ……」


 さっきの剣幕を見ていたせいが、ちょっと言いづらそうに、シオンは白衣をプレゼントしてくれた犯人の名前を告げる。


「……」


 フェルビナさん、貴女も一体なにを教えているんですか……と思わず突っ伏した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そういう訳で、ひたすらシオンと草原を走っているのだ。もう訓練を始めて三日目になるが、これがかなり難しい。ちょっとでもむきになって力み過ぎると――


「ああ、ダメダメ、トウマ! 力を込め過ぎ!」


 と、シオンの指摘の声が聞こえた瞬間、シオンを追い越してしまう。


「おおお!?」


 慌てて力を抜くと、ガクンッとスピードが落ちて、シオンに引き離される。なんというか、車で例えると凄まじくピーキーなアクセルだ。ちょっと力んで踏み込むと一気に加速してしまい、緩めるとガクンと減速する。

 特に加速は振れ幅が大きく、こっちはちょっと力んだつもりでも、六どころか十、二十とオドを消費してしまう。これでも多少はマシになったほうで、一日目はすぐにへばってダウンしてしまった。


「クッ!?」


 再度、自身に込めるオドの量を意識しながら、シオンに近づいていく。すると、シオンがゆっくりと減速しだし、そばまで来ると声を掛けてくる。


「トウマ、いったん休憩にしよ!」


「え……そ、そうか? 分かった!」


 ゆっくりと速度を落とし、走るのを終了する。


「フゥ~……」


 立ち止まった後、ゆっくりと息を吐き出す。


「疲れちゃった?」


 それを見て、シオンが少し心配気味に聞いてくる。


「いや、大丈夫だよ。まだやれる」


「でも、額にけっこうびっしり汗をかいてる。存在維持量のオドを少し削っちゃってる証拠だよ」


 そう指摘されて額を拭うと、確かに汗がかなり手に付く。


「出来る限りオーバーしないよう心掛けたつもりだったんだけどな……なかなか上手くいかないもんだ……」


 そんな弱音を吐くと、励ますようにシオンが声を掛けてくる。


「そんなことないよ! トウマは結構上達が早いと思うよ」


「そうか?」


「うん! ボクも、この訓練をフェルビナとしたけど、最初はすごく苦労したもん」


 シオンも同じように訓練してコントロールをマスターしたのか。シオンの場合はマナってことになるけど。そして、聞かなきゃいいのについ余計なことを聞いてしまう。


「なるほど……ちなみにどれぐらいでマスターしたんだ?」


「え? ……それは~……」


 質問に対し、なにやら気まずい間が出来る。


「ん?」


 なんだ、この間は……もしかして……。


「シオン、ハッキリ言え……どれぐらいでマスターしたんだ?」


「え、えっと~……一日……」


 気まずそうにモジモジしながら、その日の内にマスターしたことを白状する。


「……ハァ~……凄く苦労した、ね~……」


「う、嘘じゃないよ!? 最初はフェルビナを追い越してばかりで、すぐバテバテになっちゃったんだから!」


 慌てて弁解するシオン。そんなシオンの頭に手をやる。


「はいはい、分かったよ。慰めてくれて、ありがとうな」


 そう言ってシオンの頭をポンポンと軽く叩く。


「ウゥ~……ホントなんだってば~……」


 不満げな顔で、俺の服の裾を掴む。


「分かっているよ、別に落ち込んじゃいない。むしろ、逆だ」


「逆?」


「もっと頑張らないとな、って気合が入った」


「ホント?」


「ああ!」


 そうだ。別に落ち込んでなどいない。むしろ俄然やる気が湧いてきた。やっぱり目標とする相手がいたほうが、やりがいは出るというものだ。

 シオンは神様、見た目通りの子どもじゃない。むしろ、数日前までただの人間だった存在が目標とするには高過ぎる存在だ。だけど、そんな存在と一緒に歩く為に使徒となったんだ。これぐらいで落ち込んでなどいられない。


「それより休憩にするんだろ? 時間的には昼時だし、お昼ご飯にしよう」


「お昼ご飯!」


 嬉しそうに、両手を上げるシオン。シオンをマンションの部屋に招待して食事を振舞って以来、自分が食べるために作っていた料理は、シオンも必ず食べるものとなっていた。

 そして、俺の料理は思いの外シオンに好評で、照れくさいがシオンの毎日の楽しみとなっている。


「なにが食べたい?」


「え~とね~……チャーハン!」


「チャーハンか……具はなんにするか……」


「レタス入れて、レタス!」


「レタスって、この前作ったやつと同じか?」


「だって、シャキシャキして美味しかったんだもん! あれ好き!」


「じゃあ、レタスチャーハンにするか!」


「わ~い♪」


 嬉しそうに、はしゃぐシオン。食事となると、途端に子どもっぽく無邪気に喜ぶんで、作るほうとしては遣り甲斐も出てくる。おかげでレシピに悩む日々が続いているが、それもまた良しだ。

 毎日に張り合いがある……今までになかった日常だ。楽しまないと損というものだろう。さて、新居に戻ったら張り切って作るとしよう。



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