幕間3 『神様と現身の核』
書斎でのアースディア様との話も一段落し、今から三十分ほど前に謁見の座へと戻って来た。戻ってきた時には謁見の座にシオン達の姿はなく、二人が戻ってくるまで使徒に生まれ変わる前の段取りなどをアースディア様と色々詰めていた。それも今しがた概ね終わった。
しかし、シオン達がまだ戻ってこない……どこへ行ったんだろうか? そう言えば、俺の現身の核を用意するとか言っていた。それを作るのに時間が掛かっているんだろうか?
「あの、アースディア様」
「ん? なんじゃ?」
「シオンたちは現身の核を作りに行っているんですよね? 作るのには、かなり時間を要するんですか?」
「そうじゃな……シオンはワシが言うのもなんじゃが、かなりの天才での。なんでも器用にこなすんじゃが、唯一マナを用いた加工だけは苦手としておっての。現身の核はかなりの精緻な加工が必要じゃから、少々時間が掛かるかも知れん」
「そうなんですか……」
確かに加工は苦手にしてそうだったな……家族同然のアースディア様から言われるぐらいだ、相当苦手なんだろう。
「確かフェルビナさんに無茶な調整をしないか見ているように言っていましたけど、調整って難しいんですか?」
「うむ、オドの集束速度や循環効率、核の外殻強度など、微妙な調整が必要な部分があっての。現身の核は車で言う、エンジンみたいな物じゃから、ちょっとした狂いでバランスを崩してしまうデリケートな代物なんじゃよ」
「なるほど、エンジンですか……」
まるでメカニックだな……今まさに、核という名のエンジンをシオンとフェルビナさんが組み上げている訳だ。確かに時間が掛かりそうな作業だな。
「しかし、それにしては確かに時間が掛かっておるな……フェルビナも手伝っておるから、そう時間は掛からんはずなのじゃが……と、言ったそばから来たようじゃ」
そう言って視線を向けた先には、丁度、シオンとフェルビナさんが階段を上って姿を現したところだった。シオンは俺と視線が合うと、嬉しそうに走り寄ってくる。
「トウマ! おかえり!」
そう言って腰に抱き着いてきた。
「おう、ただいま。悪かったな、急にいなくなって」
そう返答して、受け止めたシオンの頭を撫でる。
「トウマが謝ることじゃないよ。全部、アースディア様が悪いんだから」
そう言って、シオンは俺越しに後ろのアースディア様を睨む。
「やれやれ、嫌われたもんじゃの。それよりシオン。ちゃんと現身の核は出来たかの?」
呆れた顔をしながら言うアースディア様に、フフンと鼻息を高くしたシオンは得意げに前に出る。
「もちろん! この通り!」
そう言って差し出した右手の手のひらに、緑に光り輝く八面体の結晶が姿を現す。大きさは大人の握り拳ぐらいはあるだろうか。研磨したように滑らかな面をしており、とても綺麗な色と輝きに、思わず感嘆する。
「おおー! これが現身の核ってやつか。綺麗なもんだな」
シオンの両肩に手を置いて、後ろから覗き込むように見る。
「でしょー! 自信作だよ! すごく頑張ったんだから!!」
肩越しにいる俺を見上げて言うシオンの表情は、かなり得意げだ。どうやらかなりの出来らしい。それを物語るように結晶体は美しく光り輝いていた。ふとフェルビナさんのほうに視線を向けると、なにやら疲れた顔をしている。
「フェルビナさん、どうしたんですか?」
心配になって声を掛けると――
「……いえ……色々とシオンの要望や、こだわりが細かすぎて……」
と、かなり疲れた声で返答が返ってきた。どうやらシオンがかなり難儀な注文をしていたようだ。
「なんか、すいません……」
苦労がその表情から滲み出ていたので、なんか居たたまれなくなって謝る。それを聞いて力なく笑うフェルビナさんだったが、すぐに表情を切り替えて答えてくれる。
「でも、そのおかげで良い物が出来たと思います。苦労した甲斐がありました」
そう言って微笑むフェルビナさん。苦労してくれたんだなと思い、シオンの肩から両手を外してフェルビナさんに居住まいを正して向き合い、頭を下げて礼を言う。
「ご尽力いただいて、ありがとうございます」
「フフッ……トウマ様は律儀ですね。どういたしまして」
そんな俺を見て、フェルビナさんは笑顔で返してくれた。ハァ~……やっぱりフェルビナさんは美人だな~、と見惚れていると、シオンから文句が飛んでくる。
「トウマ! 一番頑張ったのは、ボクなんだよ!」
かなり不満そうな表情だ。あの様子からしてみて、かなり頑張ってくれたのは分かる。ちゃんとシオンにも礼を言わないとな。
「ああ、悪い悪い。シオン、ありがとうな。俺の為に頑張ってくれて」
そう言って、シオンの頭を優しく撫でて労う。
「エヘヘ~♪」
シオンは、嬉しそうにはにかむ。そんな様子を見ていたアースディア様が玉座から立ち上がり、話しかけてくる。
「ふむ、これで概ね準備は整ったの、トウマ殿。では先ほど話した通り、ひとまず地球に戻るとよい」
「そうですね。時間的にも、もう日が沈む頃みたいですし……」
ポケットにしまっていたスマホの時間を見ると、もう夕暮れ時になっていた。
「え!?」
突如、周りを置いてきぼりで話を進める俺とアースディア様にポカンとした表情をしていたシオンだったが、その台詞の中で聞き捨てならない台詞を察知し、案の定、驚いた声を上げて真っ青になる。そんなシオンにすぐさま声を掛ける。
「落ち着け、シオン。お前も一緒だ」
「へ!? 一緒って……」
言葉の意味が分からなかったのか、青い顔から一転して、キョトンとした顔になる。本当に表情がコロコロ変わるな。
「俺がアースディア様に頼んだんだよ。一時帰還する際は、一緒に行けるように許可して欲しいってな」
シオンが信じられないって顔でアースディア様のほうを向くと、補足するようにアースディア様が説明を付け足す。
「あくまでトウマ殿の住む部屋限定じゃがな。もちろんトウマ殿以外の人間に接触するのも厳禁じゃ」
シオンが更に驚いた顔で、アースディア様に確認するように問いかける。
「……ホントにいいの?」
「うむ。そなたにトウマ殿を待っていろ、というほうが酷じゃろうから許可する。トウマ殿に与えたオドも一時帰宅程度なら許容範囲じゃ。……これで、先ほどトウマ殿を勝手に連れて行ったことは、水に流してくれるかの?」
そういってアースディア様がシオンに笑いかける。
「うん! 流す流す! やったーーー! トウマ、ありがとう!!」
コロッと態度を変えるシオン。さっきまで憎まれ口を叩いていたお子様は何処に行ったのか、笑顔で俺の腰元に飛びついてくる。
「やれやれ、現金な奴じゃな……」
それを見て、呆れるアースディア様だが、そんなシオンを見つめる目には、確かに慈愛の気持ちが溢れていた。
「それでは、アースディア様、フェルビナさん。本日はこれで失礼いたします。色々とお手数をおかけいたしました」
そう言ってシオンから離れ、お二方に頭を下げる。
「いや、ワシらも色々と手間を掛けてすまなかったの」
そう言って申し訳なさそうに謝罪してくれるアースディア様。地球の神様にそんな風に謝られると、こっちが逆に恐縮してしまう。
「トウマ様、シオンのこと、よろしくお願いいたしますね」
フェルビナさんは少し心配そうに、声を掛けてくる。
「はい」
そんなフェルビナさんを安心させるように、しっかりと目を見つめて返答した。
「それと、なにかあれば先ほど渡した指輪に念じるがよい。それでワシに繋がるはずじゃ」
「分かりました」
自分の右手を見ると、右手の人差し指には金色の指輪が嵌っている。先ほど二人で話していた際に貰った物だ。これを使えば、どんなに離れていても指輪に念じれば意思疎通が出来るらしい。便利なものだ。
「それでは、失礼いたします」
俺は再度、二人に向かって挨拶をする。
「失礼いたします♪」
シオンも礼儀正しく挨拶する。ただ、声がかなりご機嫌だった。よほど嬉しいのか、ウキウキのようだ。
「じゃあ、行こ! トウマ!」
挨拶も早々にシオンに手を引かれ、謁見の座から退出する為に出口に向かうおうとするが、すぐにアースディア様に呼び止められる。
「ああ、すまぬ。シオンよ、ちょっと待つのじゃ」
「え? なにさ、やっぱり無しとか言うつもり?」
シオンが俺の手を握ったまま、アースディア様をジト目で見る。
「そうではない。トウマ殿の現身の核は、ワシが預かる」
「ええ~……」
かなり嫌そうな顔をする、シオン。
「わがままを言うでない。念の為じゃ」
「ウゥ~……」
少し真剣みを帯びたアースディア様の表情と声色に、シオンは渋々といった感じで俺から離れ、アースディア様の元に行って現身の核を渡した。
「帰ってきたら、絶対に返してよね!」
念を押して、アースディア様に言うシオン。
「分かっておる」
そう言ってアースディア様は現身の核を懐にしまった。
俺の元に戻ってきたシオンは、再び俺の手を引いて謁見の座の出口に向かう。そして降りる階段前に差し掛かったところで、後ろからフェルビナさんの呼びかける声が聞こえる。
「シオン! トウマ様に、あまりご迷惑をかけては駄目ですよ!」
「分かってる~!」
そうシオンは返事し、俺自身は肩越しに会釈して階段を下りて行く。本当にフェルビナさんは、シオンのお母さんだな……と思いながら。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「本当に、大丈夫でしょうか?」
「地球に行くといっても、今日と明日だけじゃ。問題なかろう」
「そうですが、やはり心配です。あの浮かれよう……問題を起こさなければよいのですが……」
「相も変わらず、心配性じゃの」
「当然です! シオンは……特別なのですから」
「……分かっておる」
「……トウマ様には、お話したのですよね?」
「うむ……かなり自信なさそうな顔をしておったが、ちゃんと引き受けてくれた」
「それは……大丈夫なのですか?」
「ワシからも、出来る限りサポートをするつもりじゃし、もうあの子は選んでしまった……託すしかないのじゃよ」
「……はい」
「さて、そのサポートの一つとして、少々、現身の核に手を入れさせて貰うかの」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
階段を下りて、門を出た俺たちは、ご機嫌なシオンと手を繋いで、あの広大な通路を歩いていた。
「ねえ、トウマ。アースディア様となんの話をしてたの?」
俺の左手を握りながら、こちらを見上げるように問いかけてくるシオン。
「ん~……色々だよ。現身の話とか、オドの話とか……」
「そっか……なにかボクのことは言ってた?」
内心ドキリとするが、考え込むようにシオンから視線を上に外して答える。
「そうだな~……俺の前では緊張して大人ぶっていただけで、子どもっぽいのが素だと言っていた」
嘘は言っていない。確かにそういう話はした。
「ええ~! 酷いな、もう!」
シオンはプリプリ怒っていたが、それ以上は追及してこなかった。どうやら、変なことを吹き込まれていないか気になっただけのようだ。あの話はする訳にはいかない。本人にはまだ伏せているようだし……
話題を逸らす為、シオンに視線を戻して別の話を振る。
「それでな、シオン。アースディア様とも話したんだが、この後のことを話しておきたいんだが……」
「この後?」
少し疑問の表情を浮かべながら、こちら向くシオン。そんなシオンの目を見つめて、アースディア様と話していたことを説明する。
「ああ、アースディア様に今日はこちらに来て随分と長い時間、話ばかりで疲れたろうからって、一時帰宅してゆっくり休んだほうが良いと勧められてな。正直、俺も疲れたっていうのが本音なんだ。なにせ常識外なことばかりだったからな……かなり精神的にきている」
その言葉を聞いて、シオンはハッとしたような顔になり、立ち止まって謝罪してくる。
「あ……ごめんなさい。そうだよね、いきなりこんな場所に連れ出されて疲れないはずないよね……ボク、自分のことばっかりで……」
申し訳なさそうに言って俺の手を放し俯く。そんなシオンの頭を撫でて言う。
「疲れたって言っても、驚きすぎただけだから」
しまったな……落ち込ませてしまった。もうちょっと言葉を選ぶべきだった。
「でも……」
「フゥ……」
すっかり落ち込んでしまったシオンに業を煮やした俺は、大胆な行動に出ることにする。少し屈んでシオンの両脇に手を入れ、一気に持ち上げた。
「ワワッ!?」
急に持ち上げられて驚くシオン。俺の目線の高さまで持ち上げた状態で、目を見つめて言う。
「そんな顔をするなよ、シオン。お前は俺の神様で、俺はお前の使徒だ。だったら主としてもっと堂々としろ。遠慮なんかするな」
俺の言葉にシオンは少し目をウルウルさせながら、ハッキリと返事をした。
「……うん!」
そうニッコリ笑った後、俺に手を伸ばして来たので、俺は引き寄せると首に手を回してきて、抱っこした態勢になる。シオンの身体は軽く、疲れたといっても苦にはならない重さだった。嬉しそうにするシオンだったが、その口元の口角が小悪魔的にニヤリと上がる。
「でも、そんなこと言っちゃっていいの? ボク、結構わがままだよ?」
「ウッ……て、手加減してくれると、助かる……」
「エヘヘ~、ヤダ♪」
そう言って首筋に抱き着いてきた。なんか、かなり先行きが不安になってきた……。本当に俺は、こんなわがままな神様の相手をしていけるんだろうか? そんなことを思いながら、シオンを抱っこしたまま廊下を再び歩き、来た時の入り口を目指して歩みを進めた。
「ねえ、トウマ。トウマの部屋に戻るのはいいけど、その後どうするの?」
首筋に抱き着いていた顔を上げ、シオンが聞いてくる。
「とりあえず、部屋に戻ったらベッドに大の字で寝ころびたい……」
「プッ、なにそれ」
俺の投げやりな返答に噴き出すシオン。
「それだけ疲れているんだよ。ああ~……でも、時間を考えると晩飯を作らないとな~」
さっき見た時間では、もう夕暮れだ。ご飯を炊くなら、米の浸水時間を考えるとそろそろ仕込まないとならない。こうみえて自炊は出来るので、しっかりと用意する派だ。疲れてはいるが、慣れているのでそれほど苦になる訳ではない。
「ボクが作ろうか?」
シオンがそう提案してくるが――
「いいよ。シオンの飯ってことは、またマナで作るんだろ?」
と断る。楽だが、あれはちょっと遠慮したい。
「そうだけど……あ! やっぱり美味しくなかったの!?」
俺の返答に微妙な遠慮が含まれていることを察して、鋭く指摘してくる。
「いや、別にそういう訳じゃないんだが……」
美味しくなかった訳じゃない……ただ、どう説明したらよいのやら……。
「じゃあ、どういうことさ!」
少し膨れた顔でシオンが追及してくる。仕方なく、不毛なやり取りになるであろう覚悟を決め、素直に感想を伝えることにする。
「いや、なんていうか……普通、なんだよ」
「普通ってなにさ?」
「普通は普通だよ」
「美味しくなかったの?」
「いや、美味いは美味いんだけど……普通?」
「だから、普通ってなんなのさ~!」
案の定ループする不毛な押し問答になってしまう。シオンは俺の両肩に手をやり、ゆさゆさと揺らしながら追及してくる。やはり普通では納得してはくれないらしい。微妙な言い回しだからな、これって。
シオンにグワングワンと頭を揺らされ続けながらも、出口を目指して歩いていく。その頭の中の思考は、今日の晩飯はなにを作ろうかという考えに既に切り替わっていた。




