能力測定
ノルトの街の活気はフェルスにとって驚きの連続だった。
見たこともない食べ物が立ち並ぶ露店、ピカピカに光る武具防具の店、それらを小さい金属の円盤と交換する人々の賑わい。
どれも今まで想像すらしたことのない光景だった。
フェルスは山で唯一接触した人間、グラハムとイサクから教わったことを思い返していた。
街はごちゃごちゃだと彼らは言っていた。
だが、限られた言葉で想像できる情景は現実の風景には敵わなかった。
「これ何の肉だろう。美味しそうだね」
雑踏の中フェルスは肉屋に置いてある肉に反応した。
「じゃあ後で食べましょ。私の討伐クエストの報酬金で買えるわ。それに魔物の一部をギルドの受付に渡せば討伐報酬金がもらえるからさっきのイカ型をちょっと渡しましょ」
「報酬金?」
「後で教えるわ。それより先にまずギルドよ。見て、あの大きな石造りの建物がギルド。入ったらちゃんと丁寧な言葉で人と話すのよ」
「丁寧な言葉?どんな感じで話せばいいかな?」
「です、とかますを語尾につけておけばいいわ。私がギルド内で話すのを真似してればいいのよ。あと魔法を無闇に使わないようにね。目立つから」
そんなことを話しているとギルドはもう目の前にあった。
入り口に男が立って二人の様子を伺っている。
「門の衛兵の方から話は聞いています。ささ、こちらへ」
男は扉を開け二人を中に導いた。
門から一緒に着いてきた寡黙な衛兵とはここで別れた。
エルマはギルドで誰かに出迎えられたことなどなかった。
冷や汗が首筋を伝う。
やはり城壁を壊したことで警戒されている。
フェルスは胸をはずませながら、エルマは慎重な足取りでギルドに足を踏み入れた。
エルマはギルド内部を眺める。
何も異変はない、いつも通りだ。
「エルマ様とフェルス様ですね、こちらへどうぞ」
ギルドの受付まで行くと、話しかけようとしたのを先回りされて奥の部屋へ通される。
ギルドという公開された場所にあるはずのこの小部屋に、異様な圧迫感を感じる。
嫌な予感がする。
部屋に入ると椅子に座るよう促され、二人は受付の女の指示に従った。
「私、リアナ・ウェスが担当させてもらいます。身分証を提示していただいてもよろしいでしょうか」
リアナは事務的なトーンで二人にこう告げる。
エルマは上級魔法使いの証を掲示した。
「私は上級魔法使いです。こちらのフェルスは山で暮らしていたところから初めて街に来たのでまだ身分証明証を持っていません」
エルマはフェルスの代わりに淡々と答えた。
フェルスは黙っていた。
自分の出る幕ではない。
リアナは、身分証明書を持っていない、という言葉に眉をピクリと動かしたが、声のトーンを変えずこう続けた。
「それではギルドへの登録と身分証明書の発行をします。その後で先ほどの防壁の騒動の件について詳しく聞かせてもらいます」
リアナはフェルスの方を見て淡々と話しかける。
そしてギルド登録についての説明を始めた。
「まず、ギルドに登録するにあたり、所属部門の決定をしていただきます。討伐部門のみ能力検査も必要となります。部門は討伐、生産、運営、記録の四部門に別れていて、記録部門は現在募集を行っていません」
リアナは続けた。
「討伐部門は魔物の討伐や要人の護衛、生産部門は農作物の生産や酪農への従事、運営はギルドや飲食店などでのサービス、記録部門は発生したあらゆる事象の記録とそのとりまとめを行っています。どれか興味のあるものはありますか?」
「討伐部門、です。護衛は色んなところへ行けるんですよね?」
フェルスはたどたどしい敬語を使いながらリアナに返答した。
かつてフェルスは護衛のクエストの話を山でイサクから聞いていた。
世界を旅することができる護衛は、フェルスにとって魅力的だったのだ。
「はい、護衛は世界の色々な場所へ行く可能性があります。承知しました、討伐部門に登録いたしますね」
エルマはそれを聞いて安心した。
自分と同じ討伐部門なら一緒に行動がしやすいだろう。
もっとも、拘束時間が長い護衛はあまりやりたくは無かったが、そこは後で調整できる。
「では能力測定をしてもらいます。こちらの魔術及び剣術測定装置に手を触れてください。エルマ様も念の為お願いします」
リアナはガタン、と音を立てながら、備え付けてある棚から水晶のようなものを取り出し、二人の前へ置いた。
まずはエルマがすっと手を伸ばす。
自分が怪しまれて能力調査をされていることは気に食わなかった。
だが、自分の現在地の測定はしたかったから、この状況を嬉しく思った。
「魔術:強 剣術:極弱」
エルマにとってこれは変わり映えのしない結果だった。
剣術なんて護身用の授業でしか習ったことがない。
だから弱くたっていいのだ。
エルマはそう自分に言い聞かせた。
一方のフェルスは自分の能力を証明してやろうと意気込んでいた。
魔術、剣術、自分は一体どのレベルなんだろう?
剣術なんてやったことはないけれど。
フェルスは手をかざした。キーと鋭い不協和音が鳴る。
「魔術:無 剣術:中」
沈黙が流れた。
口を最初に開いたのはリアナだった。
「魔術が無、それにこのエラー音。これは......初めてみるケースです。でも、剣術を嗜まれていたのですね」
リアナの声は、淡々として落ち着いていた。
剣術の力があると分かり、態度がほんの少しだけ柔らかくなる。
剣術を嗜んでいるというのは、一般的に、その人がちゃんとしたバックグラウンドを持っている証明でもあった。
「しかし魔術に関してはエラーのようです。こちらの機械でもう一度測定をお願いします」
リアナは同じ形の水晶を棚から取り出し、元からあった水晶の隣に置く。
フェルスは手をかざした。
結果は同じだった。
またしてもキーと音が鳴った。
「魔術がゼロ...おかしいわ。それより、剣術、使えるの?」
エルマは驚いていた。
一方のフェルスは少し不満だった。
そんなにも自分は魔術ができないのだろうか。
そんなはずはない。
まあでもこれから頑張ればいいか。
そう思いながらフェルスは答える。
「剣術? よく知らないけど、イサクに教わった動きがきっとそうだったのかもしれないな。あれは確かに剣だったかも。でもそんなに上手くできないよ」
エルマの頭に?マークが浮かんだ。剣術:中とは大したことが無いように見えてそうでもない。
かなり修行を積んで、初めて中になるレベルだ。
剣術という概念を教わらずにその域まで到達するのは至難だと思われた。
フェルスはイサクと木の棒で打ちあった日々を思い出す。
ついに一回たりともイサクを打ち負かすことはできなかった。
だから自分のレベルが中と判定されたことに不思議な気持ちだった。
リアナは、上手くできない、という言葉を謙遜だと捉えたらしい。
こう続けた。
「やはり測定は間違いでは無いようでしたね。これほど剣術の能力がおありなのでしたら、討伐部門ではご活躍されるでしょう」
フェルスは褒められて嬉しくなった。
剣術というものをもっと知りたい気持ちでいっぱいになる。
「次にギルド構成員としてのランクを決めさせていただきます」
リアナは先ほどの水晶をしまった。
フェルスはランクという言葉に注意を向け、エルマは緊張を高める。
その時だった。
ドアをノックして男が入ってきた。
リアナに何やら耳打ちをする。
リアナは感情のスイッチが切り替わったように硬直した後、思考が上書きされたかのように淡々と席を外す。
「少々お待ちください」
リアナは席を外した。沈黙が二人の間を流れた。




