衛兵
「あ、これも忘れちゃいけないね」
ふとフェルスは呟くと、ゴーレムの遺骸の方に向き直った。
価値のありそうな白く光る石を手に取ると、フェルスは目をキラキラさせた。
「綺麗な石だ!!集めておこう」
フェルスは綺麗な石などを見つけ次第集めているのだろうか。
エルマは軽く微笑みながら、白い石を収納魔法でしまうフェルスを止めはしなかった。
高値で売れそうな綺麗な石だった。
こうして二人は互いにお揃いのペンダントをつけ、街の方を振り向いた。
最初の街、ノルトはそう遠くない。
フェルスは初めて見る都市にワクワクするのを感じた。
しかし、エルマは嫌な予感がして、ノルトの入り口の方に目を凝らしていた。
衛兵たちが突如発生した巨大な城壁の穴を見、こちらを指でさし、何やら話し合っているのが見える。
「まずい」
思わずエルマはつぶやいた。
衛兵たちはゆっくりと、しかし警戒した足取りでこちらへ向かってくる。
どうしたらいいか。
急ピッチで頭を回転させる。
「どうしたの?何か問題でも起きたの?」
「そうね、ノルトの門の衛兵から怪しまれてるわ。これがただの事故だってことを証明しないと」
フェルスはエルマが不安そうな表情をしているのを見て、自分までどこか落ち着かない気持ちになった。
そうこうしている内に衛兵が3人、杖や剣を携えてフェルスとエルマを囲う。
「こんにちは。先程防壁が一部崩壊してこちらまで飛んでいったことを確認したのですが、何かありましたか?魔法が炸裂する音も聞こえましたが」
衛兵のリーダーと思われる一人が優しい口調で話しかけてきた。
意外にも身構えてはいない。
二人の様子に殺気がこもっていなかったからだろう。
だが、そんな様子と壁が壊れている事実とを照らし合わせて、衛兵は困惑していた。
「簡単に壊れるような壁じゃないんだけどなあ。お名前は?」
「私は上級魔法使いのエルマです。こちらはフェルスです。これが上級魔法使いの証です。この近辺の魔物討伐のクエストに従事していました」
エルマは上級魔法使いの証を掲示すると、早口で衛兵に話しかけた。
「おお、上級魔法使いの方でしたか。それではこの岩を破壊したのもあなたですか?」
衛兵は上級魔法使いと言う単語を聞き少し安心した様子だった。
だが、すぐに鋭い眼光を飛ばしながらエルマに尋ねる。
フェルスは口を挟みたい気もした。
だが、黙っているのが最善と判断し、エルマに任せる。
エルマはフェルスと共にゴーレムを倒したことは伏せておくことにした。
「そうです。私が破壊しました。この岩はただの岩ではなくゴーレムでした。あの古代の伝説上の。にわかには信じられませんが。」
「ふむ、それは信じがたいですね。つまり防壁にゴーレムが埋まっていて、それが襲いかかってきたと?」
エルマは自分の話に信憑性が薄いことを感じた。
だが、事実を伝えるしかない。
「そうです。一度きちんと記録部門で調査した方がいいと思います。私がギルドまで報告します」
「上級魔法使い殿が言うなら間違いないのでしょうな。それではギルドの方へ行ってください。衛兵を一人つけましょう」
「ギルドの場所は分かっています。私たちだけでも行けますが」
「いえ、一応です」
怪しまれている。
つけられた衛兵は監視目的だとエルマは思った。
あまり良い気分では無かったが、従う他にないと割り切った。
一方フェルスはついにギルドに行けるという期待に胸を躍らせていた。
エルマの表情を見て何か良くないことが起きていることは察していた。
だが、それよりもわくわくが勝っていたのだ。
ノルトに近づくにつれ、破壊された壁の穴がどんどん大きく見えてくる。
街はもうすぐそこだった。
「では、私たちはここで」
リーダー格の衛兵ともう一人の衛兵が別れを告げた。
愛想の良い笑みを浮かべて丁寧にお辞儀をする。
そして、最後の衛兵がフェルスとエルマについてくる。
ノルトの門を潜り、街路の喧騒に飲み込まれると、二人は先ほどまで会話していたリーダー格の衛兵のことなど、すぐに忘れてしまった。
隣で寡黙に歩く衛兵のことももはや気にならなかった。
ギルドに行って起こったことをきちんと報告すれば問題にはなるまい。
エルマは報告を面倒に感じながらも、楽観的であった。
しかし事態は深刻であったのだ。
フェルスとエルマを見送ると、リーダー格の衛兵は表情を変える。
先程までの温和な雰囲気は霧散した。
彼は無機質な動作で懐から魔導通信機を取り出し、声を殺して呟く。
「……ギルド管理部へ。要注意個体『フェルス』および随伴者『エルマ』のノルト防壁内への通過を確認。通過許可済。繰り返す、通過許可済。――あとは引き継ぐ。検閲の準備を」
同じ頃。
男――グラハムは、ギルド管理部からの報告と、禁域及びノルトの街付近を監視していた部下からの報告、それに、机の上の地図で赤く明滅するノルト防壁の異常に、深く眉間の皺を刻んでいた。
ノルトの防壁に組み込まれたゴーレムが、人間を襲った。
世界の確固たる理において、絶対に起こり得ない不条理。
しかも、その怪異が起きたのは――結界の消失が観測されたばかりの『禁域』の山の麓だ。
「……ゴーレムが、人を襲っただと?何が起こっている」
底知れない不気味な気配が、音もなく都市ノルトの境界線を侵食し始めているように思えた。
「それに、フェルスという名前......」
――ッ!
唐突にこめかみを殴りつけるような激しい頭痛が走り、グラハムは思わず机の端を強く掴んだ。
「フェルス」、今まで聞いたことの無い名前だ。
だが、その名前の響きにグラハムの魂の奥底が激しく波打ち、動揺していた。
「......なぜだ。なぜ私の身体はこの名前にこのような反応をするのだろうか」
グラハムは冷や汗を拭うと、不快感を押し殺した冷徹な声で、部下に告げた。
「……通達。『フェルス』及び『エルマ』がギルドに現れ次第、その一挙手一投足を監視しろ。処分はこちらで考えておく」




