蒸し焼きからの爆炎
ゴーレムの腕がフェルスに届く、その寸前。
その瞬間、火の玉がゴーレムの腕に直撃し、間一髪でフェルスは脱出する。
エルマの援護だ。
「助かった、ありがとう」
フェルスは後退しながらエルマに礼を言う。
「大丈夫?でもどうしてあんな近くにいったの!?危ないでしょ。魔法使いは遠距離から戦うのが定石でしょ」
「俺の魔法、近くじゃないと発動しないんだ」
確かにそうだとエルマは思った。
今までフェルスの魔法は、全て至近距離でしか使われていなかった。
イカ型を切断した時も、とても近い距離にあった。
エルマにとって魔法とは基本飛び道具であった。
フェルスの魔法の謎に再び直面し、探究心がわき起こるのを感じる。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「とにかく、ゴーレムを倒すわよ」
「でも、俺の解体魔法通じなかったし、どうしよう」
「原理は分からないけど、何回か当ててたら通じるとかは無い?今までこんなことは無かったの?」
「うん。今まで解体魔法使えば一発だったよ」
フェルスは考え込むような面持ちだった。
「とにかく打ち続けるの。今はそれしかできないわ。見て、ゴーレムの左肩のあたり、少しだけくぼませたわ。とにかく何でも攻撃し続けるの」
フェルスがゴーレムの左肩を見ると、確かに溶けてくぼんでいた。
「分かった!試してみるよ」
またフェルスはゴーレムの方へまっすぐに駆けていった。
巨大な岩の拳がブーンと空気を裂いて彼に迫る。
ダメ、そんな単純な動きじゃ殺される!
エルマが悲鳴を上げそうになったその瞬間、フェルスは真剣な表情で、新たな魔法を口にする。
「調理魔法:蒸し焼き」
向かってくるゴーレムの腕がどこからともなく現れた蒸気に包まれる。
腕はスピードを失い、フェルスは軽々と攻撃をかわした。
そのまま蒸気はゴーレムの体を侵食し、左肩を蒸し焼きにする。
エルマが集中的に攻撃したあたりである。
蒸気は激しく渦巻いていた。
やはり大気中の粒子を介さない分発動が速い。
動きの鈍い今がチャンスだと思い、すぐにエルマは叫んだ。
「煉燼の灯火よ、我が命に応じ、敵を灰燼に帰せ――『プロミネント・バースト』」
火の玉がゴーレムに当たった次の瞬間である。
ボン、と弾ける音がして蒸気が引火した。
エルマは驚愕した。
本来、ただの水蒸気が燃えるはずがない。
先程の解体魔法でゴーレムの表面の物質が解体され、蒸気に混じり引火したのだろうか。
ゴーレムは炎に包まれた左半身の炎を何とか消し止めようともがいている。
ボトリ、とゴーレムの左腕が地面に落ちた。
左肩の岩の繋ぎ目が焼け焦げたのであろう。
「取れた!」
フェルスは嬉しそうに叫ぶ。
この戦法は使える。
エルマはそう確信した。
「フェルス、もう一度解体魔法と調理魔法、できる?今度は右肩に」
「もちろん!解体魔法!からの調理魔法:蒸し焼き!」
紫の光と甲高い音が響く。
そして再びゴーレムの身体を蒸気が包んだ。
エルマは後方から火の玉をぶつけた。
引火した蒸気はゴーレムを焼き焦がす。
驚くほどあっさりとゴーレムの右腕は地に落ちた。
両腕という攻撃手段を失ったゴーレムは、二人めがけて体当たりしてくる。
「足もいくわよ」
「おう」
解体、調理、そして爆炎。完成された必勝のコンボが、ゴーレムの右足へ、次いで左足へと炸裂する。
ゴーレムの巨体は瞬く間に胴体と頭を残し削り取られた。
「最後は首ね」
ゴーレムの胴体から頭部を引き剥がすと、
ゴーレムはもはやバラバラの岩の塊だった。
頭部が宙に浮き、体当たりしてくる。
少しも恐ろしいところは無い。
その他のパーツはぴくりとも動かない。
フェルスはもういいだろうと言わんばかりに魔法を発動させる。
「解体魔法」
またしても予備動作なしで魔法は発動したが、今度は紫の光も甲高い音も無かった。
フェルスの目の前にそびえ立っていたゴーレムはもういなかった。
代わりに、見るからに価値の高そうな石がひとつまみ、足元に白く輝いていた。
頭部を解体し、出てきたものである。
それを囲うようにして巨大な赤茶色の岩、つまり胴体、腕、脚部が横たわっている。
決着がついたのだ。
ふうと一息ついたフェルスは、エルマが後方から駆け寄って来ているのに気付くのが遅れた。
フェルスの目の前に急に現れたエルマはフェルスの肩を両手でつかむと、信じられないものを見ているかのように激しく揺さぶった。
「やったわ!倒したのよ! 解体魔法、効いたじゃない!」
エルマは自分の魔法だけでは倒せなかったのが悔しくもあったが、やはり嬉しかった。
「よかった。効かないかと焦ったよ」
フェルスは岩石の塊に成り果てたかつてのゴーレムを見つめた。
「強敵にも弱らせれば効くのか」
「そうかもしれないわね」
フェルスとエルマは顔を見合わせて、笑った。
フェルスはエルマに対する「お友達」という感情が、もっと強固な「仲間」という確かな熱へと書き換わっていくのを感じていた。
「収納魔法」
フェルスが魔法を発動させたのは突然だったが、エルマはもうその魔法に驚くことはなかった。
目の前に出てきた紫のドロドロの中から、フェルスは何の変哲もないペンダントを手にとった。
「これは前、装飾魔法で作ったただのペンダントなんだけど......エルマにあげる」
「あら、それくれるの?どうしたの?」
「何となく、あげないといけない気がしたんだ」
フェルスは照れ臭そうな顔をしている。
エルマはペンダントを手にとった。
その瞬間、エルマの上級魔法使いとしての本能が、激しい警鐘を鳴らした。
万物は粒子の運動によって生み出される。
それがこの世界の絶対の理だ。
しかし、エルマがそのペンダントの中に見出したのは、ただの「無」だった。
粒子が一切含まれていない、世界に穿たれた空白の穴。
本来なら存在するために粒子の配置が必要であるはずだ。
なのに、まるで存在そのものを根こそぎ消し去ったかのような、禍々しくも見事な空白がそこにあった。
この世に存在すら固定できないはずの虚無が、なぜかペンダントの形を成してそこにある。
それは、フェルスの魔法原理がそのままペンダントになって現れたかのようだった。
「本当にこんなすごいもの、もらっていいの?」
「これすごい? そう言ってもらえて嬉しい!ここの飾り、ポイントなんだ」
エルマは法則の崩壊を見て言ったのだが、フェルスは手芸の能力を褒められたかと無邪気に笑っている。
その圧倒的なギャップに、エルマはめまいすら覚えた。
ペンダントを首にかける。
その瞬間、ゾクリとするほどの感覚がエルマの全身を駆け抜けた。
体内の粒子を縛っていた世界の引力のようなものが、一瞬にして遮断されたのだ。
生まれて初めて味わう、魂が完全に解放されたかのような不可解なまでの安らぎがそこにあった。
同時に自分が今まで安住していた粒子の魔法の世界から離れるような気もして不安になる。
「これで仲間だな。俺とお揃いのペンダントだ」
しかし、フェルスがこう言うとエルマの気も緩んでしまった。
エルマは返答した。
「あら、お友達じゃなかったの?」
「うん、仲間だ」
その言葉に、エルマは抱えていた上級魔法使いとしての孤独が崩れ去るのを感じた。
これからどうなるか、分からない。
だが、この少年と共にいれば、世界の新たな側面が見えてくるような、そんな気がしていた。




