ゴーレム
イカ型の魔物が解き放たれることへの焦り、それがエルマをノルトへと急がせる。
急いではいるが、しかし絶望してはいなかった。
「これから向かうノルトの街はね、硬い防壁で知られているのよ。だからあのイカ型の魔物が数体現れようともすぐには陥落しないわ」
エルマはフェルスに向かって話したが、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。
「どれくらい硬いんだろう。噛んだら歯が折れちゃうかな」
フェルスはノルトの防壁の硬さを想像する。
「そうね、折れちゃうと思うわ。大昔の魔法使いが敵から身を守るために作り上げたと言われてるの。ちょっとやそっとじゃ壊せないわ」
「そうなのか。どうやって作ったんだろう」
「まず普通の魔法使いじゃ作れないわね。4元素の魔法しか使えないもの。きっと防壁を作った魔法使いは超越者だったのよ」
エルマはそう言うと、遠い昔に思いをはせる。
そして、フェルスが超越者という言葉に首を傾げているのにすぐに気が付いた。
「あ、超越者というのはね、4元素の基本魔法を超越して魔法や技能を行使できる者のことよ」
ここまで説明してから、エルマはある可能性に思い至る。
「もしかしてフェルスって超越者?いや、でもそんなはずはないわね。フェルスの魔法には粒子の運動がないんだもの」
超越者といえども粒子の運動法則から逃れることはできない。
極限まで粒子を操るのが超越者だ。
しかしフェルスの魔法は粒子を操っているわけではない。
エルマはフェルスが超越者であるという考えを打ち消す。
「超越者ってすごいんだね。会ってみたいなあ」
フェルスは興味津々といった様子でエルマに問いかける。
「会うのは簡単じゃないかもしれないわね。でもフェルスも超越者くらいすごいわよ」
「本当?」
「そうよ、4元素の魔法どころか粒子を運動させるあらゆる魔法を超越してるわ」
フェルスはそう言われて嬉しく感じた。
だが、魔法の面においても自分は他の人たちと違うのかと思うと、少し不安になった。
確かにグラハムもイサクも自分のような魔法は使っていなかった。
そしてフェルスは街についたら怪しまれないよう大人しくしよう、と決意した。
「見て、ノルトに大分近づいてきたわ」
「本当だ。大きいなあ。あれが街なんだね」
フェルスは純粋な驚きに包まれた。
早く街に入りたい気持ちでいっぱいだった。
そしてその鉄壁の防壁に目をこらして言った。
「あれが防壁か。すごいな、動いたりもするのか」
「動いたり?そんなはずないわ。ただの防壁だもの」
エルマはフェルスの言葉を信じられずに言葉を返したが、すぐに異変に気がついた。
壁が動いている。
いや、壁というより、その一部が猛スピードでこちらの方に近づいてくる。
その様子は隕石が地面に接近するようであった。
「え......」
「防壁というより岩のかたまりだね。当たったらひとたまりもないだろうな」
フェルスは呑気に接近する防壁を眺めている。
防壁が近づくにつれ、ゴゴゴゴという音が大きくなる。
エルマはあっけにとられて見ていたが、すぐに正気を取り戻した。
「フェルス、避けるわよ」
「なんで防壁が飛んでくるの?これも普通のこと?」
「ぜんぜん普通じゃないわ、早く!」
エルマとフェルスは迫りくる防壁を右側に避けようとして走る。
防壁も進路を右にそらす。
だが幸いにして、その進路変更の速度はそれほど速くなかった。
ビュン。
防壁は風を切り二人の横を通り過ぎる。
衝撃波が襲い掛かり、二人はやっとのことで体勢を崩さず持ちこたえた。
防壁はスピードを緩めると旋回し、フェルスの方に向き直る。
その大きさは6メートルほどで、人間を模したかのように頭、腕、足、胴体のパーツで成り立っていた。
「嘘でしょ、ゴーレムよ。伝説上の存在とされてたのに。どうして」
「ゴーレム?なんで襲ってくるんだ?魔物じゃなさそうだな」
「魔物じゃないわ。かつて太古の戦争に使われていたとされる兵器よ、気をつけて!」
「わかった、とりあえず倒しちゃうね」
フェルスは頼もしくそう言うと、ゴーレムの目の前に出ていった。
「『混沌の結び目』、排除する」
フェルスを視野に入れると、突如ゴーレムは地響きのような声を発した。
「混沌の結び目?なんだ?うう、頭が痛い......」
フェルスは途端にその場にうずくまる。
まずい。
ゴーレムはその右手をフェルスの方に動かし始めていた。
エルマは危険を感じると、即座に詠唱を始めた。
「煉燼の灯火よ、我が命に応じ、敵を灰燼に帰せ――『プロミネント・バースト』」
粒子が集まり火の玉になる。
そのまま「プロミネント・バースト」はゴーレムの左肩に直撃した。
ゴーレムの巨体は吹き飛ばされる。
エルマはほっとした。
ゴーレムは素早いがイカ型と比べるとそうでもない。
フェルスの方を見ると、まだうずくまっている。
「フェルス、大丈夫!?」
エルマはフェルスに声をかける。
フェルスはうずくまったまま、うめき声をあげている。
何がどうなったかは分からない。
だが、今はフェルスに頼らず自分でなんとかするしかないとエルマは思った。
エルマはフェルスとゴーレムの間に立ちはだかる。
ゴーレムの左肩は表面が溶け、ボコボコと泡立っている。
しかし、ゴーレムは痛む素振りすら無い。
それどころか、自分の体が溶けていることすら認識していないようだ。
流石は鉄壁の城壁の一部だ。大きな損傷は無い。
ゴーレムは素早い動きで体勢を立て直す。
イカ型には歯が立たなかったとはいえ、私は上級魔法使いだ。
エルマは再確認する。
きっとゴーレムを倒せると奮起してエルマは杖を持つ手に力を込める。
「煉燼の灯火よ、我が命に応じ、敵を灰燼に帰せ――『プロミネント・バースト』」
再びエルマは火の玉をゴーレムに直撃させる。
フェルスはまだうずくまり頭を抱えていた。
「混沌の結び目」、どこかで聞いたことがあるような気もしたし、無いような気もした。
だが、その響きが異様に頭に引っ掛かり頭痛がする。
フェルスは自分の中に何か知らない存在がはめ込まれているような気がした。
だが、フェルスは思う。
エルマをおいてうずくまっている場合ではない。
目の前を見ると3発目の火の玉がゴーレムを吹き飛ばしていた。
息を切らしながらも、エルマがフェルスをかばい、必死に魔法を発動させている。
フェルスは震える足で立ち上がり、ゴーレムの方を直視すると、近くまで走って向かった。
岩の塊なら解体魔法ですぐバラバラになるだろう。
使い慣れた魔法を発動する。
「解体魔法」
魔法はゴーレムに当たる。
しかし次の瞬間――紫色の光と鋭いキーンという音を出し、魔法は弾き返されてしまった。
「どうして」
フェルスの解体魔法は今まで百発百中だった。
呼吸をするのと同じくらい、当たり前だった。
なのにどうして。
困惑して一瞬硬直したフェルスの体に、至近距離からゴーレムの左腕が迫ってきていた。




