ゼノの観察眼
「なんだこの魔法は!!!もう一度見せてくれ、頼む!」
しばらくの硬直の後、正気を取り戻したゼノは、熱心にフェルスに魔法の発動を頼み込んだ。
「もちろん。修復魔法」
またしても破片と破片が引き寄せあい、その境目が溶け合うようにして消失する。
ゼノはその様子を食い入るように覗き込んだ。
「こんな魔法は見たことがない。粒子の運動が存在していない。ありえん!なぜこんな現象が起こるのか。この世の理から外れている。この魔法を私の観察によって数式化したならば。いや、これはそもそも数式化できるのだろうか。魔法のプロセスが存在しないのも粒子を介さないせいか」
ゼノは震えていた。
長年信じていた理が、目の前の少年の前で砂のように崩れ去る……
その魔法の圧倒的な美しさに、知的好奇心が抑えきれなかった。
ゼノはフェルスとエルマの存在を忘れてしまったかのように、ぶつぶつと独り言を言っている。
エルマは初めてフェルスの魔法を見た時の驚きを再び思い出し、ゼノが驚くのも無理はないと感じた。
と、その瞬間ゼノがフェルスの足元に走り込み土下座した。
「師匠!!私を師匠の弟子にしてくれ!修復魔法の解析をさせて欲しいのだ!」
ゼノの土下座を見てまたしても感化されたフェルスは、
「これが超越者の挨拶なのか!よろしくね、ゼノ!弟子はよくわかんないけど、友達なら歓迎だよ」
としゃがみ込んでゼノに目線を合わせて言った。
「友達でも構わん。今日から私たちは友達だ」
ゼノは土下座しながら会話している。
「もう、いい加減にしなさいよ……!」
友達ができたと無邪気に喜ぶ少年と、それに額を擦りつける中年の自称超越者。
あまりにもシュールな光景に、エルマは頭を抱えながらゼノの土下座を止めさせた。
自分の力を一切疑わず、純粋に凄さを認めて「友達」と笑いかけてくれたこの少年に、ゼノは確かな親近感を抱き始めていた。
エルマはというと、微妙な表情をしていた。
この怪しい男、ゼノがフェルスと友達になってしまったら、フェルスの魔法が研究され世にバレてトラブルを引き起こすかもしれない。
でもフェルスがゼノを友達と認めた以上、仕方がなかった。
「良かったわね、フェルス」
エルマはフェルスに声をかける。
「そういえば聞いていなかったな。お嬢さん。お名前は?」
ゼノは今さらながらエルマに名前を聞いた。
「エルマ。エルマ・ヴァレンス。上級魔法使いよ」
「ふむ、エルマというか。上級魔法使い、実力はあるようだな。もしかしてこのゴーレムを破壊したのは師匠ではなく、お嬢さん、いや、エルマの方だったりするのか?」
「どっちもよ」
エルマはそう答えると、改めて自分がゴーレム、つまりは壁を破壊してしまったことを思いおこし、ため息をつく。
「師匠、もう一度修復魔法を見せてくれないか?」
ゼノはフェルスに向き直るともう一度頼んだ。
フェルスは師匠と呼ばれたのにどこか照れながらも魔法を発動する。
ゼノは用心深く魔法を観察する。
そしてまた修復魔法の発動を頼んだ。
「何回見たら気が済むのよ」
エルマは呆れた。
この流れが何回か続き、気づくと壁の破片は10の大きなブロックまで数を減らしていた。
「ふむ、フェルスの魔法は射程範囲が狭いようだな。だが例え範囲が狭くても世界の理を塗り替えていることは変わらん。もう一度魔法を見せてくれ!」
「ちょっと、もう破片残り少ないし組み合わせても重くて穴まで持っていけないわよ。まず穴まで運んだ方がいいわ。それに向こうにもまだ破片が残ってるから回収しないと」
エルマはゼノをたしなめ、現実的な提案をした。
「それもそうだな。破片を回収し、穴まで持っていこう」
「それなら俺に任せてくれ。掃除魔法」
フェルスが呟くと、一番近くにあった破片の塊が宙を浮いた。
そのままフェルスの隣で浮遊している。
「何、浮遊魔法だと!完全に超越者の域に入っている。だが、粒子の動きが無い以上超越者ではないのか......」
ゼノは目を見開くと、ぶつぶつと呟いた。
エルマはこの大きな破片を運ぶ時に風魔法で上手くコントロールできるか不安だったので助かったと思った。
「俺と一緒じゃないと動かせないから、穴の方まで行こう」
フェルスはエルマとゼノの方を見ると、穴の方まで一緒に来てくれと頼んだ。
「いや、浮遊魔法じゃなくて重力魔法なのか?でもなあ」
ゼノは相変わらずぶつぶつと言っている。
穴に着くとフェルスは破片を壁にはめ込もうとしたが、どこにはめればいいか分からなかった。
「これどこにはめればいいんだろう」
「そうねえ、まず破片を全部ここに集めてみる?」
エルマはそう提案し、来た道を引き返そうとする。
「待った。私に任せろ」
エルマを引き留めたゼノは、穴と破片を交互に見比べる。
10秒ばかりの時間がすぎた。
「わかったぞ、ここだ!」
ゼノは穴の左下と破片の右上のポイントを指差すと、この二つがピッタリ合うと主張した。
「ゼノ、ありがとう!やってみる。修復魔法」
フェルスは破片を回転させ修復魔法を発動させると、見事にゼノのいう通りに破片が穴にはまった。
エルマは驚いた。
ぱっと見ただけでは破片と穴のどこが結びつくかなど分からない。
それをこのゼノは10秒でやってのけた。
一体どんな能力があるのだろう。
「おじさ、ゼノさん。今何をしたの?」
「ゼノで構わない。それよりよくぞ聞いてくれた。この私の超越能力について説明しようぞ。私の能力は...観察能力だ!」
「観察能力?」
エルマは首をかしげる。
「そうだ、物体や魔法を構成する粒子、この観測を続けたことにより、この世の真理が見えるようになったのだ!」
真理が見えるかどうかはおいておいて、エルマはこの観測能力がなかなかに強力な能力であることを感じ取った。
普通、大気中の粒子やその隙間を視覚的に捉えることなど不可能に近い。
だが、目の前にいるただの風変わりなおじさんにしか見えないこの男には、それが息をするようにできるのだ。
これで初級魔法で破片を壊せた理由も説明がつく。
粒子の結合点の甘い点に打ち込めば弱い魔法でも大きな効果が出る。
……この観察眼、上級魔法使いの団長ですらここまでの精度はない。
一体、何者なの?
エルマは、自分の常識が書き換えられていく恐怖と、この怪しい男に対する得体の知れない敬意を同時に感じていた。
認めたくはないが、この男には、世界が「粒子の集合」として見えているのだ。
「認めるわ。かなりすごいわね」
エルマは純粋な感想を漏らす。
「そうだろう?エルマ、この凄さがわかるだなんて素質がある。弟子にならないか?」
「ならないわよ」
きっぱりとした口調でゼノを跳ね除けると、エルマはどうしたらこんなにも粒子がよく見えるようになるのか考えた。
認めたくはなかったが、超越者的に突き抜けた能力をしている。
かといって、エルマはゼノが超越者そのものであるとは認めなかった。
「さあ、仕事を終わらせましょう」
それからの流れはスムーズだった。
大きな破片を運び、修復魔法で穴にくっつけ、それを後八回行った。
ゴーレムの残骸の破片も修復魔法でくっつけて運んだ。
壁はほとんど元通りになおった。
だが、どことなくその威厳を失っているようにも思えた。
「白い石無くしちゃったからかなあ、なんかピカピカが足りないかもしれないね」
フェルスはため息をつく。
「そうねえ、それが壁が綺麗に治らない原因かも」
「白い石?なんだそれは」
ゼノが不思議そうに聞く。
「元々壁の中にはめ込まれてあったのよ」
「そうか」
ゼノはさして興味がない様子だった。
「ちょっともう一回探してみる」
フェルスはそう言うと、収納魔法を発動させる。
「白い石、やっぱりないよなあ。なかったもんなあ」
そう呟きながらフェルスは紫のドロドロの中をガサゴソとあさる。
いくつも役に立たなさそうなガラクタが出てくる。
「ふむ、やはりフェルスの魔法には……」
ゼノがなおも観察眼を光らせてフェルスの手元を覗き込もうとした、その瞬間だった。
紫のドロドロから見慣れない物体がボトリと落ちた。
それは白く輝く......スライムだった。
ゼノは息を呑み、エルマは思わず杖に手をかけた。




