超越者?ゼノ
「超越者?」
エルマは思わず首をかしげる。
この風変わりな、白衣を着たおじさんが超越者?
それにしてはなんだかオーラが足りない気がする。
「超越者、すごい人なんだね!」
フェルスは初めて見る超越者?を前に興奮した様子だ。
「ふふん、説明しよう。超越者とは、この世の理を追い求めた先に一般人とは異なる真理を見出したもののことだよ。魔術アカデミー学長、超越の魔術師ルキリウス・ヴァレンシュタインがその有名な例だな。そしてこの私、ゼノ・ベクターも真理を見出したものなのである!」
「おおー!流石だ!どんな魔法を使うんですか?」
フェルスはゼノを「すごい人」と認めてはしゃぐ。
一方のエルマというと、怪訝な目でゼノを見つめていた。
エルマも同様にどんな魔法を使うのか、ゼノに聞く。
「本当に超越者なんですか?何か証拠をみせてくださいよ」
「ふふ、よくぞそう言ってくれた。私の超越魔法をここで披露しよう」
「待ってました!」
フェルスは調子良くゼノの芝居がかった言葉に合わせた。
「この壁の壊れた破片を見よ。これは頑丈な素材で作られているがゆえに上級魔法以上の魔法でしか壊れないだろう。だが私の力を使えば、初級魔法でも壊せる!」
そう言うとゼノは足元に落ちていた壁の破片を取り上げた。
「大気よ、我が意思を成せ。気圧傾度を極小へ収束し、真空の刃を顕現せよ――『ウィンド・カッター』」
それは予告通りの初級魔法の詠唱だった。
しかし、何かがおかしい。
「ぎゃあ」
ボフン、と言う音とともにゼノは身をのけぞらせる。魔法は不発に終わり、爆発が起きた。
「魔法が発動すらしないじゃないの!それにこれは魔法発動の初歩中の初歩のミスよ。粒子に力を込めすぎよ」
呆れ果てるエルマをよそに、ゼノは身を起こし白衣についた塵を払った。
「ゲホゲホ、こんなことはおかしい、あってはならない。だが、私の言ったことは真実だ。そこの君、この破片のこのポイント、私が印をつけた場所に『ウィンド・カッター』を叩き込め。私が分子構造の断層と魔力抵抗の極小点を計算し尽くした、この座標にだ」
ゼノはエルマに向かって壁の破片を手渡すと、魔法の行使を要求した。
「初級魔法で壊せるはずないじゃない!そんなの時間の無駄よ」
「いや、そうと決めつけるのはまだ早い。私の超越者たる力が、初級魔法でこの破片を破壊させるのだ。一回でいい。やってはくれまいか」
「そんな頼まれたら断れないじゃない。しょうがないわね、一回だけよ」
エルマは渋々壁の破片に向き合い、定められたポイントに向かって風魔法を行使した。
フェルスはその様子をじっと眺めて何が起きるか待ち望んでいる。
「大気よ、我が意思を成せ。気圧傾度を極小へ収束し、真空の刃を顕現せよ――『ウィンド・カッター』」
バキッ。
重い音を立てて破片はバラバラになった。
エルマは息を呑んだ。
初級魔法で破壊するには、素材の脆いポイントを針の穴を通すような精度で見抜く必要がある。
そんな計算、上級魔法使いの一団が総出でやっても何日かかるか分からない。
「すごい!本当に超越者なんだね」
フェルスは目を輝かせた。
「なんで。これは初級魔法なんかじゃ壊れないはずなのに」
「ほら、私の言った通りだろう、これが私が超越者である証拠だ」
ゼノはメガネをクイッと上げモジャモジャの髪をかきあげると、尊大な口ぶりで自分の正当性を主張した。
「でも、本物の超越者なら自分自身で力を行使できるはずよ。だから、あなたを超越者とは認めないわ」
「でも超越者とでも言わなければこの現象を説明できないだろう?」
ゼノはふふんと鼻をならす。
エルマはどうしてこうなったのか考えを巡らす。
なぜだろうか。
初級魔法ではまず破壊不可能な防壁のかけらだ。
それはゴーレムを攻撃した時の手応えで分かっている。
「エルマ、超越者ってことでいいと思うよ。超越者ってすごいってことだよね?ゼノはすごいよ」
フェルスは素直にゼノのすごさを認めてエルマにも認めるよう促す。
「そうね、何かしらすごい力があることは認めるわ。粒子をもろくする力でもあるのかしら。それとも粒子の運動に作用するとかかもしれない。でも実際に何か自分で力を行使するまでは、超越者とは認めないわ」
エルマにとって超越者とは神聖な地位を持っていた。
そんな超越者がこんなところにいるはずがない。
エルマは頑なにゼノの奇跡を否定した。
「まあそれでよかろう。そこの君は私のことを認めてくれるようだしね。君、名前は何と言うのかね?」
ゼノはフェルスの方を見つめる。
「俺か?俺はフェルス!よろしくね」
フェルスは新しい知り合いができて嬉しそうだった。
「フェルスか、いい名前だな。それに私の力を理解できる力量も持っている。どうだフェルス、私の弟子にならないか」
「弟子?ゼノの下につくってことでしょ?嫌だよ」
フェルスは笑顔で断った。
「そうか、だが弟子になりたければいつでもいいからな」
ゼノはフェルスの拒否に少しもたじろがず、平常心でこう続けた。
「それより、破片を壊して遊んでる場合じゃないわ。私たちこれを元に戻さなきゃいけないのよ」
「ああ、そうであったな」
ゼノはちょうどさっきエルマに壊させた壁の破片を足で蹴りながら、仕事に取り掛かるのが嫌そうな調子でボソボソと呟く。
「破片をどうにかすればいいんでしょ?俺に任せてくれ」
フェルスはゼノの「すごい力」を見てすっかり感化されたのか、足元の瓦礫を取り上げると、壊れたおもちゃの破片をくっつけるかのごとく、
「修復魔法」
と叫んだ。
途端に足元の瓦礫がフェルスの手元の破片へどんどん集まった。
粒子の揺らぎが一切ないまま、断面が吸い込まれるように溶け合い一つの大きなプレート状になる。
それは魔法というより、この壁が『壊れていた』という事実そのものを無かったことにするような、既存の四元素の魔法から完全に外れた異常な現象だった。
エルマはまだ信頼できないゼノの前でフェルスに魔法を使わせることに抵抗があった。
だが、彼女が制止する前にもう魔法は発動されてしまっていた。
エルマが恐る恐るゼノの方へ視線を向けると――自らの正当性をドヤ顔で主張していたはずの超越者は、目を見開いたまま、ピクリとも動かなくなっていた。




