13 『ベルサイユのばら』
「…彩子さん、怒らないかな?」
「そんな人じゃないよ。大丈夫、大丈夫」
二週間ぶりに、彩子さんの家のチャイムを鳴らす。ミヤコちゃんは初めて来た時よりも緊張してるみたい。
「いらっしゃい、マリちゃん、鬼頭さん。えっと、ミヤコちゃんと呼んで良いかしら?」
「もちろんです!…それで、これを…」
ミヤコちゃんが差し出したのは、デパ地下で買ったお菓子の詰め合わせだという。
「え? なぜ? 以前もいただいたけど…」
「こ、これは母からです!」
「と、とりあえず、中に入って」
リビングに通され、彩子さんは紅茶を用意してくれた。
ミヤコちゃんは話しづらそうで、見るからに落ち着いていない。
彩子さんが少し首を傾げる。
「状況が変わったので話を聞いて欲しいって連絡をもらっているけど…」
「ここはミヤコちゃんが説明しないと…」
「う、うん。はい。実は、我が家の状況が変わりました」
「どんなふうに?」
「…マンガを読むのが解禁になりました」
「ええ!?」
彩子さんが驚くのも無理もない。私だって、ものすごく驚いた。今までの苦労はなんだったんだろうと思う。
「何か理由があるのね?」
「はい。実は、母の友人が今年の大学入学共通テストの問題に『ベルサイユのばら』が使われた事を知って」
「ああ、ニュースにもなってたわね」
「母の友人はずいぶん迷ったそうですが、試しにと購入して読んでみたそうです」
「…迷ったから時間が経っているのか」
「ええ。それで、ハマったそうです」
「…ハマったって? ベルばらに?」
「はい、ベルばらは全巻購入。作者の他の作品も読み始めたそうで…」
「それは凄いね」
「それで、購入した『ベルサイユのばら』全巻と試験問題のコピーを母に貸してくれたそうで。全巻読んでから試験問題を解いてみなさいと言って」
「それでお母様は?」
「泣いたそうです。教科書より頭に入りやすい。なぜ、学生時代に読まなかったんだろうって。学校司書さんの話は本当だったって」
「そうか…。それで解禁になったのか。良かったね、ミヤコちゃん」
「はい!」
「あれ、でも、このお菓子はなぜ?」
「実はですね。『ベルサイユのばら』以外にも、勉強の手助けになるマンガはあるんじゃないかと母とお友達は考えたそうです」
「ああ、それは、そうかも」
「あっ、やっぱり! 彩子さんなら、絶対詳しそうだと思ったんです! で、マリちゃんに相談して」
「私の元家庭教師の人が、本やマンガに詳しいって話をですね…」
「ちょっと待って。ここは学校司書さんを頼ろうよ」
「頼りました。母が学校司書さんへの態度を反省して謝罪の手紙を書いたんです。で、渡した時に事情を話したところ、学校図書館所蔵のコミックスはすべて読んで確認しているけれど、それ以外のは情報のみで未読のが多いんだそうです。中学3年生に薦めるためには事前準備が必要との事でした。ちなみに、これがうちの学校図書館に今ある漫画系のリストです」
ミヤコちゃんがバッグから用紙を取り出して彩子さんに渡した。
「拝見します」
じっくりと目を通りしたあと彩子さんは少し考えこんだ。
「学校司書さんの言うとおり、二人が中学三年生だという事がひとつのハードルかもしれないね。
基本的なことから話すね。まず、最初から〝学習マンガ〟と企画された本には、たいてい専門家が監修として協力している事が多い。作者も編集者も対象年齢を考えてマンガを構成していくみたい。でも、普通のコミックスがたまたま勉強に役立つ作品になった場合、そういう配慮はされてない事が多い。大人向け雑誌に掲載されていた作品を、十代の子には薦めにくい。映画にもあるでしょう? R15+とか」
「R15+…」
「『ベルサイユのばら』の掲載誌は『週刊マーガレット』。当時は中高生の女の子たちがメインの読者だったそう。だから二人に薦めても問題ないと思う。このリストにあるのは、そういう問題をクリアしていると思うし。
私、ちょっとしたご縁があって、ある市立図書館が初めて漫画を所蔵するというので寄贈という形で協力したことがあるの。完結していることと何か賞を獲っていることという条件にあうものを選んでリスト化して、それでOKとされた漫画を寄贈したんだけど、最終的に二つの作品が所蔵されなかった。実際、現物を読んでみて、小学生も借りに来る市立図書館に置くには刺激が強すぎる作品と判断されたんだと思う。私も迂闊だった。これまで勤務した事のある図書館の利用者はみな大人だったから。子どもに対する配慮の現場にいるスタッフの目利きは違うんだと思った。
ちなみに私は小学二年生の時に、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』の文庫本を読んで熱出して学校を休んだ経験があります」
「え!? 彩子さんが?」
「当時通っていた小学校の図書室…あっ、今は学校図書館だよね。でも当時は図書室で学校司書さんもいないし、全学年一緒。児童書じゃなく文庫本だけど漢字にふりがなも付いてるし、ちょっと背伸びしたい気持ちもあって自分で貸し出し手続きをして読んだ。ただ、文章は読めるけど、情報量を消化しきれなかったんだと思う。で、発熱。
私が耳にした話だけど。戦争の描写が詳細すぎる漫画がある学校の図書館にはもう怖くて行きたくないと泣き出した小学一年生の話とか、夜、眠れなくなって困った子の話とか」
「…そんなことが」
「学校図書館は、学校教育に協力するための図書館でしょ? なのに〝図書館怖い〟と児童生徒が入れなくなっても困るし」
「でも、プライベートでなら良いんですよね? 親がOKだしたら『鬼滅の刃』の映画に小学生も行ける、みたいな?」
「ああ、そうだね」
「実は、うちの母とお友達は、自力で良さそうな漫画を探そうとして紹介サイトまではたどり着けたんですが、あまりに量が多くて…」
「もしかして、〝これも学習マンガだ!〟というサイトかな?」
「はい、そういうサイト名でした」
「あそこは、一応ジャンル分けもしているところだったと思うけど。何より点数が多かったはずだから。今まで漫画を避けていた人たちが、表紙とタイトルだけを見ただけじゃ選べないでしょうねえ」
「で、彩子さんにお願いしようと」
「それで!?」
「彩子さんなら、大人向けでも、私たちが読んでも大丈夫そうなものを選んでくれそうだと…」
「なぜ? お会いしたこともお話ししたことないのに?」
「私の元家庭教師で専門図書館で働いていて、本全般に詳しくて、テレビ番組の少女漫画通選手権にも出場したことがある人がいて…」
「マリちゃん! マリちゃん! 出場したのは先輩です!」
「でも、その先輩と同じぐらい詳しいんでしょ、彩子さん?」
「うっ、予選問題はかなり解けたけど…。でも、出場したのは私じゃないから」
「予選問題?」
ミヤコちゃんが首を傾げる。
「私の先輩は、少女漫画がテーマのクイズ番組があると情報を得て、テレビに出る気はないけど、どんな問題が出るか興味があって応募して予選に参加したの。で、無事、予選問題をゲットして、それを見せてもらったの。その後にテレビ制作の会社から予選三位なので出場お願いしますと電話があったと」
「予選三位! 彩子さんはそれぐらい詳しいという事ですか?」
「そういう事になるかもだけど。さっき話したように失敗もしてるし。それと、ちょっと確認しておきたい事があるの。二人とも〝学習マンガ〟自体はどれぐらい読んだことがあるの?」
「小学校の図書館にあった『学習まんが日本の歴史』全巻、『学習まんが世界の歴史』全巻ぐらいです」
「私は、あまり…」
「マリちゃんでも、それぐらいなのね?」
「伝記の場合、マンガと本があったら、本の方を選んでました」
「了解。ちょっと待ってて」
彩子さんは隣の部屋に入っていった。戻ってきた時は、本を抱えていた。
「勉強に役立つコミックスに行く前に、せっかくだから〝学習マンガ〟も読んでみない?」
関連図書
・池田理代子 『ベルサイユのばら(マーガレットコミックス) 』 集英社 1972-1974
関連サイト
・「これも学習マンガだ!」マンガナイト
https://gakushumanga.jp (アクセス日:2026/6/2)
初版 2026年6月2日




