最後の審判と救世主に成る方法
あなたの世界の主人公はあなたであり、私でも他の誰かでもない。さて、問題です。あなたは聖書の主人公です。終末が来ました。救世主は誰でしょう?
主人公はあなたなので、あなた以外に救世主は現れません。
ですが、他の誰かが救世主だと名乗りを上げました。その人は本物でしょうか?いいえ、偽物です。あなたの世界の主人公はあなたであり、あなた以外に救世主は存在しません。なので、偽物です。
それなのに、他の人々はその人を救世主だと崇めだしました。あなたは偽物でしょうか?いいえ、あなたが本物です。主人公はあなたなのですから……。
ちなみに、私の世界の救世主は私です。私は私の世界を既に救っています。神様と天照大御神様と約束を誓約をして、幸せに成る人生を手に入れています。死後は楽園に行く事が決まっています。
ですが、私は他人を救いません。なぜなら、私は他人の世界の偽物の救世主になる気が無いからです。理由は、あなたがあなたの世界の主人公である事を否定したくないからです。
ここまで書いたので分かると思いますが、あなたが救世主に覚醒した後で、他人を救おうとした時に、あなたはみんなから偽物だと言われるでしょう。理由は分かりますね?
さて、最後の審判が来るまで自分を救う事をせず。誰かが自分の都合で書き換えたまがい物の奴隷を作るための聖書を信じてあなたは一生権力者の奴隷のままで良いのだろうか?
嫌だと思うのなら、他人を救う救世主を目指すとハードルが高くなる。なので、自分だけを救う救世主を目指せば良い。それなら、倒すべき敵は自分の上司や親、配偶者や子供、決して倒せない敵ではない。国を動かす権力者や、世界を裏で牛耳る商人や暗殺を生業とする闇の組織や、暴力で世界に抗うテロリストではない。
自分のやりたい事をやると宣言して縁を切ればいい。
それが出来たなら、あなたはあなたの救世主だ。あなたはあなたの世界のあなたを救った偉大な存在なのだ。他から来た救世主は偽物だった。私の教えを見て、実践しあなたが救われたとしても、行動に移し現実を変えたのはあなただ。私ではない。だから、あなたこそがあなたの世界の救世主なのだ。
創造神は、全人類が救世主になる事を望んでいる。
裁きと戦の神も慈愛と共生の神もそれをサポートしたいと願っている。神の名を冠する存在は前作の主人公だった。すでに自身は世界を救ったり滅ぼしたりしている。彼らは、自身の限界を知った。その上で、世界を救う方法を考えて、世界に干渉する条件を厳格に定めた。
その加護を得るためには、それぞれの想いと理念を理解する必要がある。私は、これまで。どちらの理念も解説したつもりだが、私は慈愛と共生の神、天照大御神、イエス・キリスト、釈迦、ルシファーの陣営の魂だ。
どうしてもYHVH、八幡、閻魔大王、毘沙門天の陣営の裁きによる愛に関して正確に表現できていないと思う。
この世界に悪は存在しない。未熟が存在しているだけだ。
これが全てであり、争いの無い世界は、この現実では害悪である。自己矛盾を抱えた魂が、自分が何者か、どこの陣営に所属するのが幸福か、知るための『何をしても許される』世界が、ここなのだ。ゆえに、いま自分が虐げられていると思ったのなら、反省をするべきなのだ。
他の誰かに立場が違っているが関りをもつ存在に同じことをしていないか?
心当たりが無いというのは嘘になる。絶対にしているのだ。親子なら許される。客なら許される。上司なら許される。他人なら許される。犯罪者なら許される。悪魔なら許される。神様なら許される。
創造神は許さない。
見ていてスッキリしない結末は許さない。因果応報は存在している。死ぬまで犯罪を続けた者が、死の間際に因果応報を受け入れたのなら、それは美談なのだ。暴君やシリアルキラー、貪欲な権力者、貪欲な商人、貪欲な聖職者、彼らは創造神によって救われるのだ。
それをするに値する過去、悲惨な経験、それを受けたから仕方が無いと思われる不幸を経験しているのだ。
歴史書には、そういう不幸な出来事や人間的な境遇は消される事が多い。
だが、成功するには、苦労が必要だ。楽をして成功する事を因果応報の神が許さないからだ。だから、自分は苦労せず成功したというのは嘘なのだ。必ず努力と苦労が存在している。みな隠しているだけだ。
終末は来ない。各人の死の間際に審判が行われ、行った因果に相応しい世界に行く事になるのだ。なので、終末を待つことなく自分自身の救世主になる事をお勧めする。




