手記67
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
恐らくは、樋口さんが目の前のアルマへ意識を向けていたからだろう。
無防備な状態で真横から体当たりをされた為に、彼女は抵抗すら出来ずに地面を転がるのだが……そんな彼女へ視線を向けながら、オレは内心で胸を撫で下ろしていた。
森田くんのように、腕を消されなくてよかった……
しかし、最低限刻印に触れないように多少は考えて弾き飛ばしたとはいえ……体格差もあるしな……樋口さんに怪我が無ければいいのだけど……
思っていた以上に彼女の身体が軽かった所為で、自らの所業とはいえそんな風な罪悪感を覚えつつも、オレは再び二人の間に立ち塞がる。
すると───
「マサトくん……いきなり突き飛ばすだなんて、酷いじゃない……」
───彼女は少し不貞腐れたような口調で、口を尖らせながらも起き上がるのだった。
どうやら、無事らしいが……この期に及んで、何言ってんだ!?
「樋口さんが止めればいいだけだろ!?」
体当たりだって、キミがアルマに危害を加えようとしたからだろうが!?
「それは無理な相談ね。」
「何でだよ!?」
「……言ったはずよ?その子が、気に入らないからだって……」
確かに、そう言っていたけどさ!?
だからって、放っておく訳にはいかないんだよ!!
「私……もう、自分に嘘をつくのに疲れたの……だから、ね?これからは、好きに生きると決めたわ。」
「その手始めが、自分を友達だと思ってる相手を殺す事だってのか!?」
「……そうなるわね。」
「ふざけんな!!」
そんなのは、絶対に認めねぇ!!
もう、話が出来る段階でもないってのもよく分かった……だったら、やれるだけやってやるさ!!
……だが冷静に考えて、彼女に対抗するにしても、この後はどうする?
樋口さんの力はクレイに通じなかったとはいえ、オレ達にとっては権能と呼んでも差し支えないぐらい、致命的で凶悪な力だ。
だとしたら、そんな異能相手にオレが出来る事なんて、一つしかない……か。
「あら……?マサトくん、何をするつもりなのかしら?」
「うっさい!!」
戦えないのならば、逃げるしかない。
そんな結論に至ったオレは、未だ気絶したままのアルマを何とかして背に乗せようとしていると、オレの行動を見ていた樋口さんが、不思議そうな表情でそう問い掛けた。
端っから戦える相手じゃないなら、こうする以外無いんだよ!!
「ふぅーん……ねぇ、私も手伝いましょうか?」
「いらんわ!!」
クスクス笑いながら言うとか、馬鹿にしてるだろ!?
これでもこっちは真剣だってのに!!
「そう?残念……なら、そうねぇ……百数えるまで待っていてあげるわ。それなら、マサトくんひとりでも何とかなるでしょう?」
必死に力の抜けているアルマの身体を自分の背に載せようと頑張っていると、益々揶揄うような口調で樋口さんがそう告げてきた為、苛立ちからオレは思わず声を荒らげるのだが……
「鬼ごっこでもするつもりかよ!?」
……オレの発言を聞いた彼女は、何か考える素振りを見せたかと思いきや、いい事を聞いたと言わんばかりの様相で呟いた。
「……いいわね。それ……」
「は……?」
いいって……何が?
「そうねぇ……私が鬼さんをやるから、マサトくんはアルマちゃんを担いで逃げるというのはどう?ただ、鬼ごっことは言っても、途中隠れるのは貴方の自由でいいわ。」
「いや、何を言って……」
「勿論、捕まったら……どうなるか分かるわよね?」
なんで悪趣味な鬼ごっこの話なのに、そんな楽しそうなんだ!?
「じゃあ、ゲームスタート!い〜ち………にぃ〜……さ〜ん………」
ちょ、ちょっと待て!?
こっちの話なんて、聞く耳すら無いってのか!?
「……逃げないの?私と遊びましょうよ?」
マジで命懸けの鬼ごっこをやれと!?
「そのまま逃げないのであれば、すぐに無条件で貴方達の負けになっちゃうけれど……いいのかしら?」
つまり、オレ達に選択権は無いって言いたいんだな!?
ああそうかよ!?なら命懸けでも何でも、やってやるよ!!
アルマをひとりで背負うのに手間取っていた事もあってか、半ばヤケクソになりつつも、とりあえずこの場から離れなければと思い、オレは咄嗟にアルマを肩で担いでどうにか歩き始める。
「そうそう……それでいいのよ。じゃあ、最初から数え直すわね……い〜ち……にぃ〜……さ〜ん……しぃ〜……」
彼女のカウントダウンが響くのを背中で聞きながら、オレは足をもつれさせつつもどうにか石室を後にして、まずは地上へと向かう為に来た道を引き返すのだった。
そうして、未だクレイにやられた影響が後を引く身体で、どうにかこうにか長い廊下を越え、オレは再び地上へ戻る階段へと辿り着いたのだが……
「クソ……階段が……キツい……」
あまり長くはない階段とはいえ、膝に力が入らないからか一歩ずつ段差を乗り越えていくしかなく、ぼやきながらも必死で登っている中、丁度中程に差し掛かった辺りで今最も聞きたくない声が背後から響く……
「ひゃ〜く……!!」
げっ!?
もう数え終わったの!?まだ早いでしょ!?
……いや、階段でかなり手間取ってるから、こんなものかも……?
てか、ワザと最後だけ聞こえるように大声で言ってない!?
つまりは、追いかけ始めると宣言しているようなものじゃねぇか!急がないと……ん?なんだ?何か、聞こえる……?
「……か〜ご〜め〜か〜ご〜め〜……」
カウントダウンを終えてから少しの沈黙ののち、不意に廊下の奥から彼女の声が聴こえ始めたので、オレは振り向いて耳を澄ませてみた。
コレ……もしかして、歌ってるの……?
「か〜ごのな〜かのと〜り〜はぁ〜……」
……その直後に、続く歌詞が聴こえてきた事で、オレは漸く彼女が童歌を歌っているのだと気付く。
ちょっと待て!?かごめかごめとか、マジで遊び感覚かよ……!?
てか、この状況でその選曲は怖いからやめい!!
「い〜つ〜い〜つ〜でぇ〜やぁ〜るぅ〜……」
しかも、段々近づいてきてるし!
こんなとこで、呑気に立ち止まってる場合じゃない!
早く逃げないと!
徐々に迫りつつある不吉な歌声に、オレは息を切らしながらも懸命に階段を登り切り、一息つこうかとした直後……ぺたり、ぺたりと、背後から石段を素足で登ってくる音が微かに聞こえて来た為、慌てて近くの食堂の奥にある調理場へと駆け込む。
「こ、ここなら……包丁ぐらい……あるだろ!?」
息も絶え絶えに、果たして樋口さん相手に刃物が通用するのかとは思いつつ、窓から入る僅かな月明かりを頼りに、目についた果物ナイフらしき刃物を手に取ると、武器を手にしたからか、多少ではあるが心の平穏が帰ってきた。
……が、それと同時に、再び彼女の歌声が聞こえ始める。
「よ〜あ〜け〜の〜ばぁ〜んにぃ〜……」
あれ……?これ、真っ直ぐこっちに向かってきてないか……?
なんで居場所がわかるんだよ!?
「つ〜るとか〜めがすぅ〜べったぁ〜……」
食堂の方から響く童歌に、オレの心臓がやかましい程に警告を鳴らし、今すぐにでも逃げなければと思いながらも、人ひとりを担いでいる所為もあって息があがっているからか、満足に歩けもしないまま、ただ近づいてくる足音と歌声に恐れ慄いていると……
「うしろのしょうめんだぁ〜れぇ〜……ふふふ……マサトくん、みぃ〜つけたぁ〜……」
……薄暗がりの中、爛々と輝く瞳が食堂の方からこちらを覗き込んだ。
その光景に、思わず悲鳴をあげてしまいそうになるオレを他所に、樋口さんは少しつまらなさそうな声色で口を開く。
「ダメじゃない、マサトくん……見つかったのならちゃんと逃げてくれないと、鬼ごっこなのに面白くないでしょう……?」
「ハァ……ハァ……」
クソっ!何か言い返したいけど、息が……
「あらあら……仕方ないわねぇ……じゃあ、もう一度百まで数えていてあげるから、今度はちゃんと隠れたりするのよ?」
どこまで行っても遊び感覚かよ、どチクショウが!!
「……じゃないとぉ〜……こわ〜い鬼さんにぃ……パク〜ってぇ食べられちゃうんだからぁ〜……」
これまでとは違い、まるで幼い子供のような口調でケタケタと笑う彼女の様子に、背筋が寒くなるような感覚を覚えつつ、空いた手でナイフを握り締めたままどうにか再び歩き始めると、彼女は満足そうに先程よりもゆっくりと数を数え始めた。
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次回更新予定は 8月30日(日)18時となります




