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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
少女の祈り ーPrayー

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手記66

※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。

苦手な方はご注意ください

「ひ、樋口さん……」


 目の前で行われた樋口さんによる森田くん処刑の衝撃から暫くして、オレは漸く我に返ると、近藤くんの事が頭を過ったからか声を掠れさせながらも、天を仰ぎ見る彼女へと問いかけた。


 すると、数瞬ののちに彼女はこちらへ視線を向けたのだが……


「……樋口さん?大丈夫……?」


 ……どういうワケか、樋口さんは笑みを浮かべつつこちらを一瞥した後で、歩きにくさ故か残っていたもう片足の靴も消し去ってから、ゆっくりとクレイへ歩み寄り───


「え!?」


 ───地面に寝転がっていたクレイを足で乱暴に仰向けにさせ、その胸倉を片腕で掴みつつ、まるでボールでも投げるかのようにヤツを金属扉の外へと投げる。


 いやいやいや!?さっき散々腹を蹴られたからとはいえ、いきなりそれは……!?


 というか、今目の前で160センチに満たない筈の樋口さんが、オレより体格のいいクレイを軽々と数メートルはぶん投げたぞ!?しかも、片手で!?


 何がどうなってんだよ!?


「う、うぅ……」


 ……あ、アイツ死んでなかったのか。


 まぁ、餓鬼に殴られてただけだしな……って、今はアイツなんかどうでもいい!


 それよりも、樋口さんは……はて?何をしてるんだ……?


 彼女に投げられたからかは分からないけれど、廊下に追いやられたクレイが呻き声をあげた事で、ヤツの生存を意図せず確かめてしまう形になったのだが……


 ……オレがクレイの様子に気を取られている間に樋口さんはアルマへと近付いており、何故か彼女を見下ろすようにして佇んでいたので、オレは思わず困惑の声をあげた。

 

「何してるの、樋口さん……?」


 助け起こすでもなく、何故気絶したままのアルマを見下ろしているのだろう?


 ふと、そんな疑問からオレが思わず問い掛けた直後、樋口さんは昏倒しているアルマの肩甲骨の辺りを、つま先で数度軽く小突き始める。


「は……!?樋口さん!?」


 いきなり何やってんだ!?


 無事を確かめるにしたって、そんなやり方は無いよ!?


 アルマは友達だって、自分で言ってただろ!?


 彼女の行動の意図が分からない為に、オレが思わず声を荒らげるものの、それでも彼女はアルマを蹴る事を止めようともせず、それどころかアルマが蹴られる度に段々と鈍い音が聞こえてくるようになる。


 ……ちょっと待て!?


 まさか、これは……!?


「や、やめてよ!樋口さん!!」


 酷く嫌な予感を覚え、何とか樋口さんを止めようと、懇願するようにして彼女へ声を掛けるのだが……オレの声に一瞬だけこちらを見た彼女の双眸は……何と先程までとは違い、真紅に染まっていたのだった。


 その瞳が放つ怪しい揺らめきは、血走っているのとは異なり、薄暗い石室の中でも爛々と輝いているようで、オレは背筋が冷たくなるのと同時に思わず息を呑む。


 これ、確か初めて彼女と話した晩と同じ……?


 いや、それどころかあの餓鬼もこんな目をしていたような……もしかして、この目がオニになったという証……?


 って!!呆けている場合じゃねぇ!!


 どうにかして樋口さんを止めないと!!


「止めてったら!!アルマは大切な友達だって、自分で言ってただろ!?」


 樋口さんの突然の変貌に、怒りよりもまず戸惑いが先に立ったからか、オレがそう問い掛けると、彼女は一瞬だけその動きを止めたものの、今度はこちらを一瞥すらもせず、すぐにアルマへの暴行を再開する。


 クソっ、オレの言葉じゃダメなのかよ……?


 でも、黙って見ているって訳にはいかないから、何とかしないと……! 


 まずは、どうにか立ち上がって……それから……それから……あー!?もう!何とかするにしても、どうすりゃいいんだ!?!?


 彼女の力を考えたら迂闊には触れないんだぞ!?


 立って、近づいて……それから何をすりゃいい!?

 

 彼女の異変も恐らくは因果の力の影響だろうとは思いながらも、クレイにやられたダメージも相まって動けずにいる中、次第に響いてくる音が重さを増していき、ただただ焦る気持ちだけを募らせていると、不意に彼女は動きを止め、徐に壁際へと歩き始めた。


「……樋口さん?」


 正気に戻った……って感じではないな?


 一体何をする気なんだ?


 彼女は無言のまま、こちらへ振り向きもしないで壁際に立ちつつ、どういう訳か視線を手に落としてから再び顔を上げ、ゆっくりとなぞるようにして石室の壁面へと触れる……


 ……すると、彼女が触れた箇所の壁面には、触れた面積よりも明らかに大きく抉り取られたような跡だけが残り、堅牢な岩が隙間なく積み重ねられていたはずの壁の一部が、オレの目の前で無惨にも音を立てて崩れ落ちた。


 え……?あれ……?コレって、明らかに触れてもいない場所まで消えてるよな?


 そうなると、やっぱり……樋口さんの力が、増している……?しかも、アレだともう直接触れる必要すら無いんじゃないか……?


 ……というか、何でいきなり壁を消してるんだよ?


 彼女が力を誇示するかのように壁面に権能による傷痕を刻んだ直後、その意味が分からないオレを他所に、爛々と輝く真紅の瞳を湛えた樋口さんはゆっくりとこちらへ振り向き、微笑みを浮かべながら再びアルマへと歩み寄っていく。


 おいおいおいおい!?


 一体、何をする気だ……なんて、最早聞くまでもないなチクショウ!!


「ダメだ!!」


 漸く彼女のデモンストレーションの意味を理解したオレは、どうにかして樋口さんを止めようとするものの、彼女は笑みを浮かべるばかりで、こちらの声が届いているようには見えない。


 マズイ!このままだと、取り返しのつかない事に……!


 こうなったら……頼む、動いてくれオレの体!!


 ……まるでこちらの焦りを嘲笑うかのように、樋口さんはゆっくりとした足取りでアルマへと近づいていく中、オレは最後の力を振り絞るようにして震える膝を抑え込みつつ必死に立ち上がると、どうにか樋口さんの前に立ち塞がる。


「樋口さん……どうしちゃったんだよ……」


 そうして割って入ったオレが問い掛けたからか、彼女は薄っすらと笑みを浮かべたままその場で立ち止まると、少し間を置いた後で口を開いた。


「マサトくん……私ね?今、すっごく気分がいいの。」


「気分が良い?何言ってんの……?」


 最低な奴だったとはいえ、人ひとりを殺しているんだぞ!?


 オレが知っている樋口さんなら、そんな事は絶対に言わない筈だろ!?


 なぁ……本当にどうしちまったんだよ……もうどうにもならないのか……?


「だって、私……漸くこの力を理解出来たのよ?使い方も、何が出来るのかも……今まで漠然とでしか分からなかったのに、理解出来るようになったのだから、楽しくない筈がないでしょう?」


「……え?力の使い方……?」


 もしかして今までの樋口さんは、バニシュを使いこなしてはいなかったって事なの?


「そうね……折角だから、教えてあげるわ……私の、本当の力はね……?全てを、拒絶する力なの……」


「全てを、拒絶……?」


「そう。私の奥底にあった、沢山の恨みが……君嶋さん達だけでなく、周りに居た大人達への憎悪が……全てを消し去る力になったのよ。」


「そ、そんな……」


 つまり、内心では樋口さんも周りを恨んでいたというのか?


 確かに、オレ含め誰も助けなかったのは間違いないけれど……オレが今まで見てきた樋口さんは、そんな事思うような人では……


「……私は、この力で世界の全てに復讐するわ……まずは手始めに、アルマちゃんから……ね?だから、どいて頂戴?」


 ……って、はぁ!?


「なんで!?キミの恨みとアルマは関係ないだろ!?」


 第一キミにとっても、大切な友達じゃないか!?


 何でそんな事が言えるんだよ!?どうして、そこにアルマを巻き込むんだ!?


「……目障りなのよ。」


「め、目障りって……」


「何も知らない顔をして、呑気に笑っているのが、許せないの……それだけよ。」


 アルマがどんな風に生きてきたかを知っていながら、どうしてそんな事を言うの……?


「安心して……その次は、貴方だから……アルマちゃんも寂しくはないはずだわ。」


「ふざけんな!!」


 本当に、もう戻れないのか……?


 声を荒らげながらも、迷惑そうに眉を寄せつつそう告げる彼女の態度に、より一層胸を締め付けられるような思いを堪えつつ、オレは何とか問い掛けようとするのだが……


「……樋口さんは、そんな人じゃな…」

「そんな人じゃない、ね……説得する際の常套句ではあるけれど、貴方に私の何が分かるというの……?」


「え?」


「私がどんな気持ちで貴方達を見ていたのか、貴方に分かるはずがない……だから、そこをどいて。」


 ……彼女は怒るでもなく、ただ悲しそうにそう告げると、再び歩みを進め始めた。


 その瞬間、オレは彼女の事を理解していたつもりで、自分の中の彼女の姿だけを見てはいても、樋口さん自身の事など何も見てはいなかったのだと気付き、それ以上言葉を返す事が出来なくなり、オレの横を通り過ぎていく彼女を止められずに、呆然としてしまう。


 オレも……森田と変わらない……のか……?


「さようなら、マサトくん……」


 すれ違った直後、そんな呟きが聞こえたような気がしてオレは振り返るも、樋口さんは歩みを止める事はせずに、再びアルマを見下ろすようにして立つと、無言で右腕を掲げ挙げる。


 もう……元には戻れないんだ……


 短い時間だったけれどさ……本当の友達になれたんだって……思ってたんだよ……


 でも、樋口さんには……違ってたのかな……


 だとしたら、オレ……どうしようもない馬鹿だ……本当のキミを見ていなかったって事だから……


 でも……でもさ……だからって……キミを信じているアルマを、キミの手で殺させたりはしない!!


 例え、本当の樋口さんがオレ達を友達だと思ってくれていなかったのだとしても、それだけは間違っていると言える!!


 絶対にダメなんだ!!!!


 だから、オレはどうなってもいい!アルマだけは守る!!


「うわぁぁぁぁ!!」


 アルマの為だとか、樋口さんの為だとか……そんな事は考えちゃいない。


 オレから見ても、二人の間の絆は本物に思えたから、変わり果ててしまった樋口さんの選択に、納得がいかなかっただけなんだ。


 だから、オレは……自らが消滅させられるかもしれないと頭の何処かで思いつつも、その恐怖心を誤魔化すかのように声を張り上げ、今にも腕を振り下ろそうとしている樋口さんへと、体当たりを仕掛けたのだった。

よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。

批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。


ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。


次回更新予定は 8月23日(日)18時となります

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