手記65
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
マ、マジかよ……樋口さんが、人に対してバニシュを……!?いや、クレイにも使おうとはしていたけどさぁ!?
……でも、気のせいかな?今、樋口さんが触れる前に、森田の腕が消えていたように見えたけれど……?
「い、痛い!?痛い痛い痛い痛い痛い!!痛いよ樋口!?な、何で!?何で何で何で!?ぼ、僕じゃなくて、倒すのはソイツだよ!?」
腕を消し飛ばされた後、森田が痛みからか数瞬遅れで地面に跪きつつ彼女を見上げ訴えるものの、樋口さんは無言で彼を見下ろし続ける。
その背中からはハッキリとした殺意が見て取れ、彼女がこれから行おうとしている事を想像させるには、充分すぎる程であった。
……しかし、森田が樋口さんの神経を逆撫でし続けた結果だとはいえ、このままじゃ不味いな。
「樋口さ……」
「大丈夫よ、マサトくん……私は、正気だから……」
違う!そうじゃない!
というか、正気なら余計ダメだって!!
柴田を殺した後の近藤くんがどうなったのかを、もう忘れたのかよ!?
森田のキミへの執着は普通じゃないんだぞ!?
「落ち着いて!樋口さん!」
「私は落ち着いているわ……だから、心配しないで……」
冷静なら、何でそんなに殺気立ったままなのさ!?
「そ、そうだよ樋口!相手は僕じゃない!ソイツだよ!」
オレが何とか樋口さんを落ち着かせようと話しかける中、そんな事すらもお構いなしに森田は、樋口さんを無自覚に煽り続ける。
あっ!?馬鹿!!
今、樋口さんをますます怒らせるような事を言ってはダメだって!!
「……間違い?……そうね、間違えていたわね。」
「わ、分かってくれた?僕は大丈夫だから、今度こそ───」
今度も樋口さんの言葉を都合の良いように捉えたらしく、森田は自らの右拳を左脇に強く挟み込み止血を試みながらも、樋口さんへ向けそう告げるのだが……
……樋口さんはそんな彼の言葉を遮るようにして、地面に跪く彼の肩辺りを足蹴にし、床へ転がしてから、地面にうつ伏せに横たわる彼の頭を踏み付けた。
「間違えていたのは、私……そう、最初から逃げるのではなく、こうしておけばアカリや皆は……」
「い、痛い……痛いよ樋口……な、何で……樋口は怒っているの……?僕、樋口の為に頑張ってたんだよ……?なのに、何でこんなひどい事をするの……?」
この期に及んでも、あくまで樋口さんの為だって言い張るのか……やっぱり、コイツとは分かり合えないのだろうな……
「……ねぇ、森田くん……教えて?どうして貴方は、私に拘るの?私と貴方の間に、親交なんて無かったはずよ?」
「拘る……?何の事……?それより樋口は、忘れちゃった……?樋口だけが僕を褒めてくれたから、僕は樋口の為にあの馬鹿教師に樋口の良さを教えたりしていたんだよ……?」
「私が、褒めた……?いえ、それよりも馬鹿教師……?ひょっとして……ねぇ、貴方まさか……」
「去年の担任の、あの馬鹿女だね。僕がずっと樋口は何もしてないって言ったり、樋口がどれだけ素晴らしいかを教えているのに無視するからさ?春休みに、アイツの部屋に行って復讐してやったんだ!!」
……うぇ!?
コイツ、マジかよ!?
爆弾以外にも、そんな事までやっていたのか!?
「せ、先生は……どうなったの……?」
「さぁ……?でも処分はしてないよ?そんな事したら、あっちだと捕まっちゃうし……」
いや、襲撃した時点で犯罪だろうが!?
というか、多分森田が先生に暴行した事が原因で、去年の担任って人は居なくなったんだろうな……確か、樋口さんが転任したって言ってたはず。
いや、しかし……想像のはるか上だよ、こんなの……
「あんな馬鹿教師なんて、どうでもいいじゃない……それより、僕……血を流しすぎて気持ち悪くなってきたんだけど……樋口、早くしないと僕死んじゃうよ……こんな酷い事やめてよ……」
他人がどうなろうとどうでもいい癖に、自分への被害だけ主張するとはね……本当に度し難いな。
「まだ、話は終わっていないわ……どうして、貴方は私に拘るの?」
「さっき言ったよね?僕を褒めてくれたからだって……本当に忘れちゃった?」
「そんな記憶、私には……」
「僕が初めてボルダリングの大会で入賞した次の日に、樋口が僕を褒めてくれたんだよ?何で忘れてるの?僕達が仲良くなった日の話だよ?」
仲良くって……もしかして、樋口さん的に偶然声を掛けた程度の話であったとしても、それだけでコイツの中では自分が認められたと勝手に変換しているのか……?
「思い出した……確か、去年の夕方のローカルニュースで偶々見かけたから……だった筈……だから、なの……?」
「やっぱり覚えていてくれたんだね!樋口も意地悪だなぁ……勿論だよ!男子と殆ど話さない樋口が、僕だけにそうやって声を掛けてくれたんだからさぁ……だったら、僕が頑張るしかないじゃない?」
「頑張るって……」
ダメだ、話が全く噛み合ってない……
見ている事象が同じでも、認識が違うだけでここまで会話が気持ち悪く感じるものなのか……
多分、森田は樋口さんと永遠に分かり合えないと思うけれど、何故それに気付けないんだ……?
というか、最初アレだけ痛がっていた割に、よく口が回るみたいだけど……まさか、さっきのアレも樋口さんの気を引く為の演技?
「それに、誰も樋口を助けようとしないんだよ?僕が幾ら言ってもダメだったし……生まれ変われば解決するかなって思ってたのにさ……この世界でもダメみたいだったから、すっごく頑張ったんだよ!!」
コイツ、どんな思考回路をしたらそんな答えになる!?
生まれ変わりなんて、創作の中だけの話だぞ!?
……いや、実際そうなってしまったから、森田の物語が終わらなくなってしまったのだろうけどさ?
「ね?分かってくれたでしょ?だから、早くソイツを処分して、僕を助けてよ……じゃないと僕が死んじゃう……そうなったら、困るのは樋口だよ……」
にも関わらず、何かの間違いだと未だに彼は思い続けているらしく、樋口さんへ助けを求めるのだが、樋口さんはそれ以上は何も答えずに深く息を吐き出した。
恐らくは彼女もオレ同様に、森田を理解出来ないと考えたのだろう。
それから幾度かの呼吸音の後で、樋口さんは彼の頭を踏み付けたまま、怒りを抑えられない様子で口を開く。
「……分かったわ……そうね……もう、終わりにしましょう……」
「そうだね!一緒に行こう!こんな腕になっちゃったけど、きっと僕なら樋口を守りきれるよ!」
「……まだ、分からないの?」
「え?何が?」
「貴方が行くのは……地獄よ。」
……やっぱり、樋口さんは森田を殺す気だ。
「ダメだ!樋口さん!」
「違うよ?僕達が行くのは、冒険だよ……?」
「ええ……黄泉への旅路ならば、その通りね。」
「ダメだって!!」
このままじゃ、近藤くんみたいに樋口さんまで……!!
「……でも、安心して。私も……一緒に行ってあげるから……」
一緒にって、まさか……樋口さんは分かった上でやっているのか!?
「止めて!樋口さん!!」
クソっ!!さっきクレイに蹴り倒されたからか、まだ身体中がいてぇ……でも今は、泣き言を言ってる場合じゃない!!
今度こそ動いてくれよ!オレの身体!!
「樋口……?さっきから何を言っているの……?早くしないと、僕……段々寒くなってきたんだけど……」
「だからね?先に行って……待っていて頂戴?」
もう少しだ!もう少しで立てるから、早まらないでよ樋口さん!!
オレが痛みと虚脱感に耐えながらも、何とか四つん這いになった直後、不意に視線を感じて顔を上げると……彼女はこちらへと顔を向けていて、悲しそうな表情で口を微かに動かした。
そして次の瞬間、彼女は未だ理解が追いついていない様子の森田へと向き直り、それまで以上の殺意が籠った背中のまま、彼を踏み付けていた方の足を一度あげ───
「樋口さん!!!!」
───勢いよく、彼の頭へ目掛けて床諸共に踏み抜く。
……すると、森田の頭部は音もなく、まるでそこには最初から何も無かったかのように消滅すると、鎖骨辺りまで抉られてしまった彼の遺体の胸部から、樋口さんの開けた穴へ一瞬遅れで大量の血液が流れ込む。
「あ、あ、あぁ………」
その光景を間近に見ていたからか、オレの口からは意思とは関係無しに呻き声が漏れ出すと同時に、とてつもない無力感がオレを苛んだ。
間に合わなかった……目の前にいたのに、彼女を止められなかったんだ……オレだけが樋口さんを止められる位置に居たのに……
そんな後悔からオレが呆然とする中、彼女は何故かひとり天井を仰ぐのだった。
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次回更新予定は 8月16日(日)18時となります




