手記62
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
「そんな、バカな……」
な……何で、魔術刻印に触れても平気なんだよ!?
まさか、アズサさんが言っていただけで、実際には違うって事か!?
事実、アルマの腕にも似たような刻印がある訳だし、アズサさん自身も本で読んだだけの知識だって……
……いやいやいや!?だとしたら、樋口さんが気絶した話は!?彼女が見たモノだって……!?
「……やれやれ、貴方もですか?」
全くの想定外に思考が止まらなくなってしまった所為か、オレが動けずにいると、クレイはゆっくり起き上がりつつ呆れたように溜め息を吐きながら、オレへと歩み寄ってくる。
マズい!?
動かなければ!?
そう頭では理解しているものの、無茶な特攻と、殴られた痛みとが尾を引いているからか、身体の方は意思に反して一切反応をしない。
「不意をついたにせよ、中々見事だと見直したのですが……やはり、出来損ないは出来損ないのままという事でしょう。」
そうして、クレイは抑揚も無くそう告げると、それまでの三人同様、オレの頭を鷲掴みにした次の瞬間……
「尤も、刻印の中へ入らなかった判断についてだけは、賢明だと褒めておきますよ。」
……オレの全身から何かが抜け出していくような感覚と共に立っていられなくなり、オレは無言でその場に倒れ伏すと、ヤツがオレを見下ろしつつそう呟く。
「とはいえ、私としても無事である確証までは無かったので、正直焦りましたがね……」
「……マ、マサト、くん……」
「おや……驚きました。まだ意識を保っておられるのですか?流石に、拘束が機能していないだけはありますね。」
倒れてしまったオレへ向け、樋口さんがどうにか手を伸ばそうとする中、クレイはこちらを見下ろしながらさも意外と言いたげに口を開いた。
「チクショウ……」
樋口さんの攻撃も、オレの体当たりも、全く通用してないなんて……
それに、何とか話す事ぐらいは出来るが、身体には全く力が入らないし……オレ達は何をされたんだよ……?
「ふむ、こちらもこちらで……惜しいですねぇ……もうじき二週間が経つにも関わらず、未だ正気を保っている事といい……もしかしたら、あなた方は初めての成功例なのでしょうか?であるならば、この部屋が暫く機能を失ってしまったのにも、合点がいくというもの……」
成功例……?二週間……?
「しかし……そうなりますと、かの者との約定を無視してでも、あなた方二人を連れ帰りたい所なのですが……それでは無用な危険を抱え込んでしまいますし、致し方ありませんね……」
「何を、言って……」
コイツ、さっきから何を一人でベラベラと意味の分からない事を……?
「はて?あの者や、神子様から聞いておられない……?」
……あの者?アズサさんと並べてるって事は、ツルギさんなのだろうけど……
「あの方々も中々に残酷な事をしますねぇ……肩入れをすると見せかけて、真実を伝えていないとは……」
「真実……?」
「ええ。あなた方は、ご自身が何なのか考えた事はありますか?」
「はぁ……?」
急に哲学的な話かよ?意味がわからないぞ。
「あぁ、いえ……決して高尚な話などではありませんよ。〝今の〟あなた達が、どのような存在なのかを考えた事はあるか……と、問うているのです。」
「い、今の……?」
な、何が言いたいんだよ、コイツ……
それじゃあ、まるで……
「そうです。因果の力については、神子様などから聞いておられるのでしょう?どうやら、使いこなしてもいるご様子でしたので……」
「だったら、何だって……言うのよ……」
「ならば、分かっておいでなのでは?既に自らがヒトでは無いという事に。」
……そ、それは、言われなくとも薄々は分かっていたけれど……でも、だとしても……
「オレ達は……人間だ……」
そう、アズサさんが言ってくれたんだ……オレ達は人間だって。
だから……だから……!
「違います。今のあなた方は、〝オニ〟ですよ。」
……は?オニ?オニって、あのオニ?
「正確に言えば、オニですらないのですが……そこはまぁいいです。成り立ちは一緒ですから。」
「う、うそだ……」
人間じゃないどころか、オニだなんて……
そんなの出鱈目だ!!前に見たオニは、明らかに人の姿ではなかったぞ!?
「嘘などではありません。あなた方の肉体は、此処に連れてこられた生きたままの獣人の犯罪者共を材料としております。そこに、大いなる流れを漂う魂を選別して定着させた……そのような、悍ましい実験の産物なのですよ。」
材料……?犯罪者……?それに、実験って……
「あり得ない……だって、私達の姿は……」
「そ、そうだ……この姿は、間違いなくオレ達の……」
もし、仮にオレ達が誰かを元にしたオニだとしたら、この姿形は何だよ!?
こちらに来てから鏡で何度も見ているけど、紛れもなくオレ達自身の姿だぞ!?
「そう思われたいお気持ちは理解致しますが、その辺りはオニとして現界した際、あなた方自身の記憶を元に……つまりは、あなた方の深層にある自己認知と刻印や因果の力により、その形を得たに過ぎません。」
「意味、わかんねぇ……」
認識や因果の力だけでオレ自身の姿になったとか、ありえない……
「……まぁ、そういうモノだとでも、お考えください。でなければ、たかだか人間如きが因果の力を得るなど、到底叶わない事ですからね。」
姿はともかく、因果の力についてはオレも分かってはいたけれど……犯罪者を使って……オニをって……?
この話通りなら、つまりオレ達全員が……作り出された……?
しかも、この身体ですら自分達のモノではない……?
じゃあ、オレ達は……何だ?
「貴方も、人間じゃない……」
「今……なんと、仰いましたか?」
「貴方だって、そのたかだか人間だって……言っているのよ……だって貴方……主義者達の仲間なのでしょう?」
「……私が、人間?」
「それ以外に、見えないわ……」
「わ、私がニンゲンンンンッ!?」
わっ!?いきなりどうしたんだよ!?急にクレイの様子がおかしく!?
「い、言うに事欠いて、この私を人間だと!?血族の!!叡智の!!結晶たる!!この私を!!人間如きだと!!言うのですか!!」
それまでの余裕のある表情から一変し、ヤツは忙しなく表情を変えつつ、まるで石蹴りをするかのように樋口さんの腹部を爪先で蹴り上げる。
……まずい、呆けてる場合じゃない!!
「や、やめろ……」
「お館様が!!私に!!お与えくださった!!この体を!!人間などと!!一緒に!!するな!!」
腹部を執拗に蹴り上げられた所為で、樋口さんは苦しそうにえづきながら、胃の内容物を吐き出すが、それでもクレイは止まらずに樋口さんの身体を繰り返し蹴り続けた。
「やめろって……言ってんだろうが……」
無抵抗な状態でアレはまずい!
クソッ、少しだけなら手を動かせるようにはなったけど、これだけでは……!!
「……大変失礼致しました……無知蒙昧な者に対して、取り乱してしまうとは……私とした事が……」
えっ……急に元に戻るの!?
何なんだよ、コイツ……こえぇって……
樋口さんは……咳き込んでるが、何とか大丈夫そうか……
「そうですね……かの者が来るまで、まだ幾らか掛かるようですし、折角ですから我々の事についてお話致しましょうか……この役立たずのような、血族の面汚ししかご存じないでしょうから。」
……さっきから言ってる〝かの者〟って誰の事だよ!?
いや、それよりもアルマを血族の面汚しって……コイツ、まさか!?
「何度もこの役立たずの名を呼んでおられましたので、この者が血族の一員なのは既にご存じなのでしょうが……全く、お館様の累縁とは思えぬ体たらく……何と嘆かわしい。誇りある我等が名前を何と心得るか……」
やっぱり……白狼の……前に関係者じゃないかと思った事はあったが、まさかクレイ自身が血族の一員だったとは……って事は、主義者達に紛れ込んだスパイって所か?
ん……?でもコイツ普通に黒髪だから、血族だとしたらおかしくねぇ?白銀の体毛が特徴な筈だろ?
「嘘だ……だって、アンタどう見たって……」
「まだ減らず口を叩けるとは……まぁいいでしょう。あなた方でも理解出来るよう、教えて差し上げますよ。」
「何をだよ……」
「私は白狼の血族の技術の粋を集め、生み出されました。見た目は確かに人と変わりませんが、私の身体は生まれながらにあらゆる因果の力を拒絶いたします。」
「え……」
因果の力を、拒絶?
しかも、生まれつき……?だから、樋口さんの力が届かなかったり、刻印に触れても平気だったのか……?
「そして、私はその中でも完成形と呼べる存在……そう、言わば最高傑作……なのですよ。故に、あのような穢らわしい連中と同一視などはしないで頂きたいですね。」
「随分と、自分に自信があるのね……」
漸く落ち着いてきたらしい樋口さんが皮肉を込めそう呟くも、奴は益々オレ達を見下すように歪な笑みを浮かべ、続ける。
「あなた方も、私の力を体験したのならお分かりでしょう?貴女が例え、どのような力を持っていようと私には通用しません……尤も、私のこの力は、どちらかと言えば現象ではあるのですがね。」
要するに……オレ達では、自分に太刀打ち出来ないって言いたいのか!?
なめやがって!!
「……本当に、貴方には驚かされますね?因果の力を奪われて尚、まだ動けるのですか?」
「うっせぇ……」
漸く腕だけを少し動かせるようになってきたからか、オレを見下ろしながら演説を垂れるクレイの足首を掴むと、ヤツは呆れた様子でオレの腕を払いのけてから、オレの頭部を蹴りつけた。
「もう油断は致しませんよ。この時間も私としては不本意であるのに、恥の上塗りまではしたくありませんので。」
オレを足蹴にした後クレイはそう言うと、先程までとは違い再びアルマの側に立ち、距離を取る。
クソっ!どうにもなんねぇのかよ……
「不本意……ね?こんな状況なのに、貴方が……私達を殺さないのは……」
「ええ……私の意思ではありません。かの者の因果の力は少々厄介でしてね……今この時も、彼奴は離れた場所から私達を見ていますよ。」
離れた場所から……見てる?
それって、もしかして……
「しかも、彼奴は貴方のような小娘にご執心ときている……もし、殺害でもして逆上されては面倒ですからね。不確定要素を排除する為には、致し方ないのです。恐らくは、この会話も聞いているでしょうし……」
やっぱり……間違いない!クレイに協力している奴は、樋口さんのストーカーだ!!案の定、裏で結託してやがった!!
……しかし、遠隔で見ていた……ね?
実態は、〝フォース〟なんかじゃなく〝フォーカス〟だったと……ストーカーにうってつけの能力だな……そりゃ、暗闇で樋口さんの居場所を突き止めるワケだ。
「なので、私としてはこうして話しているのも、暇つぶしを兼ねた催促……といった所でしょうか。」
クソが!つまりは、舐めプって事だろ!?
とことんまで見下しやがってからに!!
「催促……?」
「ええ。私は貴女を差し出す代わりに、それ以外の者の殺害と、この役立たずを時が来るまで守らせる契約を致しました。なので、これ以上は待てないと、こうやって示しているだけです。」
「何ですって……?」
よりにもよって、樋口さんを……ストーカーに差し出すだと!?
しかも、アルマを守らせてもいたって……どういう事だよ!?
「何故、そんな事を……」
「……面倒な話なのですが、事情があり短期間でも私が直接守る訳にはいきませんでしたからね……故に、軟禁する事になった貴方へ付き添わせたのですが……正直、貴方がここまで正気を保つのは意外でしたよ。もっと早く貴方から取り上げるつもりでしたのに。」
……え?何を言ってるんだ?コイツ……?
さっきから、オレ達がカルマでおかしくなるのは既定路線だって言ってるように聞こえるけれど……正気を〝まだ〟保ってるとかも、言ってたし……
「何が……目的……?」
「ふむ……いいでしょう。折角此処まで辿り着いたのですから、私の目的を教えて差し上げますよ。」
「御託はいいわ……」
「まぁ、黙ってお聞きなさい……私達が成そうとしている事は、神の顕現です……とはいえ、これから行うのは実験ではありますがね。」
はぁ……?神の……顕現……?
……コイツ、まさか誇大妄想に取り憑かれた馬鹿なんじゃねぇの?
終末思想じゃあるまいし。
「神とは……随分と……大きく出たわね……」
「もしかして……何か、勘違いをなさっておられませんか?」
「勘違い……?」
「神とは言っても、宗教上の存在とは違いますよ?大半の宗教では、同一視しているようではありますが……」
え……?宗教の神様じゃない……?
いやいや、神様って基本的に宗教における救世主やら、最上位の概念なような……?
「我々が神と呼ぶ存在は、形而上ではなく一種の現象と形容すべき……まぁいいです。どうせじきに分かりますから。」
「じきにって……」
「私の目的は、この役立たずを依代に神を顕現させる事ですので、文字通りもう間もなくという意味ですよ。」
アルマを、依代に……神を……!?
「まさか……テメェ……」
「そのまさか……ですね。」
「ふざけんな……!!」
アルマを生贄にする……だと!?
神が居るとか居ないとか、そんなのはどうだっていい!アルマを依代になんて、絶対に許さねぇ!!
動けよ!!オレの身体!!頼むから!動いてくれよ!!
「そんな事、絶対……させない!!」
アルマだけじゃない!このままだと樋口さんも……!!
今この場でクレイをどうにかしなければ、二人の身が危ない……オレがそう理解した瞬間、怒りが込み上げてきたからか僅かながらに身体に力が戻った為、オレは震える膝を何とか抑え込み立ち上がる。
「貴方……本当にどうなっているのですか?何故、立ち上がれるのです?」
「知るか!!」
すると、それまではこちらを見下すように歪な笑みを浮かべていたクレイの表情が、初めて険しいモノへと変わるのだった。
よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。
批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。
ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。
次回更新予定は 7月26日(日)18時となります。




