手記61
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
何で!?
どうしてアルマが!?
「行かなきゃ……」
早く、アルマを取り戻さなければ……!
「マサトくん……」
クレイに蹴られた痛みを何とか堪えつつ、樋口さんの支えもありどうにか立ち上がると、オレはクレイが去って行った方向へと、歩みを進め始める。
「待って、マサトくん!アズサさんをこのままにしていくの!?」
「アズサさんがアルマを連れて逃げろって言ったんだよ!なら、早くアルマを取り戻さないと!」
それに、オレ自身が誓ったんだ!
どんな事があっても、アルマを裏切らないって!
だから……!
「待ちなさい!」
「でも!あのままだと、アルマが!!」
アイツが何のために攫ったのかは分からないけれど、こういう時は大抵、遅れれば遅れる程ロクな結果にならないってのがお約束なんだよ!!
「いいから、落ち着きなさい!」
「落ち着いてなんていられる訳ないだろ!?」
目の前で訳もわからないまま友達を連れていかれたのに、落ち着いている暇なんて、ある訳ない!!
……そうオレが考え、彼女へ対して声を荒らげた直後だった……
───パァン
……乾いた音が廊下に響くと共にオレの視界がブレ、頭で何が起きたのかを理解する前に、頬が熱を帯びている事に気付くと、樋口さんが目頭に涙を溜めつつ口を開く。
「……落ち着いたかしら?」
「う、うん……」
落ち着いたってより、驚いた……だけど……
「時間の猶予はある筈よ。だから、対策を練りましょう。」
「猶予……?どうして樋口さんにそんな事が分かるのさ?」
ちょっと意味がわからないな……?
その根拠は何処から来てるの?
「……クレイはね?〝今のうちに〟アズサさんを連れて逃げろと言ったのよ。」
「うん?」
それは知ってるけど……樋口さんは何が言いたいのだろう?
「つまりは、何かをする為の準備に時間が掛かるから、その間に逃げろ……という意味ね。」
「あ……なるほど……」
努めて冷静にクレイの発言を分析してみせた樋口さんの言により、オレが少しずつ冷静さを取り戻したからか、彼女は少し深く息を吐いてから、再び口を開く。
「でも先ずは……アズサさんを近くの部屋へ運びましょう?話はそれからよ。」
「分かった。」
……そうだな。
オレが言えた事ではないが、オレ達へ危機を伝える為に、クレイに追われながらもオレ達を探していた上、ヤツからオレ達を守ろうともしてくれた人だ。
流石にこのまま捨て置くのは、忍びない。
「……これで、アズサさんも大丈夫かしら。」
「多分……ねぇ、それはそうと対策って、樋口さんには何か案があるの?」
手近にあった鍵のかかっていない部屋のベッドにアズサさんを寝かせた後、オレは先程の彼女の発言の中で気になった部分を問い掛ける。
「ええ……恐らく私達が二人で襲いかかっても、あの男に返り討ちにされるのは明白……となれば、方法は然程多くないわ。」
「……まさか?」
「そう……私の力を使うの……」
樋口さんの力……つまり、〝バニシュ〟か……
確かに、文字通り必殺の力ではあるが……果たしてそんな事をして、樋口さんは大丈夫なのか?
何度か反動無しで使ってはいたけれど、今回も上手くいくとは限らないしなぁ……
「……あら?私の事を心配してくれるのね?」
「当たり前だろ!?」
「安心して。その点は大丈夫。使い道次第だわ。」
使い道次第……?
「何も、あの男を殺す必要なんて無いの。例えば、腕に深い傷を付ける……それだけで充分よ。」
「傷って……どうやって?」
「……見てなさい。」
オレの問いかけに、彼女はキョロキョロと辺りを見回したのち、置いてあった花瓶を手に取ると、左手で底部を持ちつつ右手は手刀のようにピンと伸ばして掲げあげた直後、勢いよく手刀を花瓶の首へ向けて振り下ろす……
……すると、花瓶は音もなく両断され、落ちて割れた破片が辺りに散乱した。
「すっげぇ……」
「ね……?これなら……傷ぐらい……負わせられるわ……」
だが、顔を上げた彼女はかなりの痛みを堪えている様子で、息を苦しそうに吐きながらそう告げる。
……やっぱり、彼女の力は便利で万能な魔法のような力じゃないって事か。
でも、多分オレが止めたところで……
「樋口さん、やっぱりその力は使わない方が……」
「……貴方の為ではないの。アルマちゃんは私にとっても大切なお友達よ?だから、貴方が止めても私はやるわ。」
……だよね。この頑固者なら、そう言うと思ったよ。
なら……
「……分かった。じゃあ、オレが囮になるから、樋口さんはその間にヤツへ攻撃してよ。」
「囮って……貴方、馬鹿なの!?アイツの力は普通では無いわ!!私に任せていればいいのよ!!」
「馬鹿はそっちだろ!?そんなの、言われなくても分かってんだよ!!なら、一人でやったら樋口さんが危ないだけじゃないか!!」
果たして、クレイ相手に隙を作るような真似が出来るのかとは思いつつも、彼女一人に背負わせるには余りにも大きなリスクに見えた為にオレが囮になる事を提案すると、案の定樋口さんは厳しい口調で返してきた。
……そんなのは今更だよ!
それに、一人より二人だ!!
「……それは、そうかもしれないけれど……」
「とにかく、樋口さん一人じゃダメ!」
アルマは勿論だけど、キミだって大事な友達なんだ!
「二人とも……喧嘩……は、ダメよ〜……」
「アズサさん!?」
恐らく、オレ達が至近距離で怒鳴りあっていたからだろう。
不意にアズサさんは目を覚ますと、いつもの調子で話しかけてこようとするのだが、その声はか細く、また何時意識を失ってしまってもおかしくないように見える。
「ねぇ、マサトちゃん……お願い……アルマちゃんを……助けて……」
……しかし、それにも関わらず、彼女は必死な表情でアルマの救助をオレ達へ懇願してくるのだった。
「何でアルマが攫われたのか、アズサさんは理由を知ってるんですか!?」
「石、しつ……に……」
そんなアズサさんへ向け、まだ燻っていた焦りからか、思わずアルマが狙われた訳を尋ねるものの、彼女は石室という言葉だけを残し、再び気絶してしまう。
……思えば、合流後すぐにアルマを連れて逃げろと言っていたけれど……あの石室やアルマには、何があるって言うんだよ……?
それが分からなきゃ、対処のしようもないだろうが!?
「マサトくん……?」
「ああ!もう!?何が何だかわかんねぇけど、やってやるよ!!チクショウ!?」
「マ、マサトくん……??」
「行こう!樋口さん!」
「え、ええ……行きましょう、石室へ。」
最悪、樋口さんとアルマが無事に逃げてくれさえすれば良い……
そう内心で決意しながら、道中で見つけた棒を拾い上げたりもしつつ、オレ達は石室へと急いだ。
石室まで続く道は玄関と食堂までの間にあり、位置関係からすると恐らくは兵舎の地下とも繋がっているように思えるのだが、事前に聞いていた通りこちら側には見張りも無く、オレ達二人は辿り着くなり、恐る恐るではあるものの地下へと降りてゆく。
すると、明かりも灯っていない廊下とは対照的に、地下の通路には煌々と照明が輝いていたのだった。
……つまりは、この先に誰かが……いや、ヤツが居るって事だ。
「いきましょう。」
「うん。」
地下に降りた直後からオレは身震いが止まらずに思わず足を止めていたのだけれど、どうやら樋口さんも何か感じ取っていたらしい。
彼女も微かに震えながら足を止めたのち、示し合わせた訳でもないのに己を奮い立たせるかの如くお互いへと視線を向け、オレ達は先へと進む。
ほどなくして、酷く重苦しく湿り気を帯びた空気が地下通路を抜ける中、オレは約二週間ぶりに石室へと辿り着くのだが……
「開いてる……」
「……しかも、待っていると言わんばかりね。」
「ふざけやがって……!」
……入り口の金属扉はまるでオレ達を待ち侘びていたかのように開かれており、奥にはこちらへ顔を向けているクレイの姿があった。
アルマは……良かった、まだ無事みたいだ。
どうやら、樋口さんの言う通り間に合ったようで、ヤツの足元にはアルマが寝かされており、その奥では以前此処で目を覚ました際には無かったはずの、魔術刻印が地面に浮かびあがりながらも明滅を繰り返している。
……刻印に関しては、何日か前に樋口さんから聞いていた通りとはいえ、いざ目にするとホント不気味だな。
「私は、逃げろ……と、忠告したはずですよ?」
「……とか言いながら、オレ達が来るって分かってたんだろ!」
「ええ。まぁ……私としては、賢明な判断を期待してはおりましたがね。やはりと言うべきでしょうか……実に愚かしい。」
明らかにオレ達の姿を認識しつつも、石室に足を踏み入れるまではこちらを見ているだけだったクレイは、オレ達が前へ踏み出した途端、革手袋を外しながら人を嘲笑うかのように大袈裟な口調でそう告げた。
「友達を見捨てるぐらいなら、愚かで結構よ。」
「やれやれ……折角、長らえた生命だというのに……」
記憶の中の光景より大分広く感じる石室の中を進み、部屋の中央辺りに余裕綽々といった様相で待ち構えるヤツと対峙すると、クレイはわざとらしく首を横へ振って見せる。
……どこまで人を馬鹿にすりゃ気が済むんだよ、コイツ!!
まんま悪役染みたセリフまで吐きやがって!
「うっせぇ!!アルマは返して貰うからな!!」
「……愚かなだけでは飽き足らず、言動まで粗野だとは……実に嘆かわしい事です。」
「粗野で結構!!」
オレは叫び声を上げる直前、樋口さんへ軽く頷いて見せてから、あからさまにこちらを挑発するような態度を繰り返すクレイに向け、持っていた棒を振りかぶった。
直後、ヤツは言動とは裏腹に、オレの行動を読んでいたのか、オレが振り下ろすのを一切表情を変えないまま半身だけズラして避けた後、勢い余って地面にまで振り下ろされたオレの手を足で蹴り上げ、その反動でこちらが体勢を崩した所に、すかさず顔面へ向け掌打を放つ。
その刹那、オレの口の中に血の味が広がるのだが……樋口さんは、この瞬間を狙っていたらしい。
オレの持っていた棒がカラカラと音を立てて転がる中、掌打を繰り出した為に伸び切ったヤツの腕を目掛け、彼女はそれこそヤツの腕を両断する勢いで手刀を振り下ろした。
だが……
「え!?なんで!?」
……樋口さんの手刀は、間違いなくヤツの腕を捉えた筈なのに、両断どころか服が一部消えた以外には傷一つついていなかった為か、彼女は驚愕の表情を浮かべる。
「狙いは悪くありません。判断もまぁ、成否はともかく及第点でしょう。」
すると、クレイは酷く無機質にそう告げながら、驚きの余り固まってしまった樋口さんの頭を掴み───
「な……に……これ……」
───彼女もアルマやアズサさん同様、正体不明の力で行動不能へと追い込んだ。
「……ですが、その後が頂けませんね。失策で思考を止めるのは、論外で…」
「うわあああああ!!」
樋口さんまでやられてしまった……
その事実を目の当たりにした瞬間、オレの中で怒りが上回ったからだろう。
殴られた後痛みで固まっていた状態から、オレは叫び声を上げ、彼女を見下ろすクレイの腹部へ向け、身体毎の体当たりを仕掛けた。
……そして、その行動は正解だったらしい。
樋口さんへと意識を向けていた所為か、全くの無防備でオレの突進を受ける事になってしまったクレイは、踏ん張る事も出来ずに仰向けで少し後ろにあった魔術刻印の上へと倒れる。
あれ……?もしかして、終わった……?
意図していなかった不意打ちが成功してしまい、魔術刻印の上で倒れたまま動かないクレイを見下ろしながら、オレは刻印に触れてしまうと命は無いというアズサさんの言葉を思い出しつつ、呆然と立ち尽くしてしまう。
そうして一瞬の出来事に、自分でもよく分からないままだったけれど、これで逃げられるな……と、そう気を抜いた矢先───
「やれやれ、私もまだ詰めが甘いという事ですか……まさか、凡愚だと侮っていた貴方に、してやられるとは……」
───魔術刻印の上で、クレイが身体を起こしたのだった。
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次回更新予定は 7月19日(日)18時となります。




