手記60
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
恐らくは、刻印の破壊による影響で意識を失ってしまったらしい佐藤くんの手足を、部屋にあったシーツを引き裂いて作った布で幾重にも拘束した後、三人の遺体をベッドへ寝かせてから、オレ達は漸くひと息つくのだが……
「ごめんなさい……」
山岸さんとの間にわだかまりが残っては居たものの、お互いに歩み寄り、新たな関係を構築し始めた矢先だったが故か、樋口さんは涙を浮かべながらベッドの傍らに立ち、山岸さん達の遺体へと謝罪の言葉を告げる。
……多分、彼女は責任を感じてしまっているのだろうな。
オレだってそうだ。
本当なら、全員で行動すべきだったんだよ……なのに油断をして、三人だけで行かせてしまった。
幾ら体調が悪かったからとはいえ、悔やんでも悔やみきれない……恐らく、樋口さんはそういう気持ちだから、つい謝ってしまったのだと思う。
……正直言えば、オレ達が居たとて被害が止められたとは思わないし、アズサさんに感謝もしているけれどさ?
どうして一緒に居なかったのか……とか、もう少し早く刻印を壊してくれていたら、とか……考えずにはいられないよな。
「マサト……ミオ……にげる。」
「……ええ。そうね、行きましょう……」
心配そうなアルマがオレ達の様子を覗き込むように窺うと、樋口さんは目元を拭ってからアルマへ向け笑みを浮かべつつ返す。
確かに、ずっと此処に居るワケにもいかないが……
「行くって、何処に?」
「まずは、白石さん達の確認からよ。その次にアズサさんを探しに行きましょう。その後については、アズサさんと合流してからね。」
「分かった。」
そうだな……白石さん達はまだ救い出せる可能性があるから、気絶しているであろう今は、まず彼女達の安全の確保が先決か。
当初の、刻印破壊までにという目的とはズレてはいるが、かと言って既に破壊されてしまった今、無視も出来ないからね。
……手遅れに見える久我くん達はともかく、宮坂くんは……佐藤くんの急変を考えたら、既に変わってしまっているらしい彼はちょっとな……
「アルマちゃんも、それでいい?」
「はい。」
改めて方針を確認し終えたオレ達は、後ろ髪を引かれるような感覚を覚えつつも、彼らの眠る部屋を後にして、白石さん達の部屋へと急ぐ。
道中、世話係や兵士達が不在の為に廊下の明かりが灯っておらず、建物内がかなり薄暗い事や、事前に聞いていた通りに洗濯物の入ったカゴなどが乱雑に放置されていた所為も相まって、酷く不安な気持ちになりながらも、オレ達は白石さん達の部屋へと辿り着き、足を踏み入れた。
「な、何よ、コレ……」
……しかし部屋へと入った直後、中の惨状にオレ達は思わず絶句してしまう。
何故なら、飾ってあった筈の置き時計やら花瓶やらの調度品が無惨にも破壊されて床に散らばっていた上、そんな状態の部屋の中に彼女達がうつ伏せで倒れてもいれば、こんな反応になるのも道理だろう。
「これは……まさか、小川くんがやったのか……?」
「いえ、どうやら違うみたい……この傷を見て。恐らく、これは引っ掻き傷よ……加えて、双方とも爪が割れかけている……となれば、この傷は自分達でつけたモノね……それに、気を失ってはいても間違いなく生きているわ。」
部屋内を見回しているオレを他所に、樋口さんは真っ先に彼女達へと駆け寄り状態を確認しつつ、オレに向けそう告げる。
この状況を、彼女達自身がやっただって……?
「え……?それじゃあ……」
「ええ……恐らく彼女達も、久我くん達のように……」
つまり、因果の力でおかしくなってしまったって事かよ……
見る限り、命に別状は無さそうではあるが、腕だけでなく顔にまで結構深い傷が残っているし……
掻き毟ったにしたってここまでの傷となれば、力の加減が出来なくなっていた……?
白石さん達とオレ達が会ってから半日経つとはいえ、たったこれだけの時間でここ迄おかしくなるなんて……佐藤くんも短時間で変わってしまったものな……
これが、力を持った代償だとしたら……って、アレ?だったら、何でオレ達は無事なんだ?
武田くん達や山岸さんの例もあるから、全員が全員変わってしまっていた訳ではないが……
「……トちゃ〜ん!…オちゃ〜ん!」
……ん?今、何か声がしたような?
「三人とも、何処にいるの〜!?」
これは、アズサさん……?もしかして、オレ達を探して……?
「樋口さん、聞こえてる?」
「ええ……残念だけど彼女達はこのままにして、とにかくアズサさんと合流しましょう。」
「うん。それにアズサさんなら、皆を元に戻す方法が分かるかもしれない。急ごう。」
「……そうね。」
自分で言っておいてなんだが、精神に異常をきたした人間が元に戻るだなんて、普通有り得ない……とは思う。
だけど、原因が因果の力なのであれば、影響さえ取り除く事ができれば回復させられるのではないか?
……そんな淡い期待を抱き、現状で最も詳しい人間に頼ろうとするオレの言葉に、樋口さんが酷く険しい表情で頷いたのが気に掛かりながらも、オレ達は白石さん達の部屋を後にした。
「アズサさん!こっちです!」
「アズサ!」
廊下に出たオレ達は、通路が交差する辺りでアズサさんがキョロキョロしているのを見つけた為、慌てて彼女へ呼びかけ駆け寄る。
「マ、マサトちゃん!ミオちゃん!アルマちゃんを連れて、今すぐに此処から逃げて!」
だが、アズサさんは普段の間延びした調子とは違い、酷く焦った様子で息を切らしながらも、合流早々にそう捲し立ててきた。
……え?今すぐ……?朝は逃げない方がいいって言ってたような……?
「早く!!今な…」
「おやおや……幾ら神子様と言えど、それは困りますよ。」
それまでとは違う彼女の言動にオレが疑問を持った直後、人の気配がしなくなってしまった廊下に、聞き覚えのある声が響く。
「クレイ……!?」
何でコイツが此処に!?兵士は何処かへ行ったはずじゃ!?
「ふむ……貴方のような出来損ないから、呼び捨てにされる謂れはありませんが……しかしその様子では、やはりあの者に何か吹き込まれておりましたか。」
オレが思わずヤツの名を口にすると、当人は肩をすくめて見せるのだが……
やはり、コイツの態度は何か胡散臭いというか、嘘くさく見えるな……なんて、今はどうでもいいわ!!
どうしてアズサさんがコイツに追われてるんだよ!?
「まぁいいです……それより、本当に困ったお方ですねぇ……これまでは何かしら目的があるようにお見受けしましたので、神子様にはこちらから干渉しないようにしておりましたが……」
こちらから干渉って……?何の話だ?
「……私共の邪魔をなさられるとなると、致し方ありません。目的が済むまで貴方様には、大人しくしていて頂きましょう。」
「マサトちゃん!早く!お姉さんが時間を……」
その丁寧な口調とは裏腹に、ヤツは剣呑な雰囲気を漂わせながら身につけていた革手袋を外すと、アズサさんがオレ達とクレイの間に立ち塞がるようにして割って入るのだが、直後ヤツはアズサさんの頭を鷲掴みにした。
その刹那……
「きゃああああああああ!?」
……アズサさんの絹を裂くような絶叫が辺りに響き渡り、彼女はその場に倒れ伏せる。
え……?何?何が起きてるの……!?
「ア、アズサさんの……カルマが……消え……」
カルマが消えた、って……はぁ!?まさか、今ので死んだって事!?嘘だろ!?
「……安心なさい。ただ暫く目を覚まさないだけで、半日もすれば元に戻ります。それに、神子様はこう見えて希少な人材なのですよ。そんな方を屠ったとなれば、私がお館様から粛清されてしまいますので、そのような真似はいたしません。」
何なんだよ!?さっきから何が起きてんだよ!?
「アズサ!!?」
混乱するオレを他所に、クレイが淡々と死んではいないと告げる中、気絶してしまったらしいアズサさんへアルマが駆け寄る。
「これで漸く、私も務めを果たせますね……とりあえず、耳障りなので静かにしていて頂けますか?」
すると、クレイはそんなアルマを酷く冷たい視線で一瞥した後、今度は彼女の頭を掴み──
「アズサ!アズサ!!アズっ……」
「アルマ!?」
「そんな……嘘……アルマちゃんまで……」
──必死にアズサさんへ呼びかけ続けるアルマまで昏倒させてから、クレイはオレ達へ向き直り再び口を開いた。
「さて、用意は整いました……そうそう、此処まで私の代わりにこのような役立たずを守ってくださったあなた方には、お礼をせねばなりませんが……」
「な、何を……」
お礼?クレイの代わりに、アルマを守った……?
「そうですね……かの者との約束を違える事になってしまうとはいえ、折角拾った命です。この役立たずの事は忘れ、今のうちにそのお方を連れてお逃げなさい。」
「はぁ?」
約束……?さっきから一体何の話だよ!?
それにアズサさんを連れて逃げろ、だって?いきなり現れて意味が分からないっての!!
「そうすれば、たかだか数日とはいえ無残な結末は避けられると思いますよ。であれば、私としても余計な手間が省けて助かりますし……尤も、あなた方については、かの者次第ではありますがね。」
理解の出来ない言葉を吐きつつも、クレイは気を失っているらしいアルマを抱えると、呆然とするしかないオレ達を尻目にこの場から立ち去ろうとする。
マ、マズい!?このままでは、アルマが連れ去られて……!?動かなければ!!
このまま行かせたら、きっとロクなことにならないぞ!!
「……待てよ!!その子を返せ!!」
目の前の状況に少し反応が遅れながらも、こちらに背を向けたクレイの服を何とか掴み、制止するのだが……
「その薄汚い手を、離しては頂けませんか?」
……振り返ったクレイは心底軽蔑するような視線をオレに送ると、空いた手でオレの手を払いのけてから、間髪入れずに無防備なオレの腹部へ向け膝蹴りを叩き込む。
「げふっ!?」
直後、腹部に硬く重い打撃を受けた所為か、肺の中の空気が押し出されていくような感覚と共に、オレはその場で崩れ落ちてしまう。
「マサトくん!?」
チクショウ……息が……
「では、私はこれにて失礼致します……お分かりだとは思いますが、少しでも長生きしたいのであれば、くれぐれも追おうなどとは考えない事ですね。」
「ま、待て……」
見下ろしながら最後の警告とばかりに口を開いたクレイへ向け、オレは咳き込みながらもどうにか声を絞り出すものの、樋口さんに支えられていたからか、ヤツはオレを鼻で嗤いながら再び背を向け、今度は振り返る事もせずに、アルマを抱えたまま何処かへと向かっていくのだった。
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次回更新予定は 7月12日(日)18時となります。




