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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:光へと向かう道
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曝け出したとき

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ぜぇぜぇと。息はとっくに果てていた。肩が激しく揺れ、ヴィは放り出しそうになる手脚に力を込めたままメリアを背負い、暗闇の奥へと突っ切っていく。


「……どうしてそこまでしてくれるの? あなたからしたらワタシは」


「したいからしてるんすよ! 下ろしてって言っても断るっすよ!?」


 纏う湿度。汗が滲んでくる。落ち葉が重なる地面を踏み蹴るたびに泥濘んだ土が跳ねていく。いつのまにか、雨が降り始めていた。葉を打つ音が身体を覆い尽くしていく。


「ッフ……フー……!」


 足を止めることはできない。ただまっすぐに走り続ける。【錆染】の方を見ることもできなかった。


 ざぁざぁと。雨音は激しくなっていく。それでも走り続けるしかなくて、肩で息をしていた。喉が痺れてくる。内蔵がキリキリと痛む。


 堪えきれずに身体の軸がブレて激しくよろけた。メリアを放り出しそうになったとき、ひょいと足が浮いて、浮いたままになる。


「悪い。……危ない役を任せた上に遅くなったな」


 ジンもまた、息を切らしながら二人の少女を抱えた。そして、森のなかを疾駆していく。飛沫をあげる泥も構わず、倒れた木々を飛び越えていく。


 ヴィとメリアは、だらんと猫のように身体を伸ばし、ジンの片腕に全てを委ねた。


「……ッ、ふー……。フー……! も、ぅ、走りぇ、たくないっす……」


「ありがとう。ヴィ。ただ今は雨宿りも、座ることもできないな。悪いがしばらくこのままだ」


「ん、私はむしろ構わないっす……。むしろ、もうしばらくこうでいたいぐらいでぇ……いや、変なこと言ったっすねこれ」


 ヴィは自分を抱える腕をぎゅっと掴んだ。腹部を押す揺れと圧迫に僅かに呻きを漏らしながら安堵するように肩の力を下ろしていく。


「……ほんの数時間ぶりなのに、別人みたいだな。メリア」


 言い淀みながらジンは一瞥を向けた。俯いていて、目が合うことはなかった。雨に濡れた銀の髪が顔を隠している。


「あなたも……別人に見えるわ?」


「嘘言え。見ちゃいないだろう。そういうのはこっちを見てから言うんだな」


 飄々と。初めて会ったときのように軽口で喋った。もう演じる意味もないというのに。自然と吐き出された言葉が、無自覚に頬を緩ませる。


「……できない」


「できるさ。できなきゃいけないんだよ。ずっとそうしてきただろう。上を見て、前を見て。俺には無理だったけどさ……メリア、お前にはできるんだ」


 容赦なく撫でる雨は冷たく背を打ち付ける。情けない言葉ばかりが溢れた。俯く少女に縋りたくなっていた。彼女を殺すために暴れ回っていたのに。親友に刃を向けたのに……無茶苦茶だ。


「ッ、ワタシはあなたの……大切な人を殺したんじゃないの?」


 メリアは顔を見上げた。頬を伝う雫が雨に溶けていく。震える声。困惑と不安に揺れる双眸の光は弱々しい。


「嗚呼、その通りだ。もう全て知っているんだろう? 俺はお前を殺すために近づいた。不死だと知ったから地上の設備まで案内することにした。……したいことやら夢やら聞いてたのは……お前が自由になって失うものが増えると思ったんだ。最低だろう?」


 自暴自棄になるみたいに全てを告白し、曝け出した。


 ――裏切って、全てを奪って復讐を終える。そのために友人だと言ってくれた少女を前に嘘を塗り固めていたのに。


 呆気なく崩れたあとは痛むだけだった。言葉を口にしても喉の奥が震えるばかりで。頬は引き攣ったまま戻らない。


「なら、どうしてここまで来てくれたの……? 【錆染】の言う通り、ワタシをあのままにしてたほうが……ワタシは苦しかったんじゃないかしら」


 声は掠れ、上擦っていた。


「……わからないんだ。端から合理性なんてないから。ただ、他の奴がどうこうするのが嫌だった。怪物がいちゃいけないだとか、許されないだとか……そういうのは嫌だったんだよ。――だからお前を他に渡したくはなかった。俺以外が殺すのはあり得なかった。いなくなったとき、苦しくなった。……笑えるだろ」


 笑いなんて込み上げてくるわけがなかった。なんて醜い独占欲。引き攣ったままの頬は自嘲さえもできない。メリアの表情を見るのが恐ろしくて仕方なかった。


 それでも吸い込まれるように目を合わせたとき。雨の混じった涙の筋が流れ伝っていた。恥じるようにメリアは耳を赤らめた。ぐしぐしと、何度も手で拭い続ける。


「どうして、涙が出るのかしら」


 低く、無自覚のまま呟かれた言葉を前に、ジンは何も答えられず沈黙した。


 決壊するように言葉は溢れ続けた。嗚咽が混じる。


「あなたを友達だと思っていたのはワタシの片思いで、ワタシはあなたの復讐相手で。ワタシがジンの全部を壊したんだって……全部知ったとき、痛かった。銃で撃たれてバラバラにされたときよりも、毒が身体に回ったときよりも……ずっと痛かった。なのに――」


 息が詰まった。呼気が締め付ける。メリアはジンに身体を委ねたまま、ジンを真似るように自嘲を浮かべようとしたが、泣きっ面は赤らむばかりだった。


「ジンに言われて飲んだ珈琲の味を思い出すと力が湧いたわ? けどそれが……ワタシを殺すために仲良くしてたんだってわかって……もやもやして。それでも――ジンが来てくれたことが、他に渡したくないって、俺以外が殺すのはありえないって…………そんな言葉が嬉しかったの」


「…………そうか」


 雨粒を拭った消え入るような瞳の蛍光は、ジンを見ているだけで強く、強く。燃え上がるように光を膨らませて尾を曳いていく。


「分からないことだらけ。……おかしいでしょう? そんな言葉が嬉しいなんて。どうして……どうしてこんな苦しいのかわからないの」


 柔らかに赤らんだ笑顔が見上げて、苦痛を突き刺している。


「……だから、だからね。ジン。ワタシは、――いいよ」


 途切れ途切れの言葉。無自覚なまま浮かべた蠱惑的な微笑み。メリアはジンの告白に言葉を返した。


 真っ暗な視界に長い沈黙が張り詰めて、葉を踏む音と雨音と、波のさざめきが広がっていく。

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