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紫の公判調書  作者: 夢殿
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骨董屋の主人③

 汽車に揺られて4時間ほど、アールデック家は予想より駅から近い場所にあった。道中には間隔は広いもののガス灯が設置されており、仄かに明るい。柵越しに見えるアールデック家の屋敷の庭は隅々まで手入れがされているのだろう、木や草花が見る者を飽きさせないように配置されており、思わずじっくりと眺めているとアランに咳ばらいをされた。いつの間にか門に着いていて、入り口ではメイドがすでに待機していた。


「ヤンドール様とマッケラス様ですね。こちらです」


 そう言って案内されたのは食堂だった。訳のわからぬまま席に座り、メイドたちが食事の用意をするのをただ眺めていると少し慌てた様子でマーカスが姿を現した。


「遅くなって申し訳ありません!少し前の予定が長引きまして」


マーカスは席に着き、二人に向き直った。


「夕飯を食べる時間帯でしたのでお二人の分もと思い用意しましたが、余計なお世話でしたでしょうか?」

「いえ!お言葉に甘えてご一緒させていただきます」


 夕飯は今日はお預けだと思っていたので、この提案は大変ありがたかった。前菜には地元で採れたという野菜のテリーヌとサラダが運ばれてきた。マーカスは地元の野菜が好きらしく、食事には野菜を多く使わせるのだとか。


「それで、隣町の、しかし警察の方が我が家に何の御用でしょうか」


テリーヌに舌鼓をうちつつ、アランが答える。


「食事時にこのような話も申し訳ないのですが、今わが町では厄介な事件が起きていまして。どうやらその事件とかかわりのある者がマーカスさんが手配した馬車でこの家に向かった時、すべての事件現場を通ったというのです。ですから、マーカスさんにはお話を伺おうと思いまして」


アランの言葉には応えず、マーカスはそれまでまっすぐにこちらを見ていた瞳を、物憂げに手元にあるグラスへと落とした。注がれた上等な赤ワインは、食卓を照らすキャンドルの炎をふわゆらと飲み込んで、本来あるはずのこの空間の団欒さを幻妖なものへと変えていた。胡乱な表情になってしまっていたのであろう、マーカスはエルクを見るとくすりと笑い半分ほど赤ワインを口にした。

 テリーヌは無くなり、口直しに野菜のタルト、そしてスープが運ばれる。アランはマーカスの言葉を待っている。マーカスはそれが分かっていてあえて黙っているようだ。エルクはそれを見守ることしかできない。呑気に食事を味わうこともできず、せっかくの料理なのに残念だと思っていると、メインが運ばれてきた。ステーキに蒸し野菜と数種のソースが皿にこれまた美しく盛られている。口にしようとシルバーを持とうとすると、そこでマーカスから待ったの声がかかった。マーカスはステーキを小さく切り分けて恐る恐る口にした。そして口をしかめ、吐き出しはしないものの、本当に苦痛そうに飲み込んだ。


「塩気が濃い。ランチの魚はまだ残っているか?」


傍に仕えていたメイドに声をかけた。


「申し訳ない、基本食事はシェフを信じているので味見係を用意していないんです」


 マーカスは息をついた。


「食事は基本その日に得た良い物を使って作らせています。しかし、最近肉料理担当の者の舌がどうにも変で。いつも塩気が濃いんです。医師には緑の物を食べさせれば改善すると助言をもらったのですが、これがなかなかか結果が出なくて。荒療治と言いますか、作り続ければいずれ戻るのではないかと今もこうして食卓に並べるように言っているのですが、客人に出すものでは無かったですね」


悲しそうにマーカスは俯いた。


「骨董屋の主人は興味深そうにして、彼の作った肉料理をすべて平らげました。そこに何の意図があったかはわかりません。食べ終わって彼女は、いつから塩気が濃くなったか、問うてきました」

「ちなみに、その答えは?」

「二か月ほど前から」


 アランとエルクはその言葉に息を飲んだ。


「彼はね、我が一族が所有する山に捨てられていた子供なんです。父の服をしっかりつかんで離さなくて、年の離れた弟ができたようで、家に連れて帰って世話をしました。そのうちに料理に興味を示して……。ねぇ、これは、偶然ですよね?」


 力なく笑うマーカスにかける言葉は何もなかった。


「僕は、この肉料理のままで大丈夫ですよ」


絞りだした言葉はそんなものだった。アランも続くようにシルバーを握る。


「あとで、そのシェフと話をしても?」

「……ええ。応接室の準備を」


傍にいたメイドに指示を出して、自身もシルバーを握った。


「彼の料理は好きなんですよ」


 エルクはその言葉を聞いて、意を決してステーキを口に運んだ。舌に乗せた瞬間、辛いともとれる味に思わず顔を顰めた。だが不思議と嫌ではなかった。手を止めず料理を口に運んだ。塩辛さは周りの野菜が和らげてくれた。パンも進んだ。ワインのお代わりをお願いした。

 テーブルに並んだ食事は全て平らげられた。そのタイミングでデザートが運ばれてくる。前菜にオレンジのジェラート、メインにクレームブリュレ、そして上等の紅茶。紅茶は骨董屋で出されたものと同じ味がする。ただ申し訳ないが、これに関しては骨董屋で出されたものの方が美味しかったように感じた。


「ごちそうさまでした」


 エルクは心から告げた。

 食休みもほどほどにし、案内されて応接室に行くと、一人のまだ垢の残る青年が緊張した面持ちでソファのそばに立っていた。コック服からでもわかるしっかりとした体格に感心しながらソファに座り、彼にも座るよう促した。


「はじめまして、アラン・ヤンドールです。こっちは部下のエルク・マッケラス」

「……ルーフェンです。今日は誠に申し訳ありませんでした」


 名を述べて、そして深く頭を下げた。彼自身も自分の異変に対して心を痛めているようで、こちらとしてもその事に関しては彼を責める気は全くなく、顔を上げててくれ、といった。


「確かに、塩気は濃かったが、それだけだ。美味しくいただいたよ」


 アランの言葉にルーフェンは唇を噛み締めた。


「早速だが本題に入ろう。すまないね、こちらの街の事件なのに」

「いえ……」


 彼は悲しそうにして、未だにその顔を上げることはない。自身の味覚のせいで誰かを苦しめただけではなく、容疑にかけられているのだから。同情はするが、仕事はしなければならない。


「まず先週、骨董屋が来た日ですね。あなたは仕事を終えた後何をしていましたか?」

「あの日は……山に入ってキノコや山菜の調達をしました」

「山?それも夜に?」

「ええ。近くにご主人の持つ土地に山がありまして、週に一度、朝に山菜取りをしているんです。しかしその週は会食が多く、追加で採らなければ足らなくなるだろうと判断しまして、夜のうちに取りに行ったんです。危険ではありますが、今までも何度かありましたし、食材が足らない方が嫌でしたので」

「その時に何か変わったことは?」

「特には……ああ、でも月が無かったのか、やけに暗くって探すのが大変だった記憶があります」

「週に一度、というのは」

「きちんと七日おきに、とかではなくて、だいたい一週間分の山菜を採って、無くなりかけたら山に入るようにしているんで、週に一度、かなと。そうですね……でもだいたい七日おきにはなっているでしょうか」

「なるほど。それで、山に入った後は?」

「屋敷に戻って、仲間が作った料理を食べて、その後に毎日やっているルセットの確認と研究会を行いました。それについては仲間からも話が聞けると思います」

「その時に、何かありましたか」

 ルーフェンはわかりやすく手遊びをし始めた。

「……やはり、塩気が濃いと。試しに自分が考えたルセットを仲間に作ってもらったら、それは好評で。でも俺には、味が薄く感じてしまって、改めて自分の、異変に、気づかされたぐらい、です」


 彼はすっかり項垂れてしまった。傍に寄りたい気持ちを抑え、被害者と面識があったかどうか、骨董屋とはどういう関係だったかを逐一問うていく。しかし、これと言って特に目星いことはわからなかった。強いていうなら果樹園と骨董屋以外は存在すら知らず、それも果樹園は取引先の一つとして知っているだけで被害者と面識はなく、骨董屋も仕事に来た時に見かけたことがある程度だ、という事だけだ。許可を得て彼の部屋を漁らせてもらったが、服や娯楽品をはじめそもそも物がなく、期待していたようなものは何一つ見つけられなかった。貴重な情報は失望に終わり、途方に暮れた。

ルーフェンに協力に感謝して帰ろうとした際、もう汽車がないのでマーカスは泊まるよう勧めたが、アランはやんわりと断った。馬車を呼んで帰るという彼に、疲れているエルクはうんざりしたが、運よく汽車に乗れていたところで、最終の深夜から朝の間は動かない汽車に乗ったろうから、休めはするが着くのが明日の昼前になって煩わしくなったろう。それにアランは骨董屋と同じ道を辿りたいのだろうと、不満を表情に出すことはしなかった。土産とお詫びとして焼き菓子を貰い、屋敷を後にした。

なんとか捕まえた馬車の中は静かであった。そのうえ整っている道を走るリズムが心地よく、眠くなった。しかし上司が起きているのにと、落ちてくる瞼を必死に持ち上げていたが、途中でひどく悪い道に出、尻を叩き続かれ否でも目が冴えてしまい、大人しく眠ればよかったと後悔した。寝不足と揺れで吐き気を必死に抑えながら、恨みを込めてアランを見れば、真剣な顔をして外の様子を見つめていた。それを見て、彼とは逆の窓の外を見た。彼に対する一切の感情がそぎ落とされたようだった。窓の外とは当然街灯もない道であるから、何も見えやしない。エルク、と上司の呼びかけにそちらの方を向く。


「相談がある」


 エルクは寝ておけばよかったと本当に後悔した。



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