骨董屋の主人②
店は現場から歩いて三分ほどにある、事件現場から二本先にある裏道の赤レンガ造りの二階建ての建物の一階に鎮座していた。ショーウィンドウには色とりどりのアンティーク食器やジュエリーが、これまたアンティーク家具や白いレースの上に美しく並べられているのを、上質な白のカーテン越しに確認できた。女性が好きそうな店だ、とエルクは感想を持った。それと同時に、美しさの中にある、何か言い難い怪しさに顔をしかめた。自分には一生縁のない店だろう、そう思いながら店の扉をノックする。扉が揺れるのに合わせて、中に吊るしてあったドアベルが涼やかに鳴る。暫く待っていると、コツコツとヒール独特の音を携えて黒のワンピースドレスと甘い果実の香を身にまとった女が姿を現した。
「今日は、休みですが」
珍しい紫の瞳で訝し気にこちらを見、顔にかかった真っ直ぐな黒髪を白魚の手で耳にかけた。ただそれだけの仕草に目が奪われる。慌てて自分を叱咤し、身分を明かすと、店主はああ、と納得して、よろしければ、お茶でも、と二人を中に招いた。
店内はショーウィンドウよりもその怪しさを増した。暗幕が垂れさがる壁際に、水晶やアメジスト原石をはじめとして、骨董品だけではなく占星術のものやタロットカード、香油なども置かれている。通された店の事務所では、色とりどりの花や植物の中に、これから売り物として並ぶ予定なのだろうか、装飾品やそのパーツなどが綺麗に並べられていた。
「どうぞ」
おそらく自分で飲むために準備していたのであろう、白磁に薔薇が描かれたティーポットから、セットなのだろう、同じ柄のティーカップに注がれる。濃く煮詰めた蜂蜜色のそれは湯気を揺らして香りを鼻に届けてくる。口に含めば鼻から抜ける香りがあって、口にほんの少しの渋みを残す。エルクは素直に美味しいと思った。
「昨日、お客様に手土産として良いセカンドフラッシュを頂いたんですよ。味の濃い料理のお詫びに」
「長旅のお帰りに、すみません」
「それほど疲れていませんし、大丈夫ですよ」
店主が紅茶に口をつけ、少しばかり眉をひそめ、
「……また、事件が起きたんですね」
と、呟いた。それには様々な感情が含まれている、とエルクは感じた。しかし、その中に喜びや嬉しさといった感情は一切なく、悲しさや苦しさや怒りなどが伝わってきた。
「ええ。今回の事件がこの付近で起きまして。最近何か気になることはありましたか」
店主の感情を受けて、エルクは少し乗り気味で質問をした。店主はしっかりとエルクを見据え、目を閉じた。
「……私の身の回りに起きたことは、何もありません。」
「と、い言いますと?」
「最初の事件の時は満月、次は新月、その次は満月と、満月と新月の時に事件が起こっていることに気づいたんです。昨日は新月でした」
「よくお気づきになられましたな」
アランの額の皺が寄った。店主は目を開けて困ったように笑った。顔を二人から店内、そしてこの部屋に向けた。
「そういう商売をしていますから。星と月の観察を日課にしているのです」
そう言って笑う姿は何か諦めているようだった。なぜそんな表情をしたか不思議に思ったが、魔女という言葉が頭に浮かび、合点がいった。
今から100年ほど前に各地で魔女狩りと称して様々な人間が殺される事件が起きた。その理由は未だに分かっていないが、魔術や占星術などオカルト的なことをする者や、治療師や薬師、異端者とされた女性が殺された事件だ。現在、魔女狩りは禁忌とされているが、未だに偏見を持つものは多い。似た商売をしている彼女はそれで嫌な経験を沢山したのだろう。そしてそれに慣れてしまっているからこそ、どうせ理解されないと、次に来る悲しい言葉を受け止める準備をしているのだ。
「でも、俺もこういうの好きですよ」
と、生唾を飲み込んで言った。何を、最初に店を見た時はあんなにしかめ面をしていたじゃないか、もう一人の自分が嘲笑ってくるが、それでも彼女をこれ以上悲しい思いをして欲しくなかった。店主は目をぱちくりとさせると、くすくすとおかしそうに笑って、手元にある、紫色を基調とした重厚な本を撫でた。存在感を放つそれに目を奪われていると、
「私は今回、隣町のアールデック家の跡継ぎである長男、マーカス・アールデックさんの依頼でアン
ティーク食器の買い取りに行きました。汽車のほうが早いのに、わざわざ用意された馬車に揺られながら。おかげで行くのに半日もかかりましたし、体中が痛かったです。流石に帰りは夜行を使いました。でも、その馬車のおかげで面白い事に気が付きました。」
「なんですか」
「必ず、今回の連続殺人事件の犯行現場の近くを通ったんです」
冷めきった紅茶は渋みを増して、最初の味をもう一度楽しめることは無かった。一気にそれを飲み干すと、感謝の言葉もほどほどに二人は店を出て署へと赴いた。まずは近くにいた仲間に月のことを調べて貰うよう頼み、空いていた広いテーブルにこの街の最新版の地図を広げる。今まではあまり連続的な殺人事件は起こらなかったし、地理が関係していいるという発想がそもそも無かったのだ。空き巣の犯行でもないのに、と不審がられながら、地図上で事件を整理していく。まず、第一の事件は隣町との境にある果樹園。次の事件は果樹園からそう遠くない、少し街に近づいたところに位置する植物園の近くにある調香師の家。次はそこから更に街の中心部に近づいた富裕層の屋敷の使用人部屋に続く庭、そして昨日のメインストリートから少し外れた裏路地。そして最後にアールデック家から骨董屋に向かって一本の線を引く。
「これは」
一見まばらに打たれた点だが、どれもが引かれた線の近くに存在している。さらに事件はアールデック家から骨董屋に向かって順に起きていることすら判明した。
「次に事件が起こるとしたら、被害者は骨董屋の主人で間違いなさそうだ」
アランは顎をさすった。でも、とエルクが続ける。
「もしその仮説が正しかったとして、アールデック家がわざわざ馬車まで用意して骨董屋の主人に知
らせたのは何故でしょう」
「それは我々の理解できない犯人の思考か、若しくはアールデック家にも何か異変があるのかもしれない。そしてその異変は骨董屋に関係している、とも」
アールデック家は記憶にある限りでは民からの信頼も厚い領主の一族だ。さらに言えばその長男のマーカスは品行方正で、民からも跡継ぎとして望まれており、それに応えようと現在は現当主の代理で仕事を行うこともある。そんな人物が仮に今回の犯人だとしたら様々な疑問が浮かぶ。行き詰った空気を壊すように、近くの天文台のデータによると、確かに事件のあった日は新月と満月であることが告げられた。ひとまずは骨董屋の証言を真とみて調査を進めることにした。
「マーカス氏にアポイントを取りましょうか」
「頼む。なるべく早くの日付でな」
エルクは早速アールデック家に問い合わせ、あっさりと約束を取り付けられたことに拍子抜けした。あそこは有する土地も広いため、多忙を極めている先入観があったためである。すると、近くにいた出身が近い職員から、エルクの予想通りアポイントは何か月先まで埋まっているはずだと驚かれた。きちんと土地の人たちの意見を聞き入れるべく、身分問わずに家を開放しているためだという。アポイントが取れたのは一週間後の夜で、一日の業務が終わった後にわざわざ時間をとったのではと、その人の好さに好意を抱く半面、やはりアールデック家は今回の事件に関して何か掴んでいるのではと疑いの目を持つ。しかしともあれ、
「俺、貴族の出じゃなくて良かったです」
「お前がそれをいうか?」
アランに呆れ顔をされながら、手帳に今後の予定と今までの話のまとめなどを行っていく。キップスキンの黒の手帳は以前街で見かけて一目惚れし、衝動的に今までの貯金を削って買ったものだ。その肌触りに口元を緩めつつ、店主の持っていたあの重厚な手帳を、甘い香りと共に思い出す。ぱっと見ではあるが、表紙の素材が皮で、さらに細かい金細工がなされていたから、あれは貴重なものだと、アンティークだとしても、あれほど状態が良ければそれこそ貴族が持つような、到底ただの骨董屋の店主が持てるようなものではない。
「エルク、来週までにもう一度今までの事件を浚うぞ」
「あ、はい!」
思い浮かべていた思考は全て泡のように弾け消え、再び今回の事件についての資料のまとめと議論を始めた。




