骨董屋の主人
子供のころから物語が好きだった。特に現実にはいない生き物たちと出会うものに心惹かれた。草木や花には妖精が居ると思って大切にし、森や山の暗いところには狼人間が住んでいると信じて疑わず、ドラゴンの背に乗って空を飛ぶことを夢見た。大人になっていくにつれ、彼らは想像上の生き物だと知り、そしてそれについて大して失望はしなかったが。
そんなことを思い出しながら目の前に広がる光景を、恐怖、同情、歓喜、その他様々な感情を複雑に混ぜながらただじっと見つめた。
「開廷します」
・・・骨董屋の主人・・・
蒸気機関車の発展により、特産品の農作物が都で飛ぶように売れ始めてから早数年、木造が多かった建築物はレンガ造りが主となって、休日には流行りの服をまとった老若男女が様々な装飾品や教養、美術品を求めて華やかに。汽車が通って更に賑わいを見せると、砂利道だった大通りは石畳へと姿を変え、昼には馬車がより行き交うようになり、夜にはガス灯が太陽の代わりにあたりを照らした。この街の外の誰もが、娯楽が増えて怠惰の誘惑が増えたこの街の失墜を予想したが、反して住民は仕事により一層励み、発展の道を辿っている。この街は賑やかであるが平和で、誰もが笑う場所であると、エルク・マッケラスはそう信じていた。
「あー、今回も酷いな」
目の前に広がる光景に上司のアラン・ヤンドールがため息をついて祈りを捧げた。エルクもそれに倣い、祈りを捧げる。そうしてこの街のメインストリートから少し離れた裏路地の、汚れた石畳の上に横たわる遺体に触れ、検分を始めた。
今回でこの『連続食肉事件』は最初に起きた二か月前からすでに4件目になっている。被害者は全て若い女性で、その体は腕や脚や頭部が、文字通りに食い千切られたように欠損している。千切れた、だけではなく、食い、なんて言葉が付いたのは、その断面が酷く荒く、目撃した誰もが下品に齧り付いた後のステーキを連想したからだ。
「今回も欠損部分は無いですね」
「ああ。幸い、今回は顔が残っているからすぐに身元が分かったが。しかし今まで頭部は必ず損傷していたのに、こうなると食われる場所に意図や規則性は無い事になる」
「被害者は現場から少し離れたパティスリーで仕事をしていたようです。発見時刻や店主の話によると、23時に仕事を終え、その帰りに襲われたようです。実際、彼女の家はすぐそこです」
「果樹園、調香師、メイド、パティシエときている。やはり職業に関連性は無いな。最近、近隣住民の中で何か不審なことに気づいた人物は」
「残念ながら、今のところはいませんでした」
「今のところ」
エルクの報告に、アランが突っ込んだ。
「ええ。近くにアンティックジェヌインという骨董屋があるのですが、そこの店主とまだ会えていないのです。店と住居が一緒らしく、あまり外に出ないようですが、隣町まで買取の依頼を受けたそうで、一昨日の晩から店を空けていて、今日の昼頃に帰ってくると」
「確かかね」
「ええ。彼女が店を空けるときには隣の花屋に管理を頼んでいるそうで。貼り紙もありましたし、花屋の主人やそこの常連客もそう証言しています」
「昼頃、か。そろそろ戻ってきているだろうか」
「おそらく」
「では向かおう。少しでも手掛かりがあればいいのだが」
現場を後に来た鑑識たちに任せ、その店を目指して二人は歩き出した。エルクは、後ろ髪を引かれ、振り返ってもう一度被害者を見た。昨日、自分が寝ていた時に殺された。それは仕方がないことだ。自分だって人間だし、すべてに手は伸ばせない。それでも、たらればを考えては気が沈んだ。この街は平和だと思っていたから、警察など楽な仕事だと思っていた。しかし、平和なのは自分の周りに限ったことだと思い知らされた。毎日何かしら悲しいことが起きてしまう。現実はエルクを容赦なく傷つけていく。それでも現実は動いていく。アランから催促の声がかかる。立ち止まっていたらしい、彼との距離がだいぶ開いていた。謝罪を口にし、再びエルクは足を動かした。
初めての投稿でタグ等曖昧です。ご指摘有ればよろしくお願いいたします。




