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緊急動議

  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽


“被疑学生席”


 名織がちょこんと座る席のプライスケースには、そんな自分の立場を示すカードが入っていた。

 学園の共用棟、立ち寄ったこともない階の一角にある特別会議室とやらは、いまや名織と宗次を裁くための様相となっていた。有り体に言って、裁判所の造りをそのまま真似たような場所。

 天井は高く、部屋の構造もほかの会議室よりは広めである。

 わざわざ傍聴席と被疑学生らを隔てる柵まで備え付けてあるあたり――“裁き”専用の室であることは疑いようが無い。

 しかし、こんな室を作ったはいいもののの、円状の机や高級感を帯びた椅子など、使い古した形跡がほとんど無い。この部屋が長く眠っていた証明だろう。

 被疑学生とは、つまりは容疑者ということであり、ふつうの学校ではというか日本の教育機関でこんなことがまかり通るなんて術士学園でしかありえない。

 本当にどこまでも、ただの裁判の様相だ。


 名織は、左側に視線を転じる。

 参考人席にはルス・クルガーラジ。つまらなそうに爪をいじくって暇つぶししているあたりが、彼女の適当さを物語っている。あるいは生来の性格ゆえか。名織にはどちらにせよ頭が痛い。

 しかし、世界と隔絶されたような、孤独をはらんだ美しさが、彼女のつまらなそうな無表情に何か意味のようなモノを感じさせているのが名織にとってはなお憎たらしい。

 あんな風に、容姿くらいは美しいと言えるような姿に――果たしてなれるのだろうか。

 その脇でルスのことを興味ありげにじろじろ見ているのは、3年生序列2位、生徒会交渉部長・兼外渉科長、秋山綾夏だ。

 茶髪の肩までかかる髪。彼女の纏う雰囲気は大人びているのに、人なつっこいという器用なモノだ。ルスに負けず劣らず衣服の上からも豊満な胸部であり、生徒会でもスタイルが一番よいと聞く。

 頭が割と良くない、ということも聞く。

 話したことはほとんどない。交渉部としても学生としても忙しいようで、まだ挨拶程度だ。


 左に視線を転じる。

 ディバイド教員には猫 先生せんせい。お気に入りらしい赤ジャージと、茶色のふさふさの毛並みが、名織の愛でたい欲をむらむらと加速させる。

 しきりに大あくびをしているのは、きっと昼の時間帯が虎猫種タビーにとっては生きにくいライフスタイルなのだろう。猫は夜行性だし。

 ティアンス教員代表席にはドレナルガ・ゾフォン・マレーダという純エルフの男性教員。反射型のサングラスをかけているのは「不吉だからです」とマレーダ自ら吹聴していた。

 名織の席からは丸見えなのだが、このマレーダ、思いっきりテストの採点をしている。名織の視線に対しても全く隠すそぶりを見せず、すがすがしさを感じるレベルである。

 この動議にいかに関心が無いかを示している。

 副生徒会長の席には、吾方直士が虚空をにらみつけながら、修羅のように顔をゆがめて座っている。一応、この場での発言力は大きいようなので、緊張しているのかも知れない。


 そして現在、空席は6つ。

 一つは生徒会長席。おそらく――宗次とともに同一の特務ミッションに出ているのだろう、不在だ。

 一つは執行学生席。つまりは議長の席である。座るのはダイヤモンドこと名織の直属の上司にして自警部副部長、コリダー・グリカ・アイシャ。本当は議長の自警部部長のセルティが座るべきなのだが、彼女も今までずっと学園を欠にしている。

 彼女が座ってくれればきっと便宜も図られたはずである。そんな彼女が欠席しているのは、名織の心を強く揺さぶった。これからの雲行きは怪しい。

 そして二つはティアンス教会員のための席。

 そしてもう一つは、欠と立て札の掲げられた学園長席。あいつ、逃げやがった。ていたらくにもほどがある。

 最後の、一つの席――そこを見やった後、名織は背後の傍聴席へと顔を向けた。

 定員30人程度入るだけで温度が3度は上昇しそうな狭苦しい傍聴席。なのに、それが今やその5倍近い人で埋まっている――その原因はたった一つ。


“特別監査員席”。


 大半の傍聴する生徒たちはこれ目当てだろう。七聖なんて、学園にこもっていてはなかなかお目にかかれはしないため、瞬く間に大勢の野次馬を呼んでしまったに違いない。

 どうしてそんなビッグ・スター席が用意されているのか、ここにいるほとんどの者がそう思っているに違いなかった。

 名織にはしかし、事の重大さが調べるうちにわかった。

 召喚術という罪の重さ。学園長が言った「事件」であり「とびきりの重罪」だということ。

 法を犯す危険行為に該当するため、むしろ警察や軍がいないのが不思議なくらいだった。この席を打診した学園側か七聖側が刑事事件の可能性を考慮しているのだろう。

 逢坂宗次はパンドラの箱。使い方を間違えば、災厄に直結するのだ。

 ここを乗り切っても、もしかしたら警察や教会による取り調べなども可能性としてはあるだろう。

 しかし今、それを考えても仕方がない。今はこの動議に集中するべきだ。

 七聖席に特定の名前はない。あの席にはきっと、見知った顔が座る――

 ただ、七聖のうち誰がついても緊急動議の雲行きがどう変わるのかは読めない。

 七聖はティアンスにとってもディバイドにとっても公正で公平であらなければならない。私情や肩入れなんて、もってのほか。

 あくまで世界のために、平和のための立ち位置を維持していなければならないのだ。


 さて、と名織は思う。ちょこんと座る名織の横で腕を組み、厳然たる偉容を崩すこと無く仁王立ちするエルレクリーフをどう制御しようかと。

 というか、制御できるのだろうか。

 そもそもこの聴衆は――いや、この室にいるどれくらいの者が、この異形の脅威について理解しているのか。

 一体どれだけの者たちが、名織やこの議場から異形が放出する瘴気から守っている大狼種の正体に、気がついているのだろう。


 0900。

 聴衆が織りなす喧噪の真っ只中、緊急動議の時間きっかり。

 執行学生席の後ろの扉が開く。そこにお目見えしたのは、一人だけだった。

 銀糸の髪の毛に、すらりと伸びる背筋。悪を射殺す正義で塗りつぶしたような、海にも似た青い瞳。

 反抗を許さず、反旗を翻すことも出来なくなる、他人を押しつぶすほどの威圧感。


「静粛に」

 ――あれってなんて言うんだっけ。ガベルだったかな。

 それがカンカン、と鳴らされることはなく。




 ガツン!!!!!!!!!




 アイシャの一振りにより砕け散る。

 誰もが話を、いや呼吸までも、停止させた。

 ガベルの木っ端名織の髪にかかり、木の粉が舞う。


「静粛にしろ。傍聴席は黙れ。それが嫌なら私自ら退廷させてやる」


 その場から戻ってきたのは呼吸だけ。

 喧噪も、咳も、壊れてしまったガベルも、元に戻ることは無い。

 アイシャは――その存在を“ダイヤモンド”と云われた真っ直ぐな、真っ直ぐ過ぎる執行学生は、ドレナルガ・ゾフォン・マレーダをその視線で串刺しにせんばかりににらみつける。


「マレーダ先生、いったいあなたの机に上がっているものはなんですか」


「……講義の解答用紙に――」


「退廷を命じます。話にならない」


 その答えにかぶせるように、アイシャは素っ気なく言い放つ。マレーダが舌打ちをして退廷する間にも、「このように議論の妨害や真摯でない振る舞いはこの執行学生が許さん」と無表情で宣言した。

 いや、その無表情には怒りがにじみ出ている。名織はアイシャの中に煮えたぎるマレーダへの憤怒の感情を空目した。

 彼女は愚直に正義を執行しようとしている。ティアンスにとってもディバイドにとっても、完全な中立の絶対正義になろうとしている。

 しかし、だからこそ反論の機会も与えられている、ということ。出来レースでない限りは、挽回する手段は用意されているということだ。

 アイシャは、やけに背の高い椅子に腰を下ろすと、冷たい声で言った。


「七聖席はトイレに行っているので遅れる、とのことである。教会から派遣される予定だった二人は来ない。

 これは、七聖の方がこの要請を断ったからである」


 ……いったいどういうことだろう。

 七聖は教会の回し者で、その七世だけに今回の教会の判断が委ねられているということだろうか。


「……そして、あと。学園長に至っては」


 ぎち、ぎちり。

 なにやら、執行学生の席から、しめ縄を締め付けるような音がする。

 それがアイシャが拳を握りしめる音なのだと、名織は数秒気づかなかった。


「ボイコットだ。見つけ次第、――す」


 アイシャの相当な怒りは相当な放送禁止の怨嗟を垂れて、それで終わった。

 かろうじて冷静さを無理矢理に取り戻した彼女は、


「……議事録はオート筆記で、七聖席のディスプレイにも映す。

 それを読むことを条件に七世の途中出席を認める。それでは、緊急動議を始めよう」


 副生徒会長、交渉部長、自警部副部長、猫、七聖、未来の自分。

 生徒会の――ほとんどトップが欠だが、それでもどえらいメンバーになったものだ。

 マレーダは本当に帰らされたらしく、アイシャが一分前にやってきた扉から出て行ったきり、音沙汰が無い。

 ディバイド批判の色眼鏡という心配が少し、潰えたことになる。


「では、さっそく疑義認否に移ろう」


 淡々と、ダイヤモンド女史――アイシャは進行する。その流れは


 疑義認否(被疑学生の疑義を被疑学生が認めているか、認めないのかの確認)

 →被疑学生陳述(被疑学生の言い分の主張)

 →論告審議(この動議の結論を導き出すための意見を皆で述べる)

 →動議結論(いわゆる判決言い渡し)。


 この流れにおいてどの部分をどのように傾注し、どう結論まで導くかなどは、名織には――というかアイシャ以外にはわかってはいないだろう。

 この当事者である名織にも、この緊急動議のルールはついに探すことが出来なかったのだから。

 当事者で無いほかの者たちなら、なおさらである。


「被疑学生・逢坂宗次代理、鴇弥名織。きみは逢坂宗次が発動した術――

 術士決闘法第7条第1項における“戦闘中における新たな術士の参加”に違反していることを認めるか、否か。

 また、その者を禁術禁止法第3条における“召喚術”に該当することを認めるか、否か」


「どちらも認めません。この彼は召喚術によるものでなければ、術士でもありません」


 ざわ、と傍聴席がざわめく。「では――」との鋭利なアイシャの一声で、それはまた静まった。


「では、被疑学生陳述に移ろう。被疑学生――逢坂宗次はそれを新たな術士でもなく、召喚によるモノでもないと、そう言いたいわけだな。

 その理由をしっかりと説明してもらおう」


「はい。それでは、説明します」


 名織は調べた資料を、デバイスによってその室すべてのディスプレイに投影した。



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



 名織は、この動議にあたって、この場の全員が敵だという認識でこの動議に臨んでいる。

 それくらいの気持ちでないと。彼は助けられない。

 彼は――今何しているのだろうか。


「であるからして――、しょ、」


 唐突に裸の宗次が思い浮かぶ。言葉が途切れる。


「しょ、召喚術ではないんですディバイドの禁術にはそれがないんです! あの、召喚術に該当する術式がないってことですようは!」


 文の構造がややおかしくなったが、昨晩のおばかな夢を振り払い、陳述を続ける。


「えーとですね。ち、ちん、陳述を続けましゅ」


 ――名織の今までの主張を要約すれば、こうである。

 

 逢坂宗次はこの存在エルレクリーフと契約した。彼らはそもそも契約精霊、というカテゴリであり召喚術というカテゴリでやってきたわけではない。ディバイドの術式には召喚術に該当するものがない。

 試合後必ず記録される術式印痕跡にも召喚術を連想させる術式印は一切無い。

 それはいい。そこまではいい。

 次が問題だ。

 この存在の――人外である説明をしなければいけない。そして皆が耳にしたこともない契約精霊というモノについても。

 名織は横目でエルレクリーフを気にしながら、主張を続ける。


「この方々の体の構造は、霊体に近いモノです。……受肉しているけれど不完全というか。そもそも、受肉なのかもわかりません。瘴気を凝縮したような……感覚でしょうか。性質としては個人の分身系の術に似通っています。

 個としての独自性を保ちながら、この存在はニンゲンではありません。

 この方に昔の出自などあるか聞いてみましたが、『覚えていない』と言われました。

 そこで、この方の術式印ですが――ええと、ディスプレイに映っています術式印を見てください。

 上の図がこの前エルレクリーフさんが使った術式印です。

 下の図はアミギミアのサヴァイジア大陸クリント地方の聖術の術式印です。

 この二つのデザインが、酷似しています。

 資料を載せていますので好きに解読してくださって構いませんが、これが禁術に該当する可能性は極めて低いです。私たちが使う武器呼出コールのようなもので――」


 たった一つ。たった一つの疑義を覆すために、たくさんの時間を割いた。

 その主張はまずいことに――非常にまずいことに、彼ら“契約精霊”という未知の存在の異質性を誇示する説明にしかなっていない。

 彼らの正体を説明することは出来ない。

 アルガに聞いてみたりもしたが、無言を貫かれ終わった。

 その意味は一つ――知る必要はないと、きっとそう言いたいのだった。

 人外の証明。自分だけでたどり着くべき手がかり。

 それは、連動して宗次の異質性――異常性を掘り下げることに繋がる。

 けれど宗次を守るには、この荒っぽい方法しかなかった。


「この方が記憶を失ったからなのか、そもそも逢坂くんが作り出したモノだからかは、私にも判断がつきません。

 ですが、今かけられている疑義――召喚術によるものでも、ヒューマンやエルフなどの術士でもないことは明白です。

 召喚術として必要な触媒――つまり何らかの“犠牲”が、これにはありません。

 これらが、私の疑義を否認する理由です。

 以上で、私の陳述を終わります」


「――それでは今から十分間の休憩を取る。

 それが終了後、論告審議に移る。では、休憩」


 名織は、ふ~~~~~~~~~、と長い長いため息をついて机に突っ伏した。


「い、言いたいことは全部言えた……気がする……」


 あとは、繰り出される質問に答えていけばいい。それをクリアできればきっと、名織の今回の闘いは終幕だ。


「――宗次くん、私、がんばってるよ」


 だから、宗次くんも頑張れ。

 静かにそうつぶやく。



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



 休憩後、やってきた論告審議の時。


 曰く、副生徒会長は――

「こちらの資料をご覧ください。今までの史実や事件、裁判記録等々に基づいた記録です。

 感情論で語るなどもってのほか、私は判例によりこの事件の酌量を勘案したく――」

 と、目が痛くなるほどの文献攻撃。


 曰く、交渉部長は――

「んーごめんなさい! 難しいことはちょっとわかんなくて!

 ただまあほらこういうのって気持ちが重要なワケだと思うんだよ。ほら副会長みたいなのはさー全部ディバイドの判例ってないじゃない。

 だからなんとなくで決めるってどうですか? 私はちょっと今回のはナシかなーって」

 と、あくまでフィーリングを大事にする直感派。


 曰く、猫は――

「俺は無難に無難に生きてぇからよ、あんまり言いたかぁなかったんだ。正直。

 ようは嫉妬だろ。逢坂宗次がティアンスより優秀な術を使うから、みんな嫉妬してンじゃあねえのかい?

 紙に生命を宿すような式神類はOKでこいつはだめなのかね、知性を持っているから気に食わんのか?

 もちっとよ、おおらかにいこーぜ。矮小な世界の見方ってんだ」


 曰く、鬼は――

「まあ、無実だとは思ってますよ。私の参考なんて参考にならないでしょうけれど。

 だって、私も言うなれば当事者ですし?」


 …………。

「――――意見の出し方を変えよう。あまりにもめちゃくちゃだ」

 執行学生の提案により、そういう話になった。

 

「我々術士というのは、術を発動する上で原則を重んじる。その原則の一つに“術発動の普遍性”があることを、被疑学生は知っているな」


「……フヘンセイ」


 アイシャにそれをただされた瞬間、名織の顔からたらりと汗が落ちる。


 ぬ~~~~~~~~~あ~~~~~~~~!


 と叫びたくなるほど、突かれたくなかった盲点である。弱点とも言える。


「術の普遍性だ。被疑学生――たとえば鴇弥が使う聖術にも、その違法性の有無を立証するのに必要だ。

 どんな術式印でその術が成り立っていて、その構成要素に禁術に該当する部分が入っていなければいい。

 その契約精霊とやらが禁術を使っていないことは、なるほど理解した。

 だが、一つどうしても気になるのは、その契約をしている術式印についてだ。

 それを見せて解読させて欲しい」


 思えば、術の普遍性の証明は当たり前のことだった。

 その存在を占有するものではないこと(つまり誰でも発動できる・普遍性があること)は、当然説得材料になるが、名織はこの事項を軽視していた。

 普遍性がなさそうだからほかの説得材料でなんとかする――とシフトしてしまったのが間違い。

 エルレクリーフと誰もが契約を結べる可能性を、探求するべきだったのだ。


「あ、えーとそれはデスね、術式印の形は私も見たり調べたりしたんですがいまいちよくわかんなくて――」


「召還精霊、エルレクリーフ殿」


 しどろもどろな名織の発言を一太刀し、荘厳な態度をとり続ける精霊へ、アイシャは訊く。


「その術式印、どこにでもいい。転写してくれ」


 エルレクリーフは無言のまま、名織の机に手をかざす。

 閃光迸り、すぐにその術式印は浮かび上がった。

 それは、真円の中央を横切る一本の線。それだけ描かれた術式印が、エルレクリーフと宗次との契約の証らしい。


「……何? こんな簡易な術式印であなたと逢坂宗次は契約をしていると」


 これでは術式印ではなく、ただの模様だ。

 エルレクリーフは暗く重い声で返答する。


「術式印の形など、我々にとってどうでもよいこと。

 俺は自らのすべてを捧げ逢坂宗次に仕えているだけのことだ」


「ほう。そうするだけの理由が逢坂宗次には、あると?」


「そうだ。それは我々の無際限の激憤を晴らすこと、それのみ」


「具体的に、それは何か」


「言わん。くだらないと思うであろう、背後の愚衆の首を一人残らず刎ねることになるのでな」


 ぞ――名織の前身が総毛立つ。

 エルレクリーフは、げに恐ろしい言葉を平気で盛り込んでくれる。

 それは後ろの傍聴席からは批判や非難の声が一切聞こえない。彼の雰囲気に――背中しか見せていないのに、きっとやられたのだ。

 アイシャはしかし、気丈な態度である。


「了解した。しかしそれは基準の一つとしてはだいぶん、説得力のある材料だ。

 貴殿はどうすれば、我々ティアンスが使うことが可能か?」


「ふん。俺との契約に、ディバイドなのかティアンスなのかなど、下らん区別はつかん。

 ただ俺の願いを聞き、俺よりも……強ければ――な」


「ほう」


 あかん、と名織は思う。

 すごく面倒くさい事態に話がずれていきそうだった。

 アイシャは続ける。


「契約というのも召喚というのも、我々やエルレクリーフ殿の世界ではかるただ一つの尺度に過ぎないだろう。

 しかし、私が介入することでその違いを証明できるのならば安い御用だ。

 他者が使えるなら、それは普遍性・汎用性を持つことと同義。

 あなた方の素性については謎しか無いが、それは今はおいておこう。

 ――エルレクリーフ殿、是非私と契約して欲しい」


「…………俺が、お前に、負けると?」


「無論」


「…………ふ、くく、そうか。俺はお前より弱いか。

 良いだろう。闘ってやる。

 しかし、俺に負けたら死ぬつもりでいよ。

 俺に勝ったらそのときは俺の願いを受け入れ、契約することだな」


「うむ、それで構わない」


 アイシャは、作ったような笑顔でうなずいた。

 剛胆なのか、それとも考えなしなのか――そのどっちもか。

 アイシャは室中を見渡し、


「それでは、動議結論に入る。

 この動議はさらなる段階を踏まねばならぬという結論に達した。

 執行学生はこれより、被疑学生の従える契約精霊と契約を締結しなければいけない。

 故に二度目の動議は、ここにいる出席者を変えず一週間後に実施する予定である」


「そりゃ無理だな」


 強引に、猫先生はアイシャの言を遮ると、


「今決めてくれ。マレーダセンセやまだ気張ってやがる七聖さんみたいに、誰しも大事なスケジュールがある。

 この場ももちろん大事だがね。

 アンタがその契約精霊サンと闘って、分析してみて、そっから判断が出来なくなったら引き延ばすのは考えてくれやせんか?」


「――それもそうですね」


 あっけなく意見を変えてしまったアイシャ。

 まるで――最初からこの緊急動議を一度で終わらせる意図があったかのように。


「あと」さらに猫先生が意見する。「契約精霊サンと闘うっつーのは、まさか、本気で死ぬまでやるつもりじゃないだろうな」


「俺については互いが死ぬ直前までやり合うつもりだ。そのガキを屈服させるまでな」

「私も同じだ。むしろ、私については死ぬまででも問題は無いのだが」


 売り言葉に買い言葉を重ねて、エルレクリーフとアイシャの間には殺意と闘志が入り乱れている。

 猫先生は盛大にため息をつきながら、


「馬鹿言うな。これでも一介の教師として言わせてもらうが、ありありと危険が分かってる状況で学生をその危険にさらすわけにゃあいかねえよ。

 俺はな、保身屋だぜ。俺が関わっている以上、体当たり的な解決方法はよしてくれ。

 お前が死んだ日にゃ、俺も、退廷したマレーダセンセもよ、あとそこに参考人でいるルスセンセだってこの学園にゃいられなくなる。学長だってどうだろうよ。

 念書だ何だって言って俺たちに責任を無くしたとしても、それはあくまでも生徒間の話だ。大人の話になってくると、ワケがちげぇ。そんなの抗力にもなりやせん」


「……ほう、意外にも言う御仁だったのだな、猫先生」


「おうなんとでも言ってやるぜ。俺は失職以外にこわいものがねぇ」


 と、半ばあきれるアイシャに得意げに意見してみせる猫先生。

 切実だが、なんというか……セコい猫だなぁと名織は少し思った。


「ふむ。左遷はいやだと」と、ルスの唐突でマイペースな物言い。


「ったりめーだ!」


「いいじゃないですか先生、一緒に泥船で沈みましょうよ」


「それもいやだっつーの!」


 ルスも猫先生も、アイシャの負けを考慮に入れている。しかしそれはリスク回避としては当然の話。アイシャは不気味なほどに表情を変えない。

 それもまた――このやりとりの皮を被った愚弄による、怒りの裏返しなのかもしれない。




「――いいんじゃない? 別に」




 と。

 まるで、喧噪の中にやけに澄んだ水の音が入り込んでくるような。

 限りなく自然で、不自然な乱入。

 彼女の第一声の直後、傍聴席は最初のアイシャの忠告を忘れるほどの歓声にあふれた。


「……今頃来てももう遅い。退廷しなさい」


「わお。口悪いわねー。でもいやよ。私、同族とはいえお子ちゃまの言うことは聞きたくないもの。

 それに今はあなたへ助け船を出しているんだし」


 そんな風に、ルス並にあっけらかんとしたマイペースで口を挟んだのは、ストラスだった。

 いつの間にか、アイシャの椅子の背後から、ひょっこり登場していた。


 ラ・ダッジュ・ストラス。

 生きる伝説にして、七聖。

 それは、ある時代では天使の受肉と謳われ。

 ある時代では幻想卿の佳人と謳われ。

 ある時代では人の形をした美術と謳われた。

 ストラスはブロンドの腰まで伸びる髪をさらりとかき上げ――そのひと仕草だけで、この場のすべてを魅了する。


「……結構。あなたの助けなど――」


「まあまあ。これはれっきとした執行学生ちゃんの職務でしょ。

 この学園は、ミッションで死んでも仕方ないんでしょ?

 だったら、執行学生としてのミッションで殉じる執行学生ちゃんもまた、それは一つの職務の全うであり、監督すべき先生らの責任からは切り離して考えていいと思うけど。

 なんなら、一つのミッションとして私が依頼者になってこの問題とは別物としてそこのお化けみたいなお兄さんを倒してください、報酬は一円ね、ってな感じで請け負ってもらえばいいんじゃない?

 それで先生たちに責任が波及するようなら、私から学園に嘆願書でもなんでも出すけれど」


 ストラスは突然現れたかと思えば、いけしゃあしゃあとそんな論理を展開している。

 名織は思った。

「大人って……えげつない」

 そしてそれは、声に漏れてしまった。

 ちなみに、名織はストラスのいろいろな部分を知っているので、容姿に見とれることはあっても魅了されることは無い。

 むしろまたこの人楽しもうとしている、くらいにしか思えない。

 そのストラスの言い分は、こじつけのようにも思えるし、抜け道のようにも思える。

 アイシャはストラスの一応の助け船に乗ることにしたらしく。


「……ではこの件に関しては今後の結果をレポートとして提出します。それを元に私がこの契約精霊に対して汎用性を証明できれば逢坂宗次は無実。

 それが出来なければ私は死に、緊急動議は自警部部長が帰ってきたときにでも――またやるとしましょう。良いですね」


「待ってください」


 今度は名織がすっと手を上げて異を唱える。


「被疑学生、何か言うことでも?」


「その結論には一つ、納得がいかないことがあります。執行学生が勝てなかったときのことです」


「ほう。どの部分が気に入らない」


「もしも執行学生が勝てなかったら、私を闘わせてください。

 私が、彼の無実を証明します。

 私がもしも勝てなかったり、勝っても逢坂くんの無実を証明できないのなら――私を退学処分としてください」


 それは、今考えついた。

 彼をもしも守れなかったとき、その自分に課さなければならないルールだ。

 彼を守ると。

 彼に追いつくと。

 誓ったのだ。


 ざわざわと傍聴席にざわめきが広がる。アイシャも眉根を寄せ、


「それは利口な方法ではないな。感情が先行し過ぎている。

 だいたい鴇弥、きみはここにいない本来の被疑学生――逢坂の第三者ではない。

 同じ当事者が、そこの契約精霊と不正を働き契約精霊の汎用性を証明しようとしたところで、どうなる?」


「俺を――愚弄するな」


 剣の矢。時速にして150キロをゆうに超えていただろう。それをアイシャの眉間を狙い放たれた。アイシャは素手のまま、それを――たった二本の指で挟んでつかみ取る。

 真剣白刃取り。突然の急襲、にも関わらずアイシャは表情を変えなかった。

 あとから遅れて、傍聴席からくぐもったような悲鳴が聞こえる。


「血の気が盛んなことだ」


「――ふん。ごちゃごちゃ言う前に、俺に勝て。そうすればお前の所有物になってやる。

 まあもっともそれだけの胆力と実力が貴様にあればの話だが」


 いきなりすぎて――話の腰が折れてしまった。

 名織はこほんと咳をして仕切り直す。


「私をまた動議にかければいいでしょう。そこで新たに私を裁けばいいです」


 アイシャは無表情を貫いたまま、しかし、名織の瞳をまっすぐに見据え――


「よし――ならばいいだろう」首肯。そしてこの場にいる全員に、同意を求める。「今の主張について意義のある者はおりますか」


 執行学生は、誰からの反論もないことを確認し、立ち上がった。


「結論は出た! 私と契約精霊殿の決闘は明日1000。

 場所はバトルスタジアム1号。では、各自解散願おう!」


 ガベルが無くなってしまった執行学生のテーブルを、力強いアイシャの拳が振り下ろされる。

 ドン!!

 それが、動議終了の合図だった。

 エルレクリーフは、まるで幻のように頭から足下まで、消えていく。


 アイシャはそこで、初めて破顔して見せた。


「契約精霊殿、あとで泣き面だけは見せてくれるな。こうなった以上は私としても楽しい死合がしたい。

 そなたの此度の初撃、なんともがっかりだ。是非、私も満足させてもらうぞ」


 アイシャの執行者としての顔は消え、狂戦士としての顔がのぞく。

 消えてしまった彼に、反論は無く。

 アイシャは身を翻し、力強い足取りで退廷した。

 

『きゃ~~~ストラス様~~~~~~~!!!』

 アイシャが退廷した直後、黄色い声が傍聴席からけたたましく飛んでくる。そのまま、柵を越えてきそうな勢いだ。

 その声を受けている張本人は――名織ににこにこしながらおひさーピースピース、とあまりに威厳に欠けるフランクさで近づいてくる始末。


 これからの雲行きは。

「ぬ~~~~~~~~~あ~~~~~~~~!」

 暗雲雷雲低迷運。


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