(非)協力者
狭い名織の居室。座しているのは2人と3体。
名織とほのりは寝室の隅に座って、開かれた戸の向こう、応接間にむっつりとした無表情でエルレクリーフとヒアルピアがこちらを向くように座る。
そして、名織とほのりの背後には神獣のように荘厳な空気を放つ大狼種――アルガが寝転がっている。このウルフにとっては、この居室は絶対に窮屈だろうと名織が苦い顔をするほどに体躯が大きかった。
このウルフのそばにいると、明らかに瘴気の濃度が下がっているのが体感出来る。そうさせる能力を、アルガは有しているのだろう。だからこそ、ここにいるのも納得できる。
ニ体の監視に加え、名織とほのりを守る為なのだ。
ほのりには詳しい事情は説明していない。もう降りかかっている火の粉にこれ以上油をそそぎかねないし、ほのりも黙っていることに対し了承している。ただ、宗次と自分が窮地に陥っている、ほのりにとっての情報はそれだけで十分だった。
……恋愛の何らかが絡みそうなら、無鉄砲に突っ込みそうだが。それだけが名織の心配するところだ。
「あの……よければ、飲んでください」
「「…………」」
名織がせっかくだからと気を遣っていれてみた紅茶を、ニ体の化け物は口にする気配がない。
そして最後の一体(匹?)は、もはや何を作ってやればいいのかもわからない。
見たところ狼の形をした客人に、グラスで水をやるのも怒られそうだし、ペット用のボールなんてないしそもそもボールなんて差し出したら「無礼者」とか言われてすっごく怒られそうだし。
ああもう。
「あの……おおかみさん、何かお飲みになりますか?」と名織。
『かまうな。アルガだ』
唇を振るわせず、思考に入り込むような術で返すアルガ。
「まぁまぁ、本当は何か飲みたいんじゃ~ないですか~?」とほのり。
アルガの口の端がひくりと、わずかな不機嫌にゆがむが、
『……あとで皿に水をもらう』
……ほのりは、なんだかアルガと打ち解けている気がするし。
ああ、もう。
――とにかく。
名織は意を決して話を切りだした。
「あなたたちは、なんなの? そもそもどういうところからいつ生まれて、どういう経緯があって宗次くんの仲間なんですか。いやそもそも、宗次くんの仲間――でいいんですよね?」
<喚んだのが人外であれば、どうだろうな?>
そんな学長の声が、残響のように聞こえてくる。
エルレクリーフから、応の答えはない。
名織はエルレクリーフの見えない眼をにらみつけるように、
「あなたは、術士――なんですか? ディバイドなんですか? それとも別の何かなんですか」
問いに、エルレクリーフは口を開く。
「……我々は主と契約を結ぶ。デビルでもヒューマンでもエルフでもない」
「……じゃあ」
「この世界の言葉を使うなら――――――精霊、か。
主は、逢坂宗次。
現世につなぎ止めているのは主と契約した術式印によってのみ」
「せい、れい……?」
精霊という存在は、アミギミアでも地球でも、童話や神話に出てくるような架空の存在。観測された例などない。名織は半信半疑のまま、問うしかない。
「じゃああなたは召喚でやってきたわけでもなく、術士でもないと?」
一つ言えることは、現行の法規制に引っかかりはしない、ということ。
「ふん、そう云っている。我々はただ一つ、この術式によりこのように放たれ、戦いを可能にする」
エルレクリーフは、テーブルに手をかざす。
瞬間、テーブルが閃光を放った。
「――!!」
名織は驚愕した。
幾何学模様のような、見たことない術式印に――ではなく、お気に入りの木テーブルに術式印を転写されたことが。
名織の独り立ちの時にパパとママに買ってもらった思い出の品なのに、変な傷がついてしまったじゃないか!!
……と言えるはずもなく、ただただ唖然とするしかない。
名織は潤む瞳を隠すように、その術式印を検分する。どんな力が働いているのかわからないが、エルレクリーフもヒアルピアも少しもテーブルに触れずそれを傾け、名織に見せていた。
「……ん……これ、武器呼出と同じ術……?」
聖術の武器呼出術によく似た字の羅列――なのだが、
「ぜんぜんわかんない。名織すごいねぇ」
ほのぼのとした突っ込みが横から入ってきた。
ただ、ほのりの言うことはもっともだ。一つ一つの術式印の記述式が古すぎて、正しい判別が出来ない。
禁術の類に該当するようなものは見あたらない……気がする。気がするだけで確証はもてない。
「あの、エルレクリーフさん、ヒアルピアさん。あなた方は私たちの味方っていうことで、いいんですか」
エルレクリーフは、腕を組んでニヤリと笑う。彼の感情が、ようやく見えた。
「そこの獣が手伝えと云う。俺はそれを請けたにすぎない」
「……アルガ……さん」と、名織はアルガ――宗次の父親を見る。アルガは本心から宗次のことを心配し、そして彼なりに最善のルートを見据え、行動している。
ただし、――名織はエルレクリーフをキッとにらんだ。彼はきっと、違う目的がある。契約と言う言葉だけを聞けば、事実上宗次に協力はしているのだろう。しかし、アルガによる管理、そして彼の宗次を顧みない言がある以上、エルレクリーフが宗次を助ける確証は無い。
名織はその隣の無言を貫くヒアルピアに、
「あなたはどうなんですか。宗次くんを、助けたいんですか」
「――――――ええ」
こちらも、何か含みがありそうだ。というか、敵意――いやもはや殺意とか敵愾心とか言ってよいほどの気迫を、名織に向けたまま隠そうとしない。
心当たりがないが、どうやらすごく嫌われている。その理由を聞いたところで、たぶん答えてくれはしないだろうと思い、名織は嘆息した。
「……あの、お二人は宗次くんと別行動してて大丈夫なんですか?」
純粋な名織の疑問に、エルレクリーフはなぜかバカにするように鼻で笑い、
「ふん、多少はな。当事者、なのであろう? こうして別の行動を取らなければここに残った意味が無い」
「……明日、緊急動議という……その、」
名織は言いよどむ。この二人が参加することによって、かえって面倒な事態になりやしないか。
あり得る。あり得まくる。
「俺は話が分かる、安心しろ」
全てを聞く前に、というか名織が決断できていないにも関わらず、そして動議の説明もしていないのにこのエルレクリーフの物言いである。
「………………」
最後の言葉はぜったいぜったいうそだ、と名織は口を重く閉ざして思う。
VTRで見た映像は、その持ち前の畏怖をまき散らして狂気じみていたじゃないか。
「ほのちゃん」
力なく名織はほのりに向いて、
「今日は中等部に泊まった方がいいかも。どうする?」
「んー、私はどっちでもいいよぉ。名織は、心細くないの?」
「……ありがとう、ほのちゃん」
ほのりは、ほのぼのしてるだけかと思えば、ぜんぜんそんなことはない。強くて優しい女の子なのだ。
名織はそれで、元気をもらえる。名織はぱん、と頬を叩いた。
「じゃあ、今晩はこの部屋で術式印の検証をします!!!
全部、洗い出します。エルレクリーフさんにヒアルピアさん、この前ルス先生と闘ったときにつけた術式印、全部ここに転写してください。
あ、部屋に術式印転写するのだけはやめてくださいね!!」
「……ふん、細かい女だ」
「細かくないと女の子はやってられないんですよぉ~」
ギロッとエルレクリーフにらまれた(と思う、髪が表情を隠したままだった)ほのりは、もふもふのアルガの毛に顔を埋めた。
「ほのちゃんも、手伝ってくれないかな。大丈夫、私が説明するし資料から形を読み解くだけだから。ほのちゃんに危険が及ばないように、細心の注意、払うからね」
「ありがとう、名織はやっぱり優しいね。えへへ」
――――――術式印は歴史を重ね、即効性、身体への負担、発動効率性など考えられ、様々な改良を加えられて今の術式印がある。魔術陣は円形を描くものもあれば四角形もあり、ときに放射状に、さまざまな決まり事に縛られた独特のサークルを形成しているときもある。
エルレクリーフが出した術式は、実にシンプルな円形の陣だ。現在の電子技術により発達した精密な術式印からは考えつかないほど、単純な文字の構造であり、論理であり、儀式であり羅列なのだ。
ディバイド術式印を世代、地域、種族ごとに追い、さらには聖術の類似箇所がないかも調べていく。
この短時間で全てを解読することは出来ない。しかし、やれるだけはやらなければならない。
それが禁術に該当していない、ということを願いながら。
そして、夜の三時。ほのりはアルガの脚に体を預け、すやすやと眠りの世界に浸っていた。
「…………はぁ~~、だいぶ解読出来た、かな……」
ルスと闘ったとき使用した術式印が、禁術に該当しないということは早めに判明した。
あとは細かい術式印のルールがどうなっているのかを読み解けばよいのだが、これがどうにも時間がかかった。というか、完全には解読できないでいる。とはいえ、動議での説得材料は作ることが出来たつもりだ。
エルレクリーフとヒアルピアは、今は消え去っている。だが、気配はびしびしと感じるので、不可視となっているか、どこか近くに移動しているかだろう。
「シャワーは明日の朝、浴びよっかな……」
眠い目をこすり、名織はベッドを目指そうとするが、背後の――アルガの気配に気づいて、そちらを向いた。
「……ええと、ほのちゃんみたいに、寝ても……?」
アルガは、まるで月のような黄色く輝く目を静かに閉じた。
肯定のようだ。
名織は遠慮がちにアルガに寄りかかる。とても暖かい体温と、心地よい体毛。抱き枕にしては居心地がよすぎた。すぐに、名織の意識はまどろみの中に潰えようとしていた。
『…………お前は』
今なにか言いました?と、聞く余裕すらもうない。
『お前は、心を通わせてはいないな。我が息子と』
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
まっしろな空間。
見渡す限り白い。まるで狼の毛の中に、小さくなった自分が放たれてしまったような。
名織は、一歩を踏み出した。脚まで感触はわからない。まるで幽霊になったように、脚への感触が伝わってこない。
生と死の狭間。
現実と夢の狭間。
そんな曖昧な空間。
踏み込む。踏み出す。一歩。また一歩。この白い毛を踏みしめ、せっかくだから、どんどん歩いてみよう。
「……ん?」
すると、一面の白の中にぽつんと、黒い点を見つけた。
ぼやけた景色の中、直感的にそれがヒト、そしてよく知る人物のものだとわかる。
「あれ、宗次くん?」
「……鴇弥?」
宗次は、ぼーっとした顔でこちらを向いた。名織は先よりはっきりした意識になってきていた。
「ここ、どこなんだろう。んー、夢の中とかかな?」
自分はこれを夢と認識しているのだろうか。だったら、こんな夢から覚めてもいい気がする。
……けれど。こんな機会はめったに無い。
彼がたとえ、自分が生み出した幻影だとしても、問いただせるなら、そうしたい。
「宗次くん。どうして私に内緒でミッションに行ったんですか。私はそんなに信用できないかな?」
「……この作戦は極秘だ。すべて終わってから報告しようと思っていた」
宗次は虚ろながら、そんな言葉で反論した。しかしこれは反論ではない。ただの論点のすり替えだ。
「ごまかすのは、反則だよ……私は信用に足りないのか聞いてるんだよ」
「……君は」
少し、間があって。
「――弱いから、じゃまだった。本当に作戦を成功したいから黙った。君を殺したくないから、連れて行こうとしなかった。
本当に君を信じているから、なにも言わずに出て行った、なんて――それは言い訳にすぎない」
………………ああ。
やっぱりそうか。自分はまだ、足手まといなんだ。
ルスは未来を変えようとこの時間軸に来たという。そのルスに勝てない自分は、足手まとい以外のなんだと言うのだろうか。
けれど、この答は十分に予測できた。予測できたからこそ受け止められることだし、悲しいけれど変えようもない――仕方のないことだった。
「宗次くん、君は私がいることで、君は何か変わったことはあるのかな?」
質問はよどみなく出る。けれど、その悔しさが、目から涙になってこぼれてしまった。
夢だからこそ、感情はせき止められることは無く、あふれてしまう。
それを見た宗次は、はっとした表情になる。虚ろな表情が、一瞬でどこかに消えた。
「変わった……こと?
…………わからない。けど俺は、君によって変わることが怖い」
宗次はうつむき、
「復讐をしたくなくなってしまうことが怖い。
自分が自分の使命から逃げ出す言い訳を作ってしまいそうで、怖い」
そしてまた、名織を見る。
「でも、一つ。守りたいものなんてなかったけど、今は、ある」
……言葉にするのを、宗次は迷っている。けれど、次の瞬間それは自然と口から出てきていた。
「君を守りたい」
宗次は、笑っていた。照れくさそうに。まるで、夢じゃないみたい。
「鴇弥、君は、変わった――k?」
子音で、止まる。宗次は、名織の胸あたりをみて硬直して、下腹部を見て顔を真っ赤にする。
すーすーする、という感覚は、たとえ夢の中で裸でも現実的に裸ではないわけである。したがってすーすーしている感覚に陥っていない今は、服を着ているということではないのだろうか。
いや、すーすーする感覚がなくても夢の中で裸になるのは可能である。ということは自分は今、裸なのだろうかいやそもそもすーすーしたとかしないとか、服を着ているとか着ていないとか、そんなこと夢の相手に見られたところで、相手は夢っきりの存在なのである。
名織は、半ば諦めながら視線を下に落とす。
真っ裸だった。




