プロローグ
学園から距離にしておよそ50kmほど離れた、荒廃地。
建造物に人の気配は全くなく、その地面は草一本生えていない不毛の地。線路を隔てた反対側にはのどかな市街地が広がっているのに、ここはまるでくり抜いたような荒れ地だった。
道路は黒々としたヤニのようなモノが覆い、空気はどこかねっとりとしている。
そして、巨大ビルのそびえるエントランスへと入り、ほこりっぽい大階段を数分降りていく。
解放された、さび付いた鉄扉。その大きさたるや、まるで堅牢な城門のような仰ぎ見なければいけないほどの佇まいだった。
そこを通ると、――新たな世界は広がっていた。
それを表現するなら、祭りの夜。
今は太陽も沈みきった午後8時。にも関わらずそこはでたらめなほどに明るかった。
時代錯誤な電力によって光る白熱電球は、建物を縫うようにいくつもつながれ、満天の星のように輝いている。
錆びた看板や煤けた建物やほこりかぶった道端も明るく照らされ、道行く者を困らせることもない。
建物の中に、さらに雑居ビルのような住処、色とりどりの出店、張り巡らされる水路。もともとがなんであったのかは宗次には知る由もないが――
どこまでも、どこまでも続いているとさえ錯覚するような、されど有限の地下空間。
いくつかの怒号や笑い声や、そこ一帯が飲み屋にでもなったようにいくつもの喧噪が響いている。
これが、ディバイドの栄える“地下街区域”だった。
悪魔の同類とさげすまれたモノたち――ディバイドの住む集落街。
地球でただ一つ、ディバイドたちの自由都市。魔術が聖術を圧倒する場所。
同じ学園区域の一角のコロニーにしてイリーガル(魔術犯罪者)のゴロツキどもがいる。
そんな羅列情報のみでは到底解説し尽くせない様々な事情を、この街は飲み込んでいた。
そして、そのエントランス近く、市街地区からさらに離れた地区。
においも衛生面も治安も、学園と比べれば超級品のひどい場所だ。
最新鋭の機械など、ここでは無縁もいいところ。
時代錯誤な生活様態で住民は今日を幸せにするためだけに、毎日を生きていた。
そのある一つの空き家に、詰めている者たちがいた。
家の前には、むっつりとして、鷹を連想させるような鋭い目つきの女が、にらみをきかせ立っている。
その家の奥では、
「もうやだ学校でおいしい学食たべたぁーーーーい!!!
なんかこのスパゲティすっごいもっさもさするぅーー!!」
目の前の料理にだだをこねる女がまずいて。
「う……ぶ、ぐ」
テーブルに気持ち悪いうめき声を漏らしながら突っ伏すモノがいて、
「…………(おいしい)」
文句は言わずスパゲティを頬張る自分がいて、
「……はぁ~~ぁああ!」
そんな3人を睥睨した後、怒りの悩ましいため息をつく者がいた。
「そろそろ話をしてもいい、みんな? ていうか、緊張感はちゃんと持ってる?
……っていうか、アンタ食い過ぎよ何皿食べれば腹一杯になるわけ!?」
ぷりぷりと怒り出した赤髪――オルタ・トラギヌスが統率をはかろうとする。
怒りの矛先は、宗次に向けられた。
「……お腹が減ってるからもう少し食べたい……ん、だけど」
オルタの怒りはそろそろ頂点に達しそうで、宗次の抵抗も尻すぼみに。
「言うけどねアンタそれ8皿目よ。
どんだけスパゲティにハマってんのよ……ああもう、アンタはそのままでいいわ。
そろそろやるわよ。デビル狩りの打ち合わせ。
――ねえバロット、いい加減、しゃべれるようにはなったかしら」
「……話ぐらいなら、聞いてやる」
テーブルに突っ伏している狼男は、オルタを見もせずに返答した。
本来白髪に青の混じった彼の髪は完全な黒、スパゲティにご不満の皐月も、その髪はブロンドからくすんだ茶色に変貌を遂げていた。宗次とオルタはいつもの黒髪とワインレッドの艶髪。あくまで土地に合わせたカモフラージュだ。
全員が、スラム街の浮浪者よろしくくたびれた黒マントを着込んでいる。
バロットは、地下街区域に移動する間――約12時間のあいだ、バロットはその姿を秘匿するために、意識の続く中――“宗次の中”にいた。
そこは、瘴気の支配する闇の異空間。まともなヒューマンやエルフであれば、体と精神を汚染しきっていても無理はないほどの場所だ。
それから、2日が過ぎた。自分の仲間――セルティを失ったショックか、バロットは聞かれること以外、口を開こうとはしない。しびれを切らしたオルタがこれから行われるミッションの話をする、というわけだ。
宗次の隣にバロット、真向かいにオルタ、斜向かいに皐月がいる。門番を務めるのは、賢鳥種のルーファだった。
「むぐむぐ……あー……私、食事だけはまともなのを取りたいのになぁ。
こういう生活続けてると、美容が気になるのよねん。オルタちゃんもそうは思わない?」
「――宗次。そういえば、特務ミッションのことは知ってる?」
「えっ無視!? 今私もしかして無視されちゃった!?」
オルタはまるで皐月の存在を無かったことにするかのように、宗次と会話をしようとする。
「いや、よくわからない」との宗次に、
「そう。じゃ簡単にこの“特務ミッション”の説明をするわ。
ふつうミッションというのは学園側が内容を精査して、生徒に合ったミッションを選ばせる。て言っても、本当は3年生の履修からなんだけど。
けれど、そんなミッションも7割以上は模擬ミッションって言って――ようはおままごとの体であるミッションがほとんど。学園側が自分たちでその状況を作り、生徒に解決させるというもの。
特務ミッションは、ただのミッションとは全く別物。まず、学園側はノータッチ、その内容を一切検閲しない。ミッションの委託元と生徒間の信用を元に全面的に任せるということ。
それだけ、危険がつきまとう。たとえ死亡しても、家族を含めた関係者全員にまっとうな情報は行かないことになっている。特務は、決して部外に出してはいけない秘密だから。
委託元もほぼ限られてくるんだけどね」
「……その委託元って?」
「ミッションを与える側のこと……まあ宗次も存在は知っていると思うけど、大抵が“教会”よ。そこらへんの事情関してはまたあとで説明してあげる。
……次いで、あなたを生かす意味を説明するわ。バロット」
突っ伏したまま、獣化しきっている獣耳だけが、ひょこっと揺れる。
「取引をしましょう。
あなたたちの懸念事項を解決する代わりに、集社を裏切ってこちらの仲間になってほしい。
……あなたは、どうしてかわからないけれど、まっとうな理由で集社の所属になったわけじゃないでしょう?」
「へっ、イヤだっつったらどーすんだ」
ドスの利いた声で問うバロット。しかし、その声はどこか心細い。
「そうは言えないでしょうね。いい、バロット?
今から一週間後に、汚水管理施設から爆発事故が起きるのよ。
そして施設から多量の毒物汚染が、地下街区域のほぼ一帯を埋め尽くすことになる。
ディバイドの9割が地下街区域から死滅したそうよ」
「……な……な、なん、なんだとォ……?」
ついに頭を上げたバロットは、オルタの言葉の意味を理解しきっていない。
が、それに関しては宗次たちも同じである。
「おいおい……オルタさんとやらよ、まるで未来のことがわかってるみたいな言い方だな」
「そうよ。だってルス・クルガーラジからの情報だもの」
そこで眉根をつり上げた宗次が割って入る。
「……待ってくれ、ルス先生は何者なんだ。ルス先生の世界って?
今度はそれが起きないようにするって――起こった場合ってどういうことだ。意味がぜんぜん分からない。
どうして、彼女はそこまで知っている?」
この問いについては、オルタと皐月がそろって「え?」というあきれた顔をして、
「え、なにルスに聞いてなかったの?」
とのオルタの問いかけに無言でうなずくと、オルタと皐月はそれぞれあきれたようにため息をつく。
――とすれば、すでに二人はルスの正体を知っているらしい。
「あのねえ……まあ、信頼できる情報筋であることは確かよ。
あとはあんたの乏しい洞察力で調べてみなさい!」
こつんと指をおでこに打たれた。
どうしてだ。少し理不尽じゃないか?
ぷにぷにに聞いてみても、その件に関しては一切聞く耳を持ってくれない。
……ただ、宗次もどこかで自分の考えた予想が、イコール答えであることをほぼ確信している。
――彼女は、未来のトキヤナオリなのだろうか。
そのことを、誰にも確認する勇気を持てないでいた。
オルタは半ば強引に話を戻し、
「いい? 今この地下街区域には、禁術になってる“連鎖毒”の術式印がいくつも点在しているのよ。それが、ある条件下において発動する仕組みになっているみたいなの。
それについても猶予はないわ。もしもそのXデイに直面したら、その施設から毒に侵された大量の死体が発見される。しかも死後数日と経っていない死体――集社の所属員全員に、行方不明だったいくらかのディバイド――そして、7年生事件で失踪していたはずの生徒たちよ」
それは、十年前に起きた、七年生48人が殺された、とされる事件だった。
つまりそれは――
「七年生は、今も生きてるのか?」
「ええ。7年生事件はね、死体の一部が発見されたとしてそこで調査が終わっている。
けど、逆に考えてみて。
死体の一部“しか”発見されていないのよ。
ご丁寧に、その部分部分が全員分ちゃんとあった。ある人は腕、ある人は脚……みたいにね。それはつまり――治癒術を使えば体の一部の複製は可能。それで、体の一部だけを公に見せることで、彼らは死んだとごまかされたということね。彼等は今も助けを待っているのよ。
だから……、今度は彼らが死ぬ前に、救出する」
そんな風にごまかしてまで七年生を生かす理由――たぶん、それは。
「彼らが生きているのは、デビルが関係してるのか?」
オルタは当たり前よ、という風にうなずいて、
「そうよ。どうやらルスの情報によれば、そのデビルは復活するためにある程度のティアンスの力が必要らしいの。七年生たちは供物献上の日まで眠らされている。それがXデイなのかどうかは、ルスにもわからなかったようだけど」
――生け贄。
こんな時代になって、そんな時代錯誤の言葉が宗次の脳裏をよぎる。
「まあ集社ってのは」横から皐月が口を挟んできた。
「私利私欲にまみれたグズどもが幹部をやってるたいそうな有象無象の集まりなのよね~。ディバイドを誘拐したり、いろいろ資金をつぎ込んで研究施設の建造を行っていたりね。
表面ではディバイドたちを救うためとかPRしていたけれど、実情はそんなもの。名織もそれには最後まで気づかなかったみたい。利用されていたら、本当にセルティの二の舞よね。で、今から向かう汚水施設もそんな感じなのよ」
「……とにかく私たちはそのXデイよりも早く、ここで何が起こったか――それを未然に調べ事態を防ぐことで、犠牲者を格段に少なくすることが出来る。
地下街区域のディバイドの大部分や、7年生事件で今も幽閉されているであろう人たちを助けられる可能性がある――そういうことよ。
ルスの世界では……彼等を助けることはできなかったそうだから」
ルスの世界。それがもう一つの可能性の世界であるならば……
ルスは、その出来事を端から見ることしかできなかった。
ルスがいるからこそ、この世界のかつての学園7年生たちを助けることができる、ということなのだろう。
ルスがこの世界にいなければ、宗次たちだってこの場にいることはないのだから。
オルタはあくまで無機質に問う。
「どう? バロット。
あなたとしても協力してくれるならこれらを救えるって条件、魅力的じゃないかしら」
「のーきる☆はっぴーえんど! いい響きじゃな「あなたは黙りなさい」
さっきから口を差し挟んでくる皐月に、オルタはあくまで突き放す姿勢を崩さない。
だが、バロットにはほかの懸念事項も拭えないでいた。
「チビは……セルティは、どうした?」
ヨージュオ・立伝・セルティは。
――皐月が答える。笑みまで浮かべながら。
「ん? 死んだわよ。心拍停止。体も冷たくなっちゃった。今は棺桶に収納中よ?
弱肉強食って怖いわね、オオカミクン♪
……宗次も怖い目しちゃってどうしたの? ん?」
「――いえ」
無用に煽るなと宗次は思う。こういうところが皐月の悪いところだ。
「……あんたらは、ヒトを平気で殺すじゃねえか」
と、バロットがうめくと、皐月はスパゲティをくるくるとフォークでもてあそびながら、
「んふふ。集社に入ってるのにそんなことを言われてしまっちゃあ元も子もないわね。
先に宗次を殺めようとしていたのは、どっちなわけ?」
「…………ッ」
無言のにらみ合い(片方は笑っているが)に割り込むかのように、
「はいはいそこまで。会長、この作戦のリーダーは私よ。というかそもそも勘違いしてほしくないんだけれど、私、この生徒会長のことはあまり味方とは認識していないわ。
無駄に突っかかるのはくだらないし何よりつまらないからやめなさい」
「ふえ~~? ど~してよオルタちゃーん」
それには、きっぱりと答えた。
「決まってる。あんたは本音を隠しているからよ。
私だったら、ルスが進言してこなかったらこの作戦に絶対参加させてない」
まるで汚物扱いもいいところである。早くも深刻な仲間割れに、男二人は動揺を禁じ得ない。
「ぷぅ~わかったわかりましたよー。ごめんごめ~ん。
それでリーダーさん、私たちだけで出来るような簡単な計画なんですか~?」
ちっとも堪えた様子がないのは、この人の持つ鋼のハートゆえだろう。
オルタはなめやがって、と言いたげに舌打ちした後、
「……それに関してはほかの協力者が居るわ。
名うての聖術士、と聞いている。詳細は不明」
「……信用できるのか?」という宗次の問いに対して、
「どうでしょうね。極秘案件だから腕は確かなんでしょうけれど、油断しない方がいいわ。
私だって、そいつに殺されるかも知れない。
……デビルの存在というだけで超重要な案件よ。
七聖が関わっていてもなんらおかしくはないこと。そんな機密的な情報、末端に流出させておくなんてたとえ“教会”だって許すかどうかわからないわ。
このミッション自体には、ルスの手引きがあってね。だからこそ、安心感もわずかにはあるんだけど。
……でもね、逢坂、みんな――私だけは信用して。命を懸けて、私は裏切らないと誓うわ。
バロット。あんたも、今だけはセルティのことを忘れて私を信用して。
きっとあんたにとっても、納得できる未来を用意するから」
「……オレは、どうすりゃいいんだ」
また目線を下へと向けたバロットは、まるで逃げ場のなくなったかのように、そう質問した。
「この作戦の目的は、集社の代表者、イラエ・ヒューズを捕縛すること。
そして、デビルを確保すること。以上、2点」
「……殺さないのか?」と困惑する宗次。
当然、相手はデビル。手加減などしようものならこちらの命がない。
それに、デビルは世界災厄級の障害だ。のさばらせる理由など――
「それについては……後であんたに話すけれど。
そのデビルはこれからの未来に、無くてはならない存在なのよ」
「これからの、未来……?」
オルタは、それ以上は語らず宗次から目をそらす。
「……バロットとルーファは、これから潜る施設での“安全管理役”の徹底。それとバロットはあることをやってもらうわ。それはあとで指示する。
メインは連鎖毒の術式印排除になるわ――あなたたちがしっかりしないと、この地下街区域は一般人もゴロツキも、全部まとめて死滅する。だから、大役――――みんな伏せなさい!」
ぐっちゃあっ!
一瞬でアタマを伏せた宗次は、その異音がなんなのか一瞬わからなかった。それは、斜向かいから聞こえ――とっさに伏せたオルタの右手は、皐月の頭を押しつけている。
宗次は見てしまった。
いくら嫌いだからと言っても、――緊急事態だからと言っても――オルタ・トラギヌスは、スパゲティに皐月の頭を突っ込ませていたのだ。
女の世界は恐ろしく半端ではない。
皐月はスパゲティを顔面に受けたまま制止し、オルタはそんな彼女に構わず小声で、
「ダイヤモンドが中に入ってきたわ……“忌避”(avoidance)の聖術が働いているはずなのに――!」
ダイヤモンド――そう渾名されるのは、コリダー・グリカ・アイシャ。学園生徒会自警部・副部長である。
どうしてここにいるのか、それはわからない。
が――この場所に入ってこられた時点で、我々が隠れる意味はない。スパゲティまみれの皐月も、まったく意味を成さないということだ。
そう判断し、宗次は背後を振り向けば――
そこには誰もいない……ように見える。
「失礼。あなた方を捜していました。特務中ではありましょうがこちらも緊急です。ご容赦を」
そして、姿が現出する。
どうも、相当高レベルの隠匿術を使っていたらしい。空間のゆがみや気配を隠し尽くしていたアイシャのスキルは、達者というほかにない。
それでいて個をたちまちに分析してしまうオルタも、大したものだ。
現れたダイヤモンドの佇まいたるや、聖なる加護をまとう騎士にも等しかった。
「ところで会長、そんなにその料理がおいしいんですか」
「――ぶはっ……――――なわけないでしょばーかばーか!!
なんで!? ここまでされるいわれはないわよぅ!」
アイシャの問いに泣きながら顔を上げる皐月。スパゲティの砕片を顔面に塗りたくったその顔は、かなり台無しになっていた。
「……どうやら敵として来たわけではないようね」
と安心するオルタ。謝る様子は一切見せない。
……なんだろう、このオルタの不必要なまでの敵意は。そう聞く余裕は宗次にもないが。
アイシャはふっとため息をついて。
「ある意味間違いではありませんが――用件は一言を言いに来ただけです」
アイシャは涼しい顔を宗次へ向けると、
「学校は大丈夫? どうやら大変なことになりそうだが」
その件とは言わずもがな、宗次のイベントでのことだろう。
皐月は顔に喰らった惨劇を拭き取りながら、宗次が言葉を返す前に割り入った。
「あーあー、そこらへんはあまり心配していないわ。私の有能な副会長と優秀な生徒会役員たちに任せたから」
「――――――そう」
ぞ。
「では、ご容赦はいたしません」
その場にいる全員が、アイシャの殺気じみたモノを察知した。
さっきから半目だったバロットの目はぎらりと開かれ、おしぼりで顔を吹いていた皐月の手は止まる。
気が付けば、“ダイヤモンド”はもういない。
一陣の風が、宗次たちの頬を撫でるばかりだった。
「……ぉぅ、久しぶりにちびりかけたわ。ちょっと、やべーことになりそうね。
あいつがたぶん、今回のルス先生と名織の“敵”ね。
まあ、今は学校のことより私たち自身の心配をするべき時よ」
そう場を落ち着けようとする五月だが、彼女自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
やがて、皐月は再び口を開いた。
「……まさか、やるのかなー。動議」
そうつぶやいたきり黙りこくる。
……ルスがここに来ない理由。
それはただ一つ、学校の火消しにあった。
ルス先生と宗次の戦いの結果生じているであろう、一切合切のゴタゴタ。頭を抱えるレベルの大問題だ。
ルスの戦いにおいて、二人の精霊……イレギュラー要素を“喚び出した”ことが前代未聞であろうことは宗次にもいやというほどわかっていた。
その戦闘において、宗次は説明する義務が生じる――はずなのだ。
宗次が学園に残るためにしなければいけないこと。それを、特務中のためにルスと名織が説明の責任を果たしてくれる。
そういう手はずらしいのだが――宗次は具体的に学園でどう解決するのか、何の話も聞いてはいない。というより特務中につきデバイスの通話機能を遮断している今、学園の様子を知ることが出来るものは誰もいない。
宗次は、ただ学園で四苦八苦するであろう名織を案じることしか出来なかった。




