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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
不殺のジェノサイド
35/49

オルタ・トラギヌス

「……――っ」


 宗次の意識が覚醒する。どうやら少しの間、意識を失っていたようだ。

 それも、立ったまま。体を動かそうとしてもびくともしない。顔すら曲げることができない。

 なんとか下を向こうとすれば、かすかに青い白く足下が発光しているのがわかる。

 どうやら、呪縛術による力で束縛されているらしい。


 宗次が転送された先は、やけに暗い部屋の中だった。

 ずいぶん広い間取りのその部屋の窓は、打ち付けられた木板で雨風を防ぐのだろう。その隙間からうっすら光が射し込んでいた。

 瓦礫が散乱し、見た感じは旧講義棟だが――実際はわからない。

 ただ確実なのは、この空間に宗次の目の前でたたずむ女がいるということだ。暗さに目が慣れていないせいで、相手の輪郭すらはっきりしない。

 だいぶ背の低いその女は、どこか気怠げさが残る落ち着いた声で言った。


「おはよう、逢坂宗次。

 外部から邪魔者が入らないよう、術式は組んでいるから――」


「――殺すぞ。術を解け」


 その人物は少し残念そうにため息をつく。


「物騒すぎよ。とりあえず、落ち着いて。野蛮禁止」


「術を解け」


「話を聞いてくれれば、私からは何もしない」


「解け!!!」


 宗次は声を張り上げた。こちらは一歩も退くつもりはない。

 さすがに目の前の女もじれったくなったか、いらだたしげに声を荒げた。


「あーだから話を聞いてよ! ……ったくもう。

 ところであんた、覚えている? “自分が何をすべきか”を」


 宗次はぴくりと眉を動かす。

 その女は得心したか、


「うん、その反応で十分。

 私の術で“今、一番大切なこと”を忘れてもらった――だからしばらく、ここで私と話をしてもらうから」


 ……すごく大事な用事があった気がする。

 それを何でもない風に装いながら、敵をにらみつける。


「話を聞かなければ、どうする」


「がんばって粘るわ?」


 何でもない風に言いのける女の風貌が、だんだんはっきりとしてくる。

 自分を縛り付けているのは、華奢な体躯の少女だ。それも、同じ制服を身につけている。同じ学園の生徒だ。

 が、そんな推理と裏腹に少女はぽんと手を叩く。


「あぁ、自己紹介がまだだったわね。

 私はオルタ・トラギヌス。オルタでいいわ」


 こちらも得心。

 宗次は彼女を敵と確信。自分の中の瘴気を、足下に集中させる。


「拘束されて居心地悪い気持ちはわかるけど、もう少し話を聞、――がはっ!!」


 呪縛術式のルーンが瓦解すると同時。

 宗次は前にのめって床を蹴り、オルタ・トラギヌスの胸元に飛び込んだ。

 首をつかみながら反対側の壁に思い切りオルタを押しつける。

 身体強化の術を使っているとは言え、魔力の満ちた豪腕には、逆らえる者は少ない。


 宗次の背後に、突然の気配。


「やめろ、そいつからすぐ離れろ!!」


 と、怒りを張り上げるのは相方のルーファ・カバージだろう。声はあまり覚えていない。


「ばっ、……」


 オルタは、両手をあげて何かセリフを吐こうとした。

 それが聖術の詠唱だったら首を締め上げているところだが、どうやら違うようだ。


「……い、言っておくけど私はそもそも、戦闘には向いていない。

 あんたの後ろにルーファはいるけど、保険にすらならないことは承知してるつもり。……っていうか、普通にやっても二人ともあんたに勝てる訳……ない」


 首を折られそうになってもなお、オルタは落ち着き払いながら、宗次へと語りかける。


「あんたは、私たちを殺さない。その理由を述べてあげる、

 私たちの交渉が、あんたを殺す前提でないものがわかるだろうから。

 まず、私はあんたの真正面にいて、私とあんたの間になんのトラップもない。

 第2に、シールドも張ってない。それは、あんたに警戒を解いて欲しかったから。

 それに私があんたに捕まっても、ルーファは手を出さないでしょ。

 ルーファがあんたに対して敵であるなら、のこのこと姿を現したりしない。逃げているか、どうにかして殺そうとする……そんな簡単な打ち合わせも私たちはしていない。

 それにルーファは私を“そいつ”呼ばわりした。仲間としてそれほど薄弱ってこと。

 いきなり転送術を使ったのは、本当に悪かったと思ってる。でも私たちは、本当に――」


 そこまで理路整然といいわけを述べられ、いい加減宗次も気を緩めた。


「……おかしな真似はもうするな」


 宗次は静かに手を離し、背後に飛びのけた。

 一転、拘束を解かれたオルタはぜーはーぜーはーと息切れし、膝ががくがくと震えていた。

 どうやら、相当無理をして冷静を取り繕っていたらしい。

 声と瞳を湿らせて、宗次に怒った。


「あんた、バカじゃないの!?

 お、女の子を平然とこんな風に脅したりして!」


「……最初に脅したのはそっちだ」


「脅してないっ! 断じて脅してないからこの脳筋っ」


「脅しだ。それに脳筋じゃない。

 ……ルス先生と、あんたたちの正体を教えろ」


 オルタは「すーーー……はーーーー」と一度大きく深呼吸して、息を整えた。


「……ルスについては教えられない。

 あの人が直接教えたいって言ってるから」


 震える足と意志をどうにか奮い立たせ、宗次をにらみつけるオルタ。

 そんな彼女を宗次は負けじとにらみ返し、


「……俺はあんたを信用できない。

 ルーファ・カバージと仲間ならなおさらだ」


「私も正直あんたと仲良くする気、ほとんどなくしたけど――我慢するわ。

 私たちのことについては、全部事情を話してから判断して」


「……あんたが転送術を使ったと言ったな。

 転送術を自分の足下で気づかないほど、俺はバカじゃない。

 ルーンの転写から発動にかけて、至短時間で行われた。どういうロジックを使った?」


 オルタは、とても小さな顔で、童顔だが涼やかな顔つきをしている。

 少し間違えれば、宗次はその首を花を手折るように曲げてしまったかもしれない。

 オルタは難しい顔をして、


「それは交渉の本旨じゃないわ。

 これから私の好感度でもあげれば、いくらでも教えてあげますけど?」


 そこで口数少ないルーファの冷たい横やりが飛んできた。


「集社は、逢坂宗次――お前を殺せと指示を出している。

 それを回避するには、我々に協力することだ」


「……ありがと、ルーファ。

 とりあえず、この男には私が代表して話すからいいわよ」


 だいぶ落ち着いた様子になったオルタは、腕組みをして宗次に説明を始めた。


「この子――ルーファは集社に属している身だけど、

 ついこの前そこを裏切った。あんたを襲撃した後のことになる。

 ……ああ、あんたを襲ったって話はちゃんとこの子から聞いてるわ。

 それらも含めて、ルーファには洗いざらい話してもらったから」


「オルタ・トラギヌス。あんたはなんなんだ? 集社の一味じゃないのか」


「オルタでいい。

 それについては違うわ……ある特殊な目的のために寄り集まった組織の一人よ。

 細部は申し訳ないけど、今は秘密。

 私の組織の目的はただ一つ。悪魔種デビルを世に出さないこと。

 あんたにはその協力をしてほしくて、接触した」


 宗次の心臓が早鐘を打つ。宗次の表情の機微を読み取ったであろうオルタは、


「そもそも伝説上でしか語られないデビルだけど、

 魔界から帰ったあなたなら何か知っていることもあるんでしょうね。違う?」


「……それもルス先生が言ったのか?」


「いいえ。それは――集社とはまた違った、私の組織の情報筋よ。

 集社はそのデビルの一体をよみがえらせようとしている。

 正確に言えば、もうすでに、この世によみがえっているデビルの力を復活させようとしている」


「何――!?」


「七年生事件って、知ってるわね?」


 問いに宗次はうなずく。

 それは10年前――七年生の半数が死んだという事件。


「少し補足すると、大規模ミッションを行っていた戦闘科の学園7年生の48人が一夜にして消失したって事件。後日、全員分の体の一部が引き裂かれ、散乱しているのを地下街区域で発見された。

 犯人は未だに不明、事件の全容はほぼ迷宮入り――ってね。

 けれどその48人は、今生きているのよ」


 それもまた彼女の“情報筋”からなのだろうか。ともかく、


「……まだ、七年生事件の被害者が生きている?

 信じられない。彼らの人体は見分けも付かないほど、激しく損傷していたと報道された」


 言っていて、どうしても気持ちがよくない絵面を想像してしまう。


「じゃあ聞くわ。逢坂宗次。あんたは胴体がちぎれたら死ぬの?」


「――……」


 ああ、と即答することはできる――それが、一昔前だったらの話だ。

 宗次が抱いたいやな予感は表情になってオルタに読みとられる。


「そう、今はハイパーコンピューティングと医療術を融合させたIC(集中治療)システムがある。

 頭部――脳さえ死んだ状態でなければ全体構造を復活させることは、可能よ。

 そして彼らの肉片は、胸部以上の部位が一つもなかった。

 それは警察捜査の時点で情報規制されていたそうだけれど。あんたも初めての知識でしょ?」


 言葉を失うほどの、残酷の予感を感じ取る。

 オルタは、気まずそうに少し下を向いた。

 暗い部屋の中でも、彼女の透き通った瞳はまるで作り物のように透明感がある。


「そして彼らはデビル復活の最後の材料になろうとしているのよ。

 ……いや、正確に言えば今までも材料として生き長らえさせられていたみたいだけれど。

 ――私の概算では、今から一ヶ月以内にデビルが“完全復活”する。

 つまり時間が無いのよ」


「その48人が役目を終えれば、復活すると言うことか」


「そ。と同時に、役目が終われば今度こそ死ぬでしょうね――

 まあ、犠牲がそれだけならばまだいいけど、デビルが復活するのよ。

 そうはいかないでしょう?

 犠牲の数は膨大になるはず。

 あんたの復讐には直接関係ないかもしれないけど、その惨事を未然に防がなきゃならない」


 いきなりそんな話をされても、宗次の頭が追いつかなかった、が。


「……一つ聞く。俺が降りることはできないのか」


「不可能。デビルの封印に際して、あなたの力がどうしてもいるってルスが言っていたから。

 あの人も、一枚噛んでくれている。

 それに私たちもあんたに……や、“あなた”に協力してほしいの。

 この話が悪い話じゃない理由もまだまだあるんだけどね。

 とりあえず、あなたのような強力な魔術士は、きっと地下街区域でこそ有用な力を発揮できる。


 そこでデビルを、殺してほしい」


「……そこには行けない。学校のルールで行くなと念を押されている」


「なによそれ」と半ば見下すように、オルタは大仰にため息をついた。


「ちゃちい理由ね。でも問題ないわ、そこはあなたが納得する方法で、うまくやれる。

 正直、あなたにはずっと接触の機会がなかったから、私たちもこれが最大の――そして最後のチャンスなの。

 こんなイベントの最中だからこそ、あなたに接触できた。

 うかつにコンタクトを取れば、外部から怪しまれる。集社の生徒バカどもにもそう。

 私はまだマークされてないからね。

 でもこの時を逃せば、きっと私たちに作戦の成功はない」


「……鴇弥は無事か。もし彼女に危害があれば――」


 そう、最優先事項は彼女を守ることだった。うかうかしている間にも、外界では何が起こっているのか見当もつかない。


「ん、やっと術の効果が切れたみたいね」


 忘却させる術――宗次の記憶では、そんな術式があるなんて聞いたことがない。

 オルタ・トラギヌス――どうやら彼女もかなり変わった事情があるらしい。

 オルタは当然という風に断言する。


「ルスが彼女を殺しなんかしないわ。

 殺すにしてもわざわざこんなイベントの最中に実行するとしたら、最高級のアホでしょ。

 ……まあ、鴇弥が重傷を負う可能性はあるけどね」


「……何?」


 宗次の雰囲気が変わった。そして同時に、オルタの目の色も変わった。

 敵意に近い、まるで宗次を非難するような目。


「逢坂――それ。甘いんじゃない?

 鴇弥をぬるま湯に浸からせすぎることがどれだけ危険か、あなたは理解してないでしょ」


「……?」


 こちらが怒られる意味がわからず口をつぐむ宗次に、オルタは今度はおどけて見せた。


「……ってね、ルスなら言うと思うわよ?」


 ルスはオルタに自分の事情を話しているのだろう。

 オルタはまるで自分のことのように、ため息をついて沈痛そうに語る。


「……はぁ。少なくとも、重傷くらいであったら長くとも一週で完治は出来るでしょう。

 あなたは彼女に恐怖や躊躇、それを克服させる機会を奪っている。そういう見方はできない?

 そんな過保護の状態で、実際戦闘に放り出されて困るのは彼女よ」


「……彼女を、守りすぎている?」


「鴇弥にとって、あなたの存在は戦争を知らせない赤ん坊のゆりかごってことよ」


 まあ、それだけ――とオルタは何かごまかすように床の石ころを蹴って、話を接ぐ。


「それだけあなたの力は、絶大すぎて異常なの。

 その異常さなら、きっと集社の暗部をつぶせる。

 後でそれを詳しく話すわ――」


「……その前に俺からも一つ、協力するための要件がある」


「ん、何?」


 宗次はくるりと背後を向く。そこには少しびくっと身をすくめるルーファがいた。


「俺に謝れ、ルーファ・カバージ」


「……は?」


 状況が飲み込めないルーファに、宗次は静かに怒りをぶつけた。


「俺はこの前毒まで仕込まれた。

 これはあんたを助けることでもある――が、はいそうですかとは納得したくない。あんたに誠意がなければ」


「す、………………すまない」


 たどたどしいルーファの謝罪。


「ダメだ。誠意がこもってない上に雑」


「そ、そんなこと言ったって!」


 慌てふためくルーファに宗次は穏やかな表情で諭す。


「でも、謝るのは大切なことだ。

 あんたとは、一つの区切りにしたいから」


「……ご、ごめんなさい」


「声が小さい」


「ごめんなさい! もうしないから!!」


 宗次は、それを聞いて歩み寄る。冷徹なまなざしのまま。

 ルーファは蛇ににらまれたカエルよろしく硬直している。

 宗次は、手をスッと差し出す。ルーファが声にならない悲鳴をあげた。


「握手しよう」


 おそるおそる、ルーファは宗次に応えるように、静かに手を握った。その手は少し、ざらついて冷たかった。


「――じゃあ私にも謝ってくれる? 逢坂」


 とは、こちらの様子を腰に手を当てうかがうオルタ。宗次は首だけ振り返り、


「……それはできない。キミがまだ味方とは限らないから」


「む、ムカつくなぁ………………ぷっ、ふふっ」


 むくれたと思ったオルタが、なぜか笑い出し、


「……意外。もっとあなたって冷酷無比そうなイメージだったけど。

 結構おもしろいところあるわね。慎重なんだかものすごいバカなんだか」


「冷酷……それは本当に、イメージだけだと思う」


「へー、私にもこういう傷付けちゃうのに?」


 オルタが首を見せるように顔を上げれば、そこには流れた血が渇きかけていた。


「……す、すまない」


「ぷ。謝ってるし」


「……ぐ。と、とにかく仲間だと確信したなら、どんな形でも謝罪する」


「そう? じゃお詫びに鼻からスパゲッティね」


「う、……本当か?」


「冗談よ。そうそう、私たちへのこれからの協力方法なのだけど――は?」


 一瞬、オルタは目を見開いて何が起こったかわからないという顔をし、


「い、いやちょ、待って、なんでそんな……バカじゃないの!?」


 と、一人で冷静さを欠いて慌てふためき始めた。

 何事だ、と宗次が声をかけようとすると、


「……ごめん。今、ルスからのメッセージがあった。心して、聞いて」


 にしては、オルタは頭を抱えるばかりでデバイスを開くそぶりがない。

 どうやってメッセージなど読んだのか。

 だがそんな疑問、その内容を聞いた宗次にはどうでもいいことだった。


「一時、鴇弥名織が心停止状態になったそうよ。ルスと、バトルして」


「――どういうことだ」


 経緯は予測の域を出ないがーー結論として、ハメられた。

 そう決定づけるしかなかった。


 バッと両手を上げ降参を表するオルタは、泣きそうな表情で叫ぶ。


「だって、私たちだってこんなことになるなんて聞いて……!」


「……交渉決裂だ!」


 宗次は自分の影の中に、さも当然のように飛び込んだ。

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