遥かなる茶番
ティアンスの一組をさっさと撃破し、第一回ルーレットで残ったのは、イギル・バロット組のみとなった。
ルスは、イギルとバロットがひそんでいる教室前の廊下にもたれて、あれこれ唸っていたところだ。
「私自身に問います。宗次くんは来るか?
……答えはイエス、でしょう」
宗次が助力に来るとして、彼ら弱きディバイドをどう守ろうとするだろうか? それが気がかりだった。
宗次は強い。生死をかけた戦いならともかく、たかが胸のバッジの奪い合いとなれば、何かの拍子にあっさり負けることだって大いにあり得る。
宗次とは3つ目の武器で闘おう、と約束はした。したものの、それを反故にして今攻撃に転じる可能性は大いにある。
「……かといって迷っててもしょうがないのよね。
今度は、正面突破。先手必勝で決めようかな」
ついに覚悟を決め教室の扉を、
「ぬん!!」
膂力で粉砕し、一息にぶち抜く。扉はくの字に折れ曲がり、窓を突き抜けて外界へ吹き飛んでいった。
教室におわすは――城壁のようなたくましさを感じる大男、イギルである。
「……え?」
ルスは狼狽する。
イギルは教室の中心で、どこから持ってきたのか、小豆色の座布団に正座していた。
彼の向かいには、同じような座布団がもう一つ――ある。
にこ……イギルが笑った。ぎこちない。そして彼はどうぞ、と手で座布団へ誘う。
「す……座ればいいんですか」
ルスもおそるおそる、同じように正座した。ブーツのままなので座り心地が悪い。
イギルはいったん閉じた目を、カッ!!と見開き、
「一分ください! その間にあなたを満足させましょう」
「はぁ。ところであなたからは全く魔力を感じないですが大丈夫ですか?」
「い、いきなり悲しくなることを言わんでください!」
取り乱したイギルにかまうことなく、ルスはルスでマイペースを貫き通す。
実戦ができないからこそ頭脳?で勝ちに行くとーーどうやらイギルはそうしたいらしい。
戦闘を主とする学園の生徒に許されない手法だったが、ルスも変化球には鷹揚なため、今回はそれに乗っかることにした。
「じゃ、一分計測しますね。うまくもてなしてくれなければ一撃でシトメマス」
「ちょいと、待ってくださいルス先生!
今教室に入ってきてこの座布団に座るまで15秒くらいありましたよね。
勘定に入れてくださいますよね」
「えぇえ~~……? そのせせこましさがすでに弱っちいんですけど」
「くださいますよね! ね!!」
「……わ、わかったわかりましたから、ちゃちゃっともてなしてくださいな!」
そんなこんなで、勘定すれば30秒。
さて残り30秒を、どう消化させてくれるのか。
イギルが制服のコートから取り出したのは――
「……水筒と湯飲み?」
ルスがいらいらしそうなほど、ゆっくりと開栓し、とぽとぽと注いでいく。
何のことはない煎茶のにおいが、鼻孔をくすぐった。
「何か入ってそうですね、睡眠薬とか」
「そんなことがあるものか! どうぞ安心してお飲みいただきたく!」
「はぁ……では」
ルスはちびちびと、水筒に口を付け飲んでいく。
ぷはー。
「………………ええと、ごちそうさまでした。で?」
「一分経ちました。俺の勝ちです」
そう告げるイギルは満面の笑みだった。ルスも思わず笑顔になり、
「ぶち殺していいですか?」
――一気にイギルの笑顔がしぼんでいき、
「……天気、いいですよね」
「はいそうですね」
「……ご趣味は?」
「パンチとキックを巨漢に浴びせることです」
「――ちょ、ちょっとまったわかった少し勝負を、」
手で少し体を浮かし、あわあわしっぱなしのイギルに、右足ブーツによる座り回し蹴りを炸裂させる。
靴がイギルの肉体をえぐり、「ぴ」とおかしな声を上げたイギルは、その体に似合わぬスピードで真横に吹き飛んだ。
それがまずかった。
「……あれ? 生身!?」
巨漢の後ろにあると思ったシールドは、とっくに制御されることなく転がっていた。
今の感触はたぶん、幻術によるものでもないと思う。
しかし、それが逆に問題だった。
「ちょっと、イギルくんどうしてシールドを装備してないんです!」
内臓破裂しているだろうイギルは、口から血を流しながら、うめく。
「……闘ってもないのに、シールドの扱いが下手でリタイアするのが恥ずかしいだけだ」
「いやいやいやそれにも関わらず参加し続ける方が恥ずかしいですって!!」
「……せ、せめてあんたを討ち取るぞ、先生」
よろめきながら、生まれたての子鹿のように足を震わせ、それでもイギルは立ち上がる。
ルスは、そのただならぬ覇気に圧され、思わず立ち上がって退く。
「俺に、魔術は向いてない……だから、ちょ、直接、格闘で……ぐ、はっ――」
でくの坊と表現する以外ないイギルは、どしゃっと倒れ伏した。
ルス、絶句。
「…………って、こっちに気を取られてる場合じゃ、」
もう一人、ないし二人の標的を思い出し、翻る。
巨大な獣――全獣化したバロットが、口を開いて襲ってきた。それを寸でで避け、廊下に一つ跳びで待避。
教室に存在した気配が、消えたーー今のは、幻術だろうか。
落ち着いて周りを見直してみれば、するとそこに――倒れたイギルが廊下一面に増殖していた。
「わっ、気持ち悪っ」
『いてえ……いでぇ……』『助げで……』『死ぬ……うぅ……』『折れたー! 折れたああっ』
見てるこっちがイヤになる幻術のトレースがさえずり、思わずルスも苦い顔になる。
ルスは迷い無く、衝撃波を発生させようとした――そこで、違和感を感じ取る。
飛び上がると、廊下の窓枠に捕まった。すでに窓のガラスは取り外され、そこにしゃがむルスの体半分は外にはみ出ている状態だ。
そして突如、廊下全体が黒く粘性の高そうな液体に満たされた。その液体は、底なし沼のようにぼこぼこと湧き上がってくる。
――宗次くんの攻撃だろうか。あの中に引きずり込むつもりか。いや、それともこれも幻術か?
「……む」
ルスはまたも違和感に襲われる。
ーー瞬きをすると、気がつけば廊下の中央に立っていた。底なし沼もとっくに消えていた。
つい今まで、窓にしゃがんだ状態でいたはずだ。
幻術の重ね掛け――自分がどこにいるか・方向や視界――果ては五感のすべてを麻痺させる高度な術である。
ルスは、もし仮に窓から手を離してしまっていても、幻術が高度であれば着地の痛みにすら気づかない可能性がある。
「バロットくん……参ったな、結構やりおる」
ここは、二つに一つ――
「横に、飛ぶ!」
自分の感覚を信じ、術の範囲外まで飛ぶのが最善と判断。思い切り足の筋肉をしならせ、脇に向かって跳躍した。
その途端、視界は一変した。
術の効果範囲から抜けられたのだ。教室の廊下は突然、空中に様変わりした。
「――って、こっち外かっ!」
だが――バトルフィールド外に向かうように跳んだルスは、間もなくラインを越えて脱落してしまう。なんとも間抜けな幕引きになってしまう。
ルスは両手を包むように握ると――
その中心から青白い光の球体が、ピンポン球ほどの大きさまで生成される。
ルスはその魔力球を、場外ライン側に向け、解き放った。
凝縮エネルギーが、球の外側へ向けて爆発を伴い発散、
――気を抜けば、粘膜のすべてが散りそうな衝撃波が身体を襲う。
ルスは体中を体を丸め、その衝撃波に押し返された。
服にさえ傷の付かないまま、再び廊下に転がり戻ってくることに成功した。
そこには、黒い刀を構える宗次が、対峙している。
「ようやく――来ましたねッ」
宗次が振りかぶってガラ空きの腹を殴りつけ――ようとしたところで、それをかわしさらに奥へ走る。
ルスは、何もない空間を勢いよくつかみ取った。
「――んがっ」
鈍い声がどこからか響く。だが、ルスの手には確かにふさふさした感触がある。
「私が戻ってくると思いませんでした?
幻術が雑になってますよ、バロットくん」
やがて、そこに刀を構えていた宗次の姿が消えるとともに、二足歩行の犬……っぽい狼が、姿を現した。
「うぐっ、く、首はつかむな! ペットじゃねえぞっ」
ぱっと手を離すとバロットは迷わず走り出し、一歩でも遠くルスから離れようとする。
ルスはそこで、肩をすくめた。
「――一分、経っちゃいましたよ。あなたの術全般が見抜けない私も、バカでした」
バロットの緊張は、そこでふっと溶けるように消え、どっと廊下に倒れ込んでしまった。
「……殺されるかと思ったぜ」
「バロットくん、ところでどうして宗次くんの幻術を私に見せたんですか」
「あんたは師匠にご執心ぽかったかンな。
そういう幻術をやれとの指示を師匠から受けたワケだ。
師匠が一緒には闘えねぇっつーから、やられねぇ方法はこれしかなかったんだわ。
……チクショー、師匠には失望したぜっ」
「ふうん。では次に抽選されるときは確実に宗次くんはいない、ということですね」
「――お、オイッ! 次なんてあんのか!?」
「当たり前です。一度大丈夫だったから合格!な~んてことは認められませんもの?」
「フザケンナっ!
てめっ、オレのとっておきの戦法がバレちまったじゃねーーか!」
「ペラペラ言ってきたのはそっちですけどね? まあ、当面はそこの――」
「ぐぅぅううううおおおお……」とうめきながら倒れているイギルを指さし、
「大男くんを介抱してください。内蔵が潰れてるはずです。
あ、シールドを展開できていないのでイギルくんは失格ですから。
次突っかかってきたら、おなかに風穴開けちゃいますからね」
「なんでオレが」
「あなたパートナーでしょうが」
ルスは時計をちらりと確認した。
……そろそろ頃合いかな。
「バロットくん、あなたは宗次くんに失望した、と言いましたが」
「んあ?」
デバイスの画面を開き、3Dマップを見る。
やはり、彼はまだいた。
「彼ほど仲間思いな子は、そういませんよ?」
マップの点滅が近くで一つ。場所は真上だ。
いつそこからルスの闘う下の階へ来るかと待っていたが、ルスの予想は結局外れてしまった。
ルスは窓にひらりと飛び乗り――そこからためらいなく、ほぼ垂直に飛び上がる。
「ほっ」上階の窓枠を掴むと、ルスの握力でフレームがゆがんだ。そんなことは気にもせず、もう片手でまたもフレームを潰す。
上階に登ったルスを待ち受けていたのは、険しい顔を隠さない逢坂宗次だった。




