大打撃
ルスが突然襲来したことに対し、宗次は別段驚いた様子もなかった。予定調和、とでも言いたいのだろう。
だからこそ、ルスも自然を装うように手を振った。
「ハロー? バロットくんたちが心配でここにいらしたんですか?」
「あなたの実力を知るためにいただけです」
「またまたー。素直じゃないんですから。どうせ無駄な入れ知恵全部、あなたのアドバイスでしょう?」
「イギル先輩のは違う――!」
そこだけは気持ち強めに宗次は否定した。あれを自分の作戦と言われるのは恥ずかしいのだろう。
ルスは、対峙した宗次と向かい合う。
目の前に、りりしく整った、クールな顔が自分をにらみつけている。
……好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。
やっぱり、大好きだ!
「……はーーー……」
ルスはいったん深呼吸をして、このどうしようもない愛しい気持ちを押さえつける。
しかし、気持ちが顔に出てしまっていたのだろう、宗次が苦い顔で聞く。
「ルス先生、どうしてあなたは笑っているんですか」
「……え!? そ、そう見えますか?」
表情は冷静沈着大和撫子お手本教師のつもりだったが。
ルスは自分の顔をぺたぺたさわる。と、確かに口角がつり上がっていた。
無意識のうちに――いや、気を付けていたにも関わらずルスは笑っていた。
「それは、まあ、宗次くんとまみえるのがおもしろいからですよ?
きゃー! 言っちゃったー!」
素直な気持ちを、少しおどけて言ってみると、宗次の顔がまたもこわばる。
そんな顔もかわいいんだよなぁと、甘いため息をつきながら思った。
そのためか、口がオイルでも塗りたくったかのように、つい滑りまくる。
「そう、いわば愛のこもった一撃を与えられると言いますか――
ラブラブアタックをこれからあなたにぶつけられますというか……あははー」
「あなたに好かれる理由がない」
「あなたにとってはそうですね。でも私は好く理由があります」
「……あなたは」
ルスは、その一言を聞いたら腕ならしに2、3発宗次に叩き込んでみよう――と決めた、そのとき。
宗次は嫌悪感丸出しに、
「気持ち悪い」
――動きだそうとする足に、待ったがかかった。
「ま……まあ、そうですね。褒め言葉と受け取っておきましょー」
……攻撃を仕掛けるタイミングがズレるほど、動揺した。
なかなかに、いやかなりショックだが、宗次がルスへ向けてくれる言葉は何でも嬉しくて仕方がない。
――そう、私は今生きている彼と拳を交えて戦える。それがとてつもなく幸せなのだ。
そう思っていた……今この瞬間までは。
「それにあなたは」
「え、……ま、まだ何か??」
宗次から言葉の追撃が、
「暴力的で、何考えているのかわからない。不愉快だ」
――来た。
それも、連撃で。
「男の部屋に勝手に来るのも無神経だし、鴇弥にはネチネチしてやり口が陰湿だ。
そういう笑顔を振りまいて、本心ではさて何を考えているんだか、まったく。
なぜ俺に近づくんですか。変質者ですか。いっそもう教師やめたほうがいいですよ。
というかよく先生でいられますよね。不思議です。通報したい。おぞましいです、あぁ気分が悪い」
とどめに、おえっと吐くような素振りまで見せられたルスは、
「……そ」
とその声がふるふると震え、
「そ、そ、そそそこまで言うことないじゃないですかぁ!
どんな気持ちで私がここまできたかわかって……わ……ひぐ、」
あまりに突然のショック連発で、涙も出ないうちにしゃくりあげてしまう。
ルスの自制心のブレーキが、どんどんガタガタになっていく。
「ええ、ええ。どーせ私は気持ち悪いですよ? ごめんなさいね、あなたのガールフレンドの鴇弥さんを傷つけちゃって。さぞくやしいですよね! イラついてますよね!」
ガールフレンド、という単語に思わず宗次は動揺し、
「ガっ……そんな関係じゃありません!」
「でも好きでしょ! どうせ付き合いたいとかあわよくばみたいな、そういうろくでもないこと四六時中思ってるんでしょ!?」
「待ってください、話が逸れて――」
「何も逸れてません! でも彼女が大切だからとかそういう無駄にカッコつけた正義感みたいなものも持ってて、結局手を出さない! やーいやーいこのヘタレ、ちんちん腐ってるんじゃないですか!」
「……下品だっ、それにそんなに仲良くなってない!」
「これから仲良くなりますもん!!」
「そんなのわからないだろ!」
「わかりますよーっっっっだ!!」
「………………」
「な、なんでいきなりそんなに冷たい目で見やがるんですか!
喧嘩を売ってきたのはそっちのくせに!」
宗次は、無言で指を差す――その方向には、ふよふよと空中を浮いている、高機動カメラがあった。
「~~~~……」
ルスはその意味を悟った瞬間、顔が熱くなるのを感じ、ごまかすようにごほんごほんと咳払いした。
「……わ、私ごとき倒せないようでは、アレ(デビル)を殺すなんて、夢のまた夢です。
わかっているんですか。それともその人をナメるクセが抜けきっていないんですか」
一応、誰が聞いているかわからないのでデビルという単語は出さないが。
そう配慮するだけで精一杯だった。
ルスの心臓がずっとバクバクしている。動揺しておかしくなりそうだ。いくらなんでも現時点でここまで嫌われたのは、予想をはるかに越えてしまっていた。
心のダムが彼の嫌悪という爆流によって、決壊しそうになる。
「別に軽く見ているわけじゃない。
冷静にならなければ、死ぬかもしれない。それだけだ」
「………………」
冷静さを欠いたまま何も言い返せなくなってしまったルスに、宗次はかまわず言葉を紡いだ。
宗次には、思った以上にダメージが及んでいることはわからないのだろう。
「……いいえ、ナメてます」
やっと、返すべき言葉をぶつけ返してやる。
――こちらもようやく準備が整ったのだ。
「じゃなきゃ宗次くん、さすがにそのルーンに気づいているはず、ですから」
宗次の足下に、青白い光が展開される。聖術の輝きに驚きの表情を浮かべた宗次はーー
一瞬のうちに、脱出する暇もなく、輝く光とともに消えてしまった。
「では、次は三つ目の武器で闘いましょう。それまで少し、大人しくしていてくださいね」
と、もう聞こえない場所に行ってしまった宗次に捨てぜりふその1を吐き。
ぐらりと体を揺らし、力なくしゃがみ込んで、捨てぜりふその2を吐いた。
「…………ばーか……ばーか…………」
間違いない。ルスにとって、今日一番の大ダメージだった。
「なんで、宗次くん、あんな――あんなひどいこと言うのよう」
後になって、じわじわと涙が染み出してきた。それが頬を流れてしまわぬよう、衣服でごしごしと目をこする。
「……はぁ~~~~」
ため息をついて、立ち上がる。
その瞳の端で捉えたのは生徒会長が用意した3台の高機動カメラだった。
「何よ、映さないでくださいよ。今は傷心中で……」
……しばし、沈黙。
「………………もしや――!!」
宗次の“口撃”の理由がピンと来た瞬間、ルスは怒りにまかせ一つ、それを殴って破壊した。
宗次を仕向けて、悪口を言わせてルスの出方を見る。
――こんなくだらなくていやらしいことを考えるの、会長しかいないんじゃないか。
▽ △ △▽ △ △
△ ▽ ▽△ ▽ ▽
一方、生徒会室。
「まあ、バレるわよね」
と、壊されたカメラを気にするでもなく言ったのは、ソファに深く腰掛けた生徒会長皐月。
そしてそれをそばで唾棄するように見下ろす副会長吾方は、
「最低ですね、逢坂を使ってカマかけるなんて」
「えへへ」
「褒めてねえよ」
皐月は安物のカップアイスを食べながらくつろいでいた。それが不服か、吾方は鼻を鳴らして確認する。
「今の痴態、誓って全校生徒に晒してないでしょうね」
「うん、音声はちゃんと切っているので大丈夫♪」
「映像は残ってるけどな……。とにかく獅子をこれ以上怒らせて、我々にメリットはありません。
イベント基準の20組はもうすでに割り込んでいます」
「私にはメリットがあるからそれでいいのよ。
それに20組はあくまで基準。どこまでも基準でしかないのよー。
だったらいっそ、3組まで先生が減らしてあげちゃえばいいんじゃないかな。トーナメントする手間もはぶけるジャン」
「……僕はこのイベントを終了すらしていいと思いますが。
さすがに、残り3組になったらあなたの権限で強制終了してください。
あと、話は変わりますが――そろそろ話してくださってもいいんじゃないですか」
「んんんー? ふぁにをー?」
「チッ!」
最後の一口をほおばりながら聞き返した皐月に、吾方は露骨に舌打ちをした後、
「ルス先生の正体がなんなのか、です」
「もぐもぐ……ごくん。
――そんなの教えられるわけないっしょ。下手すりゃちみ、変な組織とかに狙われて死んじゃうかもしれないしさ。私、部下の命は大切にしたいので」
「では、あなたは真実にたどりついたと?」
「いいえ。こっちで調査した事実を先生の言うとおりに受け取ろうとしたら、かえって謎めいちゃってさ。正常な判断ができないところなのですヨ。
さーて、と」
カップアイスを、見事にゴミ箱にシュートし、ゴールを決めた。
「わおゴール。さすが私!
では明智クン。私はさらなる真実を追いに行ってくるのでここは頼んだぞい」
ぽんぽん、と吾方の肩を叩いた皐月は出口へ向かう。
当然、職責を忘れ無断で持ち場を離れるクソ上司を引き留めようとしたが、
「ちょっとどこに――」と吾方が言い切るより速く、皐月はすでにどこかへ消えていた。部屋の扉は閉まったまま、物音一つ立てずに。
きっと、宗次が転送された先を探しに行ったに違いない。
吾方には「あのバカガキが」とため息をつくぐらいしかできなかった。
そんなとき。突然、チャイムが鳴った。
高機動カメラの映像は、旧棟・大講堂で簡易放送マイクに向かってしゃべろうとするルスを映している。簡易放送の設備は大講堂破壊後に交換されたようだ。
『あーあー――今現在の時刻、1230をまわりましたー。
えー、みなさんにお知らせがあります。
あまりにも生徒さんの減りが早いので、イベントの時間は17時までに変更しました。
ですので残ったみなさんは、もうちょっとがんばってくださいねー』
ティアンスたちは、きっとこんな予想外の怪物の出現にくやしさを覚えていることだろう。
「本当に、何者なんだ」
その答えにはいくら吾方が考えても、たどり着きそうになかった。
ルスは『それとですね』と前置きし、
『ちょーっと時間は早いですが、もう二つ目の武器にいってしまいましょう。
一名とびきり幸運な方に、私の二つ目の武器を先取りでお見せしちゃいましょう!
初回大サービスです♪』
先ほどの痴話喧嘩もどきからテンションはやや復活したようだ。
『で、その次の攻撃は1名様とのバトルから1時間後。
先生はその間に休憩してますので、できれば攻撃しないでくださいね。
それでは、とびきり幸運な方を紹介しちゃいます、な、な、なんとこの方でーす!』
吾方のデバイスに着信が入る。生徒会役員も抽選者のメールが届くようになっているのだ。
その本文には、ただ一人の名前が記されているだけだった。
“ 鴇弥 名織 ”




