イベント前夜
宗次は寮のベッドに座りながら、デバイスの画面を眺めていた。
三人はこの前の部屋を修繕にお願いし、別の居室へと移ってきていた。
宗次が眺めているのはいよいよ明日に差し迫ったイベントの、参加者リスト。スクロールさせると、そこには
エントリーNo.37
逢坂宗次 & 鴇弥名織
――俺の名前が彼女の隣にある。
ただ文字が連なっているだけなのに、ドキドキするのはどうしてだろう。
こんなこと、まるで奇跡としか言えない。それがいいことか悪いことか、宗次にはわからない。
いや、わからなくなってきたと言った方がいいだろうか。
きっとダメなんだ。けれど……その事実に甘んじてしまう。その先を甘んじた先を考えたいとも思わない。
そのかわり、彼女を守る。無条件で何も考えることなく、彼女を危機から救うことを最優先しなければならない――その決意はすでにある。
……ふと宗次はリストを眺めていると、別のペアが目に入った。
エントリーNo.88 ルーファ・カバージ オルタ・トラギヌス
「ルーファ……」
以前、宗次を襲ったディバイドだ。その隣の人物は知らない。ただ、一学年のディバイドにはいなかった気がする。
単なるデバイスの文字情報ではオルタ・トラギヌスがディバイドかティアンスかさえ知り得ない。
「オルタ・トラギヌスはティアンスだ」
耳元で野太い声がして、宗次は即座に身を引いた。
見れば、その位置に黒い岩石のようなモノがいた。身近なしゃべる岩石と言えば、ルームメイトであり宗次の五学年上である上級生、コリガ・ドートック・イギルであろう。
この岩石男が教師・ルスのような美を兼ね備えた人物と同じオーガ種族とは、つゆほども覚えられない。
「む、逢坂よなんだ。失礼なことを考えているようなツラだな」
「……いきなり現れるからです」
「ふん、お前がどれくらいすごいのかいつもテストしているんだ、俺は。自警部では序列も上だしな。……うん、上だ、上なんだ俺は」
なぜか最後のほうは自分に言い聞かせるような口調になっていた。
「逢坂も知っていると思うが、ディバイドのみの組はどこの学年でも参加可能なんだ。
ティアンスとペアを組むお前は、ティアンスとペアを組むお前は関係ないだろうがな!」
「どうして二回、」
「そしてだ! 俺はこいつと組むことにした」
イギルは仰向けで漫画を読みふけっていたバロットの肩に手を置いた。
ジャージから、最近生えてきたしっぽをフリフリと振っていた毛むくじゃら状態のバロットは、イギルにそうされるなりそのしっぽを萎えさせる。
「センパイ、暑苦しっス。
あとホントにイギルセンパイ大丈夫なんスかァ~?」
バロットは基本、物言いは誰に対しても失礼だ。
「ふん、実戦闘経験に長けた俺がいるんだ、問題はない」
「どうかなァ~? むしろオレはイギルっちセンパイのほうが心配だゼ。
ちゃんとオレ様について来れんのォ~?」
ビーフジャーキーをはみはみとかみながらバロットは挑発して、
「あぁあ!? なんだとこのクソ犬っ」
イギルも安易に挑発に乗っかった。
「あ!? イヌじゃねえよ狼だよ!! だいたいあんまトーナメントとか乗り気じゃなかったんだよこの置物ゴリラ!」
「置物だと!? 俺を置物のように観賞するしか役のないクズと言ったわけか!?」
ゴリラであることは認めるらしい。
「まあ置物だったらまだよかったスけどね~~?」
そして何故か、あきれるほど簡単にキレる。ぐぬぬぬ、と両者はにらみ合い、その末に二つの視線の矛先は、冷めた視線を送っていた宗次に突然向けられた。
「ていうか、何で師匠は俺に黙ってあの鴇弥とかいう女のコと組んでるんスか! あんまりでしょ!」
「どうして俺らじゃないんだこの大バカ者め!!!」
「………………別に、個人の自由です」
なんと言って良いかもわからず、宗次はそっぽを向いた。イギルはそこに目ざとくも反応。
「あっ今赤くなったか、ほら顔の頬が!」
「なっていません」
「ほら耳も!」
「なっていません」
「別に恥ずかしいことじゃない、認めたらどうだ」
「なってないと、言っている」
三者はくだらない理由で視線を交わし、やがて誰ともなくため息をついた。
イギルは眉間を摘むようにして、反省する。
「……すまない、些細なことに血が上っていた。
とにかく俺はこのイベントでルス先生に勝つ。そして彼女にお近づきになる」
「あ!? おいアンタ、愛しの生徒会長殿はどうなったワケよ」
明らかに今までの姿勢に反することを言いのけたイギルに、バロットが指摘してやる。するとイギルは一転して人を小馬鹿にするように、
「……生徒会長ォおおお~~~? はて誰だったか、思い出せんなあそんな人は」
宗次とバロットが冷たい視線をシラ~っと送れば、
「……ええいやめろその目を!!
どうせ俺は会長の手のひらで踊らされて終わる!! ならば、こちらから捨てるまでよ!
逢坂! モテないんだよお前と違って! いいよなぁお前はハーレムで!!」
「……ハーレムってなんですか?」
残念ながら、幼少から今までに聞いたことがないフレーズだった。
イギルはがくっと肩を落とし、
「ようはモテモテということだ」
………………モテモテ?
「どこがです」
「だってそうじゃないかっ。
同じ自警部員とはペアを組むし、部長には一目置かれるし。
生徒会長にいたってはベタ褒めだ! ええおい、嫉妬の一つや二つ許せくそう!」
「一目置かれた覚えがないし、ベタ褒めもされた記憶はありません」
「黙れこれは俺の客観的な視点からの意見だ!
とにかく!
これでルス先生とも仲良くなってみろ、俺の立場を最大限に利用して全力で指導してやる!! いいな!」
ものすごいパワーハラスメント宣言をされてしまった。しかもイギルはどさくさにその勢いに任せ、
「さあ、逢坂! 俺を強くしろ。そこのバロットにやったように! できるんだろ!?」
イギルは部屋が術によって襲われた際、しっかりと意識を取り戻し、変身後のバロットを見ている。
「嫌です」
「なぜこの毛むくじゃらがよくて俺はダメなんだあんまりだろ!!」
宗次は「はぁああああン!?」とまたキレようとする狼を無視し、
「……じゃあ手を出してください」
「ん!」
似合わない笑顔でイギルは手をさしのべ、宗次は観念してそれを握る。ごつごつして少し冷たい手だった。
「……送ります」
宗次は、少し力んで体内の瘴気を少し、イギルへ――
「――うぷっっ」
すぐさま手を放したイギルは、顔を青くしてどたどたと走りながら、洗面台へと直行した。
そして。
「……おげえええええっへ!! ぎざま、なにをぉおおお……」
「バロットにやった瘴気の10分の1もありませんが?」
「う、うぞ、だ……ぐぷっ」
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
それから30分が経過した。イギルは熱を出してしまい、ぐったりして自分の寝床に伏している。
「ったく、とんでもないアホですね、師匠!」
「………………」
バロットの煽りに特段反論もせず、イギルはこちらと反対に体を向けていた。
まあ、しょうがないのだろうが。
そりゃ、小生意気な一年坊主どもが自分の能力を遙かに超えていれば、顔を向けたくないのもわかる話である。
――オーガ。日本語表記で巨鬼種と呼ばれる彼らの身体は、巨人と見まごうほどの大きさの個体もいた。
イギルなんか、魔界に比べればまだまだ幼子同じくらいと言って良い。
それが世に露出するのは、対外人種差別を助長させかねないほどにリスキーであり、おいそれとやっていいものではない。
そういう意味ではイギルが瘴気に対する耐性がないことに、宗次は内心で安心した。
「……………………おい……が」
「……ん?」
バロットはすでにイギルを気にかけるのをやめ、テレビに夢中だった。
よって、そのつぶやきが聞こえたのは宗次だけだった。宗次はイギルのベッドに近づき、耳を澄ます。
「……女のにおいがする……おい逢坂……ベランダを、見てこい」
消え入りそうな声でそんなことを言う。
宗次は冷静に「こいつは何言っているんだろう」と内心完全に見下し、しばらく考え、一つため息をついた。
「見てくればいいんですね。報告後、寝てください」
宗次は立ち上がり、リビングへ行くと閉めていたベランダのカーテンを開ける。
シャッ
……カーテンを開けると、目が合った。
にこっ、と宗次はかわいらしい笑顔を返され、
シャッ
カーテンを閉めた。迷いはない。
「……誰もいませんでした」
「……おかしいな……鼻が……鈍ったか……」
「そうですね。では、お休みなさい」
宗次はイギルから離れ、廊下に出るとデバイスを取り出す。
そのタイミングを予知していたかのように、着信がデバイスに届いた。
「はい、もしもし」
『――あのう、なんで無視したんでしょうかねぇ』
「……入り口をお間違えです」
指摘してやったが、電話の向こうはのほほんとしていた。
『イベント前にはその参加者たちとの接触を出来るだけ禁止されちゃうんですよ。不正防止ですね、生徒会さんはちゃんとしてますね』
「その通りです、俺と……いや、俺たちと関わることは俺たちにとっても不都合です。すぐに帰ってください」
「え? 嫌ですけど」
「…………」
宗次はとてつもない胸のむかつきを覚えた。
同居人二人がよそ見しているのを良いことに、宗次はカーテンを閉めたままベランダへの扉を開けて、涼むフリをする。
ベランダの扉をしっかり閉めると、
「えへ、来ちゃいました」
『えへ、来ちゃいました』
肉声と電話音声が両方耳に入る。宗次はデバイスをそっと閉じて、
「……どうしてルス先生がここにいるんですか」
「どうして、ですか? 来たいから来るのではいけませんか?」
まるで、いたずらみたいにルスはそう聞き返してきた。しかもルスは宗次の返事もお構いなしに、
「いやあ、イギルさんは女性のにおいをかぎ分けられると以前聞いたことがあるのであなたが出てくださって助かりました」
今のルスの格好はいつもの教職姿とは違い、地味な柄のジャージだった。宗次の目線にルスは鋭く反応、得意げにくるんと回ってみせる。
「こういう少し芋臭いジャージ姿が一番いいんです。……いいですよね? 萌えません?」
モエルってなんだろう、と思いつつ、
「はぐらかさないでください。どうしてここへ?」
ルスは少しだけ観念したように言った。
「……実はですね 忠告しに来ました」
宗次は身構える。
――イベントに出たら命の保証がない、ということか?
では、この人は集社の手先か。
そんな予想を打ち出す宗次に、その心を読んでいたかのようにルスは笑った。
「あ、といってもイベントのことではないですよ。
私の忠告はズバリ入学理由。宗次クン、あなたは悪魔種を倒すんですよね?」
「……何故それを知って――!」
「し! 静かにしてください、他の方にバレてしまいますよ? まあ別にいいですけど。
お二人はボコボコにして口を割らせないようにすればいいだけですからねっ……なんちゃって。
あ、嘘ですよ? 本気にしないでくださいね?」
「それより、俺の事情を知っているんですか」
ルスはおふざけに全く取り合わない宗次に「ちぇー、真面目だなぁ逢坂クンは」とぶーたれて、
「ええ。宗次くんがデビルを倒す目的はかたき討ちですよね。自分の二人の父親を殺されたがための」
………………
二人の父親。これは学園側には提供していない情報だ。知っているのは生徒会長の皐月と名織――だけのはず。
宗次は、一気に体を緊張させる。この女は何者なのか。
「私はそのデビルを倒すことが、いかに無意味かを説明しに来たんです。
あなたの父親二人は、あなたに復讐を望んだのですか?」
宗次は答える必要がない。だから、答えない。
ルスはしかし「答えは必要ない」とでも言いたげに話を進める。
「それはあなたの自己満足です。もう、デビルによる悲劇が起こさないように、なんて考えていても結局はそうでしょう。
あなたが魔界へと行く理由となった悪魔点はデビルが作り出した異空間転送術――というのはただの迷信とも言われていますよ?」
「では先生、悪魔点のクレーターに術痕が刻まれているのに、誰の手も加えられていない自然発生物とでも言いたいんですか」
そう、悪魔点には意図的な術式印が刻まれている。それも、聖術で発する類のモノでは決してない形、論理式で形成されている。
ルスは、その疑問については取り合わず、
「デビルを刺激することは、この世界に大きな痛手を与えます。
それに、デビルは一体ではないんですよ? 慎重に殺っていってもあなたの敵討ちに繋がる確率は低いでしょう」
“デビルは一体ではない”――。
そんな話、聞いたことがない。
「…………いったいどこでその情報を」
「あなたは、デビルと戦争して何百万という人たちの命がそれによって散ったとして、平気でいられる強い心をお持ちですか?
家族と家族が離ればなれになる。そんな悲劇をあなたは生み出すつもりですか?」
「…………あんたは、なんなんだ」
彼女への回答が浮かばない。
自分はその悲劇を生み出してしまう可能性があると、わかっているからだ。
「宗次くん、私の質問に答えてください」
「……じゃあ俺の質問にも答えるべきだ。誰なんだ、あなたは」
ルスはその問いに、悩むそぶりを見せる。
「ふむ、私の正体を聞きたいわけですか。じゃあ一つ、勝負をしませんか」
「……勝負?」
「イベントでは、私の“三つ目の武器”で勝負をしてください。
そのときに、私のバッジを奪うことができたら……私はもうちょっかいを出しません。スリーサイズも誕生日も正体もバンバン教えちゃいます。
その変わりに、私があなたの組のバッジを奪えたら、魔界行きをやめてください。
……いいえ、絶対に断念させます」
「俺に、トップクラフトにはなるなと言いたいんですか」
「トップクラフトになるのはかまいませんよ。魔界を目指すなと言っているだけです」
薄笑いではぐらかすルスに対し宗次は、
「これだけは教えてください。どうして俺のことを知っているんですか」
「それはもう、あなたのことが好きですから」
何のためらいもなくそう言って、少しだけ動揺する宗次に構わず続ける。
「私は、集社だの何だのといったきな臭い組織に属しているわけじゃないですよ。
私はあなたを知っています。けれど、あなたは私のことはほとんど知らない。
ただ私は、あなたが心配だからここまで来ただけですよ。
私もそれはそれは込み入った事情を抱えているもので」
ここまで、来た? どういうことだとは思ったが、それより聞くべきことがある。
「俺とあなたは……どこかで会ったことがあるんですか」
「まあざっくり言うとそんなところですね。
私はとっても遠いところから来ました。そこであなたと一緒にいたことがあります。思い出せませんか?
私のこと――先手を打っておきましょう、あなたが子供の時ではないですよ」
ルスは歩み寄り、宗次の手をそっと掴んできた。
月の光がルスの唇を優しく照らす。
潤んだ瞳。少し火照ったようなルスの顔。夜風になびくサラサラの黒髪。まるで、幻想的に魅了するような美しさだった。
「宗次くん。何も思い出すようなことはありませんか?」
「――っ」
宗次は胸の鼓動が激しくなり、反射的にルスを払いのけた。ルスはやっぱり余裕そうに笑っていた。
「な~んて。あなたが知らないのも、無理はないかもしれません。だって私は……」
人差し指を唇に当てると、
「続きは私に勝ってからです、宗次くん。
私は本気でやります。油断してると腕か足のどちらか片方は無くしちゃうかもですので、お気をつけて」
ルスはベランダを越えるとそのまま下に落ち、宗次の視界からもあっという間に消えてしまった。
……遠いところ……たとえばそれは、魔界。
宗次には、その一択しかないはずだ。
「まさか――そんな」
……明日の目的は、名織を守りルスに勝つこと。
しかしその勝算は未知数だった。




