不穏な動き
宗次たちはほのりと分かれると、そのまま生徒会室へと向かった。
訪問理由は、宗次と名織、二人とも生徒会長である皐月に呼び出しを受けたためだ。
「……から、ざけん…………っ!………………っつーの…………」
扉の奥から、何か穏やかでない叫び声が漏れ聞こえてくる。
怪訝に思いながらも、宗次はそっと扉を開ける。すると、そこには――
「だから! いくらかいちょーさんだからってそれはプライバシーの侵害! 単なる横暴!
人権の……ほらえっとうんたらかんたらがあンだろーがよ!!」
制服から覗くのは薄く青みがかった白の体毛。二つの足で立ちながら、手は動物の前足に近い。
その生き物は扉の音に獣耳をぴくりと反応させると、顔を生徒会長の皐月から、こちらへと向ける。
「あっ師匠! 聞いてくだせぇよこの女ったらもうひどいのなんのって! 師匠からも言ってくれ!!」
鼻先も顔の作りも獣のそれにだいぶ近づいているその男の名は、バロットと言う。
宗次の力に心酔し、最近は師匠と崇めるレベルにまで達したディバイドだ。
バロットは肉球の発達した指を生徒会長の皐月に指しながら、
「夕方の五時にゃ寮から出るなって言ってくるんですぜこのネーチャン!
ひどいッスよね! 師匠からも言ってやってくださいよォ!」
「……適切な判断だと思う」
「ねー、敷地内に迷い込んできた犬だと思われちゃうわよ。保健所で処分されちゃうわよ」
「私も妥当だと思います」
宗次に皐月、果ては名織にまでいさめられたバロットは、
「あぁもううるせぇうるせぇうるせぇぞ!!
オレがどんな行動を取ろうが関係ねぇだろ!? え!?
だいたい猫先生だってオレと同じ動物の見てくれじゃねぇか! そこんとこどうなんだっての!」
皐月はそこへの反論材料は用意しているとばかりに、大仰なため息。
「……実際、ヘンな奴らにマークされてるのも事実なんでしょ? さっき自分で言ったこと忘れたの?」
「うっ」
「だいたいキミね、肉体の治癒術だっけ、それ出来るんでしょ?
人によってはのどから手が出るほど欲しい“実験体”になり得るだろうし、死にたくなきゃ諦めるしかないんじゃないの?」
バロットの“力”について、宗次は皐月に洗いざらい話してある。それについて、誰かに尾けられているらしいことも、宗次はバロットから相談を受けていた。
「ううっ……でも、だってよぉ」
「はいはい。ちゃんとした言い訳が言えるようになったら聞いてあげるから。じゃ、狼クンはバイバイ♪」
「…………ちっ」
手をひらひらと振る皐月に舌打ちをしたバロットは、そのままどっかりと、会長の正面に腰を下ろす。
「なんか気に食わねぇから、撤回してくれるまでこっから動かねぇかんな! ゼッタイ!!」
「うん、別にいいけど?」
「へ?」
皐月が小さくつぶやくように何か唱えると、光の格子が突如、地面を貫くように、バロットを囲んでそそり立つ。
光の格子から青色の薄い空気膜が張られ、
「お、おい――……!!!……!!……!……!……!」
バロットは、簡易な聖術の中に閉じこめられてしまった。なにやら講義のようなことを叫んで空気膜を破壊しようとしてはいるが、こちらにはその音も声も、届かない。
皐月はブロンドの髪をさらりとなびかせると、満足げにうなずいた。
「さてさて♪ これからは、みんなで内緒の話をするからね、ちょっとうるさいから檻の中で黙ってもらいました!」
皐月はビシッと宗次に敬礼して、
「さあ宗次になおりん!! 本日は狼ちゃんも保護しなきゃいけないし、キミたちもどうにかしなくちゃいけないし、
どうしたら先日の騒動で残した爪痕を処置するかのご提案をするためにお呼びしたであります!!」
「その件については……すみませ、」
「やや! 謝ることはないのだよそーじ! ははは!
むしろどうやって別組織のネズミをおびき出そうかって考えるのは、どんな遊びよりも楽しいからね! えへ♪」
謝ろうとする宗次を遮っては一笑に付す。
名織が「……歪んでる」とつぶやいたのを皐月はさらっと無視すると、
「ふふ。宗次だけでもいいけど二人はバディ関係だからね。名織にも話しておくわね。
宗次、キミが潜在的イリーガル――つまり犯罪者予備軍だからと、排除されようとしてる件について」
「……これは生徒会に迷惑をかけるわけにはいきません、俺自身の問題です」
「何を言ってんのさ、宗次。これはキミだけの問題じゃないよん。
学園の規律を乱す――もとい、犯罪行為は許さない。
たとえ相手がどんなに崇高な思想を掲げていたとしても学校のルールにそぐわなきゃ意味ないのよ。だから犯罪者は狩る。治安維持の義務が生徒会にはあるわけ。
ところで二人とも、これを見て欲しいんだけど」
皐月は指をこすると、S・デバイスを起動させる。微細に振動する白いリング状の波動が足下に出現した。
皐月はデバイスを使い、壁に映像を投影した。
その映像には写真が二つ映し出される。一つは、薄暗い路地にびっしりと張り巡らされた術式印。
その隣には黒いぶつぶつがより合わさった、悪性腫瘍のようなもの。
「集社の幹部らしき人物がね、地下街区域で不穏な行動を取っているという情報が入っているのよね。
もともときな臭いヤツらだからあそこに居ても別に不思議じゃないんだけど。
問題はこの写真――地下街区域で見つけた“連鎖毒”という名のルーンよ。
空気中の小さな毒性物質を集積して、このルーンのそばに漂うの。
毒性物質はその中で攪拌し、成長していく……それだけならまだいいけど、このルーンに意図的に大量の毒物を入れてやると、どうなるか――」
突然、画像の腫瘍が動き出す。黒いぶつぶつがぼこぼこと泡を発生させ、みるみるうちに、ぶどうのように膨れあがっていく。
「爆発的に成長していき、手に負えないほどの毒の固まりが形成されるということ。
昔から禁術指定を受けている魔術だってことは、知ってたかな?」
名織は少し、緊張した面持ちで声を絞り出す。
「……誰かを大量に殺す、そんな目的しかないですよね、こんなのって。
私は、こんなことしてる組織に身を置いていたの……?」
さすがに、信じられないという面持ちで名織は映像に釘付けになる。
「……集社は、やめたのか?」
と控えめに聞いた宗次に、名織は少し憤慨した様子で「もちろん!」と声を荒げた。
ディバイド参画集社。ディバイドの地位向上を目指している団体。その実、裏ではきな臭い、よからぬことを企んでいる。
「……話戻すよ。今見せたモノが宗次襲撃の件と何か関係あるかはわかんないけどさ。
そういうヤツらに狙われてるってことだけしっかりと理解してね、二人とも。
この学園にだって、すでに多数の人物が関わっている。
もっとも、今まで地下街区域に見て見ぬ振りをしてきた警察が改めて何かをするとは思えないし、自分の身は自分で守っちゃって」
そう、そんなだからこそ今でも地下街区域は魔術犯罪者であふれかえっているのだ。
皐月は「あ」と思い出したように、宗次を向いて、
「そうそう、キミを襲った賢鳥種のルーファって子。
証拠不十分で処分出来てないから」
「……?」
「私たち生徒会でも、キミ一人の証言だけで個人の裁く権利は発生しないのよ。自警部部長のちびっ子にルーファの事件関与の証拠を見つけてもらうようにはしてるんだけど、全く進展なっしんぐ。
ほかにも証拠不十分でしょっぴけない生徒たちがいる。
それは、ごめんだけど悪く思わないで。もう少し泳がせてあぶり出すわ。それまでは耐えてもらうから、そのつもりでね」
宗次の彼女にやられた証言は、すでに皐月に申告していたが、それだけでは状況は変わらないらしい。
皐月はお得意のごまかしウインクをピン☆と宗次に送った。
「……会長は」
「ん、どうしてそんなに可愛いのって?」
どこか緊張感の抜け落ちた皐月に、宗次は真面目な視線を送りつける。
「ルス先生のことです。会長はどこまであの人を知っているんですか?」
「んぇ? 全然他人だけどそれがどったの?」
あたしなんにも知りませーん、といった感じで薄笑いしながら肩をすくめる。人をバカにしているのか。
「じゃあどうしてあの人をイベントに参加させたんですか」
「そりゃあ彼女の実力を知りたいし、甲冑兵装を見てみたいから。そんだけよ。
宗次は甲冑兵装って知ってるんだっけ?
帰国子女ならぬ帰界子女だからね! なんちゃって!」
「わぁ、デリカシーない……!」
ちょいちょいと失礼を挟んでくる皐月に、名織もドンビキしたところで。
トントンとノックがされたかと思えば、すかさず台車と共に人が入ってきた。
「会長。会長宛に荷物が届いていましたので、ここに置いておきます」
「おお。キミは副生徒会長の吾方センパイじゃないの♪」
「……どうして説明口調なんですか。とにかく、なんのおもちゃだか知りませんが職員室に送りつけるのはやめていただきたい。
なぜか僕が呼び出されて受け取りに行くことになるんです」
「えーだってあたしだってこの部屋に常駐してるわけじゃないしー。ぶーぶー。
――あ、吾方センパイちょうどいいや、ちょっと甲冑兵装の説明していってくれないかな?」
吾方は怪訝そうな顔をして、
「なんで僕が」
「だって、キミも甲冑兵装乗りじゃないの。そこの宗次に説明してあげてよね♪」
吾方は宗次を認めると、思い切り睨め付けた。
「……甲冑兵装――略して甲装。お前も見たことだけはあるだろう。
戦国武士の鎧や小手のような見てくれの、装飾の特殊装甲スーツだ」
それでも親切に説明はしてくれるらしい。
「甲装は機動力が高く防御力がそれなりに高いが、聖力の消費が早い。
バランスを保つのでさえ、手足、体全体に聖力を行き渡らせなければならないために、扱いは非常に難しいんだ。
聖力が使えないディバイドになんて絶対に使えないシロモノだ。以上。帰る」
ふい、と機嫌悪そうに転身すると、そのまま台車を引っ張って生徒会室を後にした。
皐月は興味の対象を段ボールへと映したようで、ごそごそと中を探りながら話す。
「さっき吾方センパイが言ってくれたけど。彼の言うとおり、甲装は今現在、私たちティアンスしか使えるものしか出回ってない。
ルス先生はいったい、それをどうやって自分のものにしているのか――
そう、魔力を原動力にしているということになる。そんなテクノロジー、今まで生み出されたなんてこと聞いたことがないわ」
皐月はプロペラの付いた球体の物質を取り出し、ためつすがめつする。スイッチを探しているのだろう。
「そんなルス先生の甲装登録名は――“白蜘蛛”。
ただしその姿を見た生徒は、誰もいない――おっ、これね! スイッチお~ん!」
電源を入れた瞬間、プロペラは高速回転し、三人の髪をはためかせながら上昇する。意外にも音は小さく、会話の妨げにもならない。その機体は3つあるようで、すぐに連続して電源を入れ、飛行させた。飛行装置は皐月の上をぐるぐると旋回している。
「なんですか、これは」
名織の質問に、皐月は子供のようにきらきらとした眼で答えた。
「うん! これは高機動空中ポッドカメラ。それにしてもちょっと大きすぎたかな? まあいっか。
じゃ、二人には特別に教えてあげましょう!
もし当日のイベントで、ルス先生が“イベント崩し”の驚異になりそうならこれを起動させて、キミたちも先生の位置を確認できるようにする。
殺戮者から逃げられるようにね。パワーバランスがどちらか一方的に傾きすぎるのはイベント的におもしろくないのよ」
「会長、もう一つ質問、よろしいですか」宗次は先ほどの続きを聞く。「このイベントは、死人ありきでやっているわけでは、ないですよね」
「――!」
宗次の真剣味を帯びた質問に、皐月はふむ、と悩み――
「ここはそういう場所よ。そんなことは自己責任でしかなーいの」
「――そんな、こと」
にまり、と含みのある笑みを返す皐月に、宗次はその真意を図りかねた。
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
バロットを置き去りにして、二人は生徒会室を出た。
宗次は廊下を歩きながら、名織に言った。
「鴇弥。これからの戦闘に関して方針を話そう」
「は、はいっ」
「これからイベントまでは一週間もないけれど、やれる演練しよう。
今のままの本当に付け焼き刃な状態じゃ、対峙したときに何もできない」
「そう、ですね。
……すみません、私にはいったいどういう対策を立てればいいのか、まったくわからないです」
「そうか……少し魔界にいたときの話をしよう。オーガのことを」
前を向いて歩いていた名織は、少しだけ体を強ばらせる。
「……別に気を張って聞く必要はないよ。
オーガは群れをなして刈る。
一番強い奴が群れのリーダーになり、単独で動こうとは絶対にしない。
棍棒などの武器も使っていたが、基本的には運動能力が高く、素手でも立ち回れる。岩石に穴を開け、そこら中の大木は簡単にへし折る。地球の、象みたいな個体もいた。
並の術は全く通さない耐久力がある一方で、武器や防具に頼らなくて良いほどの筋肉を持っている。
きっとルス先生も一緒だろう」
「……ルス先生は、魔界のオーガと同くらい強いと?」
「本質的にはそうだ。もっと言えば、それに加えて魔界の種には無い俊敏さ、種々の武器への即時対応力も高いだろうな。
彼女の教師という立場――イベント説明会の言動――そして彼女自身の余裕から見て、一筋縄でいかないことだけは確かだ」
彼女は実戦経験すら積んでいるかもしれない――それも対人戦であり、命の駆け引きを。
ティアンスに対する圧倒的な余裕は、そう勘ぐらせるには十分だ。
ただ、その憶測まで今の名織に放す必要もない。不安にさせるだけだからだ。
だから宗次は代わりに、安心を引き出す言葉を探る。
「けど、彼女は群れでもないし、男オーガでもない。
そして闘いに勝利することが最終目的じゃないのなら、なおさら突破口はある。その方法を考えよう。
闘いは、数ある敵と自分の無数の選択肢から最良の策を導き、出し抜き、一歩先を行き、勝利をつかむ。ただの力比べじゃない。
……それが、おもしろいから。………………どうした?」
いつの間にか、前を向いて歩いていたと思った名織は、こちらに驚いたような表情を向けていた。
「改めて、というか……あなたが魔界を生きて来られた理由、なんとなくわかりました」
「そう……か?」
名織が何を考えているのかは、あえて聞かないことにした。
「鴇弥。すまないけれど、この前のように瘴気を噴出させて闘うといった、俺の本来の力を引き出すことは出来ない」
「わかってますよ」
名織は、そこはご安心くださいとばかりに胸を張り、
「あなたの立場を守ることが、私の一番の優先事項ですからね」
瘴気を蔓延させれば退学もあり得る。この前襲撃された事件の教訓だ。
「――すまない。だからこのイベントにおいても、基本的には“どう逃げるか”を主軸にして闘わなきゃならない。だから――」
「宗次くん」
「……ん?」
名織は立ち止まって、何か改まった表情で宗次に問う。
「さっきのほのちゃんのアレ、なんだったんでしょうね」
宗次は、しばし迷う。それがさっきの告白のフリのことだと思い至り、
「…………さ、さあ」
曖昧な返事を返した。
「もし、もしもですよ? ほのちゃんがあなたに対して嘘でなく、本当に好意があったとしたらどうしますか?」
「……人を好きになるってことがよくわからない」
「そう、ですか。でも、そこからいつまでも逃げ続けちゃだめですよ。
鈍感なのもだめです。気づくことが大切なんです」
「気づく…………。
大切にしたいと思う感情がそうなのか。好きってことなのか?」
「ふぇっ?」
名織は質問されるとは思ってなかったのか、宗次の問いにしばし硬直した。
「……え、えーとそうですね、そうですね~~……。
そう、なのかもしれません」
うーん、とさらにしばし悩んで、
「ただ、その人だけをずっと幸せにしたいとか、ずっと一緒にいたいと思うのが好きという感情だと思います。
……その、き、キスとか、あるじゃないですか。
私もそこらへんはちょっと、よくわからないですけど?」
名織は宗次の困った表情を見て、なぜだかどんどん顔を朱くしていく。
「と、とにかく、ああ、もう……女の子の気持ちに気づいてあげてくださいね!っていうことを私は言いたいのです!」
その火照った顔を見られないようにか、名織は身を翻しスタスタと歩いていく。
「鴇弥――」
「にゃ、なんですかっ」
名織は振り向かない。
「その、……いや…………何でもない」
「そ、そーデスカ。
……演練、するんですよねっ」
とことこと、気持ち早歩きで遠ざかっていく名織に、宗次は小走りで追いつこうとする。
「………………」
宗次は制服のズボンのポケットから、からラッピングされた小振りの包み紙を取り出す。
……また渡せなかった。
これを渡そうとすると汗がじんわりと浮き出て、手が震える。
まるで強大な敵と戦うような緊張感に襲われるのだ。
……異星を好きになるとは、どういうことなんだろう?




